王都に戻ってまいりました
私達はカイロメイアを出て、無事に王都へと戻って来ていた。
途中、精霊樹の領域へ立ち寄ったが、彼女は今回の遠隔操作戦法がえらく気に入ったらしく、人社会に紛れ込んでも疑われず、且つ単独でも不便にならないようにする方法を、試行錯誤することにしたらしい。
というわけで、意外にも一旦ここでお別れとなったのだが、なるべく人様の迷惑にならないような方法を見出してもらいたいものである。
さらに、シェリーさんとも途中の集落で別れ、短いようで長かった私達の旅は、こうして終わりを迎えたのであった。
「うわぁ~、こ、これが王都……カルシャナ領とはまた違ってひろぉ~い。おや、あの作りは……」
「シータ、ウロチョロしないの。皆とはぐれてしまうわよ」
そして今、私達と一緒に歩く二人のダークエルフが、物珍しそうに周りを眺めていた。
なんと、大書庫塔の司書長であるシータと補佐のレイチェルさんが私達に同行し、王国を訪れていたのだ。
カイロメイアを出るとき、オルトアギナに今後のことを考慮して、友好国である王国を見学しに行くのはどうだろうかと提案されたのだ。
まぁ、彼自身が出向くという考えもあったそうだが、それは確実に騒ぎになるから、シータに行ってもらうというのは賢明だろう。
というわけでシータが私達について行くことになったが、一人ではアレなので護衛も含めて、レイチェルさんも同行することとなったのだ。
と、思ったのだが……。
『レイチェルよ。子供の好奇心を抑えるのは良くないぞ。せっかくの旅だ、のびのびさせてやろうではないか』
シータの腰に着けられている革ベルトで固定されてぶら下がっている一冊の本から声が聞こえてくる。
その本の名はオルトアギナの書。
シータとオルトアギナを繋げるマジックアイテムだ。
「そうやって皆様に迷惑をかけたのを忘れたのですか? シータを子供扱いして甘やかさないでください。というか、シータの興味を誘導しているのは貴方ですよね、止めてもらえます?」
『いやいや、せっかくシータが興味ありそうなモノがありそうなのに、素通りさせてはもったいなかろう。教養にも繋がるし』
「それは貴方の興味でもありますよね」
『うっ……』
(なんだろう、我が子の教育方針に相違がある親のような気がするのは気のせいだろうか)
一人と一冊に挟まれて(?)当のシータは状況がよく分かっていないのか首を傾げていた。
『そ、そんなことはないぞ。ほんのちょっと知的好奇心が刺激されただけだ、ほんのちょっとな』
それを興味津々というのではないのだろうかと思ったが、下手にツッコミを入れると収拾がつかなくなりそうなので止めておこう。
そんなことより、私としてはオルトアギナが本越しとはいえ同行しているのが、なんだかデジャヴを感じて仕方がない。
そういえば、オルトアギナはマンドレイク亜種を精霊樹が操っているのを見て、
「なるほど、そういう裏技もありか。それならギリ領域侵犯にはならなさそうだな。やれやれ、誰がそんな悪知恵を働かせたのやら」
と呟いて、私を見てきたので思わず視線を外して逃げていたのを思い出す。
要するに、オルトアギナは精霊樹と似た方法で、外に出てきたと言って良いだろう。
(これでなにかあったら、も、ももも、もしかして私のせい……とか?)
いやいや、さすがにそれは考え過ぎだろう。
あの破天荒な精霊樹やトラブルメイカーのシェリーさんとは違って、オルトアギナもレイチェルさんも、とても常識人で自分から問題行動を起こすような人達ではなかった。
レイチェルさんはなんとなく分かるが、オルトアギナが常識人というのは解せないが、まぁ、彼の場合、自力で動けないから大人しくしているだけなのだろう、たぶん……。
問題があるとすれば、そのオルトアギナを連れ回しているシータだ。
カイロメイア内にいた頃は聞き分けの良い子だと思っていたのに、外に出てみればすっかり知的好奇心の塊と化していた。
いつの間にかいなくなっていた、というか、付いてきてると思いきや置いていってしまったなんて、ここまでくる過程で何度あったことか。
その原因が、歴史的建造物や碑文、珍しい動植物などなどである。そういう界隈に疎い私達だと気にもしなかったような小さなモノ、疑わしいモノもあるので気づきにくいったらありゃしない。
まぁ、本でしか見たことがないような物を目の当たりにしたら、ついつい引き寄せられて気が付いたら皆とはぐれていたという事態になるのも分からなくもないが、後ろにいたはずの人が忽然と姿を消すのは心臓に悪いので止めて欲しいものである。
しかも、同行者のオルトアギナは共犯で、彼女の議論の相手になっているので質が悪い。まぁ、彼の場合は議論の相手と言うより彼女の考えにアドバイス的なモノをして見守っていると言った方が良いだろう。
頼みのレイチェルさんもカイロメイアでの事件以降、思うことがあるのか四六時中シータを監視するようなことはしなくなったらしいし、今は他のこと(意味深)に意識が行っちゃう時があるみたいで見逃しがちである。
(くぅ……精霊樹と別れて、これで振り回されずにすむと思ってたのに、思わぬ伏兵が……でも、精霊樹と違って聞き分けが良かったのは救いだったわ)
とまぁ、紆余曲折を経て私達は王都に辿り着いていた。
「メアリィ様はこれからどうするの? 話に出ていたデオドラさんという人に話を聞きにいくのかしら?」
親心子知らずというか、二人の争いから逃げるようにシータは私に話題を振ってきた。
「う、うんまぁ、個人的なことだから合間を見てこっそり行こうかなと」
いきなり振られたので、言わなくても良いことを言っちゃう正直者な私。
「えぇ~ぇ、私も行く。メアリィ様の行動を……じゃなくて、白銀の騎士については、私も興味あるし」
(ん? 私?)
シータが好奇心から私に同行すると言ってきたが、言い直す前の部分がとても引っかかるのは気のせいだろうか。
「あのぉ、私も付いていって良いですか?」
私が一抹の不安を抱えて無言になっていると、サフィナが聞いてくる。
「それじゃあ、私もご一緒させてください」
サフィナは白銀の騎士に憧れがあるから、この件について興味があるのは分かるが、マギルカまで付いてくると言ってきた。
そういえば、マギルカも隠れファンっぽい感じはしていたか……。
「では、私はこの間に宿の確保をしようかしら。シータ、くれぐれもメアリィ様の行動の邪魔にならないように。勝手な行動しちゃダメよ」
「うん、わ、分かってるわよ」
結局、全員でデオドラさんのところに押しかける形になるのかなと思いきや、レイチェルさんが別行動するみたいだった。
「それなら、ボクはレイチェルさんに同行するよ。お忍びの来賓用に用意している宿がいくつかあるんだ。そこに滞在してもらうとボクとしてもありがたいからね」
「それは……こちらとしてもありがたいことですが、よろしいのですか、正式な訪問ではないのに」
「問題ないよ。こういうときのために用意されているモノだからね」
「それじゃあ、オレもレイチェルさんに付いていくぜ」
「ふぇっ、あ、あああ、あなたも、ですか?」
王子との会話ではいつものようにキリッとした顔のレイチェルさんだったが、横からいきなり同行すると言ってきたザッハに対して、あからさまにキョドりだす。
「ああ、王都内とはいえ、王子を一人で行動させるわけにはいかないからな」
「え、あっ、そ、そうよね……殿下のためよね」
首を傾げるザッハに対して、レイチェルさんは自分の表情を隠すように俯くのであった。
「まぁ、一番はレイチェルさんを守りたいからかな。ここじゃあ、土地勘がなくて思うように動けないと思うからさ」
爽やか笑顔でザッハが付け加えると俯いていたレイチェルさんが頭を上げ、彼を見る。
「あ……えっと、うん……ありがとう」
そして、また俯くレイチェルさん。凜としてハキハキした普段の彼女とは思えないくらいの小声であった。
まぁ、ザッハの場合、単純に要人であるレイチェルさんを護衛するのが騎士っぽくて嬉しいだけだろうとは思うけど、見ているこっちは、レイチェルさんのギャップに可愛いなぁとニマニマしちゃうのはいけないことなのだろうか。
とにかく、私達は二手に分かれて行動することとなった。
「おっ、メアリィちゃん、久しぶりだね。今日はどうしたんだい? また珍妙な武器の製作でもお願いに来たのかな」
工房に着くと、しばらくしてデオドラさんが笑顔で迎えてくれた。
「珍妙な武器って……私は~」
抗議の声を上げようとしたが、伝説の剣(笑)とか鎧とか、サフィナの刀とか、確かに通常の武器とは違うモノを頼んでばかりいて、言い返す言葉を失う私。
「それよりも、今回はちょっとお話を聞きたくて来たんです」
「ホウホウ、改まってなんだい?」
私はデオドラさんにカイロメイアで知った白銀の騎士のことを話し、いろいろ調べたいことを彼女に告げた。
「う~む、白銀の騎士の動向ねぇ……私としては以前話したくらいしか、伝えるようなことはないと思うんだが。王都以外で私が知っていることなんて、皆が知っているような英雄譚くらいしか……」
予想はしていたが、やはり有力な情報は得られなさそうだ。
「え~と、部外者だけど口を挟んで良いかしら?」
私が諦めかけていると横からシータが話に入ってくる。
デオドラさんにささっとシータのことを説明すると、彼女は驚いた顔をした。まぁ、カイロメイアのエルフが王国を訪れるなんて、今までなかったのだから仕方ないか。
「ほえ~、あの大書庫塔の司書長さんとお友達とは、さすがメアリィちゃんだね」
「いえ、そこは私一人じゃなくて、皆を含んでください」
「お嬢様、話が逸れてますのでその辺で……」
相変わらず私が目敏く食い下がっていると後ろでテュッテが囁いてくる。
おっといけないと、私は口を噤み、シータにこの場を譲るように「どうぞどうぞ」と手を差し出した。
「ずばり、デオドラさんは白銀の騎士様の素顔を見ましたか?」
「素顔? う~ん、いや、見てないね。彼と会ったときは鎧姿だけだったよ」
「なるほど……」
シータは腑に落ちない顔をしている。そんなに白銀の騎士の素顔が気になるのだろうか。
「白銀の騎士の素顔ねぇ……確かに、物語にはその描写がなかったような気がするけど、そんな気になることなの?」
「う~ん……多くの文献、伝承、伝聞、小さな事から大きな事まで様々な物語を読んだり聞いたりしているとね、実は白銀の騎士様を表す時にごく少数だけど『彼女』と表現していたりするのよ。記載ミスなのか、勘違いなのか、とにかくちょっと気になってたの。デオドラさん的にはどちらだと思いました?」
「え? 考えもしなかったね。周りからは男性と聞かされていたし、口数は少なかったけど、鎧越しとはいえ、聞いた限りでは声色は若い男性の声だったような……」
本来なら調べに来た私が、そういった疑問点を聞かなきゃいけないのだろうけど、全く考えておらず、シータの質問には「へぇ~、そうなんだぁ」と、周りの人と一緒に感心する始末。
(白銀の騎士の物語は私も読んでいる方だと思っていたけど、そんな記載はなかったわ。さすがは大書庫塔、私なんか足下にも及ばないほどの資料があって、シータはそれを読んでいるのね。頼りになるぅ~)
「う~ん、そうなんだぁ……あっ、メアリィ様、勝手に話を進めてごめんね。さっき言ったことは渡した書物を読めば分かると思うから、読んでみて」
「あっ、うん……あの大量の本達ね……」
シータに言われて、私はカイロメイアを出るときに渡された大量の書物を思い出す。
それらはスノーに持たせて先に家に帰ってもらっているので、今は大切に保管されているだろう。
「もしかしたら、白銀の騎士様の同行者と混同していたとかあるのでしょうか?」
私があの大量の本を後で読むのか~っと楽しみ半分、げんなり半分でポ~としていたら、マギルカが参戦してきた。
「同行者かぁ~……う~ん、私が知る限りではいなかったと思うんだけどなぁ~」
デオドラさんは目を閉じて腕を組み、天を仰ぎながら唸っている。
「そもそも、彼は王国に仕えていた騎士ではないから、周囲は彼の機嫌を損ねないように気を配りすぎていろいろ詮索しなかったんだよね。私もそうするように言われていたし」
「そうですわね。私の知る限りでは、白銀の騎士様は王家の命を受けて動いていたわけではなく、立ち寄った現地の民の願いを受けて動いていたのがほとんどでしたわ」
「あのぉ……それでしたら、現地の方々に聞いてみた方が良いんじゃないでしょうか。さすがに彼らにまで、そのような注意がなされていたとは考えにくいかと」
デオドラさんとマギルカの会話に、サフィナまで加わって、いよいよ一番会話に参加していなければいけないはずの私が置いてけぼりを喰らう羽目になる。
「そ、そうねぇ~、白銀の騎士で繋がりのありそうな村っていうと……」
「ならば、近々『月見草祭り』を控えているエネルス村などはどうでしょう。あっ、そういえば、前の祭りの時に白銀の戦士がってメアリィ様が――――」
無理矢理会話に参加しようとした私に思わぬカウンターをおみまいしてきたマギルカと目が合って、私は慌てて手を高速で横に振る。
そんな素振りを見て、私の秘密と思惑を知るマギルカは瞬時に察したのか口に手を当て、マズいといった顔をした。
「へぇ~……月見草祭りが近いんだ。なんてタイミングが良いのかしら。運命を感じちゃうわね。行こ行こっ、メアリィ様が言うその戦士も気になるし」
「も、ももも、もう五年も前の話だから、そんな人い、いいい、いないんじゃないかなぁ」
五年前についた嘘が、今頃私にぶっ刺さるとは当時の私には知る由もなかっただろう。
「そ、そうですわね。その可能性が大きいので、わざわざ探そうというのは考えない方がよろしいかと」
なんとか私の嘘から話題を逸らそうと否定してみれば、言い出しっぺのマギルカも追従してくれた。
「まぁ、それもそうか。でも、エネルス村に行くのはありかもね。私としては俄然興味が沸いたわ」
(シータってば、こんな所で知的好奇心を爆発させなくても良いのに……)
とはいえ、放っておいても一人で行くだろうから、側にいて舵を取っていた方が賢明であることは今までの経験で分かっちゃう悲しい私がここにいる。
というわけで、何の因果か次の目的地が決まった。
なんと、胃を痛めるイベント満載だったあの月見草祭りに、私達は再び訪れることになったのだ。
(心配だわ。村長さん、またぶっ倒れたりしないよね……)




