なんだか話が……
「はい、メアリィ様の仰る通り、最初発見された月見草の場所は違うと聞いております」
テュッテとサフィナがそういう流れになるのではと気を利かせ、村長を呼びに行ってくれていたらしく、程なくして彼が現れ、事情を説明する。
一応本がうるさいので、掘り起こす件について聞いてみたが、速攻で却下されたことをお伝えすると供に、それを曲げさせる気は私にはない。
『で、その場所はどこだ? 早く案内せよ』
オルトアギナは掘り起こす件を却下され不機嫌になるかと思いきや、もうそんなモノはどうでも良いといった感じである。
(探求はどうした、探求は……まぁ、切り替えが早くて助かるけど)
村長は困惑気味にこちらを見てきた。
(分かる、分かるよ。なんだこの偉そうにしゃべる本は? って思うよね。でも、その向こうに智欲竜と呼ばれた偉大なる太古の竜がいるって教えたら、また卒倒しそうで教えられないわ)
「と、とりあえず案内してもらえるかな」
村長もいちいち深く考えないようにしたのか、怪訝な表情を止め、先頭に立って私達を案内する。 幼少の頃に入り込んだ森のさらに奥へと進んでいく私達は、途中で苔生し、崩れ去った木造の一軒家を目の当たりにした。
「こ……」
「これは……随分と朽ち果ててるわね。ここに誰か住んでいたのかしら?」
マギルカが先になにかを言いそうになって止めたので、私と被らず会話が進む。
「さぁ~? かなり古いモノでして、村の者もここに誰かが住んでいたなんて知りませんでした。月見草を偶然見つけたときに気が付いたくらいです」
「そういえば、月見草祭りに近づくと白銀の騎士が目撃されていたという古い噂があったね。メアリィ嬢も前に目撃していたとか、それと何か関係が……」
「ふぇ、え、あっ、えぇっとぉ~、それはぁ~……」
村長の返答に私は「へぇ~、そうなんだぁ」と朽ち果てた家をホケ~と眺めていたら、王子がこれまた痛いところを突いてきて、なんと言って良いのやら、言葉が詰まって汗が滴る。マギルカを見て見れば、きっとこういう流れになるのだろうと踏んで、家に触れなかったのだろう。私が触れちゃったせいで、なんと返して良いものかと眉間に手を当て思案しているところだった。
『おい、そんなボロ家などどうでも良い。さっさと案内せよ』
「そ、そうね。日も暮れちゃうし早く行きましょ、行きましょっ」
オルトアギナ的には私を守ろうとして話題を変えてくれたわけではないと思うのだが、私はそれに便乗し先頭に立ってその場を離れる。
「お嬢様、場所分かっていますか?」
「あっ、ははは、案内お願いします」
後ろに付いてきたテュッテに言われて、私は方向転換すると、事の成り行きを見守っていた村長にお願いするのであった。
私達はさらに森の奥を進んでいき、そして村長に「あそこです」と指差されて初めて気が付く。
そこには草木に混じって佇む一つの岩(?)があったのだ。そして、その周囲に寄り添うようにポツポツと月見草の蕾が見える。村の近くで咲く月見草とは違って、その数も少なく他の草花に埋もれていた。
「……お墓?」
私が最初に受けた印象は墓石だった。どうなんだろうと思って、皆を見て見れば首を傾げたり、同意見だと頷く人もいた。
「我々もそう思いましてね、触れないようにしていましたが、花の方は余りに綺麗だったので一つ持ち帰り村でも咲かせてみようと思った者が現れまして……」
「それでいろいろ試行錯誤して、今に至ったって事なのね」
私の言葉に村長は少し申し訳なさそうに頷く。まぁ、あれが本当にお墓で、誰かが植えた献花を持ち出していったのかもしれないとなると、う~んとなる気持ちも分からないわけではないし、大っぴらに公表するのも気が引けるか……。
『違うな。あれは墓石などではない』
さて、じゃあ戻るかと思って踵を返そうとした矢先、オルトアギナの書から驚くべき言葉が飛び出してくる。
「そ、そうだよね。あれは私達の塔でもよく見るモノだよね」
続いてシータも彼に同意してきた。しかも大書庫塔にもあると言ってきたので、私は自分の記憶を掘り起こして「なんだっけ?」と検索をかけてみる。
草木が纏わり付き、細部がよく分からない状態なので記憶を掘り起こせないでいると、ザッハが前に出て墓石もどきの葉や蔓を毟り取り始めた。
「これはっ! 形が少し違いますが、塔の書庫を施錠する端末に似ていますね」
レイチェルさんがザッハの手伝いをしようと近づき、その正体に気が付く。
「塔の端末?」
レイチェルさんの解答を聞いて、私は訝しげにシータを、いや、彼女が持つ本を見る。
塔の技術のほとんどはオルトアギナが作り出したはずだった。
それがなぜここにあるのか。しかも、今までの会話から彼はこの存在を知らなかったように思われる。
「聖教国の人達が合成獣の装置を持ち出したように、誰かが施錠端末を持ち出したと言うことでしょうか?」
『いや、あれは塔と一体化しておるから持ち出しても使えんし、仮に強引に持ち出したとしても壊れて只のガラクタになるだけだ。だが、こやつはまだ動いておる』
サフィナの考察にオルトアギナは異を唱え、さらに新たな事実を上乗せしてくる。
「つまり、どういうことだってばよ?」
話しについて行けず、言葉使いが変になる私。
「誰かが模倣して作った……ということかな」
「王国内にそのようなことができる技術者がいたということでしょうか?」
「いや、月見草がここにあるということはおそらくいにしえの森出身者がこちらに来たと考える方が妥当だと思うよ」
ついていけない私に代わり、王子とマギルカが会話を進めてくれてとても助かります。
「ちなみになんだけど、オルトアギナがここに作っといて忘れてたってことは?」
「太古から生きていますので、多少ボケ老竜になっていて、ど忘れしていたという可能性は無きにしもあらずですが、それでも彼がここに来ることはないでしょう。それはいにしえの森の他の勢力が許しませんから……」
ザッハの発言にフォローを入れてからレイチェルさんは答えてくれた。が、その気配りはザッハだけであり、対象のボケろ、もとい、彼女らの統治者であるオルトアギナには無配慮なるモノだった。
『…………』
当の本人はどうなんだろうと、シータが持つ本を見てみれば、全く反応がない。
(まさか、図星だったとかいうオチじゃないよね?)
「オルトアギナ様?」
私の視線に気が付いたシータも気になったのか、本に語りかける。
『ん? あぁ、すまんな。ちと考え込んでいた』
「あなた、まさか本当に自分で作っておいて忘れてたとかじゃないわよね?」
『失敬な、そこまで耄碌しとらんわ。こんなモノを作った覚えはないし、レイチェルが言うとったように我はここへは来れん』
「じゃあ、誰が作ったのよ」
『そ、それはぁ~……』
私のツッコミに珍しく歯切れの悪いオルトアギナであった。
「オルトアギナさんが作ったのではないのなら、他に誰か作れる方に心当たりはないのでしょうか? こういうモノを作れる方は限られてくると思いますが」
『う~ん、心当たりは……』
サフィナの意見にもやっぱり歯切れの悪い竜であった。
カイロメイアの魔工技術は言わば失われた超古代文明レベルであり、そうポンポンと作れる技師がいるとは思えない。てっきり、彼一人しか作ることができないからカイロメイアの文明は衰退の一途を辿ったのかと思っていたが、彼の言い淀みっぷりからするとそうではないと思える。
少なくとも自分以外にも誰かいるみたいだったが、言いづらいなにかがあるのだろうか。
「誰が作ったのかは置いておいて、これがあの大書庫塔と同じモノなら、シータさんが開けられるんじゃないかな?」
王子が空気を読んだのか、話題を変えてくる。
「そう思ったんだけど、どうも私はその権限から外されているようなのよね」
シータが墓石もどきに近づくと、首に下げていた鍵を取り出しそっと近づけるが、なにも反応がなかった。
『……確認したいことがある。シータよ、そなたを使うが良いか?』
「オルトアギナさっ」
オルトアギナの言葉に焦りを見せたのは問われたシータではなくレイチェルさんだった。
だが、大きな声で抗議しようとした彼女を手で制止したのは他でもないシータであった。
シータを使う、その意味が一瞬分からなかったが、二人の態度を見て私は思い出す。
(そういえば、大書庫塔事件のとき、シータは本と鍵を通してオルトアギナに操られていたような節があったわね)
私はあのときの機械的だったシータと供に、その後の反動で倒れていた彼女も思い出す。だから、レイチェルさんが反対しようとしたのだろう。
「大丈夫だよ、お義姉ちゃん。あのときは私の中に入ってくる得体の知れないモノに抵抗しちゃって、それが負担になっちゃっただけなの。でも今はそれがなんなのか分かってるから……」
レイチェルさんを説得するように笑顔で答えるシータは、後半からその視線を本に移し、ギュッと抱きしめていた。
『では、強引にシステムへ入り込むとしよう』
そう言うと、オルトアギナの書が独りでに開き、シータが首に下げていた鍵がふわっと宙に浮く。
「カンリシャケンゲンヲ、ハツドウシマス」
シータの瞳から光が消え、抑揚のない声が発せられる。だが、前みたいに身体になにか拒絶反応みたいなモノが見あたらなかったので、一先ずホッとして見守ることにした。
墓石もどきとシータの間にいくつもの魔法陣が浮かび上がっては消えを繰り返し、シータの口から言葉なのか、只の音なのか私には理解できないモノが発せられる。
そんなことをしばらく続けていると、墓石もどきに変化が現れ、形が少し変わり、鍵穴のようなモノが出現する。
「プロセスシュウリョウ。カイジョウシマス」
シータの言葉と供に、鍵の形状が変化し、彼女はそれを墓石もどきに差し込む。
すると、地面が小さく振動し、墓石もどきの後ろの地面が開きだした。
「地下へと続く階段でしょうか?」
「歴史的発見かもしれませんわね、メアリィ様。シータさん達がいなかったら気付くことも、開けることもできませんでしたけど」
「そ、そそそ、そんな大層なモノじゃない……と思いたいけど。でもこれって白銀の騎士となにか関係があるのかしら? 開けない方が良かったかも」
一連の光景を目の当たりにしながら、サフィナとマギルカが驚愕半分ワクワク感半分で私に話しかけてくるが、私はこのとんでも発見に日和り始めている。
「それはこれから調べればいいんじゃないかな。なにもないってこともあるしね、気楽に気楽に」
王子が励ましというか、ごもっともな返しをくれて、赤べこのごとく頷くことしかできない私であった。
と、振動が治まると同時にプツッと糸が切れたように宙に浮いていた本が地面へ落ち、シータがフラッとよろめき倒れかける。
「シータッ」
心配そうにそばで見守っていたレイチェルさんがすかさず支えた。
「…………」
「シータ?」
「…………ニ、ケ……」
シータの瞳に光りが戻っていくと供に、彼女の口から小さくだが言葉が呟かれた。
先程まで意味の分からない言葉というか音を聞いていたせいか、私でも聞き取れる単語だったのでやけに耳に残る。
(ニケって聞こえたけど、ココとなにか関係があるのかしら? それとも、たまたまそう聞こえただけなのかな?)
「……んっ……お、お義姉ちゃん」
程なくしてシータが正気を取り戻した。
シータの状態はカイロメイアのときほど消耗はしていないが、それでも心配なのには変わりない。彼女をここで休ませて、私達だけで下におりてみようか、悩むところだ。
(ん~、でもシータだって中になにがあるか見たいよね)
そこで私は今も力なく地面に落ちている本へと近づき、危険物を扱うように恐る恐る取ってみる。
(やっぱさ、なにが起こるか分かんないじゃん。私に影響しなくても周りになんかあったら大変なのよ)
「オルトアギナ、シータは大丈夫なの?」
『……に……や……そ……』
「あれ? もしもぉ~し、おかしいわね、電波が悪いのかしら?」
オルトアギナの声がブツブツと途切れて聞き取りづらく、私は本を振ってみたり空に掲げてみたりする。
「メアリィ様、なにをしてらっしゃるんですか?」
「なにってちょっと電波がぁ~っじゃなくて、聞き取りづらいのよね、これ」
サフィナの質問に、本をあっちへこっちへとかざしてみる私は、またしてもやばい発言をしようとして、後ろのテュッテの咳払いで軌道修正する。
「シータさんの近くでないとダメなのではないでしょうか」
私の言わんとしていることをなんとなく理解してくれたのかマギルカがフォローしてくれた。
失礼ながら、そっと本をシータのところへ寄せてみる。
「オルトアギナ?」
『あっ、あぁ、なんだ?』
(おっ、繋がった、繋がった。なんかシータを電波塔みたいにしてて心苦しいけど……)
「シータは大丈夫なの? 一旦村に戻って彼女を休ませた方が良いかしら」
『いや、その必要はない。まだ不慣れで少し疲れただけだから、直に回復する。しかし、アレが気になるのなら先に其方達は調べに行くが良い』
そう言われて「じゃあ、行ってくるね~」となるほど薄情な私ではないので、どうしたものかと皆を見回してみた。
「なんなら、オレが抱き上げて運ぼうか?」
ここで力自慢のザッハが頼もしいというかなんというか、微妙な提案をしてくる。
「ううん、大丈夫だよ。そういうのはお義姉ちゃんにしてあげてね」
「なっ、ななな、なにを言っているのののっ!」
まだ辛そうではあるが、支えているレイチェルさんに向かってウインクしながら意味深な発言をするシータに動揺するレイチェルさん。
(うん、可愛い、可愛い)
「?? なんでレイチェルさん?」
そして、鈍感主人公のごとくザッハがシータの意味をくみ取れず首を傾げるのであった。
「シータは大丈夫そうね」
「そうだね。念のため、村長はここに残ってもらうのも危ないから村に戻ってもらえるかな。ここから先、なにが起こるか分からないからね」
王子の言葉に村長は頷き、踵を返す。
「それじゃあ、下りてみようかしら」
村長を見送り深呼吸すると、私は開いた地下への階段を見た。
(う~ん、だんだんスケールが大きくなっているような気がするのは気のせいかしら。うん、気のせいよね、神様)




