優秀過ぎる魔工技師
メアリィが白銀の鎧達と白熱なバトルを繰り広げている中、ノアは蛇に睨まれた蛙のごとく、身動き一つできなかった。
記憶の断片で偶に出てくるそのエルフをノアは知っているからだ。
「ニケ……どうしてここに……」
「ふむ……神の鎧が言う娘はいないようですね。あちらへ行かれましたか。これは計算違いか、あるいは向こうの思惑か……」
ノア、というか周りに興味がないといった感じでニケは一人考え込んでいる。
ノア的にはこのまま気が付かれることなくやり過ごすという選択もありではないかと声を殺すが、テュッテに抱かれていたリリィの唸りが彼の気を惹くことになった。
「んっ? あれは神獣か。確か調べられないからとあちらにくれてやったはずだが……それに」
ニケと目が合い、ノアの血の気が引いていく。
「確か……あぁ、そうそう、思い出しました。あの『失敗作』ですね」
失敗作――――。
その言葉にノアは電気が走るような感覚を受け、酷い頭痛に襲われた。
「失敗……私が、失敗作……」
頭痛に頭を押さえながら、ノアは記憶の断片を見、その中で同じ台詞を白銀の鎧に言われたことを思い出す。
「ち、違う……私じゃない、私じゃ……」
誰に対して発しているのかノア自身も分かっていないのに、それでも自然と言葉が出てくる。
「ノア様、落ち着いてください」
震えるノアは温かい感触に包まれて幾分かの冷静さが戻ってくる。
側にいたテュッテが抱きしめてくれたのだ。
人の温もりを感じるだけでこうも落ち着く自分がいることにノアは驚きつつ、自分をしっかり持とうと努める。
「せっかく来たのにこのままなにもせず帰ると、また彼女に怒られそうですね。ふむ……例の少女になにかしら影響を及ぼさせる実験でもしておきますか」
ニケは近くで暴れる精霊など我関せずといった感じで自分の考えに浸っていたが、周囲を確認し始め、すぐに視線が止まる。
そう、ニケはノアを見ていた。
いや、違う。
ニケが見ているのは自分を優しく包み込んで守っている女性だとノアは瞬時に確信した。
「確か、資料によればあの少女はいつも決まったメイドを連れているらしいですね。身の回りの世話のためか、はたまた他に理由があるのか……」
ニケが零すその薄い笑みにノアの記憶がかき乱される。
その笑みを見せられながら、実験と称して何度心身を痛めつけられたか、そんな記憶が断片的に蘇る。
浮遊するニケがゆっくりとノア達の方へと近づいてきた。
不幸なことに精霊が暴れているせいでエミリア達も、近くにいるはずの船員達もニケがいることに気が付いていなかった。
只一人を除いては……。
「お待ちなさいっ! それ以上、二人に近づかないでくださいましっ!」
メアリィに二人のことを任されたマギルカだ。
最初の時点で皆から距離を置き、意識をノア達に向けていたマギルカだったからこそ気が付けたようで、すでに戦闘態勢でニケを牽制している。
だが、ニケはそんなマギルカなど意識しておらず、近づくことをやめない。
「フリーズ・アロー」
牽制と脅しのためか、マギルカが氷矢を飛ばす。
だが、ニケの両指にはめられていたいくつかの指輪の一つが光ると、半透明の壁に阻まれ氷矢が消滅した。
「マジックアイテムッ」
オルトアギナからニケがかなり優秀な魔工技師だと聞かされていたのでそれほど驚愕ではなかったが、ノア達はなにか薄ら寒いモノを感じずにはいられなかった。
「牽制とはいえ躊躇いがないとは中々どうして肝が据わっている。確か、あなたも少女とよく行動を共にしていましたね。ふむ、どうすればより惨たらしくなるのか。あの娘はどれだけ衝撃を受けるのか。圧死、焼死、串刺し、皮剥、う~ん、悩ましいところですね」
標的が増えて億劫になるかと思いきや、一瞬嬉しそうに残虐な笑みを零したニケをノアは見逃さなかった。
「逃げてッ!」
ノアの叫びにワンテンポ遅れて、ニケはマギルカを指差す。
「アクセル・ブーストッ!」
誰かの声と一緒にニケの指輪の一つが光ると、マギルカの周囲の空間が歪んだように見えて重量が増した。
魔法に押し潰される。そう思ったノアの視界に加速してマギルカを横から掻っ攫う影が見える。
「ぐっ」
声にならない悲鳴と供に、マギルカが一瞬で大きく移動し、その後ズドンッと地面が円状に大きく陥没した。
あんな所に人がいたらひとたまりもないことは誰にでも分かるくらいの威力と範囲だった。
三・四階級とかそんな生易しいものではない。
「サフィナさんっ!」
一方、危うく圧死しかけたマギルカを救ったのはこれまたメアリィに頼まれていたサフィナだった。彼女自身、まさかノアを助けるのではなくマギルカを助けることになるとは思ってもいなかったのか、かなり焦っており、抱きかかえ方が少々乱暴だった。
だが、サフィナの警戒はまだ解かれていない。
「アクセル・ブースト」
再び、高速移動するサフィナがいた場所が再び陥没する。
「アクセル・ブースト」
移動したのもつかの間、再び移動するサフィナ。そして、陥没する地面。
「ホォ~、これで潰れないのですか。大した技量だ。ではプラスして」
「フリーズ・アロー」
サフィナとは違う方角からマギルカの力ある言葉が聞こえる。
いつの間にか、二人は加速魔法で別々になっていたのだ。
だが、ニケはそんなことに驚くことなく死角からの攻撃なのに、淡々と氷矢を障壁で処理しながら、重力攻撃をしかけてきた。
あれはどう見ても本人は気が付いていなかった。指輪が勝手に防御したように見えたのは気のせいではないとノアは確信する。
「風刃裂破っ!」
間髪を入れずにサフィナも応戦するが、やはりと言って良いのか、その攻撃も指輪の障壁に阻まれた。
「今のは魔法? いや、私同様魔道具ですか。面白いモノを作りましたね」
戦士だと思っていたサフィナの魔法攻撃に取り乱すことなく、ニケは彼女の獲物を冷静に分析する。
「だが……」
さらに追加でニケがサフィナを指差すと、別の指輪が光り、彼女がいた場所の地面からなんの物質か分からない光を帯びた巨大な杭が屹立した。
そのスピードは速く、並みの者ならそのまま串刺しだったろう。
「炎、装填」
サフィナはそれに反応し、横回転しながら後ろへ下がり、さらにはその杭を踏み台にして、抜刀体勢のまま一気に空中にいるニケへと躍り出た。
「炎刀連斬っ!」
完璧なタイミングでの抜刀。
相手は風魔法と思っていたところで炎に変更しての不意打ち。
連斬の一つが障壁に阻まれたがサフィナには予想通りであり、障壁が消えても連斬は止まらない。
だが、サフィナが振り抜く前に彼女の前方、なにもない空間から例の杭が横になって出現し、刃とぶつかりあった。
「威力が弱く、耐久力がありませんね。その技とセンスでなんとか補っているといったところでしょうか。ふむ、面白い発想でしたが、魔道具としては実につまらないですね」
硬質な杭に押し切られ、サフィナが後方へと吹き飛ばされていく。その刃は無残にもボロボロに刃こぼれを起こしていた。
ここまで、ニケはなにもしていない。
ただ空中に突っ立ったまま、相手の攻撃を魔道具が自動で応戦していただけだ。しかも、その攻撃一つ一つが高階級魔法で、ノータイム、ノーリスクでポンポン打ち出す代物。
そんなもの、世界に一つしかない伝説級と呼べる稀少なアイテムだろう。
それをニケは指輪の数だけ所持しているというのだ。
さらには、世界からかき集めたものではなく、自分で作ったとなれば、優秀な魔工技師などという評価で終わって良い存在などではないだろう。
あれは、世界の理から外れた存在。
チート能力者――――。
ノアの脳裏にその言葉が浮かぶが自分がなぜそんな言葉を思い浮かべたのか理解できず、その言葉も頭の中から一瞬で霧散する。
「期待外れも良いところでしたね。まぁ、やることやって戻りましょうか。やりたい研究は色々ありますし」
マギルカ達を撃退し、ニケは再びテュッテを見る。
ダメだ、なんとかしなきゃっとノアが思った瞬間。トンッと押されてノアを包んでいた温もりがなくなった。
なんと、テュッテはノアを逃がすために自分から離したのだ。
「え?」
なにが起きたのか分からないといった顔でノアがテュッテを見ると、彼女は優しく微笑むだけだった。
その後ろであの杭の先端が空中から姿を見せる。
それを認識した瞬間、ノアの瞳孔がカッと爬虫類のごとく細長くなった。
その瞳に映るのはテュッテであってテュッテではなく、ダブるように一人の青年が映っている。
彼もまた、テュッテと同じように笑顔でこちらを見ていた。
全く同じ場面。
同じ状況。
そう記憶が認識したとき、ノアの中のなにかが弾け飛ぶ。
「―――――――ッ!」
空間を切り裂くような甲高い音がノアの口から発せられた。おそらく、なにか言葉を発したのだろうが誰も認識できない。
そして、バリィンとガラスが割れるように発生していた魔法陣が砕け散ったのだった。
さすがのニケもこれは驚きを隠せない。
「魔法をキャンセルした……まさか、そんな……そうか、そういうことですか……なるほど、これは面白い……」
一人で納得するニケを尻目に、ノアは強い眠気と脱力感に苛まれる。
所謂魔力切れのような現象を起こしているとノアは理解できずに、意識をしっかり持とうとしてフラフラしていた。
「予定変更です。あの失敗作を回収しましょう」
なにを思ったのか、ニケの標的がノアに変わり、魔の手が伸びる。
『どこかで聞いたことある声だなと思ったら、そこにいるのはニケかぁぁぁっ! こぉのぉ、腐れ外道がっ! 歯ぁ食いしばれっ、一発ぶん殴らせろやぁぁぁっ!』
強風と供に、耳を塞ぎたくなるような大音量がノア達を襲ってきた。
「やれやれ、面倒な方に見つかりましたね。まぁ、収穫もありましたし、このくらいにしておきましょう」
精霊がニケに気が付き、水の巨人が迫る中、ノアは彼と目が合い、そのほくそ笑みに悪寒が走る。
「ゼオラルでお待ちしておりますよ。は――――」
ニケの最後の言葉が迫り来る海水の轟音でだんだん聞こえなくなっていく。それに加えて意識は限界を迎え、ぼやける視界の中、フッとニケがかき消えた後に大量の海水が船を横殴りにするのであった。




