妙な勝負になりもうした
私が倒した白銀の鎧と変わらない姿だが、おそらく別物であり、短期間で再び出会うということは、あの鎧は一つだけではなく、数体用意されていると考えられる。
となると、倒しても倒しても、短期間でちょっかいを出してくるということになり、それはそれで厄介極まりなかった。
「どうしてあなたがここへ? しかも、隠し通路から」
『昔、魔王とタイマンするためにそこのベルトーチカに案内されたからね。まぁ、最後の扉の開け方を知らなかったからどうしようかと思ってたけど、なんか半壊れで開いてたからラッキーだったわ』
相変わらず緊張感のない素振りで白銀の鎧は私の質問に答えてくる。
(なるほど……魔王と白銀の騎士の戦いにはそういった経緯があったのね。だったら、彼女があそこから出てくるのも頷ける)
私は白銀の鎧の登場に驚くノアを庇うように近づきながらふと考えた。
(そういえば、ノアも最後の扉の開け方を知らなかったわね……偶然かしら?)
「こんな所までノアを追ってくるなんて、中々暇人みたいね、あなたは」
『う~ん、どっちかというと今回はベルトーチカに用があって来たのよ』
「あら、私にですか? ちょうどお菓子もありますし、お茶しながら土産話でも聞かせてください」
私達の緊張感はどこへやら、一人ノホホンとお茶の準備をしようとするベルトーチカ様に、白銀の鎧を含めて、なんとも言えない表情で彼女を見る。
『そうやって、自分のペースに巻き込もうとする所、相変わらずね。アガードはまんまと乗せられたけど残念ね、あなたの思惑通りにはいかないわよ。なんてったって、今の私は中身肉塊だから食べられないものねっ!』
(いや、そこ勝ち誇るところじゃないだろう)
これでもかとドヤる白銀の鎧に、私は心の中でツッコミを入れる。
「あらあら、それは残念ですね。上手く焼けたのに」
『そうなの? じゃあ、後で包んで持って帰るわ』
(なんだろう……会話に緊張感が……)
先程までの私の緊張感を返して欲しくなるほど、二人の会話がのどかすぎて、なんだか釈然としない私。
「それで、どのようなご用でこちらに? まさかあなたもゼオラルに行きたいとかですか?」
『違うわよ、むしろその逆ね』
「逆、ですか? ゼオラルから出ていきたいとか?」
『なんで、そんなことあなたに頼まなくちゃいけないのよ。それならここにいる私はなんなのよってなるじゃない』
「いえ……それは仮の姿だから……」
『…………』
先程までおちゃらけていた二人の中で一瞬空気が変わったように感じて、私は二人を見守る。
『とぉ~にかく、ノアが目覚めた以上、ゼオラルの存在は知られると思っていたけど、まさかこんなに早くあなたの元を訪ねて来るなんて予想外だったわ。メアリィ……やはりあなたは危険なようね』
明らかに話を変えるように、白銀の鎧の話題が私に向く。しかも、知らない内に私の危険度が上昇していたようでござる。
なぜにいつも私なのだろうかと頭を抱えたくなるが、エネルスの森での戦いでやっちまったしでかしに心当たりがあって、なにも言えなくなる私なのであった。
「いやでも、今回の弾丸ツアーはエミリアが抜け駆けしてベルトーチカ様とお出かけしたかったせいであって、私のせいじゃないわよ、ねぇ~?」
「な、ななな、なにを言っておるのじゃ、メアリィよ。全ては其方の頼みであって、妾は、あの……その……」
私も話を逸らしたいので、貰ったボールをそのままエミリアにパスすると、予想外のパスにしどろもどろになる可愛いエミリアであった。
「えっと、つまりあなたは私にゼオラルの案内をするなとお願いに来たのですか?」
『まぁ、そうね。あなただって引きこもり、じゃなくて、幽閉されていないといけないんでしょ?』
「待て待て待てぇぇぇいっ! 後から来てなに勝手なことをぬかしとるかっ!」
シレッと白銀の鎧に、ここまで来るのにかなり無茶をして計画していたエミリアの行動を台無しにする提案をされて、さすがに黙っておれず、彼女は白銀の鎧にくってかかる勢いで怒鳴る。
『なによ、文句があるなら実力行使でも良いんだけど』
「ぬわんじゃとぉぉぉ」
白銀の鎧はエミリアの圧など何のその、さらに油を注ぐように挑発してくる。確かに彼女と戦った私なら分かるのだが、その実力はエミリアに後れを取るようなことはないだろう。
「なるほど~。これは困りましたね~」
バチバチと見えない火花を飛ばして一触即発の二人の緊張感に触発されることなく、マイペースにベルトーチカ様が困った顔でお茶を飲む。
「そうだわ、良い考えが浮かびました」
『良い考えってなによ? あなたは私の言うことに従っていた方が身の為よ』
「貴様、良い度胸じゃのう。今すぐにもボコボコにして、その減らず口を塞いでやろうか」
『フッ、親離れできないお子ちゃまが吠えるわね』
せっかくベルトーチカ様のポワポワオーラで場が和みそうだったのに、この二人と来たら、再び睨みだす。
「では二人とも、可愛くお願いしてもらえますか。グッときた方のお願いを聞こうと思います」
『「はあ?」』
予想外の提案に綺麗にハモるエミリアと白銀の鎧であった。だが、そのおかげで先程までの殺伐とした緊張感は霧散し、場が緩む。
(これがベルトーチカ様ってことかしら。エリザベス様達とはまた違った種類の只ならぬお人なのかもしれないわね。う~ん、敵に回したくないわ)
「ささっ、どちらからしてくれますか? 私としてはどちらからでもオッケーですわよ」
『「えっ、いや、えっとぉ」』
「は、母上! お願いをするというなら、こちらはメアリィのお願いを聞いておるのだから彼女も交ぜても良いかっ?」
「ちょっ、なにを言い出すのよ、エミリアッ!」
気の毒にと第三者として眺めていたら、まさかの巻き込まれに私は思わず大声を出して第三者として位置を取り戻そうとするが――――。
「ええ、どうぞ」
とてつもなく素敵な笑顔で即答され、そこから醸し出されるなんとも言えない圧というか、空気感に次の言葉が出なくなる私であった。
「フッフッフッ、二人協力してこの難局を乗り切ろうではないか、戦友よ」
「戦友とか格好良いこと言って巻き込むんじゃないわよ。とはいえ、お願いしているのは私もそうだから一概にも間違いではないのが悔しいわね」
「っで、どうするのじゃ? お主、可愛さを振りまくのは得意じゃろう」
「とんでもない印象操作は止めてもらえます。そんなもの得意だと言った覚えはないわよ」
「またまた~、あざとさなら他の追随を許さぬくせに~」
「よぉ~し、白銀の騎士の前に私と喧嘩しようか?」
「そ、そんなことよりもだっ。どうやってお願いする? 妾としては其方から学んだ最大のお願い方法をしようと思っておるのだが」
私まで敵に回ってはかなわないと、エミリアが話を進めて提案してくるが、私からというのがちょっと気がかりではある。
「聞きましょう」
「ずばりっ、土下座じゃ!」
「いや、誠意は伝わるけど可愛いかというとどうなの、それ?」
「可愛い妾がするから可愛いに決まっておろう。さらに誠意が伝わってプラスじゃ」
「…………」
自信満々に自分のことを可愛いと言い切るそのメンタルの強さに私は引き、もとい、感服して沈黙する。
「なんじゃ、不満か? それなら其方ならどうするのじゃ?」
ここで他の案を出さないと本気で土下座を決行しそうなエミリアだったので、とにかく別案をどうにかして絞り出さなくてはならなくなった。母親に土下座する娘の姿など見とうないからね。
とはいえ、これといって考えもなくどうしたものかと辺りを見回したところ、シータと目が合った私に天啓が下りた。
「そうよっ、今こそ学者様の知恵を拝借するときなのよ。ねっ、シータッ!」
「いやいや、可愛さなんて研究してないし、歴史の中に語り継がれていないから無理無理無理っ」
私の提案に高速で手を横に振って答えるシータ。
「あなたの知識を今使わずにして、いつ使うのよっ」
「そうじゃぞ、シータ。カイロメイアの総力を持って解き明かせ」
私と同調し、エミリアまでシータに無理難題を押しつけていく。
「そんな無茶苦茶なぁ~……どうする? オルトアギナ様ぁ」
『いやいやいやいや、こっちに振るんじゃ~ないっ』
「やれやれ、智欲竜などと大層なふたつ名をもっておってもその程度の知識とはな……」
(あっ、エミリアさん、それは禁句なのでは?)
独り言のように呟いたエミリアの言葉に私はヒヤッとして、そっとシータが取り出していた本を覗き見る。
本なので感情とかそんなモノは読み取れないが、なんだかピキッと空気が固まったように見えたのは気のせいだろうか。
『ホホォ~、言うではないか、レリレックスの魔女姫よ』
「いやいや、良いのだ。只の本に期待した妾が浅はかだったんじゃからのう」
エミリア本人は別に煽っているつもりはなく、素直に気持ちを伝えているのだろうが、如何せん、あのエミリアなので煽りにしか聞こえないという悲しい性よ。
『フッ、フフフッ、よかろう! ならばこの我が全力を持って可愛いとやらを伝授してやろうではないかぁぁぁっ!』
(ああ~、やばい人のやばい所に触れてしまったみたいだわ。どうすんの、これ)
『よし、やるぞっ、メアリィ!』
「なんで私がっ? そこはエミリアでしょうがっ」
『いや、この中で可愛らしい造形を分析すると子供姿のノアが一番なのだが、まぁ、今回は其方と姫が対象だからな。とはいえ、相手の身内を使うと贔屓が出て不公平だろ。なので、正々堂々と勝負するなら其方しかおらん』
「いや、そこは身内贔屓で良いじゃない」
『いぃ~やっ、そんなので勝っても嬉しくないわっ!』
これまたクソ面倒くさい学者魂とやらに火をつけられたらしく、なし崩しに私が白銀の鎧と妙な勝負をしなくてはならなくなったようだ。
『さて、今カイロメイアの全学者を集合させ、白銀の聖女を如何に可愛くおねだりさせることができるか議論をさせておるから、ちょっと待っておれ』
「そんな頓珍漢な議題を大多数の学者様にディスカッションさせるんじゃないわよ、恥ずかしいっ! 皆、困ってるでしょうが」
『いや、皆ノリノリだが? 私が描く聖女様は~とか、いやいやこの情弱が、聖女様はそんなことしないとか、解釈不一致ですぞとか、白熱しておるぞ』
(もうカイロメイアの学者様らが分からなくなってきたわ)
オルトアギナの言葉に私は膝から頽れ、なにも言えなくなった。
『よぉし、ある程度意見が出ているから、そこを参考に我が進めよう。まず、重要な点は三つある。仕草、表情、台詞だ』
「あのぉ……普通で良いんですけど?」
『主催者は黙って待っとれぇぇぇいっ!』
あまりの白熱っぷりにベルトーチカ様まで私に助け船を出そうとするが、もうあのドラゴン様は止められそうにない。
『ではますポーズからだ! 身体を横に斜め三十五度にくの字に曲げ』
「え、こ、こう?」
『違ぁぁぁう、四度傾き過ぎだっ! いや、今度はコンマ五度戻しすぎ、いやコンマ一度行き過ぎ、あぁ、だめだめ、どうしてそんな簡単なこともできないのだろうかのう』
「そ、それは、どぉうもぉ、すみませんねぇ」
あまりの理不尽な物言いに、私は己の堪忍袋を強く引き結んでとにかく耐える。
『まぁよい、次は両手を軽く握りしめ、胸の方へ上げて脇を締めて気持ち寄せ……いや、これは無理か……』
「ねぇ今、私の胸見て無理とか言わなかった?」
『うむ、思った以上に無かったのでな』
「天誅っ!」
『おふっ!』
あれだけ耐えていた堪忍袋があっさりと切れて、指示を出しやすくするために目の前に差し出されていた本をはたき落とす私なのであった。オルトアギナもオルトアギナで、別に感覚を本と共有しているわけではないのに、ノリが良いのか変な声を出して地面に落ちていた。
『フンッ、揃いも揃ってなにかのコントかしら。見てられないから、この私がチャチャッと終わらせてあげるわ』
私達の一連の行動を黙って見ていた白銀の鎧が溜息交じりに前に出てくる。コントと言われて言い返そうと思ったが、客観的に見たら否とは言えない自覚が少々あって、これまた悔しい。
ならば、お手並み拝見といきましょう。全身鎧の身でどう可愛くお願いするのか見物である。
『ベルトーチカ、あんたゼオラル行きを諦めなさい! 逆らうなら容赦しないわよ』
「「「…………」」」
仁王立ちで高圧的な態度を取る白銀の鎧から繰り出された渾身の一撃に、私も含めて理解が追いつかずフリーズする。
「え、えっとぉ……それが可愛いお願い?」
『フッ、これはツンデレよ、ツンデレ。あぁ、高等すぎてあなた達には分からないか』
「いや、どう見てもツン百パーしかなかったけど? デレはどうした、デレは?」
勝ち誇ったかのように言ってくる白銀の鎧に私のツッコミは止まらない。
『フッ、愚かね。デレは皆がいなくなって二人っきりになってからよ』
「これから二人っきりになるの? どうやって」
『そ、それは、ベルトーチカだけ部屋の角に呼んで……』
なんだかシチュエーション作りに無理があって、私の指摘にその破綻を自覚した白銀の鎧が言い淀む。
「もしかして、にわかでいらっしゃる?」
『う、うるさい、うるさいっ! そもそもこんな面倒なこといちいちする必要は無いのよっ!』
子供のように癇癪を起こし、地団駄を踏む白銀の鎧は、その勢いで剣を抜くとベルトーチカ様へと向ける。
慌ててベルトーチカ様を守ろうとした私達を彼女は手で制止してきた。その毅然とした態度は先程までのポワポワした感じから想像できないくらいだ。
「随分と感情的になりましたね。昔はあんなに冷静だったのに」
『うるさい、うるさいっ! あれはアガードがいてくれたからっ! あの頃の私は私じゃないっ! 知ったような口を利くなぁぁぁっ!』
なにかかつての仲間しか分からない、白銀の鎧にとってタブーな部分に触れたのか、彼女の殺気が膨れ上がった。
それはノアを殺そうとしたときの気迫に似ており、先程までとは別人のような変わり様である。有り体に言えば情緒不安定というべきだろうか。
『ああ、そうね、簡単なことだわ。私達の花園を守るためなら殺しちゃっても構わないじゃない、ねぇ、そうでしょ、アガードッ』
天を仰ぎ見て誰もいない空間に向かってしゃべり出す白銀の鎧。
視線を戻した瞬間、白銀の鎧が何の迷いもなく動いた。
それは、刹那の動き。
誰も反応できないくらいのスピードで、白銀の鎧はベルトーチカ様との距離を詰める。
私も咄嗟に動いてベルトーチカ様を守ろうとしたその時、白銀の鎧の横から衝撃が襲った。
『ぐっ!』
壁が砕ける音と、白銀の鎧が砕けた壁の先にある新たな壁に叩きつけられる音が塔内に響き渡った。
「……白銀よ。戯れるのなら目を瞑ろう。だが、余の妻に害を成すのなら容赦はしない」
壊れた壁の中から拳を握りしめて出てくる人物が一人。
唖然と見つめる私達の前でその人物はフンッと筋肉を隆起させ、マッスルポーズを決める。
「この筋肉にかけてっ!」
そこに立つはパンイチの変態、もとい、ヴラム・レリレックス。
かつて、白銀の騎士に敗れた魔王であった。




