ベルトーチカ・レリレックス
「誠に、申し訳ございません」
「いえいえ、お気になさらず。メアリィちゃんの国とは違って、こちらはそういうところは緩いのは知っているでしょ。それに、幽閉されているのにこんな所でお菓子を焼いているような王妃などメアリィちゃんでも想像できませんものね」
人生二回目の土下座を繰り出そうとする私に、エプロン姿がよく似合う魔族の女性こと、ベルトーチカ・レリレックス様がおっとりした所作で止めに入ってきた。
「ど、どうして私の名前を……」
「フフッ、私の耳にも白銀の聖女の活躍は聞き及んでおります。メアリィちゃんの容姿は話に聞くのと一致しておりますし、連れているのは神獣でしょ? それにエミリアちゃんに気兼ねなく会話しているところを見ますと、ね。まぁ、他にも色々ありますが、そこは置いておきましょう」
言われて名乗ることすら忘れていた私とは対照的に、さも当然のごとく笑顔で答えてくるベルトーチカ様。
本当に彼女は幽閉されているのだろうかと思えるほど、外の出来事を網羅しているようだった。
さすがはあのエリザベス様が一目置いているだけのことはある。
おっとりとしたその様子の中に、チラッと垣間見えるエリザベス様のようななにか末恐ろしいオーラを感じずにはいられなかった。
「それで、そちらの方は?」
とはいえ、さすがのベルトーチカ様とて、カイロメイアの住人であるシータとレイチェルさんまでは把握できていなかったらしく、首を傾げて聞いてくる。
エミリアの紹介でシータ達が挨拶している中、私はノアを見てみると、これといって人見知りを発動している様子は見られず、普通に接していた。
エネルス村でなにかを思い出してから、ノアは初対面の人には人見知りを発動して私の後ろに隠れがちだったのだ。
(ノアはベルトーチカ様のことを知っている? ここに来れたこととなにか関係があるのかしら?)
だが意外にも、当のベルトーチカ様はノアのことをご存じなく、初対面の反応を見せてきた。
「ノアちゃんっていうのね、初めまして。あらあら、照れちゃって可愛らしい♪」
ほんわかした笑顔で接してくるベルトーチカ様に釣られたのか、ノアも警戒心が薄れてモジモジと恥ずかしがりながらも受け答えしているところを見ると、彼女の人となりで人見知りが発動しなかった線もあるような、ないような。
一同、お菓子を食べつつ、お茶を頂きしばしこの一時を堪能するのであった。
う~ん、なんとも和やかな空間である。本当にここは幽閉の塔なのだろうかと私が疑い始めてくるくらいだった。
「ねぇ、エミリア。ここって幽閉の塔だよね」
なので、私は隣にいるエミリアに小声で聞いてみる。
「ああ、そうじゃが。まぁ、母上を見ていたら幽閉というイメージとなんか違うような錯覚をするのも無理はないな」
「どういうこと?」
「母上の場合、幽閉(自称)じゃからじゃよ」
「はい?」
(ここに来て、とんでもないことをぶちまけてきたよ、このお姫様は)
エミリアの発言を聞き、首を傾げながら私はベルトーチカ様を見る。
「もぉ~、エミリアちゃんってば、自称ではありませんよ。私は……皆を、国を裏切り魔王を敗北に導いた張本人です。同盟を結ばせ、レリレックス王国の進軍を阻止した国賊ですよ。そんな私が処刑もされず、普通に生活していては民も納得しておりませんでしょ。なのに、皆は……せめて、幽閉という形でも。ヴーくんもお義姉様も身内に甘いのです……」
(ヴ、ヴーくんとは? もしかして、筋肉、じゃなくて、現魔王のヴラム王のことかしら?)
すごい真面目な話をしているのに、話からしてそこはスルーすべき点が気になってツッコみたくなるダメな私。
「じゃが、母上。時が経ち、民は母上の行動に感謝していても恨んではいないと何度も言うておろうが。あの力こそ全ての圧政から解放され、アルディアとの交易で豊かさを取り戻したのだからっ。臣下だって、父上よりも母上を頼っておるのは、うんまぁ、父上では頭を使うことが……じゃなくて、そのっ」
私の素朴な質問から、二人の触れてはならないスイッチを押してしまったようで、言い合いのようなモノが始まり、どうして良いのか困惑する私。
特にエミリアは押し込めていた思いが爆発したのか、ちゃんと話を整理しないで捲したてているように見えた。
そういえば、先程シータがこの国の過去について話していたことを思い出す。
他国の歴史は勉強不足ではあるが、いろいろ暗い事はどこにでもあったのだろう。
ここは一つ、深掘りせずに話を切り替えていくのが正義とみた。
「あのぉ、そろそろ私達が来た本題に入っても宜しいでしょうか?」
「あっ、そうでしたね。それで私に何の用があってあんな所から来たのですか?」
私の話題逸らしに、エミリアがまだなにか言いたそうにしていたが、ベルトーチカ様がその話はもうおしまいとばかりに私の話に乗ってくる。
「それはですね、白銀の騎、士……」
(ぐおぉぉぉ、結局話題が変わっていないじゃないかぁぁぁ)
今一番言ってはならないワードを口にして、私は心の中で悶絶する。
「白銀の騎士、ですか?」
「はいっ、メアリィ様は白銀の騎士様の生涯についてお調べになっているんですよ。それで、我々も協力した結果、王妃様がとあることについてご存じだと聞き、ここへ来たのです」
私が心中悶絶している中、代わりにシータが瞳をキラキラさせながら説明してくれる。
「カイロメイアの方が個人的に協力とは、あらあら、メアリィちゃんってばすごいのですね」
「はいっ、白銀の聖女様は私達の大書庫塔も救った英雄――――」
「だぁぁぁ、私の事はいいから、本題に入ろう、本題にっ!」
話題が逸れてあの重たい空気感がなくなりそうになっていたが、次の話題は私が恥ずかしいし、話が誇張されそうで、止めてもらいたい。
「白銀の騎士ですか……あの方とお会いしたのはもう随分と昔のことですので、詳しくは覚えていないかも」
「白銀の騎士様とは、どのようにお会いに?」
私の代わりにガンガン聞き込んでいくシータ。頼もしいやら、空気読みなさいなと思うやらで、私はハラハラしながら会話を聞いているしかなかった。
「かつて、レリレックス王国はアルディア王国への侵略も視野に入れていました」
「は、母上っ」
アルディア王国出身の私がいるにもかかわらずな内容に、エミリアがギョッとして声を上げるがベルトーチカ様は分かっていて言ったらしく、全く動じない。
「その過程で私は白銀の騎士の存在を知り、彼の力を借りに密かに海を渡ったのです。幸いにも私は永久の歌姫と呼ばれるくらいにはそこそこ名が知れておりましたので、それを利用して彼に接触しました。全ては魔王、ヴラム・レリレックスを止めて欲しかったから……」
ここで初めてベルトーチカ様が顔を曇らせた。
彼を想い、彼を裏切る……その思いと覚悟がどれほどのモノだったか私には分からないが、友達を想い、友達を裏切る、そう考えると胸が締め付けられ、それ以上深く考えたくなかった。
「なるほど、分かりました。では、ゼオラルについて、なにかご存じでしょうか?」
「ゼオラル? あの天空の島のことですか。そういえば、白銀の騎士も彼の地へ向かいましたね」
「白銀の騎士が一体何の目的で?」
「あの方は自分のことはあまり話さない方でしたので詳しくは……ただ、あの島が最初の島だ、としか……」
「最初の島……あ、あの、ベルトーチカ様、アガードという名に聞き覚えはありますか?」
シータにばかり任せていられないので、私も気になった点を質問してみる。
「アガードですか。話の流れ上、白銀の騎士に関係しているのですよね。そういえば、白銀の騎士が時折コソコソと口にしていましたね。あの時は可愛らしいお声だったので、不思議に思っておりましたがあまり追及して欲しくなさそうだったので、聞き流しておりました。それくらいでしょうか」
ベルトーチカ様が聞いた声は、おそらく私達がエネルス村で遭遇したあの白銀の鎧と同じ声だろう。
となると、当時白銀の騎士には装着者のアガードと、ソウルマテリアの彼女が存在していたということになる。ならば、一部で白銀の騎士が女性なのではと言う混乱が生じてもおかしくはない。
「そ、そんなことよりもメアリィよ。其方はゼオラルへ行きたいためにここへ来たのであろう。そちらの話をしないか?」
エミリアがソワソワしながら強引に話を切り替えてきた。エリザベス様のあの妨害を想定していなかったせいで焦っているのだろうが、どうやらエミリアの思惑もそこにあるのかもしれない。
とはいえ、エミリアがゼオラルへ行きたいというわけではなさそうなのは分かるが、はてさて、なにを企んでいることやら。
「ゼオラルへ行きたいのですか? 確かに、私は一度白銀の騎士と共にそちらへ向かいましたが、私は途中までで島には行っておりませんけど宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません。知っていることを教えていただけますか?」
「そうですか。ではまず、地図を用意して……」
「おお、そうじゃ、母上。そんなまどろっこしいことをしなくとも、母上自身が案内すれば良いではないだろうか~」
地図を用意しようと立ち上がったベルトーチカ様に向かって、ポンと手を打ち、なんか演技臭い口調でエミリアが語ってくる。
「え? でも私は幽閉の身なのでここから出るわけには」
エミリアの提案に首を傾げて、即否定するベルトーチカ様。
「いや、でも、ほら、口頭で説明されてもなっ」
諦めが悪いエミリアはなおも食い下がっているが、歯切れが悪い。しかも、さっきから頻りに私へ目配せしてくるのはなんだろう。
「それにほら、メアリィは白銀の聖女として妾達に多く貢献してくれた者じゃ。それを地図を渡して、いってらっしゃいでは王族としてどうかと思うのじゃが」
「それは確かにそうですね。それではエミリアちゃんが案内してくれますか?」
「あ、いや、妾ってばこう見えて迷子気質でのう、自慢ではないが地図は読めんのじゃ」
「あれ、そうだっけエミリ、んぐ」
私も知らなかったカミングアウト、というか、そんなことないだろうと思って聞き返そうとしたら、エミリアの手で口を塞がれる私。
「それに、メアリィも妾以上に迷子気質でのう。ちゃんとした人が案内しないとどこへ行くか分かったものじゃないのしゃよ。なっ、そうじゃろう、メアリィ?」
目で物を語るというのは正にこのことかと思えるくらい、エミリアはひたすらウインクして、私に訴えかけてくる。
(なるほど……エミリアの思惑ってば、そういうことだったのね)
おそらく、エミリアはベルトーチカ様を外へ連れ出したいのだ。
市井に出て、明るく平和になった皆を見せればベルトーチカ様の考えも変わるのではないのかと考えての行動だろうか。それとも、単純に母親と一緒にお出かけしたいだけなのか。
とにかく、きっかけが欲しいところで私という存在が現れたのは僥倖だったのだろう。
だから、あの食いつきようだったのかもしれない。
もしかして、エリザベス様もエミリアも迅速な行動だったのはお互い思惑が一緒だったのだろうか。
まぁ、なんにせよ、ここは話に乗ってあげるのができる女というものだ。
「うんまぁ、自慢ではないですが、ものすごく方向音痴で迷子スキルレベルマックスです」
エッヘンと胸を張ってエミリアの話に合わせた私だが、言ってて悲しくなってきたのは言うまでもなく、しゃべり終わってからズ~ンと落ち込むのであった。
「じゃろうっ! 白銀の聖女の頼みとあっては母上も無碍にはできまい。さぁっ、邪魔者が入る前にパパッと準備してゼオラルへ出発じゃっ!」
もはや強引の極致。勢い任せに事を進めていくエミリアは、立ち上がると困惑するベルトーチカ様の手を取り、部屋を出ようとする。
いつもとは違った無邪気に笑うエミリアの表情を見て、本当に嬉しそうなのだと感じた私は彼女を応援するべく、ベルトーチカ様を促すことにした。
「ベルトーチカ様、ゼオラルへの案内、お願いし――――」
『それは困るわね』
私の言葉を遮るように、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
私は慌てて自分達が来た隠し通路の方を見る。
そこには想像通り、はい、ちょっとお邪魔しますよ~的なポーズを取って中に入ってきた白銀の全身鎧がいた。
(なんで白銀の騎士が隠し通路から……私達をつけていた? いや、それなら入る前に邪魔するか。もしかして、元から知っていた?)




