衣装とは……
被害は私の想像以上に大きかった。
白銀の鎧達を撃退し、意気揚々と戻ってきた私の目に入ったのは、暴れに暴れる水の巨人だった。
「なに、あの巨人は? どっから湧いて出たの?」
「あれは精霊じゃ」
「あっ、エミリア。って、大丈夫? ずぶ濡れじゃない。一体何があったのよ」
上空から舞台の様子を伺っていれば、フラフラと飛んできたあられもない姿のエミリアに事情を説明してもらう。
彼女の話では精霊とは最初の方は話が上手くいっていたようだが、途中から癇癪を起こして手がつけられなくなり、さらに船の方へ意識がいったかと思うと、もうぶち切れ案件となって津波のようなとんでも自然災害になったらしい。
「み、皆はどうしたの?」
「船に乗っていなかった者でシータ達はオルトアギナの機転でいち早く上空に逃げおった。その際王子とザッハも連れておったな。途中から別行動をしておったマギルカとサフィナじゃが、そちらは妾と母上が空へ回収しておって難を逃れた。その時の話では、ノアの所にニケが現れたそうじゃぞ」
「ニケが! ノアは、テュッテ達は大丈夫なの?」
「テュッテもリリィも大丈夫じゃが、ノアが意識不明らしい。今も眠っておる。じゃから、安静のためあの精霊を早々に大人しくさせんといかんと途方に暮れていたところ、其方が戻ってきたということじゃ」
ノアの身になにが起こったのか気になるが、とりあえず皆無事だということに、私はホッと胸を撫で下ろした。
「たぶん、精霊がああなってるのってニケのせいでしょ。彼は?」
「妾達が気が付いたときにはおらなんだ。おそらく逃げたのじゃろう。じゃから、精霊も怒りを鎮められないといったところか」
「でも、これ以上暴れられたら船が危ないわ。ここは力ずくでも……」
私は船の状況を確認しつつ、握り拳に力が入る。とはいえ、水相手にどこをどうグーパンして良いものやら。コアとかあれば話は別だが、そんなモノ見当たらなかった。
「高階級魔法で吹っ飛ばすか……」
『それは止めといた方が良いわよ~。近くの船まで吹き飛ばしかねないし、後、舞台とかもね』
私のとんでも提案に異を唱えるスノーの言葉はごもっともで、私はさらに頭を捻ることになる。
「なにかないかしら、エミリア」
「なんかないのか、メアリィ」
ここは他力本願と、隣の姫様に聞いてみれば、ハモるように同じことを聞き返される始末だった。
「こうなったら、突貫あるのみっ! あたって砕けろよっ、スノー!」
『いや、砕けるのは嫌なんだけど』
とりあえずやってみてから考えようの精神で、私はスノーと一緒に暴れる水の巨人へと突進していく。
巨人との距離が縮んでいくにつれて緊迫する私達。
「ららら~♪ 衣装を~持ってきたわぁ~よぉ~♪」
私達と巨人のちょうど間に、この緊迫とはかけ離れた歌で登場するのはフレデリカさんだった。
キキキィ~と急ブレーキをかけるスノーに危うく振り落とされそうになる私がいる。
「ん? あれ、なんか状況が凄いことになってない? なんで精霊様がいるの?」
状況が掴めず、首を傾げるフレデリカさんに、水の巨人が迫り来る。
「危ないっ! フレデリカさん」
『フレデリカたぁぁぁぁぁぁんっ!』
「たん?」
襲われると思ってフレデリカさんを助けようとした私の耳に、妙な言い回しが聞こえて行動が遅れる。
「なんかよく分からないけど、精霊様っ! よ~ろ~こんでくださ~い♪ ついに~、新たな舞姫達が~集まったのよ~♪」
海が荒れに荒れてるこの状況で、暢気に泳ぎながら歌うフレデリカさん。こんな状況で現状を打破できるのだろうか。
「ねぇ、見てっ! これが~、新たな舞姫達の衣装よ~♪」
そう言って、フレデリカさんは自信満々に手に持っていた衣装を頭上に掲げた。
彼女が着ている貝ビキニの派手派手バージョンを……。
一瞬、私とエミリアだけ時間が凍り付く。
今までの話からして新たな舞姫は私達だ。
つまりは、あの小っ恥ずかしい貝殻ビキニを私達が身に付けなくてはいけないということだろうか。
しかも、あれ、下がないときたものだ。
まぁ、人魚は下半身魚なので履き物なんて要らないのだろうけど、私達には大問題である。
『ウオォォォッ、キタァァァァァァッ!』
私達が凍り付いているのを尻目に、精霊が奇声を上げて盛り上がる。
「一週間待ってて~♪ 必ず最高の舞いを、見~せ~てあげるかぁ~らぁぁぁっ♪」
語尾に向かって高音になっていき、盛り上げていくフレデリカさん。そんなことであのぶち切れ精霊が話を聞いてくれるのだろうか。
『ウオォォォォォォッ! ウオォォォォォォッ!』
今までとは違った興奮状態の精霊は、雄叫びを上げながらヒラヒラと衣装を見せびらかすフレデリカさんに誘導されて舞台を離れていく。
(理性があるのかないのか、どっちなんだいっ)
こうして、あれだけ騒がしかった精霊はいずこかへ一旦退場し、荒れに荒れていた舞台周辺の海はのどかさを取り戻すのであった。
(フレデリカさん……精霊のあしらい方がお上手で……)
さて、騒がしかった舞台も一応静寂を取り戻し、船の復旧作業も進められている中、ノアの容態は変わらず眠ったままだが、オルトアギナ曰く、魔力枯渇に近いものだから、しばらく寝かせておいたら目を覚ますだろうということなので、安静にしておくことにした。
で、それに反してこれから騒がしくなりそうなのが私達である。
その原因が、フレデリカさんが持ってきた衣装だ。
「フレデリカさん、それはいくらなんでも着れません」
「そうですね。そもそも、この衣装は人魚用で私達用ではないのがちょっと」
「似たような体型だから問題ないのでは?」
「決定的に違うところがありますっ!」
私とマギルカが抗議をすれば「なにか問題でも?」と本気で分からないと首を傾げるフレデリカさん。
「しかも、舞台も舞台ですっ! なんですか、これはっ!」
勢いに任せて、私は舞台中央を指差した。
先程、舞台設置をするとフレデリカさんが起動させたモノなのだが、中央には巨大な水の球体が浮いていた。
「なにって舞台だよ。この中で歌い舞い踊るんだ」
「窒息しますっ!」
「そこは~♪ 努力と根性で~♪」
「精神論でどうこうできる問題じゃありませんっ!」
「まぁまぁ、順を追って解決していこうよ。とりあえず衣装だっけ。大丈夫大丈夫、似合うって」
「下がないのが問題だってさっきから言ってるでしょうがぁぁぁっ!」
「お、落ち着いてください、メアリィ様」
話がまた振り出しに戻り、余りの伝わらなさっぷりに私はつい語気を荒げて、マギルカにどぉ~どぉ~と馬のごとく宥められる。
「まぁまぁ、フレデリカ。ここは私に任せてください」
今まで傍観者だったベルトーチカ様がここで登場する。まさかとは思うが、彼女もこの破廉恥衣装(着ているフレデリカさんには失礼極まりないのだが)を推奨しているのだろうか。
「かつてここの舞台を見た時、吟遊詩人として私も機会があればと思い、密かに用意していたモノがございますっ」
ベルトーチカ様には珍しく、やや興奮気味に拳を握る。
「おお、母上。それって、もしかして」
期待に瞳を輝かせるエミリアを尻目に、ベルトーチカ様は船員さんに大きな箱を持って来させた。
「塔生活で暇を持て余していた時、コツコツと自作しておりました衣装が、今ここでお役に立つ時が来たのですっ!」
(王妃様が暇そうにチクチクと衣装を縫っている光景を想像すると……いや、ここはノーコメントで)
失礼なことを口走りそうになって、私はあえて思考を停止する。
そんな私を余所に、ベルトーチカ様は満を持して感を醸し出しながら、衣装の一つを取り出した。
そこにあったのは、前世の記憶的にアラビアンナイトなちょっぴりセクシーでスケスケな衣装だった。
(下もちゃんとあるし、こ、これは……ギ、ギリセーフなのか?)
最初が酷かったので、こちらの方が幾分かマシに見えてくるが、布面積が少ないのは変わらない。
これで良いんじゃないかと思い、私は他の皆の反応を見てみれば、当事者である女性陣がエミリア以外首を高速で横に振っていた。
そこで私はこれが恥ずかしい衣装だという認識を取り戻す。
「え、えっとぉ、ほ、他にあったりしませんか?」
「他ですか? えっとですね~」
一縷の望みをかけて私が聞いてみると、ベルトーチカ様は大きな木箱に頭を突っ込んでゴソゴソと探し始めた。
「最初の衣装が魅惑的な感じだったので、こう可愛い系を作ってみました」
そう言いながらベルトーチカ様が出したモノは、ミニスカートでノースリーブながら私の記憶的にフリフリのアイドル衣装に少し似ているモノだった。魔族特有の背中はがっつり開いてるが、ぶっちゃけ先程のアラビアンナイトよりはこちらの方が抵抗感は薄い。
「妾としては、ちゃんと下まであるならあちらの大人な魅惑的衣装の方が好ましいが」
「いや、エミリア。そこは背伸びしなくて良いから。私達に大人の魅力なんて無理だから、大人しく可愛い系で行こうっ」
「なぜに泣く?」
エミリアの意見に私は自ら大人な魅力はないと血の涙を流して説得する。まぁ、マギルカはその範囲に入るかは議論の余地はあるが。
とりあえず、当事者のサフィナとシータはおおよそ同意のようで、うんうんと頷いていた。
「ところで、母上はよくこのような衣装を作るのか? 意外であった」
名残惜しそうにエミリアは例の衣装を眺めつつベルトーチカ様に聞く。
「ま、まぁ、余りに暇だったので何気に始めたのがきっかけでしたね。まぁ、今回はもしかしたらと思って持ってきましたが、お役に立てそうで良かったです」
「ふむ、これって誰かのために作っていたとかではなさそうじゃな。母上は塔で一応幽閉じゃったから」
「そ、そうですね」
「つまり……こんな過激な衣装も、可愛い系な衣装も自分でこっそり着……」
「エミリアッ、そんなことより次の問題に行きましょうっ!」
エミリア的には純粋に疑問に思ったことを口走っていただけだろうが、それ以上言うとベルトーチカ様の乙女なデリケートゾーンに抵触しそうだったので、はしたないけど声を上げて、強引に話題を変える。
「おっ、そうじゃったな、メアリィよ。次の問題はこの水球じゃが、どうする?」
エミリアも特に食い下がることなく、普通に話に乗る。ホントに他意はなさそうだが、ベルトーチカ様が耳まで真っ赤にして胸を撫で下ろしていた。
「フレデリカさん、舞台の生きてる魔工技術はこの水球を作るモノと音を大きく反響させるといったモノのように見えますが、どうなんでしょう?」
「ホホォ~、さすがシータちゃんは博識ね。正解よ。鎧達もゼオラルへ行くのに必要だと思わなかったから壊さなかったみたい」
いつの間に調べたのか、シータは一冊の本を持ちながら胸を張る。おそらくはオルトアギナも協力し、構造内部を覗き見ていたのだろう。全く油断も隙もありゃしない。というか、いつか壊しそうでそっちの方が心配だった。
「あのぉ……この水の中に絶対いないと儀式になりませんか?」
「いや、ダメじゃないよ、サフィナちゃん。逆に私達がそこにいないと舞台の上で踊れないだけだから」
あの球体を見た皆の気持ちを代表して、サフィナが恐縮そうに聞いてみると、これはすぐに解決できそうである。
「コホンッ、フレデリカ。今回は人魚ではなく人が立つ舞台です。そこを踏まえていろいろ考え直しましょう」
「そ、そうね。よく分からないけど、助力願うわ」
いつもの落ち着きを取り戻したベルトーチカ様が会話に参加してくるが、当事者のフレデリカさんより彼女の方がノリノリなのは気のせいだろうか。なんというか、吟遊詩人としての矜持が刺激されたか、そういう音楽プロデュースに興味があるのか、とにかく頼もしい限りである。
「というわけで、せっかく水球舞台も用意したことだし、さっそくだけど精霊様を鎮める舞いを一度私が披露するわ。本来なら五人くらいでするモノなんだけど大目に見てね」
気合いの為か、フレデリカさんは自分の頬をパンパンと叩き、一足飛びで例の球体へと飛び込んでいった。
「わぁ~、まるで水族館の」
端から見ると、水族館の大きな水槽で泳ぐお魚さんを眺める心境だったので、何気に口にしてみれば、後ろに控えているテュッテの咳払いで、自分がまた意味不明なことを口走っていることに気が付き、お口を閉じる。そんな私とテュッテを見て、皆は首を傾げるだけで終わるのだった。
「さぁ、皆ぁぁぁっ! 今日は~、私の舞台に来てくれて、あ~り~がとおぉぉぉっ♪ 私と一緒に、盛り上がっていこおぉぉぉ~♪」
そんな私を尻目に、フレデリカさんはテンション爆上げで舞い(?)を始めた。
(なんだろう、私が想像していた厳かに行われる儀式的な舞いと違うような気がするが)
私はもっとこう、日本舞踊というか、神格的で優雅な舞いをするのかとワクワクしていたが、どうも違ったみたいで、歌い出したフレデリカさんの歌は今までとは違って、かなりアップテンポな曲調だった。
そして、水球の中であっちこっちと泳ぎ回って歌うその様は……。
「なんかこれって……アイドルライブよね……」
私は誰にも聞こえないように、そっと感想を述べるのであった。