妾、参上!
月見草祭りは表向きは問題なく終了した。
だが、今後のことを考えるとなにかしら手を打たなくてはならない。
私は家に戻ると、まず両親にノアのことを紹介した。
包み隠さずに私が知っているノアの生い立ちや今の境遇を話すと、二人は全くというくらい疑うことなく、ノアを預かることを承諾してくれた。
「娘が増えたと思えば、これほど嬉しいことはないぞ」
とは父の言葉。
「メアリィ、あなたはお姉ちゃんになったのだから、しっかりと姉らしく振る舞い、妹を守ってあげてね」
とは母の言葉だった。
ノアの方は、想像通り最初は人見知り全開で中々距離感を掴めないでいたが、そこは私もお節介のごとく介入して色々友好関係を築けるように配慮する。
『フフッ』
「なによ、スノー。なんか面白いことでもあった?」
『ううん、べつに~。ただ、メアリィが一生懸命お姉ちゃんしているところを見て、リリィも触発されたのか、ノアのことを気に掛けているのよね。お姉ちゃん離れし始めて、ちょっと悲しいわ』
庭先でノアとリリィが戯れる様を眺めながら、優しい口調でスノーが目を細める。
「まだよっ! まだいけるわぁぁぁっ!」
「いい加減にして、もう寝なさいっ!」
和やかで良い雰囲気だった空間をぶち壊すかのような狂った叫びと、それを叱りつける大きな声が、屋敷の一室から外に響いてくる。
言わずもがな、シータとレイチェルさんである。
二人はそのまま王都にご厄介になるかと思いきや、ノアの件や、アガードの手記など調べるモノ満載の私の家の方に賓客として滞在する運びとなっていた。
王子の方はというと、永久の歌姫ベルトーチカ様との謁見に向けて、いろいろ動いてもらっている。
(う~ん、レイフォース様に頼りっきりで良いのかしら。なんか張り切っていたから断るに断れなかったんだよね~)
「あっ、いたいた。メアリィ様」
私が今までのことを頭の中で整理していると、ドッと疲れた感じのレイチェルさんが庭に出てくる。
「シータ、寝ましたか?」
「ええ、寝るとなったらもう気絶するかのように……いつものことです」
「それで、私になにか用ですか?」
「ああ、そうでした。オルトアギナ様から、精霊樹様の方へ伝令を走らせた結果を報告しようと思いまして」
レイチェルさんの話しで、私は別の問題解決に動いてくれているカイロメイアの皆様にも感謝する。
月見草の件はすでに両親には報告済みである。
それを踏まえて、私は父にその解決を自分に任せてもらえないかとお願いしていた。
言った時は、そんなことしなくて良いのだよと甘々モードの父だったが、私の本気度を理解して、表情を変える。
「そうだな。次期当主として、やってみなさい」
そう言って、私にこの件を任せてくれたのだ。
次期当主。
その重みにちょっと尻込みしてしまいそうになるが、ノアのため、将来の自分のため、育ててくれた両親や領民のため、なにより、ここまで一緒に歩んできたテュッテをがっかりさせないためと考えると、頑張ろうと力が湧いてくる。
「それで、精霊樹はなんと?」
「気に入った仮ボディーがまだ完成してないので保留にしておいて、だそうです」
「いや、待つくらいならこっちから出向くけど?」
「こっちには来るなということですね。おそらく、メアリィ様の王国へ出向く良い口実ができて、是が非でも自分からこちらに来るように仕向けたいようです」
レイチェルさんの報告と感想を聞いて、私は絶望を体現するかのように膝から崩れ落ちた。
「おのれぇ~、王国内で好き勝手にはしゃぎ回られないようにと思ったのに。要らぬ知恵をつけおってぇ~」
ただでさえ、月見草の件で胃が痛い、実際には痛めていないが、のにこれ以上悩みの種を増やしてくれないで欲しい。
「お、お嬢様。あのぉ、王都より殿下の使者の方がお見えです」
私が打ちひしがれていると、テュッテが言伝を聞き、ちょっと戸惑い気味ながら私へ報告して来た。
「そ、そう。ベルトーチカ様の件、なにか進展があったのかしらね。行きましょう」
私は姿勢を正し、先程までの落胆と苦悩の表情から一変して笑顔に戻る。
そして、私は応接間に向かうのであった。
応接間の扉の前で一度深呼吸をし、状態を確認する。
(よし、気合いを入れて、いざいくわよ、メアリィ)
気合い十分、私はテュッテに扉を開けてもらい、応接間に入る。
「お待たせしまっ」
「ほお、ひほっひゃほほお」
私の言葉に被せて、モゴモゴとなにかを頬張っているような声が迎えてくる。
その声、その姿を見て、私は横にあった扉にもたれかけ、なんとか倒れるのを踏みとどまった。
「エ、エミリア……どうしてあなたがここに……」
そう、目の前には頭に大きな二本の角を生やし、オレンジ色の髪をたなびかせて、出されたクッキーを貪り食っているレリレックス王国の姫君がいたのだ。
「ほぁに、ひひゃはとひうほろうが」
「食べるかしゃべるか、どっちかにして」
「ほうひゃ、ひゃは」
リスの頬袋のごとくパンパンにしながらしゃべろうとするエミリアに私は呆れて項垂れながら注意すると、彼女はなにを思ったか食べる方に専念し始めた。
「そこは食べるんじゃなくて、しゃべるとこでしょうがぁっ!」
あまりの破天荒っぷりに思わず立場も忘れてツッコむ私。
「んぐんぐ……はぁ~、いやぁ~、相変わらずのノリで嬉しいぞ、メアリィ」
(あぁっ、神様。胃が痛くなりそうなキャラがまた増えたんですけど、これは試練でしょうか?)
レリレックス王国の王妃絡みなので、ワンチャンエミリアがしゃしゃり出てくるかもしれないと覚悟はしていたが、まさかこんな早くに来るとは予想外である。
「エリザベス様あたりがまず来るのかと思ったのに、まさか、エミリアが来るなんて」
「フッフッフッ、妾もやられっぱなしではないのじゃよ。伯母上め、毎度毎度仕事と称して邪魔ばかりしおって其方らに会えなかったからのう。いつか出し抜くと画策しておったら、面白そうな話が舞い込んできて。フフッ、来ちゃった、テヘッ♪」
エミリアは頭をコツンとして舌を出し、お茶目な自分をアピールする。
「ちょっと待って。それってつまり、無断で……」
私が恐怖にワナワナと打ち震えていると、再びテヘッとする問題児がそこにいた。
「まぁ、冗談はさておき」
「冗談なんかぁぁぁいっ!」
もはや、目の前の魔族が姫君であることを忘れて、私はツッコミを入れる。
エミリアの口振りでは正式な手順でいろいろ進んでいるのに私を驚かせるため、わざと言っているようだった。
(いや、ほんと、わざとだよね、姫様?)
「クックックッ、聞いたぞ、メアリィよ。其方、母上に用があるそうじゃのう」
私をおちょくってそんなに楽しいのか、エミリアは一通り私の反応を楽しむと、話を切り出してくる。
「え、ええ、まぁ……白銀の騎士について調べていたら、まぁ、その、色々あって、ね」
いきなり話が変わったので、私は気持ちの切り替えが追いつかず、しどろもどろになる。
「ゼオラルであったか? かの伝説の島と白銀の騎士に関係があるとはのう」
「いや、関係があると決まったわけじゃないわよ。それを調べるために、私はゼオラルについて知りたいの。まぁ、半分はノアの記憶回復のためってのもあるけど」
「ノア? ああ、例の白銀の鎧に狙われておる娘か。アレも白銀の騎士となにか関係あるのかのう」
そこまで話が伝わっていて驚いたが、まぁ、ノアの存在を隠す必要性はないので問題はないし、話が早くて助かったりする。
「さぁね。現状、それも含めて調べているから」
「ふむ、では、行くとしようっ!」
「はい?」
話はここまでとばかりに、エミリアがソファーから立ち上がるのを見て、私はポカ~ンとした。
「ほれ、支度せいっ! レリレックス王国へ出発するぞっ」
「いやいやいや、ちょっと待って。なにを言っているの、あなたは?」
もう破天荒通り越して、意味不明過ぎるエミリアの言動に、私は目を閉じ俯くと、眉間に指を当て、もう片方の手で待ったのポーズをとる。
「母上に会って話を聞くのであろう?」
「そうだけど、なんでそんなに慌ててるのよ」
「なぁに、簡単な話じゃ。正式ルートでは母上とまともに会話できないからじゃよ」
またエミリアの気まぐれかと思いきや、なにやらきな臭いワードが出てきて、私は驚いた。
「ど、どういうこと?」
「なんじゃ、知らぬのか?」
「なにを?」
意外だなという顔をしてくるエミリアに私は訝しがる。
「母上はずぅっと昔から、城の奥深くに幽閉されておるのじゃよ」
「へっ、な、ななな、なん、なんでぇ?」
エミリアのとんでもない発言に私は思わずドモりながらもなんとか聞き返す。
「フッ……かつて、魔王と白銀の騎士の戦いがあったじゃろ」
「う、うん」
エミリア達にとってはあまり触れられたくない話題なので、私はどう答えて良いのか分からず、最低限の言葉で返す。
「……それを導いたのが母上だからじゃよ」
エミリアの話に私はあんぐりと口を開けて、呆けている。
つまり、それはレリレックス王国への叛逆ではなかろうか。
それを王妃がしたというのだろう。
幽閉どころか、最悪死刑も有り得ることだろうが、魔王は白銀の騎士に敗れているので、味方した王妃が政権を獲得しているはず。いや、幽閉されているのでそれはないのか。う~ん、どういうことだってばよ。
とんでもない話の上、なにがなにやらさっぱり分からず私は混乱するばかり。
「そ、そんなこと私に話して良いの?」
「んっ、別に。王国の皆が承知なことじゃしな」
「……そ、そうなんだ」
「とぉ~にかく、妾と一緒に行かなくては、なんやかんやと理由をつけられて母上とまともに話など出来なくなるぞ。それで良いのか、メアリィよ」
真剣な顔で迫ってくるエミリアに、私の判断力が揺らいでくる。もしかしたら、この話を聞いた時点でエミリアは、私のために早急にはせ参じたのかもしれない。友達の好意を無下にはできない。
「う、うん、分かったわ。準備する」
私は決意して、エミリアの案に同意した。
それを聞いたエミリアの顔が一瞬ニマ~としたように見えたのだが、一瞬だったので気のせいかもしれない。
こうして、私はエミリアに先導され、マギルカ達不在の状態でレリレックス王国を目指すこととなったのであった。




