かつての英雄 VS 魔王
「ち、父上。なぜこのタイミングでここへっ! この計画は迅速且つ極秘のはずじゃがっ」
「フハハハッ、エミリアよ。余に隠し事などできぬぞっ、この筋肉が全てお見通しだっ!」
驚くエミリアに向かって右腕を突き出し、上腕二頭筋をピクピクと隆起させるヴラム王だが、その会話にデジャブを感じるのは私だけではないだろう。テュッテしか今はいないのが残念だ。
「あの方がヴラム陛下ですか……先程からずぅ~と壁の向こうで息を潜めていたのは誰なのかと警戒しておりましたが」
私が、このノリだとエリザベス様まで登場するのではないかと周囲を警戒していたら、近くにいたレイチェルさんがホッとした表情でポソリと驚くべき事を言ってくる。
「先程?」
「すみません、本当はもっと前からいらしていたと思いますが、私は皆さんが可愛いお願い合戦に興じている時、メアリィ様がたまに視線を外して、壁を見ていたりしていたおかげで気が付けました」
(いやいや、それは本当に恥ずかしかっただけで他意はないわよ?)
レイチェルさんの言葉に皆とちょっとベクトル違いで驚き固まる私を除いて、皆が一斉にヴラム王を見る。
「ウォホンッ! な、ななな、なにを言っておるのだ、ダークエルフの娘よ。よ、よよよ、余は今来たばかりだぞ」
滅茶苦茶動揺して、皆から視線を逸らすヴラム王。よく見ると、彼が現れた壁の向こうの通路にはプレゼントらしい箱類が数個転がっていた。
「あっ、これは、その、民からの献上品をだな、是非ベルトーチカにと」
皆の視線に気が付いて、ヴラム王が私達とプレゼント箱を交互に見ながら弁明する。がしかし、献上品だとしてもわざわざ魔王自ら届けるのはちょっと変ではないだろうか。
「と、とにかくだっ! 状況は分かっておる。エミリアよ、後のことは余に任せてベルトーチカと供に行くが良いっ! 天空の島ゼオラルへ」
「ち、父上、しかしっ!」
親子二人で盛り上がっている所なんだが、私が相手をするのがベストなのだろう。だが、ここで私が名乗り出るのは無粋というものだし、私としてはこのままなし崩しにベルトーチカ様を連れ出せるのなら願ったり叶ったりである。
ただ、懸念としてはかつてヴラム王は白銀の騎士に敗れている。果たして大丈夫なのだろうか。エミリアもそこが気になっていて絶好のチャンスなのに戸惑っているみたいだ。
「案ずるな、エミリアよ。余はかつての愚かな余ではもうないっ! あれから筋肉に磨きをかけ、且つ、強さのみならず美しさも取り入れたのだっ! 見よっ、この筋肉美をっ!」
どこがどう凄くなったのか私には全く分からないが、ヴラム王は自信満々にサイドチェストポーズを決めて、ニカッと歯を見せる。
「……エミリア、どうす――――」
「うむ、ならば心配はないっ! 母上、参ろうかっ!」
先程までの心配はどこへやら、エミリアが気持ちを切り替えベルトーチカ様の手を取り、隠し通路へ引っ張っていこうとする。
「で、でも」
「大丈夫だ。余のこの筋肉を信じよっ!」
それでも逡巡するベルトーチカ様にポーズを変えてアピールするヴラム王だが、やはり私にはその強さが今一伝わらない。
『行かせるわけないでしょうがっ!』
こちらにマッスルポーズを披露しているため、滅茶苦茶隙だらけになったヴラム王に向かって白銀の鎧が剣で斬りかかってきた。
「フンッ!」
信じられない光景が私の前で繰り広げられる。
ヴラム王は白銀の鎧の攻撃を避けずにそのままのポーズで受け止めたのだ。
手で止めるとかそういうのではなく、身体で……彼から言わせれば筋肉でだろうか。
(剣より固い筋肉とはこれ如何に……)
「フッ、温いな……そんな攻撃児戯に等しいぞっ、白銀よぉぉぉっ!」
ヴラム王は何事もなかったかのように鼻で笑うと、白銀の鎧の鳩尾に拳をたたき込み、再び鎧が先程までいた壁へと飛んでいく。
「さぁ、ここは余に任せて行くがよいっ!」
ベルトーチカ様の心配を消すかのように、自信満々に言うヴラム王だが、それは死亡フラグっぽいので言わない方が良いのではないかななどとツッコミを入れるなど、畏れ多くて言えない私なのであった。
後ろ髪を引かれる思いではあるが、ベルトーチカ様が今度こそエミリアに引っ張られながら、隠し通路へと移動していくのを見届けて、私は対峙する白銀の鎧とヴラム王をもう一度見た。
かつて、国の命運をかけた二人の戦いが、こんな台所の端っこの部屋で再度行われようとしている事実が、まぁ、なんと言ってよいのやら……。
とにかく、今は彼の心意気を尊重しよう。
メアリィ達が隠し通路から出ていったのを見届けたヴラムはゆっくりとこれから相手をする白銀の鎧の方を見た。
「ふむ……しばらく見ない内に随分と変わったな、白銀よ。かつての其方ならそのような感情に身を任せて剣を鈍らせることもなかっただろうに。なにがあった?」
『……うるさい』
「そのような紛い物でなぜ行動しておる。片割れはどうした?」
『うるさいうるさいっ! 私達を詮索するなっ』
かつての白銀の鎧の中に二つの存在がいたことはヴラムも理解していたが、そもそも白銀は寡黙であり、しゃべっていたのはほとんど男の声のはず。なのに、今は女の声しか聞こえていないのも疑問でならなかった。
さらに、久しぶりに会う白銀の鎧には精神的な未熟さというか不安定さを感じており、目の前に立つ者からは異質さすら感じている。
かつての白銀の鎧との戦いはヴラムにとって大きな転換であった。それほどに大きく今もなお鮮烈に覚えていたのだ。
自分の志と相手の志のぶつかり合い。
力こそ全てであり万能であると信じたヴラムに真っ向からぶつかってきたその怯むことのない意志の力。
そして、その力に敗れた時、その身を挺して自分を庇い、命ばかりはと懇願する裏切ったはずのベルトーチカを見て、ふとなぜ、白銀は彼女に良いように利用されていたことを承知で、立ちはだかったのかと問うてみれば……。
あなたを大切に思う人のため――――。
と、事も無げに語り剣を納める白銀の姿は、魔王ながらとても眩しく感じていた。
そんな他人のために振るう力に、魔王たる自分のために振るう力が敗れたその事実が、自分の中にあった力への盲信を打ち砕いてくれた。
そして、ベルトーチカは予てより進めていた隣国との同盟を結んだのであった。
全ては疲弊したレリレックスの未来の為に……道を外し続けた愚かな王のために……。
その代償はベルトーチカの国と愛する者を裏切ったという罪の意識。
そして、視野の狭かったヴラムは周りが見えるようになり、守ることの嬉しさを実感できた。
正直なところ白銀には感謝している。
だから、ベルトーチカへの訪問を黙認したのだが、まさかこんなことになるとはヴラムも驚きを隠せずにいられなかった。
「かつて、力で全てをねじ伏せようとしていた余を正した其方が、今力で解決しようとするのを余が止めようとしているとは……皮肉なものだな」
変わり果てたかつての強敵をヴラムは悲しい眼差しで見る。
「なにが其方をそこまで変え……ハッ、そうか……次はこれを救済しようとしているのだな、彼女は……」
自分の疑問に答えるかのように、ふっとヴラムの脳裏に今回の件の発端である白銀の少女の顔が浮かぶ。
ヴラムはここを訪れるまで、メアリィの急な訪問に疑問を抱いていた。しかも、今まで接点もなかったベルトーチカに用があるというではないか。
詳細を聞かされる前にエミリアと姉のエリザベスがこの件を、速やかに自分のモノにして動いたためあまり知らないが、白銀の鎧に関係していることは把握していた。
そして今、目の前にいる白銀の鎧……メアリィがなにを成そうとしているのか自ずと理解できるというモノだ。
それに、なし崩しではあるがヴラムにとって難しかったベルトーチカの外出も実現できたのは僥倖だろう。
いや、話があまりに上手すぎる。
ここを訪れたタイミングとメアリィ達の密かな訪問の一致は偶然だったのだろうか。
そういえば、ダークエルフの娘がメアリィが自分に気が付いていたような発言をしていたところを考えると、その上で白銀の鎧を挑発し焦らせ、ヴラムを巻き込んだ今の状態を導いたということだろうか。
考えれば考える程、背筋に寒いモノを感じずにはいられなくなる。
「あの聖女殿はどこまでも先を行く、か……」
ヴラムは一人、納得したような笑みを見せるが当のメアリィからしたら、とんでもない勘違いだというものだった。まぁ、またしても当の本人が今ここにいないので、その勘違いを正すことはできないのだが……。
『聖女? ああ、メアリィね……そう、あの子は危険だわ。お前達はどんなに強くなっても所詮は枠内なのよ。でも、あの子は違う、ような気がする。あの子は私達の園に来させるわけにはいかない。嫌な予感がするのよっ!』
ヴラムの独り言に白銀の鎧が過剰に反応し、声を荒げる。その反応がヴラムの考えをさらに肯定させてしまうという、メアリィにとって最悪の効果をもたらしていた。
『そうよ、そうだわ、あんたと遊んでいる場合じゃなかったっ! 追わないとっ』
「行かせると思うかっ!」
冷静さを取り戻してきたのか白銀の鎧が本来の目的を思い出し、ヴラムを無視してここから離れようとする。だが、それを今更許す魔王ではなかった。
この魔王を利用するとは癪ではあるが、その対価が愛する妻を外に連れ出すというのならヴラムにとっては断る理由が全くない。
今はその思惑に乗って足止めを引き受けようではないか。まぁ、ここで奴を破壊しても構わないのだろうとそんな死亡フラグを踏み抜きながら、ヴラムは一足で距離を詰め、白銀の鎧へと拳を振るう。
だが、そこは腐ってもあの英雄。しっかり防御をして、後ろへ飛び威力を受け流した。
『邪魔よっ! ノヴァ・フレアッ!』
魔王の目の前で爆裂魔法が炸裂し、台所から周辺の部屋をまとめて吹き飛ばす。
並の者なら、爆発に巻き込まれて木っ端微塵、たとえそれを凌いだとしても、爆裂魔法によってもたらされた塔の落石で生き埋めとなって終了だろう。
並の者ならば……。
『……こぉの筋肉だるまがぁ……』
眼前の光景を見て、苦虫を噛み潰したような声を出す白銀の鎧。
そこにはまるで何事もなかったかのように筋肉を隆起させ、ポーズを決めているヴラムの姿があった。
「ファッハハハッ、温い温いっ! そのような小賢しい攻撃、余の筋肉には通用せぬこと忘れたわけではなかろうっ! 白銀よ、余とこの筋肉について、肉弾戦で大いに語りあおうではないかっ!」
『するわけないでしょ、この変態がぁぁぁっ! ヴァーミリオン・ノヴァッ!』
幽閉の塔が揺れ、巨大な火柱が外に向かって立ち上がる。
周辺を巻き込んで、かつての英雄と魔王の戦いは過熱していくのであった。




