いざ、幽閉の塔へ
「ここが遺跡……というか、観光名所的な感じがするんだけど気のせいかしら?」
私達は今、王都の近くにある神殿のような場所にいる。
雰囲気的に外国に来て、その国の歴史的建造物を皆で見学に来ている感じだった。もちろん、私達以外にも観光に来ている人達が結構いたりする。
まさかこれから城へ忍び込もうとする輩がいるなんて想像できないくらいのノホホンとした風景だった。
と思ったが、奥へ行くと神殿のような造りの大きな空間に聳え立つ、パンイチでサイドチェストポーズを豪快に決めた立派な巨像が見えてきた。
「……エミリア、あなたのお父様が立派な王様なのは分かるけど……」
「ち、違うぞ。これは父上ではなく先代じゃっ!」
私の真顔な物言いにエミリアが慌てて抗議してくる。彼女に言われて、そういえばポーズを見ただけで顔は見ていなかったと反省し、改めて確認すると確かに顔の造形が違うことに気が付いた。
「なるほどなるほど、色々見てきて感じていたけど、魔王とは、自己顕示、支配、圧政、暴力に強く魅せられてきた歴史のようね」
先程からあっちへフラフラ、こっちへフラフラと色々歴史探究をしていたシータが合流するや、なんかに気が付いたような感じで会話に加わってきた。
「シータ、憶測でそういうことを言うもんじゃ――――」
「いや、シータの洞察は正しい。父上もまたそれに影響されておったからのう……」
誇らし気に言うのかと思いきや、少し沈んだ表情をするエミリアに私はこれ以上踏み込まない方が良いような気がして、続けてなにかを言おうとしたシータの口を手で塞ぐ。
「それよりもエミリア。その隠し通路ってどこにあるの?」
「んっ、ああ、あそこじゃ」
少し空気が重くなったところに私が話を変えてきたので、エミリアはそれに乗り、先程のマッチョ像を指差した。
「なんでそんなところに?」
「さあ? 奇を衒ったのかもよ」
「隠し通路に奇を衒ってどうするの?」
「細かいことを気にするでないわっ! さぁさぁ、他の者達がいない内にこっそり通路に入るぞっ!」
そもそもこんな目立つ建造物にこっそりと入る入り口なんてあるのだろうか甚だ疑問ではあるが、私の知らない魔法文明を持った王国だから、そういった秘匿魔法的なモノが存在するのだろう。
一応周囲に誰かいないかを確認しつつ、私はエミリアの行動を見守ることにする。
「○#$%△×&」
皆が見守る中、エミリアは像の足下まで行くと、私には聞き取れない言語を像に向かって発した。
おそらく、王家だけが知る扉を開ける呪文なのだろう。
エミリアの言葉が終わり、静寂が戻ると私達の目の前にある大きな像は、像は……。
なにも変化が見られなかった。
「……もしもし、エミリアさん?」
「あっれぇぇぇぇぇぇっ? 確か、コレだったような気がするのじゃが」
私の半眼の視線に焦り散らかし、エミリアが首を捻る。
もう一度先程の音を発するが、やっぱりうんともすんともしなかった。
「う~ん、教えられてから今日までまったく使ってなかったからのう。まさか間違えて覚えていたとは気付かなかったわ、カッカッカッ」
「笑い事じゃないわよっ、ここまで来てどうするのこれぇっ」
「ふむ……シータよ、お主の博識でなんとかならんかのう?」
「姫殿下。お言葉ですが、私がなんとかしたら、それはそれで大問題でしょ?」
(確かに、他国のシータが王国の秘匿情報をサクッと解いたら大問題だわね)
「とはいえ、シータならいつもの端末モードに移行すれば解けたりしないの?」
「端末モードって……まぁ、私はカイロメイアの魔術回路を解析できるのであって、レリレックス王国は無理よ。同じ魔術でも作りが違うわ」
エミリアの案も意外と行けるのかと思ったが、現実とはそんなに甘くないらしい。
「っで、エミリア、詰んだんだけど?」
「まぁ、待て、今思い出しているところじゃ」
再び私がジト目になると、エミリアがこめかみを押さえて唸り出す。
そうこうしているうちに観光客達がなだれ込んできたら、もう目も当てられないだろう。こんな所で時間をくっている場合ではないのだが、エミリアは一向に閃いてくれないようだった。
と、途方に暮れていると、ノアが私から離れて像に近づいていく。
「ノア?」
「○#$%△×&@」
私が何事かと思い声を掛けると、ノアの口からエミリアに似た音が発せられた。
すると、周囲に地鳴りが響きだし、像に変化が訪れる。
なんとあの巨像の台座が半回転しながらせり上がってきたのだ。なんかお立ち台がリフトアップしているようで、おお~という驚き半分、えぇ~というなんとも言えない気持ちになってくる。
さらによく見ると、せり上がった台座から地下に続く階段があった。
「って、これのどこが隠し通路なのよっ! 思いっきり目立ってるんだけどっ!」
「よぉし、皆の者。人が集まる前に中に入るぞっ」
こっそりとはなんなのか、エミリアと小一時間ほど話し合いたい気持ちではあるが、彼女が階段に向かって駆け出したので、私達も慌ててそれに続く。
そんな中、私はもう一つ話し合いたい人物を見ていた。
そう、ノアだ。
彼女はなぜ、ここを開ける秘密の言葉を知っていたのだろうか。
おそらく、忘れていた記憶の一部を取り戻し、そこから導き出したのだろうが、そもそもなぜそんなことを知っていたのだろうか。
ノアは一体、何者なのだろう。そんなことを思いながら、私は階段を下りていくのであった。
面白可笑しな、もとい、歴史を感じさせる魔王像のお立ち台、もとい、台座から地下へと下りた私達は、エミリアを先頭に、こっそりと魔王城を目指していた。
王族が逃げるために作られた地下通路だけあって、そこはかつての水路も含まれた迷路となっており、簡単には進めなくなっていたが、そこは王族のエミリアがいるので問題はないだろう。
「えっとぉ~、次はぁ~、こぉぉぉ~ちの道で、合ってる~のかな?」
いや、エミリアの言動に大丈夫なのかと心配になってくるのだが……。
彼女はなぜか自信がなくなると、私と手を繋いで歩いているノアの反応を恐る恐る伺っていた。
ノアがなにも言わないとそのまま進み、「ん?」と首を傾げたりすると行き先を変えているように見えなくもない。
些か心配ではあるが、ここはエミリアに頼るしかないので彼女には是非とも頑張ってもらいたい。
「ねぇ、ノア。どうしてあなたはここを知っていたの?」
慌ただしく地下通路に下りて来たので、聞きそびれていたが、たいぶ落ち着いてきたので、私は聞いてみることにした。
「えっと、来た覚えがあるから……」
やはり、ノアはこの隠し通路を知っていたようだった。レリレックス王国に着いてから、ポロポロといくつか思い出しているみたいだったので、これもその一つなのだろう。
記憶が戻りだしてとても喜ばしい話なのだが、今回のような記憶に関しては少々気になる点があった。
「どうして、王族にしか伝えられていないはずの事を知っているのかしら?」
ノアの記憶を詮索するみたいで気が引けるのだが、純粋に疑問に思ったことなので、私は尋問しているように思われないようにと、口調を和らげて聞いてみる。
「……案内された、から?」
私の質問にノアも変に思ったのか、首を傾げながら自分の記憶を掘り起こそうとしていた。
「そうなの。それは誰なのか分かるかしら?」
「う~ん、えっとぉ……う~んと……うっ」
「あっ、無理に思い出そうとしなくて良いわよ。ごめんね、質問責めしちゃったみたいで」
私の質問に一生懸命答えようとするノアの顔に苦悶の表情が浮かんだとき、私は無理に思い出そうとするのも良くないのかと思って慌てて彼女を止める。隣を歩いていたリリィも心配そうにノアに寄り添うのを見て、彼女は大丈夫だよと撫でてあげている。
「んっ、なんじゃこれは? こんなものあったかのう?」
私達の会話が終わる頃、エミリアが訝しげに目の前に置かれていた物体を見つめていた。
エミリアは広くなった空間に鎮座する三つの大きな丸い物体を見ている。
丸と言ってもツルツルの綺麗な円を描いた球体ではなく、無骨でなにかの鉱石っぽく、見たところ生物といった感じはしない。大きさ的にも私達よりちょっと大きいかな、くらいである。
確実に分かるのはそれが天然ではなく、人工物であるということだけだろうか。
「この地下通路も年代が古く、今や知る人ぞ知る状態であり、これもなにか歴史的建造物のひとつじゃないかしら?」
好奇心の申し子たるシータは無警戒のまま、その物体に近づき、調べるようにペタペタと触っていた。
『いや、違うな。それは造りが新しい。建造物というよりはどちらかというと魔道具に近いぞ』
オルトアギナの推察にエミリアがなにかを思い出したのかポンと手を打った。
「おう、そういえば伯母上の命でギルツ達が作っておった魔工兵器の試作品に似ているような……」
その言葉を皮切りに、丸い物体の中心部がスライド変形し、奥から瞳のような水晶が露わになる。
「「「へっ?」」」
一同がハモる中、物体達はガシャガシャと変形して蜘蛛のような姿になっていった。
「ちょっ、姫殿下! そういうことはもっと早く言ってよっ」
「馬鹿たれぇっ! 不用意にベタベタと触るお主が悪いのじゃろうがっ!」
「二人とも、喧嘩している場合じゃないわよっ!」
変形が終わった魔工兵器はカサカサと不気味に動き出す。備えられている鋭い爪のようなモノを私達に向けているところを見るに、只の面白兵器とは違うようだ。
よくあるパターンとしては、侵入者撃退用の警備ロボットといった感じなのだろう。
「エミリア、あなた一応王族なんだから、アレの持ち主ってことで命令とかして停止させられないの?」
「一応ってのが引っかかるが、なるほど、一理あるな」
私の提案にエミリアは一考し、皆の前に出て仁王立ちする。
「エミリア・レリレックスの名において命ずるっ! 全員今すぐ停、わきゃぁぁぁぁぁぁっ!」
エミリアが名乗った瞬間、魔工兵器が一斉に彼女を見て、攻撃を開始した。
明らかに標的はエミリアのようで、他の私達には反応していない。
「うぉのれぇぇぇっ! 伯母上っ、謀ったなぁぁぁっ!」
一人魔工兵器に集られ、応戦するエミリア。
「もしかして、あれは姫殿下がここに侵入してくるだろうと予測して、エリザベス様が用意していたモノなのでしょうか?」
「た、たぶんそうなのかも……」
ホケ~と部外者のごとく観戦している私にレイチェルさんが話しかけてきた。
先程のエミリアの発言から、アレを作らせたのはエリザベス様だ。
よくよく考えたら、試作段階でこの通路の侵入者撃退用に配置するとは思えないし、アレはエミリアにしか反応していない節がある。
つまり、エリザベス様はエミリアが彼女を出し抜いた場合、私達をここへ連れてくるだろうと読んで、アレを配置させておいたということだろうか。
案内人であるエミリアさえ潰してしまえば、ついてきた私達は足止めを喰らい、時間稼ぎか最悪引き返すことになるかもしれないとの考えだろう。。
相変わらず末恐ろしい方だと身震いするが、そんなエリザベス様もさすがに読めなかったのは、ノアの存在だ。
「ノア、悪いんだけどここから先の道って分かるかな?」
「う、うん……分かる、かも。で、でも姫様は?」
「大丈夫よ、エミリアはアレと遊んでいるだけだから、邪魔しないように私達だけ先に行きましょうね」
見た感じエミリアがピンチに陥っている感じはしない。エリザベス様もそんな危険な兵器を彼女にぶつけはしないだろう。あくまで足止め程度になれば良いと思っていると私は踏んで、巻き込まれない内に離れた方が得策だと考える薄情な私。
「シータよっ! お主の知識で此奴らを無力化せいっ! 此奴ら、対魔法に特化しておってウザいったりゃありゃしないっ!」
「はぁぁぁなぁぁぁしぃてぇぇぇっ! そんな他国の最新技術分かるわけないわよぉっ! 私は司書であって魔工技師じゃないんだからぁぁぁっ!」
「ちょ、姫殿下っ! シータを巻き込まないでくださいっ!」
案の定、シータが巻き込まれてエミリアの盾にされている。必然としてレイチェルさんも参戦する羽目になった。
こちらはノアとテュッテという非戦闘員がいるので巻き込まれるわけにはいかず、私は頑張れと心で応援しつつ、ソソソッとその場を静かに離れるのであった。
『ホントにほっといて大丈夫なのかしらねぇ~、あの三人』
「そんなに言うなら、あなたも参戦しなよ。毛、刈り取られてもしらないからね」
『……ホホホッ、あの三人なら大丈夫っしょ。ささ、行きましょ~、行きましょ~』
薄情な私の行動を見て、非難するスノーに私が意見すると、彼女は巻き込まれたくないのかそそくさと私の所業に加担してきた。仲間がいるということは良いことだ。
とはいえ、ノアの案内は思ったより正確ではなく曖昧なところがあり、苦戦しそうではあった。
先にもノアが言っていたが、案内されただけというのは本当らしい。
それだけで進むには少々無理があったかと心配になってきた頃、私の耳にかすかな声が届いてくる。
『メアリィッ』
「スノーにも聞こえたの?」
見ると、私とスノー、リリィだけがある方向を凝視していた。
かすかだが聞こえてくるのは、歌声のようだ。
本気で歌っているというよりかはどちらかというと鼻歌という感じである。
でも、小さいのに変に聞き取りやすく、心に染み渡ってくる感じがして、警戒心より好奇心の方が駆り立てられるのはなぜだろう。
それに、誰かいるということは、もしかしたら出口なのかもしれない。
「行ってみよう」
私はテュッテとノアが頷くのを見届けると、先頭に立って鼻歌の方へ誘われるように歩いていくのであった。
そして、私達は壁の向こうから聞こえてくる歌声の前まで来たのだが、扉が見当たらず立ち尽くしている。
もしかしたら、なにかのスイッチで壁が開くのかと思い、辺りを調べてみたけれどそんなモノは見当たらなかった。
(そういえば、ここに来るときもエミリアはスイッチみたいなモノを動かしたりしていなかったわね。やはり合い言葉的なモノが必要なのかしら)
となると、エミリアの出番なのだが、今彼女は忙しい身なのでここにはいない。
なのでノアに頼んでみたところ、彼女はここを開けた記憶はないらしく、すまなそうに項垂れていた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
「ううん、気にしないで良いのよ。あなたはここまで私達を連れてきてくれたんだもの、ありがとうね、ノア」
項垂れるノアを抱きしめヨシヨシすると、ここは一つ自称お姉ちゃんとして、私も良いとこ見せてあげないとと、今一度周囲を注意深く見回した。
弁明するが、私はそんなつもりはなかったのだ。ノアに良いとこ見せなきゃと張り切ってしまった節はあったが、そんなに力を込めてはいないつもりだった、ホントだよ?。
まぁ、言い訳しているが、なにが起きたかというと、こう漫画とかにある、向こう側を探るように壁を叩く行為、それを私がちょっと真似ただけだった。
すると、どうなったかって……答えは簡単、ゴォンと大きな音を立て、一部の壁が軋んだのだった。外れたという表現も合ってるような合っていないような……。
『……メアリィ……ああぁ~たね~』
私のやらかしに気が付いたスノーが呆れた声で私を見てきた。
「ち、違う、これは不可抗力であって、私が意図したわけじゃないわよ、ぉわわわわわっ!」
私が弁明しようとした矢先、向こう側で声が聞こえたかと思うと私が叩いた壁がストォォンと重力に逆らわず下へスライドしていった。
「ふっ、わ、私はこれを狙っていたのだよ」
誤魔化すようにそう言うと、ノアがオォ~と感心の声を上げ、スノーを見てみれば、はいはいそうですかと呆れた顔でこちらを見てくるではないか。まったく、失礼な豹である。
「あらあら、変な音がしたかと思ったら、壊れてしまったのかしら。古いから仕方ないのかもしれないわね」
と、開いた壁の向こうから女の人の声が聞こえてきた。それは先程まで聞こえてきていたあの鼻歌の声に似ている。おそらく、私のやらかした音を聞きつけ、ここを開けたのだろう。
暗い地下通路に向こう側の明かりが差し込み、一瞬目を細めて向こう側を見る。
すると、次第に向こうの風景が見えてきた。
そこは厨房のようで、私達と壊れて中途半端に開いた扉を挟んで立っていたのはエプロン姿の綺麗な魔族の女性だった。
エミリアに似た感じの二本の角に、薄桃色から毛先にかけて紫色のグラデーションが掛かった長い髪は、これまたエミリアのようなウェーブがかかっていた。
「あらあらまぁまぁ~、可愛らしい子達が揃ってどうしたのかしら、迷子なの?」
手をポンと重ねて驚いたように振る舞うその女性はとってもおっとりした雰囲気で私達に声を掛けてくる。
(いや、王族御用達の隠し通路にいて迷子はないと思うけど。なんか、ホワンホワンとした感じの人だな~)
「ええ、まぁ、迷子と言えばそうなのかな~」
「まぁ、それは大変。親御さんが心配しているかもしれないわね。ささっ、そんなところにいないで、入っていらっしゃい。ちょうど、お菓子を焼いていたところなの」
私達が子供だからというのもあるのだろうが、魔族でもない私達がこんな所から出てきたら、普通警戒してもおかしくないだろう。しかし、目の前の女性は最初からそんな素振りは一切なく、無警戒に私達に接してきた。
厨房にエプロン姿の女性、しかもお菓子を作っているところから、ここの厨房を任されている料理人なのだろうか。
私達が唖然としている中、てきぱきと食器を並べていく様は手慣れており、やはりここで働いている人なのだろうと思う。
おそらくここは王妃様が幽閉されている塔の中のはずだ。となると、警備が厳重なはずなので変に騒がれると不味いことになるのは必至である。
「さぁさぁ、座って。今、焼けたお菓子を持ってくるわ」
声のトーンがとても心地よく、聞いてるだけで気持ちが落ち着いてきそうな感じのする料理人の女性に誘われ、私達は席へと着くのであった。
「あ、あの、お手伝いいたします」
雰囲気に流されていたテュッテがはっと我に返って、慌てて女性の手伝いを申し出る。
「あら、じゃあ、甘えちゃおうかしら。そこのお皿を持って行ってちょうだい」
そんなテュッテに柔和な笑顔で答えると、優雅に指を差し、指示していく。そんな姿も違和感なく、なんだか格好良いと思える程だった。
終始向こうのペースに呑まれ、あれやこれやと見届けている間に、私達の前には美味しそうなお菓子が並べられていった。
私達の向かいに座るその女性は、一息入れるとテュッテが入れた紅茶を一口頂く。
その所作はとても一料理人とは思えないくらいに優雅で、様になっていた。いうなれば、イリーシャ王妃様を彷彿とさせる。
「……そういえば、あなた達はどちら様かしら? あんな所からこんなところに来て、なにか目的があったのかしら?」
私達が厨房に来て、随分と時間が経っている中で、思い出したかのようなその質問に、私はとてもマイペースな人なんだな~と、危機感を忘れて和むのであった。
それほどまでに、彼女から醸し出されるオーラはホワンホワンとしていたのだ。
「えっと、私達はここに幽閉されているといわれている王妃様にお会いしたくて」
なので、私も釣られて無警戒に話し始める。
「あらぁ、そうなの? こんなところにわざわざ大変だったでしょうに」
「いやぁ、大変なのは今もまだ追っかけ回されているエミリア達の方だったりするのかな~」
「あら、エミリアがここへ? もしかして、あの子があなた達を?」
「ええ、まぁ、なかば強引に」
「あらあら~、それは大変ね」
「ええ、大変でした」
和やかな団欒が続き、周囲の空気は穏やかに進んでいく。
(ん~、なんだろう。なにか忘れているような……変な引っかかりを感じるのだけど。まぁ、いっか)
と、美味しいお菓子を楽しみながら、ホワンホワンしているなか、突如、私が開けた扉から大きな音と供になにかが飛び込んできた。
「くっ、なぁんでここが開けっぱなしなのじゃっ! 誰じゃ、ここを壊した輩はっ!」
「そんなこと私に言われても知らないわよ」
「それより、姫殿下。今度こそここで合っているのでしょうねっ!」
飛び込んできたのは、二人のエルフと一人の魔族だった。色々走り回ってきたのか息が荒く、慌ただしくて、私達の和み空間とは雲霓の差であった。
「あれ、エミリア、それにシータとレイチェルさんも。どしたの?」
お茶をズズズッと飲みながら、場に呑まれた私はマイペースに聞く。
「どしたのではないわぁっ! 妾達を置いて先に行くとは、こぉの薄情者ぉっ!」
周りの状況を掴む前に、声を掛けた私だけを見てオコになるエミリア。
「あれはあなた達が発動させたんだから、自業自得でしょうが」
「なにを言って……って、なぁに優雅にお茶しておるのだ、貴様らはぁっ!」
ここでやっと状況を理解し、さらにオコになるエミリアに、私だってどうしてこうなったのか分からないので、さてどうしたものかと考え込む。
「あらあら、エミリアちゃんったら、そんなに怒らないの。可愛いお顔が台無しよ」
とここで、ホワンホワン星人、もとい、ここを任されているお姉さんがエミリアを宥めてきた。
(んっ、宥める? 姫であるエミリアを? しかも、今エミリアのこと、エミリアちゃんって言わなかった?)
私は自分の考えに違和感を覚えて、ふと出てきた答えに身体が固まる。
(も、もももももも、もしか、もしかしてぇ)
「そぉんなこと言っても妾の怒りはぁぁぁ……って、『母上』なぜここに?」
エミリアが声を掛けられた方へ首を向け、その人を確認すると、唖然となって固まっていた。
もちろん、私も彼女以上に固まり、全身から滝汗を流し散らかしている。
(まさか、まさか、このホワンホワンしたお姉さんが、お、おおお、王妃様ぁぁぁぁぁぁっ)




