謎が謎を呼ぶ……
ゲートを越えた私達を迎えたのは、先程とは打って変わった風景だった。
地下に森という異質から、人工的に作られた研究施設然としたその様相は、前とは違った意味で圧巻である。
しかも、その一つ一つが見覚えがあり、ここがカイロメイアとなにか関係があることを彷彿させていた。
「ここは……おそらくさっきの地下とは少し離れた場所かしら。出入り口を通路ではなくあんなモノで繋げて完全に隔離するなんて、凄い徹底っぷりね」
「シータさん、これは何の研究をなさっていたのでしょうか? 私が見た感じでは合成獣の研究に似ているようですが……」
「どうだろう……技術的には似ているけど、なんか違うような……ちょ、ちょびっとだけ起動させても良いかしら?」
「そ、そうですわね。ちょ、ちょっとくらいなら……も、問題にならない程度に」
好奇心マシマシ組の二人がなんかチキンレースみたいなことを始めようとしているのが怖いので、ホントにやりそうになったら止めようと身構える私。
それよりも気になるのは、好奇心マシマシ組の筆頭だろう、どこぞの竜が静かなことだ。
「オルトアギナ、なにか言うことはないの?」
なので、不穏に思った私は直球で聞いてみる。
『……やれやれ、全てお見通しというわけか。いつから気が付いていたのだ?』
「へ? なんのこと?」
(私はただ、あなたもはしゃがないんかぁぁぁいとツッコミを入れようかと思っただけなのに、この流れはなんか見覚えあるような……)
『フンッ、しらばっくれよって。面白くないが致し方あるまい』
デジャヴを感じつつ、私はオルトアギナの予想外の返しに本当にキョトンとしていたので、そんな反応されても困るというモノだ。
『そうだな。おそらくこれは「ニケ」の仕業だろう』
そして語られるオルトアギナの言葉に一同、首を傾げる始末。
(いやいやいや、ちょっと待ちなよ、お前さん。話が飛びすぎでしょうが、なにを言ってるの?)
「オルトアギナ様、ニケってもしかして……」
知ってて当たり前みたいな感じでいきなり核心を突いてくるオルトアギナにシータまでもが、困惑気味に聞いている。だが、彼女の驚きは私達とは違うベクトルのようにも感じた。
『うむ、シータは我の記憶を垣間見たからなんとなく知っておろう。奴こそが、カイロメイアの初代族長にして、かつて我と部族を引き合わせた張本人だ。我が認めた数少ない最高の魔工技師である』
そして、急にとんでもない話をぶっこんでくるこの智欲竜様に、思考が付いて来れず、とりあえず参加しているという体で、なにかないかなと思い起こす。
(ニケというワード、どぉ~っかで聞いたことがあるような……)
「あっ、入り口を開けたときに……」
「な、なるほど、以前フィフィさんが、魔工技術には制作者の癖が出て、誰が作ったのか分かると仰ってましたが、扉を開けるときに干渉して、そこから気が付いたのですね」
『ほう、マギルカといったか。なかなか呑み込みが早いな。さすがは聖女の仲間といったところか。まぁ、そのくらいでなくては彼女に付いて来れないか』
(待って。その彼女って誰なのかしらね。私はちんぷんかんぷんで置いてけぼりなんですが……)
かろうじて話に付いていくマギルカに感心しつつ、なぜかなにも考えず思ったことをポロッと口にしただけの私に、皆の視線が集中しているように感じる。まぁ、気のせいだろう、気のせいさ……。
「話を聞くと、かなり重要なポジションにいたような感じがするけど、なぜそのニケさんというエルフはカイロメイアではなく、エネルスの森に?」
『さぁな……カイロメイアを出て行ってからの彼奴の行動など知らぬ。たまたまここへ流れ着いたのかもしれぬな』
「出て行った?」
『うむ、方向性の違いというやつだ。彼奴が目指す領域に我が賛同できぬようになった……只それだけだ』
王子とオルトアギナの会話が続く中、後半にいくにつれてシータの表情が曇っていく。彼女はオルトアギナと繋がることで彼の思い出を垣間見たという。ならば、その中にニケがなにを目指したのかも見たのだろう。
それがシータにとってあまり喜ばしいことではなかったことだと彼女の表情でなんとなく察せた。
シータのことも気になるが、あまり深掘りしない方が良いんじゃないかと思うと同時に、白銀の騎士を調べに来たのにどんどん話が遠ざかっているように思えて不安になってくる。
「果たしてここと白銀の騎士となにか接点はあるのかしら? どう思う、シータ?」
「う、う~ん、どうなんだろう。調べてみるね」
とりあえず、他の話題はないかなと私は、シータに付いていきこの施設を探索することにする。
閑散として生活感がほとんどない部屋がいくつかあった。驚いたのはこの場所は随分昔に作られたはずなのに、風化や経年劣化などが見られないところだ。
「これだけ風化がないと、ここでなにをしていたのかの資料やヒントが残ってそうですわね」
「確かに……妖精が関与しているせいかもしれないわね。私的にはありがたいけど、下手に触れてなにか起きたら大変よ」
マギルカとシータ、好奇心マシマシ組が部屋を探索しながら「え、それはもしかしてフリですか?」とツッコみたくなるような怖いことを言ってくる。
皆もそう思ったのか、二人から目を離さないようにして、それぞれ探索を開始していた。
と、私はある一室、その風景を見て、ドキッと胸が高鳴り、その後キュッと締め付けられる思いをする。
材質も形も違うのに、その光景は私の「過去」の記憶を刺激したのだ。
そう、そこは「病室」に似ていた。
かつての自分とダブって、切ない気持ちが溢れ出てくる。
「お嬢様、どうなさいました?」
私のちょっとした変化も見逃さず、テュッテが心配そうに声を掛けてくれたおかげで、私は平常心を取り戻していく。
「なんでもないわ。それよりも、結局ここでなにが行われていたのかしらね?」
「それなんだけど、見事にいろんなモノが処分されていて推測の域から出られないのよ」
『シータよ、奴はそういうところはしっかりしているからな。まぁ、資料を見たところで我くらいしか理解できないと思うが……』
「なにそれ、自慢?」
『フッ……奴の発想は、まるでこの世界から外れたところにあるようだった……だからこそ、我は興味を持ち、受け入れたのだ』
意地悪そうに言ってみた私の発言なのだが、否定もせずオルトアギナはなにか懐かしむような、そんな声色で語りかけてくる。
(この世界から外れた発想?)
「ところで、シータはなにをしているの?」
オルトアギナの言葉に私は引っかかりを覚えたが、それ以上に私の視界の中であれやこれやとゴソゴソ念入りに部屋を物色しているシータが気になって、疑問を投げかける。
「メアリィ様が気にしている部屋だったから、きっとなにかあるのかなと念入りに探してるんだけど?」
「いや、心外だなっみたいな顔されても困るんですけど」
「ちなみに、メアリィ様的にはどこら辺が怪しいと?」
「シータ、人の話聞いてる?」
どうにも会話のすれ違いが酷くて、私は半分諦め、溜息交じりに今なお探索中のシータを眺める。
まぁ、私は経験したことがないから知らないけど、なんとなくこの光景って、アニメや漫画などの青少年達が友達に自分の部屋を物色されるパターンに似ているなと思えてくる。
そう、物色されると言えば……。
「ベッドの下とか……」
私はクスッと思い出し笑いをしながら独り言を零した。
「なるほど、ベッドね……ここかしら?」
小さな声だったのにそこはエルフ、目敏くもシータは聞き逃さずに、部屋にあるベッドらしき台座に屈み込んで、下の隙間を覗き始める。
「う~、暗くてよく見えないわね」
「ちょ、ちょっと、シータ。その格好は乙女としてどうなの?」
覗くのに一生懸命なのは別に悪くないのだが、いかんせん、そのポーズがやばい。
四つん這いでおパン……もとい、お尻フリフリしている様は女の私でもちょっとドキッとしちゃうではないか。
「……メアリィ様、なにかあった、うおっ!」
「あっ、こら、ザッハさん、なんてタイミングでくるのよ。ほんとこのラノベ主人公はっ!」
私はシータのあられもない姿を男性諸君に見られないようにアワアワと、彼女との間に立って隠す。ついでに、ザッハの隣にいたレイチェルさんも慌てて彼の視線を遮ろうとしていた。
うん、隣にいる王子は見えても良いのかというツッコミはなしにして欲しい。そういうものなのだよ、乙女心というものは……たぶん。
「あっ、なんかありそうね」
「シータ、あなたは今、もっと気にしなくちゃいけないことがあると思うわよ」
「う~ん、よく見えないけど、なにかありそうね……」
「人の話を聞っ、えっ、なにかあるの?」
自身の興味に夢中になって、周りが見えていないシータに、私は戸惑い、なんとかして落ち着かせようと思っていたが、どうやら進展があったようで思わず私も話に乗っかっていく。
「そうだ、オルトアギナ様、どう、なにか見える?」
なにを思ったのかシータはオルトアギナの書を取り出すと、そのまま隙間に突っ込む。
『こぉらぁぁぁっ、我を隙間に入れるなっ! というか、我の扱い雑になってないか?』
偉大なる智欲竜様もなにが悲しゅうて、隙間に挟まったなにかを確認させられなくてはならないのかと憤慨していらっしゃる。ここは一つ、お説教の一つや二つ出ても良いのではないだろうか。
『おっ、劣化しているがなにかの本……のようなものがあるなっ』
(いや、調べるんかぁぁぁいっ)
親馬鹿というかなんというか、結局お説教もなく、良いように使われるオルトアギナに、思わず私はツッコミを入れる。
「私じゃ届きそうにないわね……」
「…………」
「お嬢様、あの台座は重いので、一人で動かそうとしないでくださいね」
「あっ……はい……」
シータの行動にじれったさを感じて、私は強硬手段に出ようとすると、後ろからテュッテに釘を刺されて踏みとどまる。いや、危ない、危ない。
「オレ達がその台座を動かそうか?」
と、ここで珍しく空気を読んでザッハが王子を巻き込んで提案してきた。
『いや、止めておいた方が良いぞ。ここのモノを変に動かしたり、傷つけたり壊したりしたものなら、妖精がぶち切れるかもしれないからな。下手に触らない方が良い』
事が妖精なので、なにが逆鱗に触れるか分からない以上、オルトアギナの提案を採用するのが無難のようだ。いや、ほんと、危なかった……私がやったら絶対やらかしてたに違いない。
じゃあ、どうするのかというと、振り出しに戻ったような気がする。
「やはり、自分を信じて、己の手で掴み取るしか活路はないわっ!」
などと、ギュッと拳を握りしめ、格好良く言ってみたりする私。
「う~ん、じゃあ、この中で一番手足が細くて長い、お義姉ちゃんにお願いしようかしら」
「えっ、私がっ!」
「シータ、その言い方は私に刺さるからやめてくれる……」
これといって他意はないだろうシータの言葉に、鋭利なナイフが心にぶっ刺されるちんちくりんが一人。いや、誰がちんちくりんやねん。
私が空しさ満点でノリツッコミをしていると、レイチェルさんがちょっと戸惑いつつもシータに無理矢理ベッドに連れられていった。
「ちょ、えっ、いや、そのぉ、まっ」
「どしたのお義姉ちゃん。いつもみたいにできる女としてパパッとやっちゃってよ」
「えっ、で、でも」
あの気丈なレイチェルさんが、なぜこの程度のことでキョドっているのか気が付かず、私はしばらく彼女の行動を目で追っていたが、屈んだ瞬間、先程のシータの光景が思い出された。
レイチェルさんが先程からチラチラとこちらを見ていたのは私に助け船を求めていたというより、私の横にいる男を気にしていたようだ。
「そういえば、マギルカ達はどうしたのかしら? ザッハさん、悪いけど見てきてもらえる?」
「え、なんで急に?」
「良いからっ」
「そうだね、ザッハ。マギルカ嬢やサフィナ嬢も心配だよ。見てこよう」
私の急な振りに怪訝な顔をするザッハだったが、王子が空気を読んでくれたおかげで、二人してこの場から離れていく。
(ふぅ~、やれやれ、危うく乙女心に傷をつけるところだったわよ)
問題が取り除かれたと分かると、レイチェルさんが慎重に且つ迅速に物色を始める。
少し苦戦し、一時はシータ同様、あられもない姿をお披露目しながらもなんとか目的の物を手に入れたレイチェルさんの手には一冊の古ぼけた薄い本が握られていた。
「これは……随分と劣化したモノね。妖精が管理していたこの場所だからこそ残っていたって感じかしら」
レイチェルさんが持つ本をマジマジ見ながらさっそく鑑定し始める好奇心旺盛な司書と智欲竜。
「見た感じ、なにかの魔導書とかではなさそうね」
『ふむ、ただの本のようだな。危険はなさそうだ』
シータは私には分からない魔法を唱えると、慎重にページを捲って中身を見ようとする。おそらくカイロメイアの司書ならではの古書の崩れを守る魔法なのだろうか、それほどまでに脆くなった本のようだった。
「はて、これはぁ~……なぁ~んの文字かしら。見たことないわね」
『むむ……確かに……』
シータとオルトアギナの会話に私は、以前ヴィクトリカの古代遺跡もどきにあった彼女のお父様考案『ブラッドレイン文字』を思い出す。
「なになに、またオリジナリティ溢れる創作文字でも書かれていたの、かし……ら」
冗談交じりで私も参戦しようと覗き込み、その書かれた文字を見て、私の言葉尻がしぼんでいく。
私はその文字が読めたのだ。
―――― あがーど ――――
それは『日本語』だった……。