やっとしゃべったかと思ったら
「白銀の騎士がゼオラルから下りてきた? えっ、アガードが装着者じゃないの?」
私が驚くタイミングを逸しているとシータが代わりに驚いてくれる。そのおかげで、私は発言の重大さに気が付き、やっと驚くことが出来た。
「問答無用に聖域を荒らし、ゼオラルへの道を破壊した白銀の騎士達は怒り狂った精霊と争い、その余波はすさまじく、私達は聖域に留まることができなくなったの。白銀の騎士達が去った後も精霊の怒りは治まらず、来るモノ全てを敵認定して襲いかかるようになったわ。そして、聖域に近づけなくなった私達は、一人、また一人と領域を離れ、ついには私ひとりになったってわ~けっ」
フレデリカさんの話は最近のように見えて、その実かなり昔の話だろう。だが、私達も襲われたと言うことは現在進行形でまだその怒りは続いているということだ。
(さすが精霊、私達とは時間の感覚が違うわね。下手すると何千年とそのまま危害を加え続けそうだわ)
「だから、精霊を鎮めたいということね」
「歌い舞うことで、精霊が沈静化するのでしょうか? もしかして、そういった役目を昔から人魚達が担っていたと」
探究心の申し子たるシータとマギルカだけが理解が早く、盛り上がっている。
「そういうことっ。今回はあなた達にそれをしてもらうわっ! あぁ~あ♪ 私一人で~どうしようかと困り果ててたの~ぉ、これは~もお~神様のお導きね♪」
フレデリカさんは大げさに天を仰ぎ歌い出す。
「神様の導きとなれば、ここは白銀の聖女様の出番ですね」
「ちょっ、なにを言っているんです、ベルトーチカ様ッ!」
サラッと重大任務を投げるベルトーチカ様に思わず抗議を入れる私。
「ホォ~、メアリィちゃんは白銀の聖女と呼ばれているのね。それはそれは」
「いやいや、それは周りの皆様が勝手に言ってるだけで、私はちっともそう思っていませんよ」
「名声というモノは自分からではなく、他人から伝えられるモノだよ」
「そうです。もっと自信を持って、あなたはいろんな人達を救ってきたんですからっ!」
聖女に若干狂信的なシータとレイチェルさんが良かれと思って私をフォローしてくれるが、私としてはあまり目立ったことはしたくないので遠慮したい。
他の皆を見てみれば、納得顔でうんうんと頷くだけでこれ以上話を広げないように私は話題を変えることにした。
「えっとぉ~、歌い舞うならフレデリカさんがすれば良いんじゃないでしょうか? どうして私達を必要としているんです?」
話を変えるついでに、姑息にも自分だけじゃなく皆を交ぜる私なのであった。
「精霊への舞いは一人じゃできないのよ。それにうら若き乙女じゃないとダメなの」
フレデリカさんが溜息交じりに零したその言葉に私は天啓を受けたかのように稲妻が落ちた気分になって、思わずほくそ笑む。
「それはつまり、ここにいる皆で、ということですか?」
「まぁ、そうなるわね」
「よしっ、頑張ろうっ! テュッテ、マギルカ、サフィナ、エミリアに、シータ、レイチェルさんもっ!」
そして、有無も言わさず私は皆を巻き込むのであった。
「ああ、申し訳ないけど、テュッテちゃんとレイチェルちゃんは私達サイドかな~」
それはつまり年齢的に対象外ということだろうか。とにかく、テュッテはホッと胸を撫で下ろし、レイチェルさんは安堵半分、納得しかねるといった複雑な表情をしていた。
「ちょっとまてぇいっ! 年齢的に言うなら妾もそっちサイドじゃろう!」
「いや、肉体年齢というより、どっちかというと精神年齢で私は言ってるんだけど」
「へっ、あっ、そうなのか?」
「ちょっと待って、それだと私達が精神年齢幼稚ってこと?」
エミリアが納得いかないと声を上げれば、フレデリカさんが選別理由を述べてくる。
だが、それはそれで私的に納得できない言い回しなので、半眼になって抗議する。
「いやいや、うら若き乙女だよ、乙女」
慌ててフレデリカさんが私を宥めてくるが、誤魔化されているような気分になる。まぁ、なんにせよ、私一人ではなく皆でするなら恥ずかしくないし、俄然やる気も出てくるというモノだ。
(アニメとかで観てた召喚儀式みたいな幻想的な歌と舞いを私達がするのかと思うと、ワクワクドキドキしてくるわね)
「よ、よぉし~ぃ、そうと決まれば~ぁ、さっそく聖域へ行って精霊を鎮~め~るわ~よぉっ♪」
これ以上、妙な空気にならないようにフレデリカさんは強引に話を進め、私達はフレデリカさんの案内の元、聖域を目指すのであった。
どこまでも広がる水平線。
そんな中にひょっきりと顔を出す巨大な石柱が五本、綺麗に磨き上げられ、細工された姿は人工物だと教えてくる。
その五本の中心にこれまた綺麗に舗装された石の舞台が広がっていた。
端から見たらなにかのステージに見えなくもない。
今のところ、精霊からのちょっかいがないのはフレデリカさんが上手く精霊に気が付かれないように色々海中でしてくれているかららしい。
(なんだろう、海中でソナーみたいなのを発しているのかしら?)
想像すると、なんか人魚とイメージが違うように思えて、私は深く考えるのを止める。
「あそこで、私達歌うのね」
なので、道中のことは一旦置いておいて、私は今目の前に広がる光景に、緊張とワクワク感を募らせ呟く。
「そのようですね、メアリィ様。でも、舞踏会のダンスなら自信ありますけど、歌って踊るとはどういった感じなのか想像もつきません」
「大丈夫よ、マギルカ。きっと優雅にこう、しゃなりしゃなりと踊り、歌うんじゃない?」
緊張するマギルカに私は舞踏会で舞うようなゆったりと優雅な動きに鼻歌を交ぜて一人舞ってみせる。
「それでしたら皆で踊らず一人の方が邪魔にならないのではないでしょうか?」
「違うわよ、サフィナ。皆でするから精霊を鎮める力になるのよっ」
私が大きく動くものだから、サフィナが遠慮してとんでもないことを言ってくる。なので、私は妙な理論で彼女を説得した。なにせ、一人になった場合、白羽の矢が立つのは恐らく、いや、十中八九私なのだから。
「しかし、所々崩れているのが見えるのう。これが白銀の鎧達に襲われた傷跡ということか」
「そうですね。フレデリカは部族の中で一番歌い舞える者が授かる称号、舞姫をもっていますから、そのプライドが一人になっても、ここに留まらせていたのでしょう」
大きすぎてそのスケールに驚いていた石柱は、エミリアの指摘通り崩れた所が多々あり、おそらく、舞台を囲んだもっと色々綺麗で広大な建造物だったのに、破壊されこれしか残っていないと私達に伝えてくる。
「でも~ぉ、一人じゃ精霊を鎮められないし~ぃ、そうこうしてたら私も成長して~ぇ大人になっちゃったから、もう舞台には上がれなくなっちゃったのよねぇ~ぇ♪」
「フッ、フレデリカさんっ!」
精霊をどこかへ誘導し、仕事を終えたフレデリカさんがもう専属になったのか尾ビンタ喰らった船員さんに抱きかかえられて浮上してきた。
歌とポーズを取って上がってくる様はステージの下からウィーンと上がってくるようで格好良いはずなのに、無理矢理引っ張り出され、妙な演出に付き合わされている船員さんのげんなりした表情のせいで今一締まらないのが残念である。
ついでに彼女の台詞も重かったりするのでなんとも言えなかったりする。
「おっと、湿っぽい感じになっちゃったね。あっ、そうだ、ちょっと待っててっ! テンション上がるように私、衣装を取ってくるわっ!」
なんと声をかければ良いのか困っていると、フレデリカさんがニパッと笑顔を振りまき、一人海中へと飛び込んでいく。そうして空中には抱きかかえたポーズのままポツ~ンと固まっている船員さんが残されるのであった、合掌。
と、ここで私達の船は大きな舞台に到着し、上陸準備に入る。
船員の誘導の元、私達は舞台へと上陸を果たす。結構広いステージで私はおおぉ~と感激しながら、ノアやエミリア、リリィと一緒に駆け回り、皆に
温かい目で見守られていた。
「ところで、さっきの話だと誰かがこの舞台に近づいたら鎧達が襲撃してくるんじゃないのかな?」
「どうなのでしょうか。鎧達はゼオラルへ上がらせないようにここを破壊したから、もう来ないのではないでしょうか?」
「う~ん、可能性としては危険視している者、例えば精霊などがここに現れ、なにかをし始めたら、警戒してここにくるかもしれません。今のところ精霊がこの周辺にいる気配は感じられませんけど」
王子とベルトーチカ様に問われ、レイチェルさんが辺りを見渡しながら首を傾げている。別の管轄といえど、精霊は精霊だ。レイチェルさん達はそういうモノを感知できるのだろう。
だとすると、精霊や鎧達を刺激しないようにここは大人しくしていた方が得策なのではなかろうか。
私はちょっと心配になってトラブルメーカのエミリアを注視する。
彼女はノア、リリィと一緒にあっちこっちと走り回っているだけで今のところ無害に見えた。
「こ、これはなんだろう。古代技術? なにかの魔法陣が溝として刻まれているように見えるんだけど」
「この広い舞台全体に刻まれているということは儀式的ななにかなのでしょうか? だとすると、今も破壊されずに残されているのはどういうことでしょう」
と、ここでトラブルメーカーの枠から外していたシータ、マギルカの探究心の申し子組がなにやら怪しい動きを見せていた。
「どうなんだろう、どう思う、オルトアギナ様?」
『………………』
「?」
「オルトアギナ様? お~い、聞こえますか~、もしもぉ~し」
シータは自分の腰にぶら下がっている一冊の本に声をかけるが珍しく返事がない。
「すっかり忘れてたけど、オルトアギナはこの領域に入ってから随分静かよね。寝てるの? もしくは誰も構ってくれなくて不貞腐れているとか?」
『馬鹿者、誰が寝ておるかっ! それに不貞腐れてもおらんぞっ! ここは精霊の領域だ。我のような強大な存在が侵入したとなれば、鎮まる者も鎮まらなくなるやもしれぬと思って、気配を消しておるのだ』
久しぶりに聞く本の声は、いろいろと自分の立場を考えて立ち回っているのだなと感心するばかりだった。マンドレイク亜種を操って、外でやりたい放題だったどっかの樹には見習って欲しいところである。
とはいえ、質問しておいてなんだけど、私に答えているのは大丈夫なのだろうか。
「オルトアギナ、今受け答えして大丈夫なの?」
『………………』
私が思っていたことそのまま伝えると、本は沈黙で答えてきた。
私には見える。このしゃべる本から滝汗が流れている様が、そして、それを誘発させてしまった私からも……。
「メアリィ様、舞台に海水が」
マギルカの指摘で私は足下を見ると、薄く海水が舞台を濡らし、周辺の海がザワザワと波立ってきた。
「水位が増した。ここって満潮とかあるの?」
「潮の流れがないこの領域でその様なことが起こるのでしょうか? これは精霊の仕業では?」
「ごめんっ! これって私のせいだよね?」
「ううん、元々は私が話しかけたんだから、悪いのは私だよ」
『いや、違うぞ、シータ。其方は悪くない。悪いのは我を構ってくれなくて不貞腐れているとかぬかしたメアリィだ』
「ちょ、おのれは自重するんじゃなかったんかぁいっ!」
『バレてしまったのでもう良いかなと。それよりも、どうするのだ、空からも良からぬ気配を感じるぞ』
開き直ったオルトアギナが今まで黙っていたせいでベラベラとしゃべり出す。
そして、彼の指摘で皆空を見てみれば、小さくではあるが確かになにかが飛んでくるのが見て取れた。
(えっとぉ、もしかして白銀の鎧達と精霊が大集合ってことかしらぁ?)
最悪の事態になりそうになって、しかもそれが私の迂闊な発言に端を発するとなったら、もう土下座で済まされないような気がする。
とはいえ、二つ同時に相手をするほど私は器用にできていないので、やらかした手前、一つは自身で解決させたいところである。
(精霊か、鎧達か……)
「スノーッ、来てっ!」
『はいはい、どうせ、こうなると思ったわよ』
私の呼びかけに答えるように今の今まで我関せずと船で寝ていたスノーがいつの間にやら私の側に降り立った。
「シータ、私は空の連中をなんとかするわ。悪いんだけど精霊の件は任せるわね」
『おい、一番面倒くさそうなモノをシータに押しつけようと思っておるのではなかろうな?』
「そ、そそそ、そんなことないわよ。て、ててて、適材適所ってやつで」
勢いでこのまま乗り切ろうとしたが、オルトアギナには通用しないようで、冷静に指摘されて私は目が泳ぐ。
『……まぁ、精霊を呼び込んだのは我にも責任があるしな。良かろう、ここは我に任せて行くが良いっ!』
とても頼もしいオルトアギナだが、その容姿はシータの腰にぶら下がる一冊の本である。
(う~ん、本当に大丈夫なのかしら。ついでにその台詞は死亡フラグだよ、オルトアギナ)




