様々な思惑ですわ~
私はマギルカ達がいる司書長室へ向かうがてら、事件後にあった王子達との会話を思い出していた。 話題は私の回復魔法に関してだ。
独学でしかも高階級の回復魔法ときたら、皆とりあえず尋ねたくはなるだろう。
「独学でなんか習得できちゃった。てへっ♪」
「メアリィ嬢は、常にボクの予想の遙か先を行くから驚かされてばかりだよ」
笑って誤魔化す私に、王子が素直な感想を述べてきた。
ただ、皆は驚きはすれど、なぜ私が習得できたのかを聞く人はいなかった。「だって、メアリィ様だし……」みたいな顔されているのは、どうにも納得いかないが。果たして、ホッとして良いのか悪いのか……。
「えっとぉ、この塔には魔導書とかいろいろ資料が豊富だったから、幸運にも習得できたというか、そう、この塔のおかげなの、この塔の」
皆が聞いてこないのに、小心者の私は、全てを大書庫塔のおかげにし、勝手に言い訳し始める。
皆「うんうん、そうなんだ」みたいな顔をして、聞いてるだけなのが、どうにも……以下同文。
「メアリィ様、ここまでくると本当に聖女と名乗っても良いんじゃね?」
「ザッハさん、あなた言って良いことと悪いことがあるわよ」
「オレ、そんな注意されるようなこと言ったか?」
「言ったわよっ! 私は聖女なんかじゃないのっ、本当の聖女様に失礼でしょっ!」
「エェ~~~」
やっとしゃべったかと思えば、ザッハのとんでもない発言に、私はキレ散らかす。
「とはいえ、聖教国の計画の数々を阻止してきたからね。そろそろあちらの中枢も、ボクらの存在を意識せざるを得なくなったんじゃないかな」
ザッハに助け船を出すように、王子がそれとなく話を変えてきたが、それはそれで、私が介入したからということではなかろうか。いやいや、皆もいたから、私一人じゃない。考え過ぎ、考え過ぎ。
「今のところ、聖教国の友好国に干渉してこちらに引き入れているわけではなく、敵対国、あるいは中立国に対しての侵略行為を阻止しているので、あちらも強くは出られないと思います」
王子の話にマギルカが付け加えてきて、なんだか話が大きくなってきているように思えて、私は不安になってくる。
「そうだと良いんだけど……杞憂かもしれないけど、メアリィ嬢の噂が変な方向へ一人歩きして、それを利用されるなんてことには……」
王子の懸念に、私は創作物に出てくるよくあるパターンをフッと思い出した。
現在、聖教国と敵対している国以外の国々では、一般的に聖女とか聖者とか神の使徒とか、神を冠する存在というのは聖教国から発信されるのが主であった。
となると、私の知るパターンでは、聖教国以外の国が仮に、誰かをそう発表したら彼らは、それを認めず、最悪の場合、その者を魔女、悪魔として世界に発信し、排除するというある種お決まりのムーブをするのではなかろうか。
王子はもしかすると、このパターンを想像したのだろうか。いやまぁ、あくまでこれは私が知る前世の知識であって、現実にそうなるという保証はない。
だが、王子の懸念がそうであったら、そのパターンは私史上、とってもノーサンキューな事案である。なので、私は話の流れを無視して、条件反射のごとくお決まりの台詞を繰り出した。
「私は聖女ではありません。私は平々凡々で、慎ましく過ごす一公爵令嬢なのですっ」
(分かってるわ、ここまでしててそれはちょっと……てなるかもしれないけど、私は諦めないわ。必ずモブの地位を手に入れてみせる、そのためならば、無理を承知で押し通すっ)
皆の「え?」という顔を見て、挫けそうになった心を奮い立たせる私。
「……なるほど、メアリィ嬢は『その未来』を予測してたから、以前から否定していたんだね。ボクも早く気付くべきだった……」
「え? レイフォース様?」
「メアリィ嬢……今回の件はボクに任せてもらえるかな。なるべくキミの望むようにカイロメイアの人達と話し合ってみるよ」
想像とは違った王子の返しに私は動揺して、どうして良いのか分からず、思わずマギルカの方を見る。
すると、彼女は私が言わんとしていることが分かったのか、コクッと一度頷いた。
「お、お願いします」
というわけで、王子は現在も氏族長達と話し合いをし、今回の事件の内容について調整をしているのだ。
氏族長側も、オルトアギナの真実を皆に告げるのを控えたいため、彼の復活や攻撃は全てトーマス司祭の陰謀ということにしたいらしく、話し合いに乗り気であった。
いつもなら、私がなんとかもみ消そうとワチャワチャして、火に油を注ぐというオチになっていたのだが、今回は王子の介入で期待できそうである。
とここで、私は司書長室に着いたので、思い出すのを止め、シータに続いて部屋の中に入った。
「メアリィ嬢、オルトアギナとの対話は無事終わったみたいだね」
私が入ってくると、王子がホッとした顔で言ってくる。
実は、オルトアギナとの対話は王子と氏族長の話し合いで決まったことだった。まぁ、話の内容は私任せだったけど……できれば、そちらも考えていただきたかったのだが、良い情報を手に入れれたので良しとしよう。
「すまないね、周りの緊張を解すのにキミを利用してしまって」
申し訳なさそうに言う氏族長。
私達が未だカイロメイアにいるのは、なにも調べ物をしたいだけではなく、氏族長側の思惑もあったのだ。
というのも、今回の事件がトーマス司祭、引いては聖教国の陰謀だったとして、いきなり竜が現れ、彼はこのカイロメイアの創始者で、古代の栄光は彼の恩恵だと話しても「はい、わかりました。これから彼と一緒にやっていきましょう」となる人ばかりではないだろう。
そういう人達は、不安を抱いて復興作業をする事になるのだが、そこに今回の事件を解決した私達が滞在していることによって、もしなにかあっても大丈夫という保険を置く必要があった。
それを後ろ盾に皆を落ち着かせ、説得していくことになる。そこは氏族長達の手腕に期待しよう。
とはいえ、いつまでもここにいるわけにもいかないので、そこは王子が交渉し、今後のアルディア王国との交流、または私に関することを秘匿、もしくは曖昧にすることを交換条件としていた。
今回の事も竜に相談することの前例、または安心感を周囲に与えるための言わばデモンストレーションだったりする。
オルトアギナも私達の計画に異を唱えるつもりはなく、好きにしてくれと聞き分けが良かった。
彼の場合は知的好奇心を刺激されない限りは興味がないといった感じなのだろう。
「メアリィ様、王国へ戻る日取りも決まってきましたわ。調べ物があるのならお早めに」
「えっ、もう良いの?」
マギルカの言葉に私は氏族長を見ると、彼は頷く。
「メアリィくんのおかげで、町の人々は思いの外、冷静に我々の話を聞いてくれてね。それにオルトアギナ殿の協力的な行動も相まって、過去の話や、キミに関する話は上手く誤魔化せているよ。一番の懸念だった古代至上主義のリグレシュも、トーマスの息がかかった者達を排除し、レイチェルがトップに立っていてくれたおかげで、上手く統制がとれたよ。今後、我々はキミ達への協力を惜しまない。それだけ感謝しているし、したりないくらいだよ」
古代から続く知識の宝庫であるカイロメイアがアルディア王国と協力関係になることは良いことだ。今までは門前払いか、伝手を頼って訪問するしかなかったのだから。
私はオルトアギナとの対話で得た情報と、私のレポートのテーマをマギルカに伝えることにした。
「……というわけで、私は白銀の騎士について調べようと思っているんだけど、どうかな?」
「良いと思いますよ。予想外の考えで、正直驚いておりますけど、さすがメアリィ様、個人的な研究よりも、万人が関心を持つようなテーマを考えましたのね。アレイオス以外の人間も一読したくなるテーマですわ」
「そうだね、相変わらずメアリィ嬢は、従来の考えに捉われず、後に続く者達の選択肢を広げていくね。しかも、人の興味を引くのが上手い」
「え? あ、そ、そんな大したことではないですよ。すっごく個人的なことだし……」
二人のなぜそうなったのか分からないお褒めの言葉に、くすぐったい気持ちと「これ、やばくね」という一抹の不安を抱えつつ、私はテーマに沿って次なる行動を開始することにした。
「となれば、善は急げよね。ここに滞在する期間も短くなったし、調べられるだけ調べないと。ねぇ、シータ」
そして、相変わらず速攻で他力本願を発動する私。
「そうだね。う~ん、とはいえ、白銀の騎士かぁ~。英雄譚ならこの塔にもいろいろあるんだけど、それ以外となると……」
私に声を掛けられて、驚くどころか待ってましたとばかりに元気よく返事をしたものの、シータはう~んと考え込む始末。
「そうなんだ。他の人よりかは詳しい人とかいないのかしら?」
「それでしたら、サフィナさんにお聞きになってはどうでしょう」
シータが考え込んでいるのに釣られて、私もう~んと腕を組みながら悩んでいると、マギルカが助言してくれる。
「確かに、サフィナは私よりかは詳しそうよね。なんか憧れとか抱いてそうだったし」
「それを言うなら、お義姉ちゃんも一時期、そういう節があったような気がするわ。まぁ、白銀の騎士がとかじゃなくて、英雄に対してだけど」
マギルカの助言に私とシータは二人して、ポンと手を打ち、賛同する。
「お嬢様、サフィナ様とレイチェル様はザッハ様と一緒に剣の訓練をしておられますよ」
私達の会話を聞いて、次に私が言うだろう台詞を予想したのかテュッテがさらりと、二人の居場所を教えてくれた。さすがテュッテ、わかってるぅと感激しつつ、私は三人の事の成り行きを想像して、溜息を吐く。
「どうせ、ザッハさんが我が儘言ったんでしょうけど、ちょうど良いわ。行きましょ、行きましょ」
前途多難だったテーマ探しに光明が見え、俄然やる気が出てきた私は、元気よく部屋を後にする。
「メアリィ様、そっちじゃないよ。こっちだよ」
そして、お約束のように迷子スキルを発動する私であった。
(こんなんでほんと、大丈夫なのだろうか、私……)




