白銀の鎧
白銀の鎧と対峙する私達に緊張が走る。
敵味方の判断もつかない状況なのに、その異様な雰囲気に圧倒されて、思わず身構えているといった感じだ。
と、相手もこちらに気が付いたのか、こちらを見回してくる。
そして、頭の動きがザッハのところでピタッと止まった。いや、今までの流れを考えるとおそらく見ているのは彼が抱えている少女の方だろう。
『今回はなんて幸運なのかしら。いつもなら苦戦する扉の解錠や、ここまで来るのに邪魔する魔道具達。そして、一番うっとうしい妖精と、そのゲートのロック解除。そのほとんどが機能停止していたのは貴方達のおかげのようね。感謝するわ』
白銀の鎧がしゃべるが、それは私達のような声ではなく、どちらかというと、オルトアギナやスノーのような魔法で語りかけてくる感じだった。
もしかしたら、中身は人ではないのかもしれないし、声のトーンは女性的だったが、本当のところはどうなのかも分からない。
分かったことは、相手は前と違って私達のおかげで苦労せずにここまで来れたということだろうか。
「地下森林のあの惨状は、もしかして貴方の仕業なのかい」
問答無用で斬りかかってきた妖精の巨像と違って、しゃべりかけてきた白銀の鎧に王子は対話を試みるようだ。
『そうね。いろいろ消耗が激しく失敗続きだったから、数で圧そうとモンスターも使ったわね。前回は侵入する前に二、三匹どっかへ行ってしまったけど』
こちらを警戒していないのか、ペラペラと自分の情報を公開していく白銀の鎧。その情報にはなんとなく心当たりがあった。
(あなたのせいかぁぁぁっ。あの時のジャイアントスネーク事件はあなたのせいだったのねぇぇぇっ!)
『あっ、今回はすんなりいったのよね。どうしよう、気合い入れて大量投入したのに、無駄になったわ』
随分と友好的かと思いきやそんなことはなく、とんでもないことをシレッと言ってくる白銀の鎧。
そのモンスター達を確認できないところをみると、ゲートの向こうに待機させているのか、もしかしたら森に放置しているのか、とにかく私には看過できない事態になっているのは確かなようだ。
「どういうこと、オルトアギナ? 妖精はどうしたの?」
『ふむ、少女を解放しているあたりから、やる気というか、なんというか、とにかく妖精は全てを放棄したみたいだ。ここも一気に風化して、直に地下森林に呑み込まれるだろう』
どういう心境の変化か知らないが、とにかく妖精がやる気をなくして、そこに白銀の鎧が来たということだろうか。なんという漁夫の利。
『そんなことより、ねぇ、あなた達』
先程からどうも物騒な言動が目立つ目の前の人物には一種異様な雰囲気を感じられた。そのせいで、私は話しかけられただけなのに、身構えずにはいられず、それは皆も同じで、誰一人緊張を解いた人はいなかった。
『その子を私にちょうだい』
予想通り、白銀の鎧はザッハが抱える少女を、ゆっくりと指差してきた。
「彼女をどうするつもりだい?」
私達を代表して王子が聞いてくれる。
『え? そんなの決まってるじゃないっ♪』
今までの抑揚のない話し方と違って、白銀の鎧は少し感情がこもり始める。
『身も心も苦しめて、苦しめて、苦しめて、苦しめて、飽きたらじっくりたっぷり、その身体を粉微塵にして、魂まで殺してあげるのよっ♪』
それは恍惚といっても差し障りのない口調だった。その内容もさることながら、その声に私は背筋が寒くなる。
目の前に立つ白銀の鎧は私の知るあの白銀の騎士とはかけ離れていた。これが同一人物だなんて絶対認めたくない。
「この少女のことはボクらもよく分かっていない。だからといって、そんなことを嬉々として言う貴方に渡すわけにはいかないっ」
さすがの温厚な王子も、これには不快感を露わにして拒絶した。当然だと思い、私は肯定するように頷き、相手との距離を測る。
『あっそっ……じゃ~あ、皆殺しコースってことで良いよねぇっ♪ プレゼントに、モンスター達を解き放ってあげるわぁっ♪』
白銀の鎧が巨像の頭を手放し、ズンッと重い音が地面を鳴らす。
私は巨像のときのように、戦闘力のないテュッテをまず狙うのではないかと思い、彼女に近づき周囲を警戒した。
それを合図に白銀の鎧が動く。
狙うは、テュッテではなく、少女を抱えて両手が塞がっているザッハだった。
手薄だったザッハを狙ったのか、はたまた、まずは標的の確保からなのか、とにかく皆の中で比較的隙の多い彼を狙ったのは確かだ。
だが、白銀の鎧が持つ剣と、レイピアが激しく交差する音が鳴り響く。
予想通り、ザッハのサポートにレイチェルさんが動いていたのだ。
動くスピードが巨像ほどではなかったため、誰でも反応できたのは救いだった。
「させないっ!」
『あらあら♪ 率先してエルフが人を守るなのて珍しいっ。しかも、そっちの男も私の攻撃を多少受ける覚悟でその子を庇ったわね』
「こっちには、シェリーさんが作ってくれた『頼りになる』盾もあるからなっ」
ザッハがドヤ顔で自分の盾を見せつけると、なぜか複雑そうな顔をするレイチェルさん。
(気持ちは分かるが、彼に悪気はないので今はグッと堪えて欲しい)
『だったら、その自慢の盾ごと真っ二つにしてあげるっ♪』
「そいつはどうかなっ!」
少女を抱えるザッハの動きが鈍いように見えて、その実、彼は白銀の鎧をサフィナのところへ誘導していた。
「炎魔法装填。いきますっ!」
抜刀体勢で静かに待つサフィナの前に、ザッハのスピードがいきなり上がり、白銀の鎧が不用意にサフィナの間合いに入ってきた。
「炎刀連斬ッ!」
炎の斬撃が白銀の鎧を襲う。
だが、白銀の鎧は驚く素振りも、回避しようとする素振りも見せることなく、そのまま攻撃をモロに受けた。
その結果、白銀の鎧の胴体が上下に真っ二つとなって空中に飛んだ。
そして、私達は絶句する。
その切り口からは筋肉の触手と言って良いのか分からないが、そんな肉塊がウネウネとはみ出していたのだ。
白銀の鎧の中身が、つまり装着者が人ではないのだ。
いや、あの様子だと私の知る知的生物のどれにも当てはまらないだろう。
これには私含めて皆も予想外すぎて思考が一時停止し、白銀の鎧の動きを眺めたままになっていた。
「あ~、やっぱ中身がアレだと操作もいまいちね。やんなっちゃう」
白銀の騎士かと思ったが、目の前の鎧はリビングアーマーとかそういった部類なのだろうか。だとすると、相手はモンスターということか。にしては、随分と個性的である。
白銀の鎧の落ちた上半身と、立ち尽くす下半身から触手のような肉塊が絡みつき、ズルズルとお互い元へ戻っていく。
これは鎧の中にある核となる部分を破壊しない限り鎧は動き続けるというパターンなのではなかろうか。だから、妖精はあの泉みたいなところに沈めて封印していたのかな。
それに、私はあの光景に似たようなモノを見たことがある。
あれは、レリレックス王国で起こった超巨大魔工兵器の外郭を利用し、筋肉のようなモノを全身に張り巡らせていたリベラルマテリアの現象に似ていたのだ。
「んっ……」
と、ここで少女の瞼が、薄くだがゆっくりと開いた。
これだけ騒いでる中、やっとのお寝覚めには感服するが、それだけ消耗していたのだろう。
『あらあら、やっとお目覚め?』
うっすらとした瞼で虚空を見ていた少女は声が聞こえる方を反射的に見、そして、目を見開く。
「あ……ぁ……」
明らかに少女は白銀の鎧を恐怖していた。
その震えは尋常ではなく、歯がカチカチと鳴るほどである。
『迎えに来たわよ。お寝坊さん♪』
その嬉しそうな口調と言葉だけを聞いていたら、なんとも思わないが、今までの言動を見ていた私にはゾッとするだけだった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少女の甲高い悲鳴が地下に響き渡る。
今まで眠っていて消耗していたとは思えないくらい暴れ出し、ザッハから藻掻き落ちると、それでも動きを止めることなく、這いずるようにその場から逃げようとする。
『良いわね、その反応。ゾクゾクするわぁ♪』
「たっ、助けて、助けて、アガードォォォッ!」
必至になって地を這いずる少女は悲痛の声を上げた。
『お前がその名を口にするなぁぁぁっ!』
今まで、どんなことがあっても喜の感情を表していた白銀の鎧が、突然激昂する。
明らかに先程とは比べ物にならないくらいのスピードで白銀の鎧が動いたため、私しか反応できなかった。
蹲る少女と白銀の鎧の間に私が割り込み、鎧の剣と私の剣がぶつかる音が鳴り響いたことで、皆がこちらを注目できた。
『あら、あなた、その武器は……』
白銀の鎧は私の動きに驚いたのではなく、私が持っていた伝説の剣(笑)に注目する。
一目見ただけで私の剣の材質がなにかを見抜いたのだろうか。だとすると、白色鉱の特性について当時気が付いていた白銀の騎士と……いや、考えすぎだ。
目の前にいる鎧があの白銀の騎士だなんて、そんなこと私は信じたくなくて、頭を振る。
とにかく、あれほど激昂していたのに私が介入してきた段階で、スンッと冷静に戻っているのを見ると只者ではないことは確かだ。まぁ、中身人ではないんですけど……。
対して、少女の方は酷く怯えており、未だ正常な判断ができないでいた。
そんな少女をテュッテが優しく包み込む。
それで落ち着くというわけではないが、突発的な行動をテュッテが止めることはできそうだ。
さて、問題はこれだけじゃない。
私は最初に白銀の鎧が口にした言葉が気になって仕方なかった。
プレゼントにモンスター達を解き放つ、と……。
つまり、連れてきたモンスター達がゲートの外、地下森林に控えているのか、それとも、もっと外、この施設の外に控えているのか、とにかく、それらを自由にするということだろう。
すると、どうなるか。
そんなの決まっているではないか、近くにあるエネルスの村が危険に晒されるということだ。
私としては、白銀の鎧など放っておいて、そちらの対処に向かいたいところである。
私は現在の位置を確認すると、幸か不幸か、白銀の鎧はゲートを離れ、私と二人で孤立しており、王子達はゲートを潜れる距離にいた。
「マギルカッ、レイフォース様を連れて外へっ! ザッハさんとサフィナも付いていってっ!」
「えっ、なんでっ」
「分かりましたっ」
突然言われてザッハが異を唱えようとするが、すぐ様サフィナが動き、言葉が続かなくなる。
「外の方はボクらが受け持つと言うことだね。しかし、メアリィ嬢一人で大丈夫なのかい?」
状況と私の言いたいことを理解した王子もすぐに行動に移してくれた。が、そこはそうなるよねという疑問を口にする。
「メアリィ様なら大丈夫だと思いますわ。最悪、白銀の鎧ごと、このゲートを閉じさせます。良いですわね、シータさんっ」
「ぷへ、あ、うんっ」
自分だけ蚊帳の外になっていて、ちょっぴり不貞腐れそうになっていたシータが、マギルカにいきなり呼ばれて変な声で返事をする。
これは白銀の鎧に対する保険のように聞こえて、その実、私がやらかしてここがとんでもないことにならないようにする保険と言っても過言ではなかった。
(さすがマギルカ、やりおるわ)
「では、私も残りっ」
「お義姉ちゃんも付いていって。モンスターの数がどれだけなのか分からない以上、数は多い方が良いでしょ」
「で、でも」
「私は大丈夫だから」
「シータ……」
『まぁ、我も見ておるから安心しろ。最悪の場合、シータだけはなんとかする。後は知らん』
エルフサイドもなにやら揉めているようで、オルトアギナがシレッと私達を見捨てるようなことを言っているように聞こえるが、聞かなかったことにしとこう。
なんやかんやとあったが皆ゲートを潜っていく。そんな中、白銀の鎧は興味なさげにそれを見送っていた。
鎧の目的はあくまで少女であり、それ以外は余興なのだろう。だから、逃げられたといっても、あまり拘らないということだ。
だったら、モンスターなどというおまけをこちらに押しつけないで、しっかり持ち帰って欲しいところではあるが、外に出たマギルカ達に期待するしかない。
改めて、ここに残ったのは、私とテュッテ、少女にシータだ。まぁ、オルトアギナも書があるので、残っているといえばそうだが、戦力としては期待できない。私が分からないときのアドバイザーとして活躍してもらおう。
『ふ~ん……っで、私の相手はもしかしてあなただけかしら?』
テュッテと少女が戦力外なのは分かるが、シータすら戦力外とは随分と舐められたモノだ。だが、当のシータは私に頑張れと身振りで応援してきて、参戦する気はないらしい。
「え、え~っとぉ……なにかご不満でも?」
『いいえ、ちっとも。あなた……普通じゃなさそうだし』
鎧の奥に瞳なんてない目の部分が私を品定めするように動いて見える。私のなにかを解析されているように思えて、私は鳥肌が立った。
「な、ななな、なにを言っているの、かかか、かしらぁ? わ、わわた、私は普通よっ!」
「お嬢様、動揺しすぎです」
いきなり心理戦を持ち込まれて、ものごっつ動揺する私。テュッテのよく耳にするツッコミで少し冷静さを取り戻せたのは、日頃から動揺しまくっていた賜物だろう。
『……あなた、精神と肉体のバランス、取れてる? あれだけの力を身に付けておいて、その動揺……』
私の動きを眺めながら、白銀の鎧が痛いところをついてくる。というより、なにかで分析されているように思えてならなかった。
私は本能的に相手との対峙を長引かせてはいけないと感じる。
私の秘密が暴かれる……。
そんな気がしてならなかったから。




