それぞれの思い
時折王都内で地響きが鳴り、王城での戦いがとんでもない火力で行われていることが容易に想像できた。
だが、そこはヴラム王に任せたのだ。私は彼の筋肉、もとい、力を信じてここを離れることに専念する。
(魔王の力を信じるって……私ってば光側の人間じゃないわね、これじゃあ)
自分で自分の考えに失笑しながら私は隣で走るベルトーチカ様を見る。
私達はすでに地下通路から外に出て、王都を離れるべく馬車に向かっている最中だが、彼女の顔は未だに浮かない。
「大丈夫ですよ。魔王様の力を信じましょう。話を聞く限りでは白銀の鎧も本来の白銀の騎士ではないですからバージョンダウンしているはずですし」
なにをどう信じるのかと問われたら、もう筋肉にとしか返答がない私の内心は、ハラハラドキドキでベルトーチカ様の反応を待つ。
「あっ、いえ、ヴーく、陛下は大丈夫だと信じています。それよりも、周辺の民への被害が心配で……」
ベルトーチカ様はそういうと、周辺を見回した。
王城の近く、幽閉の塔辺りから火柱や爆発が続き、塔周辺が崩れていくのが見えた。
そこからさらに城の外に瓦礫や魔法の余波が飛んでいくのも確認できる。
自分達よりもまずは国民の心配……さすが、王妃というべきか、いや、これはベルトーチカ様の人柄から来るモノだろう。
彼女の心配を余所に、何事かと周辺の魔族達がワラワラと野次馬のごとく集まりだしていた。
そこから逃げるようにベルトーチカ様は身を隠した。
「なにが起きたんだ?」
「王城でなにかあったのか?」
「あれは、もしかして幽閉の塔が崩れていないか?」
「えっ、そりゃあ大変だっ! 王妃様はご無事か?」
周辺の魔族達の会話にベルトーチカ様を心配する声が混じり、それを聞いた本人は驚いた顔をしていた。
思わず足を止めて皆の会話に耳を傾けたので、私も釣られて立ち止まり、ベルトーチカ様と周辺の人々を交互に見守る。
「まさか、王妃様に危害を加えようとする不届き者が現れたのかしら?」
「そうだとするなら大変だっ! 加勢に行かなきゃ」
「あんたが行っても戦力になんかならないわよ。でも、だからといって黙って見ているわけにはいかないわね。あの方は私らにとって希望なのだから」
「「「そうだ、そうだっ!」」」
興奮している年配の夫婦らしき魔族の会話に触発されて周辺の魔族達も盛り上がっていく。そんな光景を王妃様はポカ~ンとした顔で見ていた。
おそらく、自分がそこまで思われていたなどと考えていなかったのだろう。
それに焦れていたエミリアやエリザベス様、ヴラム王が、いくら「民達はこう思っている」と説明した所で、ベルトーチカ様は罪の意識を軽くしようとする身内の甘やかしだと思っていたのだろう。
だからこそ、外へ出し、生の声を聞かせたかったのだ。
しかも、王妃がそこにいると知らない者達の真実の声を……。
「さぁ、騒ぎが大きくなる前に行きましょう」
ホケ~としているベルトーチカ様の手を取り、私は走り出す。
これから多くの民達の声を聞くことになるだろう。エミリアやシータから聞いたかつてのレリレックス王国から大きく発展していった街を見ていくのだろう。
その時どう思うのか、それはベルトーチカ様自身の問題だが、エミリアはこれがしたくて、内緒で私を急かしていたというなら、まぁ、あの弾丸ツアーも許してやるとしよう。
「さぁ、母上ぇぇぇっ! 馬車が用意された、こちらへぇぇぇっ!」
良い感じにこっそり進めようとした私達の耳にこれでもかとエミリアが大きな声で呼ぶ。
さすがに聞き慣れた姫様の声でここまで大きいと皆も「えっ?」とこちらに意識が集中するのは仕方のないことだった。いや、仕方なくはないか……。
「こぉのおバカァァァッ! 静かに行動しなさいよねぇぇぇっ!」
そして、火に油を注ぐかのように私も叫ぶ始末。
すると、どうなるかって? 答えは簡単……。
「えっ? ひ、姫殿下?」
「あ、あの白銀の髪の少女、それにあの神獣はもしかして?」
「私知っている。あの方は白銀の聖女様だわ」
「「あっ」」
綺麗にハモる私達二人して注目を集めてしまうのであった。
『まぁ、私がいる以上、目立っちゃうけどね~』
私の存在が簡単にバレたのは全く隠れる気のない駄豹のせいでもある。
さらにここでベルトーチカ様の存在まで露呈されたらどんな騒ぎになることやら、私はそこを懸念して側にいたベルトーチカ様の手を引いてスノーへと走る。
「スノー、飛ぶわよっ!」
私はそのままベルトーチカ様をスノーへ乗るように誘い、自分も跨がる。
『やれやれ、目立っちゃうけど良いのかしら?』
「良いのよ。エミリア、後で合流しましょう。テュッテ、シータ達も彼女に付いて、えっ、ノア、うひゃぁ~ぁ~ぁ」
私の言葉が終わらない内になんとノアも私の胸に飛び込むようにスノーの背に乗ってきたのだ。
びっくりする私を放ってスノーが飛び立ち、格好良く決めようとした私の思惑とは裏腹に、今一締まらない声が響いていくのであった。
スノーの言う通り、私達が目立ったためエミリア達への注目は逸れたが、私の後ろに跨がっていた魔族が王妃ではないかと囁かれ、今回の幽閉の塔崩壊と白銀の聖女がなにか関係しており、聖女が王妃様を助け出して、再びレリレックス王国の危機に登場したとかなんとか、まぁ、合っているようで合ってないというか、いかんともしがたい噂が後々広がっていたなんてこと、この時の私には露知らずであった。
「もぉ、ノアったらいきなりこっちに乗ってくるからびっくりしちゃったわよ」
「あの状況で私の歩幅と距離を計算したら、馬車よりスノーに乗る方が早いと判断したから」
「そ、そうなんだ」
私の腕の中で、抱えていたリリィの顎をコチョコチョしながらもノアは自分の考えを伝えてきた。
そのいやに冷静な分析と的確な判断は、あの時焦りまくっていた私としては羨ましい限りである。
「幼い見た目の割に、随分と冷静な判断なのですね」
私とは違った感心で後ろにいるベルトーチカ様が驚いている。確かに、ノアは子供の見た目をしている割に時折、大人顔負けに冷静な判断で私達に付いてきている。本人的には私達に迷惑をかけないようにとのことだったが、長い旅の中でその行動はより顕著に出ていた。
最初はマギルカや王子など周囲を見て行動する人達を見て学習しているのかなとも思っていたが、もしかして失っている記憶となにか関係があるのだろうか。レリレックス王国に来てからというもの、ノアの記憶に回復の兆しが見え始めている気もするし。
「それよりも、ベルトーチカ様は飛べるのだから別にスノーに乗せることはなかったんじゃないかな?」
私が不思議そうにノアのことを見つめていたら、ばつが悪そうに彼女は話題を変えてきた。
「た、確かに余計なことしたかも」
「いえいえ、理論的にはそうかもしれませんが、一人空を飛んでいたらそれこそ目立ってしまい、民達に変な誤解を生じかねませんでした。メアリィと神獣のおかげで、周囲の注目がいくらか逸れて助かりましたし、あの聖女と神獣が関わっていることに民の心配もいくらか緩和されたでしょう。あの突発的な状況で、自分が前に出るメリット……さすがお義姉様が賞賛する方です」
「なるほど、効率だけじゃなく周囲の目も考慮して……」
私を挟んでなにやら私を持ち上げているところ申し訳ないが、この私がそんなこと考えて行動しているわけないのに、なぜそうなるのか謎である。ここは一つ否定するべきか、いやぁ、経験上、余計なことして私にとって不利な方向にいくような気がするような気がする。
はてさて、どうすべきだろうかと、そのままフリーズする私なのであった。
「フフッ、なんだか懐かしいですね。あなたとしゃべっているとあの頃を思い出します」
「あの頃?」
「……白銀の騎士と旅をしていたときです。それほど長く旅をしていたわけではないのですけど」
「白銀の騎士と」
「ええ、よく周囲より自身の効率を冷静に分析するような発言をしていました。そういう時は大抵女性の声でしたけどね。っで、その後それを窘めるように男性の声が続きましたけど」
フフッと笑みを零し、ベルトーチカ様が昔に思いを馳せていた。
「アガード……」
ベルトーチカ様の話を聞いて、ノアがなにを思ったのか、後ろから見ている私にはその表情は分からなかったし、小さ過ぎる呟きからもその心情は汲み取れなかった。
アガードとソウルマテリアの鎧。二人揃って白銀の騎士となっていたのは、これまでの調査ではっきりとしていた。
だが、腑に落ちないのは今遭遇しているあの白銀の鎧が、言うほど冷静なのかということだった。
どちらかというと感情的で行き当たりばったりのような気がするのは私だけなのだろうか。
(別人……いや、今までの言動から全くの部外者というわけではないよね。う~ん、こう確証といったものが今一ないわね。これもゼオラルへ行けばなにか分かるのかな)
「ベルトーチカ様、白銀の騎士、ううん、アガードのこともっと聞かせて欲しい……」
「アガードですか? ええ、良いですよ。私の知る範囲だけですけど」
私が思考の海を漂っていると、共通の話題を持っているかのような二人がなにやら楽しそうに話が進んでいく。
(なんか位置を失敗したわね。今からでも遅くないからノアをベルトーチカ様にパスしようかしら。いやいや、のんびりお姉さんに惑わされてはダメよ。あちらはレリレックス王国の王妃様なんだからね)
その後、私達は港町に戻る途中、エミリア達と合流するまで、ベルトーチカ様の思い出話を聞くことになり、二人はアガードについて、なんか話が合うようで、そんな楽しそうな二人に挟まれ、思いっきり蚊帳の外な私は、とりあえずこれもレポートのためだと、話に付いてきているフリをしながら頷きBOTになっていたのであった。
白く美しい大理石の巨大な空間に精巧な彫刻を施した柱達が綺麗に並ぶ。
神話世界の神殿を彷彿させるそこは空気が冷たく、とても静かだった。
怖いくらい静かすぎた。
なにもいない、そんな空間の奥から癇癪を起こした声が響き渡ってくる。
『なぜよっ! なんで私がこうもあっさり負けるのよっ! あいつは一度私に負けたのよっ!』
白銀の鎧越しに聞こえていた声の主が激昂していた。明かりと言えば自然の光しかないその空間は薄暗く、声の主はよく見えない。
『なにが、お前の拳は昔より軽くなったなっよっ! 意味分かんないわっ!』
「ハハッ、確かに中身はリベラルマテリアで用意した只の肉塊ですからね。ちゃんとした装着者がいないスカスカな鎧は軽かったでしょう」
ヒステリックに叫ぶ女の声に向かって、少し離れた場所から小馬鹿にするような男の声が聞こえてくる。
『ふざけたこと言ってるんじゃないわよっ! お前の研究に付き合ってるのはこんな欠陥品を作るためじゃないわっ!』
「おやおや、欠陥品ですか。まぁ、確かにあの魔王がそこまで強くなっていたのは計算違いでしたね。平和に現を抜かして腑抜けになっていたかと思っていましたが……やれやれ、こちらはこんなことに構っている暇はないのですが……」
『なにか言ったかしら?』
「いえいえ、こちらの話です。それにしても、計算よりも早くベルトーチカに辿り着きましたね、アルディア王国の王子は」
『は? 王子じゃないわ、メアリィよ』
「メアリィ? 確か王子の取り巻きの一人、レガリヤ公爵家の娘がそんな名でしたね」
『ええ、「白銀の聖女」とか呼ばれていたわ。ついでに、あんた自慢の鎧を壊したのも彼女なのよね~』
「これはこれは、白銀の騎士の次は白銀の聖女ですか。つくづくあの王国は白銀の何々がお好きのようですね。しかも、聖女とはこれまた大きく出ましたね」
女のそんなことも知らないのかと嘲笑を含んだ物言いに全く動じることなく、男は白々しく驚いてみせる。男は、女が虚勢を張って嘘をついているとは考えていなかった。癇癪を起こしていても彼女の情報収集能力はずば抜けているのは、昔の研究で知っていたからだ。
「……なるほど、こちらの情報に曖昧な部分があったのはそのせいですか……まさか王子が、いや、王家がひた隠そうとしていたのでしょうかね……実に興味深い」
先程までとは打って変わって、スンッと無感情な声でブツブツと独り言を呟く男の変化に、女は気づくことなく話を続けていく。
『そんなことより、あいつらここに来るかもしれないわっ! もっと良いモノを用意してっ』
「もう紛い物を使わずに、あなた自身が出向けば宜しいのでは?」
『ダ、ダメよっ! アガードが起きちゃうじゃない。あの人には静かに寝ていて欲しいの。私の我が儘で無理をさせるわけにはいかないわ』
今までの激昂っぷりはどこへやら、恥ずかしそうに乙女心全開な声になる女の急な変化に戸惑うことなく、むしろ冷ややかに男は嘆息した。
「……では、私が出向くとしましょう」
『えっ、あっ、ふ~ん……じゃあ、お手並み拝見といきましょうか』
予想外の提案だったのか、女は一時呆けた後、男の提案に乗り、そのおかげか冷静さを取り戻すのであった。
再び静寂が周囲を支配する中、これ以上話すことはないというように男が静かに女から離れていく。
「……白銀の聖女。魔王以外であの鎧を破壊した少女か……さて、ソウルマテリア以上に私が期待できるサンプルだと良いのですけどね」
『なにか言った、ニケ?』
「いいえ、なにも……」




