レリレックス王都にて
レリレックス王国の王都。
そこは、南国島の中央付近、火山に近いところに築き上げられていた。
山岳を利用した王城は、眼下に城下町を設けており、一際目立っている。
夜になると、魔道具で照らされた城は荘厳にして幻想的であり、今宿屋の窓から見ても圧巻であった。
最初見たときは、某テーマパークのシンボル的なお城みたいだなぁと思ったが、そんなこと口にしたら例のしゃべる本が根掘り葉掘り聞いてきそうなのでグッと堪えた私、エラい。
まぁ、口にしようとしてテュッテに咳払いされたんだけどね。
それにしても、魔王が住む城なのに、おどろおどろしくないとは、ことごとく私の暗黒の島のイメージを覆してくる国である。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
遠くに見える魔王城を鑑賞していたら、眠っているはずのノアがベッドの上で上体を起こした状態で声を掛けてきた。
「ちょっと、外を眺めていただけよ」
明日、王妃様に会うと思うと緊張して眠れないなんて、お姉ちゃんの私が言えたものではないので、なんでもないように見栄を張る私。
「それより、どうしたの、眠れないの?」
私は部屋を見回し、皆が起きないように近づき小声でノアに聞いてみると、彼女は小さく頷いた。
「夢を見たの。ここの夢……」
「ここって、レリレックスのこと?」
「うん……でも、なんか違う感じがするの。今日見た雰囲気とは違って、活気がないというか……それに……」
ノアはなにか言いかけて、そこで言葉を呑み込んだ。
「夢の割にはやたらとリアルに感じているってところかしら?」
夢なのだからそんなに気にすることはないと宥めようと思ったら、シータがベッドからその身を起こして話に入ってくる。
「う、うん……そうかも……」
「だとしたら、失っている記憶となにか関係があるかもしれないわね。私もオルトアギナ様と魂が結びついてたとき、彼の記憶がまるで夢を見ているような感じだったから」
忘れた記憶が夢に出てくる。そういった話は私も前世どこかで聞いたことがあるので、一概にも否定できないのだが、一つ引っかかるのは、そうなると、ノアがレリレックス王国の記憶を持っているということだ。彼女はエネルスにいただけでなく、こんな遠くの国にいたのだろうか。それとも、夢と記憶がごっちゃになっただけなのだろうか。ノアの謎は深まる一方である。
まぁ、それはさておき、今気になるのは、シータの手に握られているアガードの手記だったりする。
「ねぇ、シータが起きてたのって、もしかして今の今までそれ読んでいたからかしら?」
「そうだよ♪ ちょっとだけ読み進めようかと思ったけど、意外と終わりが見えてこなくて、じゃあ、このまま進めていこうかなぁと」
「で、こっそり徹夜コースに入るところだったのね……」
勉強熱心なことは良いのだが、限度ってものがあるので心配になってくる。とはいえ、シータから全て没収したら発狂するんじゃないかとそっちでも心配になってきたりするのであった。
「でもさ~、何度も読み返しているんだけど、アガードの手記にはノアについて記述がなかったのよ」
「えっ、そうなの? じゃあ、アガードの手記にはなにが書いてあるわけ?」
自分で読めば良いことなのに、ついつい他人に結果を求めてしまう横着な私。
「鎧との出会い、何気ない会話かな。興味深かったのはこの文字が鎧には読みやすい文字であり、自分ではもう書けないのでなにかしら残しておきたいという想いで教えたというところかしらね。やはり、この文字は神聖文字なのかもしれないわ」
「へ、へ~、そうなんだ~」
「ちなみに手記をあんな所に隠していたのは、鎧から『男の子が大事な本を隠すなら、ベッドの下に決まっているでしょ』とのことらしいわよ。う~ん、神の鎧の考えることは、さっぱり分からないわね。まっ、そんな感じで、アガードも書いてたけど、鎧が話す内容は私も意味の分からない話が多くて何度読んでもピンと来ないところがあったわ」
「へ、へ~、そうなんだ~」
鎧との会話。おそらく、日本語を教えているところからして、日本についての話題だったのかもしれない。それだったら、アガードもシータもピンとこないのは当然だろうと思う。
とはいえ、それはノアとは関係なさそうだし、私が日本について口にした日には、色々問題になりそうなので深く聞かないことにした。
「ソウルマテリアについての詳しいこととか、アガードはあまり聞かなかったみたいだけど、あの鎧には色々制約があったみたいね。それをクリアするために、ニケはアガードを造ったみたい。そして、鎧を装着できるようになってからは、ニケに言われるままに行動していたらしく、最後の方には、ニケがなにかに落胆し、ある日突然二人を放って一人どこかへと消えてしまったらしいのよ。まったく、なんてオチなのかしら」
シータが大げさに肩を竦める。
神の鎧に対する制約とは、神獣と会話するための制約みたいな感じなのだろうか。どちらも神に関わることだからおそらく似た感じなのだろうと納得できる。
とはいえ、シータの言う最後のオチを聞く限り、ニケというエルフは熱しやすく冷めやすいタイプなのだろうか。
(一体なにに落胆したのやら……まぁ、天才の考えなんて凡人の私には分からないか……)
「今のところ分かっているのは、アガードがその後、外に出てあの白銀の騎士と謳われるようになり、その鎧が魂を持つ神の鎧だということだってこと?」
「そうね。アガードと鎧の関係は分かったとして、そこにノアがどう関わっているのか……そこがなんとも……」
シータが含みある言葉でチラッとノアを見てみれば、彼女は眠そうな顔でウツラウツラと船を漕いでいた。
そんなノアを見て、私達はお互いを見合って苦笑する。
「はいはい、この話はここまで。もう寝ましょう」
「そうだねって、あぁ、手記がっ」
「これは明日の朝まで没収するわ。シータもちゃんと寝なさい」
ノアを寝かしつけ、私はシータのところに行くと、彼女から有無も言わさず手記を没収する。エ~と不満たらたらの顔をするシータだったが、今夜だけの我慢だと分かると大人しく従い、ベッドに横になるのであった。
(アガードと鎧、そしてノア。三人の関係を紐解くことが、白銀の騎士の軌跡に繋がるのかもしれないけど……う~ん、解いても良いの、かな……)
私はアガードの手記を見ながら、今までの鎧とノアの関係を思い出し、少し不安になるのであった。
翌日。
私達は宿屋の食堂で朝食を取り、今後の計画を相談する。
「というわけで、これから遺跡に向かうぞ」
なにがどう、というわけなのか分からないが、エミリアがそう言うと、子供のように嬉しそうな顔をするシータがいた。
「あれ? 王都観光はないんじゃなかったっけ?」
「うむ、そんな暇はないぞ、メアリィ。だから遺跡に行く」
「エミリア。もうちょっと分かり易く説明してくれないかしら?」
どうしてこのお姫様は、こう言葉足らずというか、勢いだけで突き進もうとするのだろうか。ふっ、前回はよく分かってなくて私も流されたところはあったのだが、今回の私はひと味違うのだよ。なんてったって、お姉ちゃんですから、しっかりしないとね。
「王城から幽閉の塔へ行くのは警備が邪魔なので、裏口からこっそり行くということじゃ」
「裏口? お城とかによくある脱出用の隠し通路みたいなものかしら?」
「そうそう、それそれ」
「なるほど、納得」
「あの~、姫殿下。それって王家の者だけが使う秘密の通路とかじゃないのですか?」
お姉ちゃんらしく、しっかりと理由を聞き出してやったわとドヤ顔をしていたら、レイチェルさんが根本的問題を聞いてきて、私はハッとする。さすが本家お姉ちゃん、ぱちもんの私とは目の付け所が違っていた。いやまぁ、お姉ちゃん云々は関係ないのだろうけど……。
「うむ、そうじゃが? なにか問題か?」
「そんなところに部外者の私達が入ってもよろしいのでしょうか?」
「う~ん、よろしくないのじゃが、まぁ、よろしいじゃろう」
「どっちなんだいっ!」
レイチェルさんのごもっともな意見にエミリアはあっけらかんと答えてくるが、解答になっていないので私は反射的に口を挟む。
「まぁ~まぁ~、よく言うではないか。バレなきゃセーフなのじゃと」
「それってつまり、問題ありってことなんじゃないのかしら?」
「こ、細かいことを気にするでないわっ! シータを見よっ、もう準備万端で行く気満々ではないかっ」
私のツッコミに冷や汗を垂らしながら、エミリアは苦し紛れにシータを指差す。
指名されたシータはというと、すでに部屋に戻って荷物をとってきたのか、完全装備で瞳をキラキラと輝かせていた。
「さぁ、皆っ! 遺跡へ行こうっ! ロマン、じゃなくて、王妃様が待っているわよっ!」
ここで拒否したところで、どうせエミリアと一緒に遺跡とやらへ行って、なにかしらしでかす未来が容易に想像できるのが悲しかったりする。
なんてったって、エミリアとシータとオルトアギナという三点セットなのだから。
思わぬ伏兵に私は付いていくしかないと天を仰ぐのであった。
だが、私はツッコミ不在のため、更なる問題に気が付かなかった。
そう、私が含まれると、四点セットになることを……。




