再びレリレックス王国へ
私は今、エミリアの帆船に乗っている。
見覚えのある帆船のせいか、やたら船底のさらに下にいるだろう存在が気になってしょうがない。
頼むからまた妙なモノを引き連れて来るようなことにならないことを切に願っている。いやもう、切実に。
まぁ、それはさて置き、今回目指すはレリレックス王国だ。
まさか、再びあの暗黒の島へ行くことになるなんて、当時の私は思いもしなかっただろう。
しかも、今回はマギルカ達はいない。
私は今、一人なのだ。
「うわぁ~、これが海なのね。話には聞いていたけど、私達の周りにある湖より大きいわ♪」
「シータ、危ないから乗り出さないのっ。あっ、こらっ、ノアも真似しないっ」
(一人ってのは語弊があるわね。正確に言うと、テュッテにノア、シータにレイチェルさん、スノーとリリィ、ついでにしゃべる本が一冊いるのよね)
甲板の上で一人、不安になりながらも今後のことを考えていたら、私の周りでワチャワチャするお子ちゃま勢のせいで緊張感が台無しである。
私は一度皆を見て深呼吸をし、仕切り直した。
「今回のミッションは、ゼオラルについて話を聞くこと。問題があるとすれば、その間に寄り道をしたり、変なことに巻き込まれないようにするってところかしらね、テュッテ?」
「お嬢様、巻き込まれないように心がけるのは良いことですが、その前にお嬢様一人で王妃様とお話しするのは大丈夫なのですか?」
「それは言わないで、テュッテ。考えただけで、ストレスマックスになって押し潰されちゃうからぁぁぁ……」
私は頭を抱えて悶絶する。
今までこういうことは王子かマギルカに任せっきりだったので、緊張するったらありゃしない。
「こんなことなら、マギルカだけでも連れてくれば」
「お嬢様」
「わ、分かってるわよ。自分で決めたことだもんね」
私が弱音を吐きそうになると、テュッテが窘めるように声を掛けてくる。
こればっかりは一人で行くと決めた時点で、覚悟しなくてはならないことだった。それに、いつまでも皆に甘えてばかりではいけないだろう。
「ハッ、シータやレイチェルさんを巻き込めば」
「……お嬢様」
往生際が悪い私に、テュッテが溜息交じりに再び声を掛けてきた。
「じょ、冗談よ、冗談。ははは……」
これ以上テュッテに落胆されないように、私は笑って誤魔化す。でも、心の中では皆で行けば怖くない論法を捨て切れていない、根性無しの私なのであった。
『おっ、なんだ? 気が向かぬのなら我が謁見を引き受けようか? たかが異国の王妃への謁見など、我には容易いことよ』
「いや、あなたがしゃしゃり出てくると、事が大きくなりそうな気がするから傍観しててくれるかしら」
私に気を遣ってか、それとも私利私欲のためか、オルトアギナが提案してくるが、それこそ心配の種を増やすだけなので丁重にお断りさせていただく。
「メアリィよ。順調に行けば明日にも港町に到着するだろう。まぁ、何事もなければの話じゃがな」
私の心配を余所に、エミリアがこれまた物騒極まりないことを言ってきた。
「フラグみたいなこと言わないでくれる。なにか起こったらどうするのよっ」
「まぁ、前回もそうじゃったがなにかあったらメアリィと妾でなんとかなるじゃろうし、大丈夫だろう」
「…………」
滅茶苦茶フラグを建ててくるエミリアに私はなにも言えなくなってくる。だって、釣られて私までフラグ建築しかねないし。
それにしても、ここへ来るときは急かされるように決断したのだが、船に乗り、落ち着いて考えられるようになるとエミリアの行動には違和感がありまくっていた。
そもそも、エリザベス様達への接触を避けていることが怪しさ大爆発である。それに、彼女の言うベルトーチカ様の発言に制限が掛かるかもしれないというのがピンときていないのが正直な感想であった。私が聞く内容に、なにか国家として不都合なことがあるのだろうか。幽閉されているということなので、楽観的に考えることはできないのだが、それにしたってコソコソする必要性がどこにあるのやら。
「エミリア……あなた、私とは別になにか企んでないわよねぇ~?」
「な、ななな、なにを言っておるのだ。妾はべ、べべべ、別に企んでなど、おおお、おらぬぞ」
ものすごく分かり易い動揺っぷりに私は嘆息する。
エミリアのことなので、私達に危害を加えるようなことを企んでいるとは思えない。だから、今のところは彼女の言うことに従おう。
だが、これが懸念している寄り道や巻き込まれだと言うことに、私は展開慣れしていて現状気が付くことができなかったりするのであった。
きっと、マギルカがいたら、すぐ様そのことを指摘してくれたのだろうが、残念ながら彼女は今、ここにはいないのだ。
翌日。
驚くことにレリレックス王国への船旅は順調に進み、私達は予定通り港町に着くと、兵隊に取り囲まれていた。WHY? どして?
「ねぇ、メアリィ様。私達ってこの国でなんかしでかしたっけ?」
シータは私の後ろから兵隊達を眺めて首を傾げている。
「エミリア、あなたなにしでかしたの? 今ならまだ間に合うわ、自首しなさい」
「人を犯罪者扱いするでないわっ! 妾はいつでも清廉潔白なきゃわいいお姫様ぞっ」
清廉潔白な人は自分でそんなことは言わないと思うのだが、まぁ、そのツッコミは皆で半眼になって彼女を見るという行為で止めておいた。
「ま、まぁ、そんなことよりも……スフィアッ、往生際が悪いぞっ! 勝負は妾の勝ちじゃ、諦めいっ!」
陣取る兵隊達に向かってエミリアが声を上げると、彼らをかき分け一人の猫耳メイドが現れた。
エミリアの専属メイド、スフィアさんだ。
「くっ、まさか本当に姫様が連れ帰ってくるとは……」
「くっくっくっ、約束通り、妾に付いてもらうぞ。さっそく王都に向けて準備してもらおうか」
なぜ? という顔で一度私を見たスフィアさんはエミリアの要求にぐぬぬと握り拳を作ったかと思うと、はぁ~と大きな溜息を吐いた。おそらく、スフィアさんはエリザベス様かエミリア、どちらの味方をするのか勝負を持ちかけられていたのだろう。
まぁ、そんなことをエリザベス様がするわけないので、エミリアが持ちかけたに違いないが、どうやらその勝負、エミリアの勝利のようだ。
(もしかして、慌てていたのはこれのせいとかじゃないわよね?)
私が疑いの目でエミリアを見てみれば、彼女はそれに気が付いたのか、すぅ~と視線を逸らしてきた。
「……メアリィ様にはメアリィ様の思惑があるのでしょうね。エリザベス様よりかは姫様の方が御しやすい、か。くっ、それだけは避けたかったのに、このやんちゃ姫は……」
私がエミリアに呆れていると、スフィアさんの心の声がだだ漏れてくる。だが、その中の私はなんだか腹黒のような気がするのは気のせいだろうか。
「メアリィ様?」
「や、やはり、あの方は」
「白銀の聖女様」
スフィアさんの呟きを聞いて、周囲がザワつき出す。
私にとっては大変不本意な二つ名を耳にして、冷や汗が流れ始めた。
「やはりそうだ、あの銀髪、あの瞳。白銀の聖女様だっ!」
その声を皮切りに、オオオオオオッと歓声が港に響き渡った。
私達の妨害に来ていた兵隊が、今度は押し寄せる港町の人々の妨害をすることになり、それはもう大変な騒動になりそうだった。
その熱量に私は尻込みして、空笑いしか出てこないでいる。
「えぇぇぇぇぇぇい、皆のモノ、散れ散れぇぇぇっ! 今はこんな所で足止めくらっておる場合ではないわぁぁぁっ! スフィア、其方わざとやっておらぬよなっ!」
「そんなことしませんよっ、つい、うっかりですぅっ! ささっ、メアリィ様達はこちらへっ!」
町中で見つかった有名人に押し寄せる一般大衆のような人々を兵隊が押しとどめる中、私達はスフィアさんに案内されて移動する。
「白銀の聖女? お、お姉ちゃんって、有名人なんだね」
「そ、そんなことないと思うわよ。レイフォース様やマギルカ、サフィナやザッハさんだって有名なんだから」
呆気にとられて一部始終を見ていたノアがびっくりした顔で私を見てきたので、私はすぐさま訂正した。
「またまた~ぁ、ご謙遜を~。白銀の聖女といったらカイロメイアでの話だって」
「わぁぁぁ、なぁにを言ってるんだろうね、この子ったら。ほらほら、ノア行きましょう、エミリアがお待ちかねよ」
誇らし気に語り始めようとするシータの口を手で押さえ、私はノアの背中を押してそそくさとその場を後にする。
「よぉし、スフィアッ! ここは任せたぞっ、妾達は先に行くっ」
「はあ? ちょ、姫様。ダメに決まっているでしょう。これ以上単独の行動わきゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
馬車が見えてくると、なんとエミリアはスフィアさんを掴み、大騒ぎになっているところへ放り投げたではないか。
しかし、そこは獣人で猫科だけあって、綺麗に着地し、群衆の中に埋もれていったのだが、果たして大丈夫なのだろうか。
「よぉし、邪魔者がいなくなった隙に王都へ向かうぞっ! 皆のモノ、馬車に乗り込めぇぇぇいっ!」
いろいろ惨状を見て本当にこれで良いのかと心配になってくる中、よくよく考えると前回は穏便で平和な旅だったかと言われれば、NOとしか言いようがなかったので、まぁ、エミリアに関わったらこんなモノかと割り切る私だったりする。
「王都か~。前回は行けなかったからちょっと楽しみなんだよね」
「メアリィよ、観光気分なところすまぬが、今回は闇夜に隠れて行動するので暢気に観光などしておれんぞ」
「エミリア。あなたほんとになにもしてないのよね?」
「う、疑り深いのう。妾はなにもしておらぬわっ……今のところは……」
私の指摘にエミリアが慌てたように答えるが、最後の方は小さな声だったので聞き取れなかった。
まぁ、そんなこんなでちょっと大騒ぎになりながらも、私達は王都を目指すのであった。
港町を抜け、日が落ちる頃、私達は王都に到着する。
「ふぅ、ここまでこればおおよそ大丈夫じゃろう。今日はこの宿屋で一泊し、明日には王城へ忍びこっ、じゃなくて、入る予定じゃ」
「待って。今、不穏なワードを言いそうになっていなかった?」
「き、気のせいじゃろう」
私がジト~と疑いの目を向けると、エミリアは惚けるように吹けてない口笛を吹く。
「あの~、ここは警戒しなくて良いのかしら? あの氷血の魔女様のことだから、万が一を考えて網を張ってるんじゃない?」
「クックックッ、なんで妾が伯母上の言うことを大人しく聞いて政をしていたと思う? 妾の手回しでココ一帯は妾が牛耳っておると言っても過言ではないのじゃよ」
シータの疑問に邪悪な笑みを見せてエミリアが勝ち誇ってきた。
さすがエミリア、只では転ばない子である。いや、素直に感心して良いのだろうかと思うのだが、まぁ、あちらの家族間の問題なので、部外者が口を挟まないことにしておこう。
シータとノアは素直にオ~と感心して拍手しているので、エミリアが調子づくかもしれないから二人を止めておく。
『まったく……せっかく魔法王国へ来たというのに、ゆっくりたっぷり調査もできないとはなんたる体たらくっぷりか。今からでも遅くはないぞ。近くの遺跡やらなんやらを調査しようではないか。なぁに夜は長いし、ここなら問題ないのだろう』
「なるほどっ、良い案だわ」
「なるほどっじゃないわよ。この探究心の申し親子は……」
ここに来るまでにも、やれアレが見たいコレが見たいと私達から離脱したがるシータとその元凶の本を宥めて来たのに、さもナイスアイデアと言わんがごとく進言してくるオルトアギナと賛同するシータに私は嘆息する。
「レイチェルさんも言ってやってください。また徹夜しようとしてますよ、あの二人」
「そうね。シータ、一夜の調査なんてたかがしれているわ。ちゃんと調査するなら一週間は時間を取ってからよ」
ここで、我らが味方のレイチェルさんにお叱りを頂こうと思ったが、メッする彼女もあっち側だったことに気が付いて、私はがっくりと肩を落とす。まぁ、期待していた発言と若干違っていたけれど、向こうも納得して探求を諦めてくれたので良しとしておこうか。
「よぉし、では今夜は皆で楽しく旅の話をして明かそうではないかっ!」
「結局徹夜してどうするのよっ」
なんとか一件落着となったところで、エミリアが空気を読まずに徹夜コースを提案してきて、私はすぐさまツッコミを入れるのであった。




