村へお帰り
不本意極まりない戦いを繰り広げてしまったが、とにかく、私は白銀の鎧に打ち勝った。
その時の白銀の鎧の呪詛のような言葉が未だに耳に残っている。
『もうここに隠れることはできないわ。フフッ、アハハッ、外に逃げても必ず捕まえて、今度こそズタズタにしてあげる。私の大切なモノを奪ったお前を、絶対に許さないっ!』
あれは、第三者の私ですら身震いするくらいの憎悪だった。少女と白銀の鎧に何があったのかは分からないが、少なくとも穏やかな話ではないだろう。
ふと、私は切り飛ばした頭を見る。そこには見覚えのある砕けた水晶が転がっていた。
「これは、リベラルマテリア、よね。白銀の騎士は聖教国となにか関係があるのかしら?」
『聖教国と、ではなく、そのアイテムと関係があると考えた方が良いかもしれないぞ』
「というと?」
『リベラルマテリアを作った奴と……ということだよ。単純にその技術は聖教国……いや、人が生み出せるような代物ではないからな』
オルトアギナの含みある言葉に私は、そう言えば、あのアイテムを作ったのは誰なのか深く考えたことなかったなぁと思い出す。古くから存在しており、我が国では禁忌とされているので深くは知ろうとしなかった所もあるが……。
それよりも、オルトアギナの発言には気になる点が一つあった。
「オルトアギナ。あなた、アレを作った人を知っているわね」
『…………』
「もしかして、ニケ、かな?」
私達の会話にシータが入ってくる。黙秘しようとしていたオルトアギナはシータの暴露に深く溜息を吐き、観念したのか話を進めていった。
『左様。リベラルマテリアと呼ばれるアイテムは、かつて彼奴の研究の一環にあった、神を召喚するというとんでもない試みの失敗作なのだ。それを廃棄せず、奴は人知れず世にばらまき、それが聖教国に広まった。全ては、その行く末がどうなるのか観察したかっただけだろう。』
オルトアギナがその知識を出し渋るとなると、彼の過去に繋がるなにかなのだろうとは思っていたが、ここに来て、またしてもニケの存在が出てくるのには驚きを隠せない。
しかも、あの危険なアイテムを作った目的が、「神の召喚」だということにも、呆気にとられる。さらに、あれで失敗作というのだから、もうなんと言って良いのやら。
今までいろんな天才を見てきたが、ニケはどこか皆と違うような気がしてならなかった。
危険というかなんというか、上手く言葉にできないが、とにかく関わらない方が良いと心の片隅で警鐘を鳴らしている気がしてならない。まぁ、全ては想像であり、会ってみたら案外良い人なのかもしれない。
「この施設もニケが関係しているし、ここを人知れず訪れていたあの白銀の鎧も関係ないってことはないわよね。だから、あのアイテムを持っていても不思議じゃないか」
そうなると、私の視線は自然と少女に移っていく。
(この子もニケとなにか関係があるのかしら。そして『白銀の騎士』とも……そういえば、アガードというのは結局誰だったのかしら?)
ここで考えていても頭の中が整理できそうにないし、私にはまだマギルカ達と合流し、解き放たれたモンスター達をどうにかしなければいけなかいというミッションが残されていたことを思い出した。
「ねぇ、大丈夫? 歩けるかしら?」
テュッテに服や髪を整えてもらっている少女は意外にも大人しくしており、白銀の鎧と対面したときの取り乱した姿は今の所見られない。
私に声をかけられ、少女は頷くことで答えてきた。そこに若干の怯えがあるのは仕方ないことだろうが、ちょっとショックでもある。
(まぁ、あの白銀の鎧と戦っているのを目の当たりにしたのだから無理ないか……)
「ん~、あなたのことなんて呼べば良いのかしら。良かったらお姉ちゃんに教えてくれない?」
もしかしたら、先の出来事がショック療法で記憶が戻ったかもしれないと、私は期待しながら聞いてみる。
(百年以上眠っていたかもしれない子に、私がお姉ちゃんというのも変な気もするけど)
「分からない……」
長い耳と爬虫類のような尻尾をシュンと垂らしながら俯く少女は、私の期待とは違う答えを返してきた。なんとも小動物的で、自信なさ気なところが昔のサフィナを彷彿されて、なんとも可愛らしいじゃあ~りませんか。
こういう可愛い系には問答無用にギュゥ~と抱きしめたくなる衝動にかられるのが私なのだが、それを抑えてクールに対応する。うん、違ったわ。実際はハグしそうになって、テュッテに「それはまだ早い」とそっと手で「ハウス」を言い渡されただけですけど、それがなにか……くっ、さすがテュッテ、分かってらっしゃる。
「コホン……ちなみになんだけど、アガードって誰かしら? あの本、じゃなくて、あなたが口にしていたんだけど」
少女が口にする前に私は例の古書でその名を知っていたので、ついついそれ込みでしゃべろうとして軌道修正する。ふぅ~、危ない危ない、ここには勘の良いしゃべる本がいるのだから。
「アガード……ぼんやりでよく思い出せないけど、なんか……大切な……ううん、やっぱりよく分からない」
「どうして? ぼんやりでも覚えているってことは、それだけ大事だったんじゃないのかしら」
「そうかな……でも、あの人のことを考えると、こう、胸の奥がキュッて締め付けられて苦しいの……だから、分からない……」
小さく、辿々しくではあるが私の質問にできる限り答えてくれる所を見ると、少女は私達に警戒心を強く持っているわけではなさそうだ。その健気というか、そんな素振りがかわい……はい、自重します。
私の心を見透かすようなテュッテの視線を受け、私はグッと衝動を抑えるのであった。
『メアリィよ、例の本を』
「ぷぺっ、べ、べべべ、別に、私は本から聞いてるわけじゃっ」
『どうした? あの本をこの小娘に見せたら、もしかして読めるんじゃないのかと思っただけだぞ?』
「あっ、あぁ~、そ、そうよね。うん、そうそう。私もそう思っていたところよぉ、あははは、気が合うじゃない、オルトアギナァ~」
『なんだ、それは? さてはまたなにか企んでおるな』
「は? そんなこと、これぇっぽぉっちも考えてないわよ」
『……ふ~ん、まぁ、今はそういうことにしておいてやろう』
慌てて愛想笑いを振りまけば、変な勘ぐりが入ってきたので本当のことを力説する。だが、このしゃべる本めは納得いっていないようで、それでも話を進めるよう促してきた。なぜだ、本当になにも考えてないのに……。
私が釈然としない顔で首を捻っていると、テュッテが持っていたその古書を少女に見せる。
「これ、あなたは読めますか?」
「…………読める、かも」
見せられた古書をマジマジと眺めながら、少女は答える。その返答に私は心の中でガッツポーズをするのであった。
(よっしゃぁ、これで私がやらかしても彼女でなんとか誤魔化せるわぁぁぁっ!)
「うおぉぉぉ、読めるの? どこまで読める? 全部、ねぇ、全部?」
『小娘、この文字の発祥はどこだ? どこで学んだ? さぁ、言え、早う言え』
しょ~もないことで嬉々する私を余所に、オルトアギナとシータは、さっそく古書を見せながらその内容を聞こうとしていた。
あまりの剣幕に、少女はヒッと声を上げ、テュッテにしがみついている。
「それよりも、今はココを出て、皆様と合流するべきではないでしょうか?」
テュッテは少女を包み込むように守ると、ごもっともな意見を言ってくる。私としてはその意見に賛同するが、彼女が少女を守る光景は、ちとジェラシーを感じてしょうがない。
(いやいや、心が狭いぞ。メアリィ・レガリヤ。相手は子供なんだから大目に見ようじゃないか。ははは、は……子供なのかしら?)
どうでも良いことに疑問を持ち始め、私も考えることを止め、今やるべきことを優先する。
「さぁ、外に出ましょう……えっとぉ……」
少女を見て、声をかけようと思ったが名前が分からないのはちょっと不便だなと、私は言葉を詰まらせる。少女と言えば、なにか気になるのか、再び古書を見ていたが、私の言い淀みに気が付き、こちらを見てくる。その瞳には、先程よりも意志が宿っていると言って良いのか、なにか力が宿っているようなそんな気がした。
「ノア……」
「えっ?」
「……私の、名前……のような気がするの」
古書をペラペラと捲りながら、少女、いや、ノアはそう私に告げてきた。
「そう、ノアね。良い名だわ。ついでに、もうちょっと古書を大事にしてくれると、お姉ちゃんは嬉しいかなぁ~なんてっ」
あの古書の中になにか思い出す切っ掛けがあったのだろうか。まぁ、それは良かったのだが、ページを無造作に捲るその行為に、シータが今にも泡吹きそうになっていたので、ノアに優しく止めるよう告げる私なのであった。
「ご、ごめんなさい……」
私の言葉にシュンとして、大事そうに古書を抱きしめるノア。その素振りがとても愛らしくて、私は我慢できず、気が付けば自然に彼女の頭をナデナデしていた。
私の突然の行為に、警戒心を募らせるでもなく、只驚いてポカ~ンとしているノアを見て、私はハッと我に返り、頭から手を離す。テュッテが事前に止めてくれなかったのは、その程度なら大丈夫だろうとの判断だったのだろうが、そんな反応されるとなんかちょっと恥ずかしい。
「さ、さぁ、行きましょう、ノア」
なので、何事もなかったかのように私はノアに手を差し出すと、彼女は戸惑いながらも、恐る恐るその手を掴むのであった。
「っで、どしたの、マギルカ、その格好は。今回の戦いでなにかに目覚めたのかしら?」
と、これが合流した私の第一声だった。
「そ、そんなわけありませんでしょっ! 変な言い方しないでくださいまし」
お尻を隠しながら、頬を赤くしてマギルカが抗議してくる。
(破廉恥極まりない敵でもいたのかしら。ハハハ、そんなモンスターいるわけないか)
私は自分の考えに失笑しながら、今一度外の森を見回した。
結構な数のモンスターの死骸があちこちに転がっている。王子達の話を聞く限りでは、モンスター達をここで食い止めることに成功したようだった。思わぬ伏兵を隠し持っていなければの話だが、まぁ、ここまでして現れないところを見ると、そういうのは用意されていないみたいだが。
『まったく、あなたのせいで私が苦労する羽目になったじゃないのよぉ~』
「私のせいじゃないわよ。まぁ、とにかく頑張ってくれたみたいでありがとうね」
私がホッと胸を撫で下ろしていると、おそらく一番の功労者であろうスノーがプンプンしながら近づいてくる。
そんなスノーの巨体を見て、ノアは怖がり私の後ろに隠れてしまった。でも、興味はあるみたいで、私を壁にこっそりスノーを見ているところはなんか可愛らしい。
と、スノーの背中からちっちゃな物体が顔を見せる。
リリィだ。
彼女はスノーからピョンと軽快に飛び降りると、迷いなく私のところ、いや、どちらかというとノアのところか、へ駆け寄ってくる。
スノーと違ってリリィの大きさは猫サイズなのでノアもそこまで怖がっておらず、その愛くるしさに目を輝かせるほどだった。
それでも、近づいて良いのだろうかと言葉にせずに私を見つめてきたノアに、私は微笑みながら、そっと背中を押してあげる。
恐る恐る触ろうと手を差し出すノアの指先を、スンスンと嗅ぐリリィ。
(う~ん、可愛いモノと可愛いモノが並ぶと自然とニマニマしてしまうわね)
いかんいかんと、口角が上がり始める自分の頬を両手でグリグリと揉みほぐす私。
リリィは差し出された指に頭をスリスリするので、ノアの警戒心も解かれたのか、そっと撫で始めていた。そういえば、彼女の笑顔を見るのは初めてかなとホッとした気分で二人を眺める。
リリィは相手の善悪性に敏感だ。
どんなに仮面を被っていてもその本質を嗅ぎ分けるのが上手いとはスノーの言葉である。そんな彼女がスリスリしているノアは、安心できるだろう。
ちなみにリリィ先生によれば、オルトアギナには寄らず離れずといった微妙な位置取りをしていたので、信用できるようで信用できないという曖昧な評価だった。
「とりあえず、周りを警戒しながら村へ戻ろうか」
王子の言葉で、皆が村へ向かって歩き始める。
「ほら、行くよ、ノア」
私は今なおナデナデしまくっているノアに声を掛け、手を差し出すと、彼女はテテテッと慌ててこちらに走り寄って私の手を握るのであった。その横をリリィも付いてくる。
(あぁぁぁぁぁぁっ、可愛いぃぃぃっ! 前世でもなかったけど、妹ってこんな感じなのかしらぁぁぁっ!)
表向きは優しく微笑むお姉さんを気取っている私だが、内心はその可愛さに悶絶しているキモいお姉さんだったりする。
「ノアちゃん、村に戻ったらお姉さんと一緒にこの本を読みましょうねぇ~」
「シータ、優しそうに見えてその実、欲望が表情からだだ漏れてるわよ。怖い怖い」
古書が読めると知ってか、先程から隙あらばノアに探求の手伝いをさせようとするシータの情熱と言って良いのか微妙なところが、表情から見え隠れして私は、ノアに迫る彼女を押し戻す。
そんなシータを見て、レイチェルさんが恥ずかしそうに彼女の首根っこを掴んでノアから離れていった。
振りほどこうとジタバタし、抗議するシータを見て、笑いが零れる皆が歩を進める中、ノアだけが足を止めたので、手を握っている私も気が付き立ち止まる。
「どうしたの?」
赤く光るその瞳が一点をジッと見つめている。
私はその先を辿るように見てみれば、それはここへ来る途中に見た、もう形なき廃家だった。
「ノア?」
「……私……ここ、知ってる……」
おそらく、ノアが言っているのはあの廃家のことだろう。
つまり、彼女はここに住んでいたのだろうか。
だとするなら、なぜあんな施設で眠っていたのだろう。
てっきりあの施設で産まれ、そのまま外に出ることなく眠っていたのかなと考えたが、白銀の鎧とノアの発言から、一時的でも施設外で二人は一緒にいたのではないのかと考える。
「アガード……」
ノアの呟きは、とても小さく消え入りそうで、胸をギュッと抑えているところから明るい感じには見えなかった。
アガード……それが、白銀の鎧とノアを繋ぐワードのようだ。
もしかすると、私が求める白銀の騎士の秘密に繋がるのかもしれない。
私はふと、この旅の切っ掛けになった白銀の騎士の台詞を思い出す。
大いなる力の封印。
彼は一体なにをしたのだろうか。
それをこれから調べていくのだと、決意新たに私は村へと戻るのであった。




