おや?
大書庫塔を出て、私達は近くの訓練所へ来ていた。
『あら、あのいけ好かないトカゲ野郎とのお話は終わったのかしら?』
私が来たことに気が付いた根野菜こと、マンドレイク亜種がシェリーさんの肩の上からこちらを見てくる。彼女はあの事件でテュッテに美味しく調理されたのだが、なんやかんやで予備ボディが到着していたらしい。
「いけ好かないトカゲ野郎ってあなた……根野菜がドラゴン様にイキるんじゃぁ~ないわよ。パックンされるわよ」
『なんでこの私が卑屈にならなきゃいけないの。私は精霊樹様よ、精霊樹。あんなトカゲ野郎に引けを取らないわ』
「でも、今のあなたは只のしゃべる根野菜じゃん」
『ぐぬぬぬ……』
シェリーさんの肩の上でイキっていた精霊樹に、私がサラッと現実を突きつけると、彼女はなにも言えなくなってプルプル震えるだけになった。
そんな精霊樹など意に介さないようにシェリーさんは別の方向を見ながら唸っている。
「シェリーさん?」
「う~ん……おかしい。私の想定したモノからどんどん遠ざかっていくのだが」
難しい顔をしているシェリーさんが見ている先を見てみると、ちょうどザッハとレイチェルさんが真剣を使って模擬戦をしているところだった。サフィナも二人の近くでそれを見守っている。
そして、シェリーさんがなんで唸っているのか、二人の模擬戦を見ていたら納得できた。
飛んでいるのだ。そう、ザッハの盾が……。
それはまるでフライングソーサーのごとく、相手に飛んでいったかと思えば、綺麗に弧を描いて戻っていっていた。
「あれじゃ、盾というより投擲武器ね」
私の素直な感想に、頽れるシェリーさん。制作者としては自分が意図した使い方から離れた使い方をされるのはショックだったのだろうか。
「確か、きっかけはメアリィちゃんだったような……」
「あ、でもでも、独創的というか、例を見ないというか、えっと、えっと」
思い出してはいけないことをシェリーさんが掘り起こそうとしているので、私は慌てて擁護しようとしたが、上手くフォローできない自分の語彙力が恨めしかった。
「……まっいっか。面白いから良しとしようっ!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、ケロッとした顔でいつものシェリーさんに戻る。その気持ちの切り替えの早さは見習うべきなのだろうか。
と、それに合わせてザッハ達の稽古も終わったみたいだった。
ザッハが盾を眺めながら難しい顔で近づいてくる。
「う~ん、盾を投げるという発想がないから、なかなか上手く使えないな」
「私もメアリィ様に抜刀術を教わったとき、似たような感覚で苦戦しましたよ」
「やっぱ、メアリィ様の発想は、いつでもぶっ飛んでいるんだな、ついていけるように頑張らないとな」
「そうですね、頑張りましょう」
ザッハの感想にサフィナが同調してくるが、内容が素直に喜んで良いモノか疑わしく思える。
「サフィナさんの剣術もメアリィ様がっ。あの方は武にも長けているのですね」
そして、二人の会話を聞いていたレイチェルさんに要らぬ誤解が生じたようだった。
「それよりも、ザッハさん。慣れない使い方をして手を負傷していますよね。治療しないと」
私が誤解を解こうと口を開く前に、レイチェルさんがザッハに近づき腕を見る。
「ありゃ、バレてたか。でも、この程度なら大丈夫だよ」
「ダメよ、ちゃんと治療しないとっ」
いつものようにマイペースなザッハに対して、レイチェルさんはすごい剣幕で彼の腕を掴み、どこかへ連れて行こうと引っ張っていく。
「ちょ、ちょちょちょ、イテ、そっちの腕、怪我してる方っ」
「あっ、ごめん……でも、やっぱり治療しないと」
ザッハの言葉に慌てて手を離すと、レイチェルさんは心配そうに彼を見る。
「分かったよ、治療してもらうよ」
「ほんとに? じゃ、じゃあ、私がするねっ」
心配そうな顔をしていたレイチェルさんがパァッと嬉しそうな顔をして、救急道具を取りに掛けていった。
私が回復魔法を使うという選択もあったのだが、なんだか「メアリィ、空気を読みなさい」と誰かに言われているような気がして、見守ることにする。
「ホウホウ、これはこれは珍しいこともあるものね」
私の横にいたシータがニマニマしながら呟く。
「と、言いますと?」
「他人に対して冷静沈着に対応するあのお義姉ちゃんが、あんなに慌てるなんて珍しいわね。これは、もしかして……」
私の問いにシータは曖昧に答えてくるが、まさかまさか、レイチェルさんがザッハになんて。だってあのザッハですよ、あの。
シータは妄想物語大好きっ娘疑惑があるので、鵜呑みにするのは止めておこう。
とにかく、そういうのは当人に任せて、私は私のすべきことをすることにする。
というわけで、私はサフィナに私のレポートについて話すと、白銀の騎士について質問した。
「……白銀の騎士様ですか。確かに、メアリィ様の言う通り、英雄譚は知られておりますが、その後どうなったのかという書や伝承などは聞きませんね。そもそも、白銀の騎士様はアルディア王国の英雄騎士と呼ばれていますけど、彼は王国に所属している騎士じゃないそうなので、記録も少ないのです。その風貌から皆、騎士と呼んでいただけのようですよ」
「そうなんだ。それじゃあ、どこから来たのかも知られていないとかなのかしら?」
「そうですね。どの物語もその地に起こった危機に、突如現れた英雄といった感じです」
有名人なのでちょっと調べればすぐに情報を得られると思っていたが、どうやらあちらさんのガードは固いようだった。
「白銀の騎士様には仲間とかいなかったのかな? 私が知る範囲ではそんな人はいなかったと思うけど」
サフィナの話に、私が困ったようにう~んと唸っているとシータが質問してくる。
「どうなんでしょ? それについては直接お会いしたことのあるデオドラ様に聞いた方が良いかもしれませんね」
「あっ、そっか、会った人がいたんだっけ。忘れてたわ」
サフィナのナイスアイデアに私はポンと手を打つ。
後はちょっと詳しいとされているレイチェルさんにも話を聞こうと思ったのだが、治療中に偶然ザッハと目が合い、それまでお姉さんぶっていた彼女が急に恥ずかしそうに俯く様を見ていると、なぜかニマニマが止まらず、そっとしておこうと思う私であった。