教えて、オルトアギナ先生
『というわけで、話を聞こうじゃないか』
「なにが『というわけ』なのよ。話が飛びすぎてない?」
私は今、大書庫塔の中心に鎮座する一匹の黒竜の前でツッコミを入れている。
彼の名はオルトアギナ。
智欲竜と呼ばれた太古の竜にして、ここカイロメイアの創始者である。
あの大書庫塔事件から三週間程経っているというのに、私はまだここカイロメイアにいた。
オルトアギナの働きで、復興は迅速に行われ、皆が落ち着きを取り戻し始めた矢先に、彼に呼ばれて来てみれば、開口一番これである。
『カカカッ、そなたは今回の騒ぎを解決するだけで、ここを訪れたのではなかろう。もっと重要な目的が別にある、違うか?』
(いや、まぁ、そう言われればそうなんだろうけど……言い方がなんか)
なにやら含みがある言い方をするオルトアギナのせいで、周りであれこれしている司書達が驚き、ひそひそ話をしているではないか。
竜相手に会話をしようとすると、どうしてもボソボソと話せないし、なにより彼の声量がでかすぎるのが問題だ。まぁ、あの大きさだし、あれでも彼的にはヒソヒソと話しているつもりなのかもしれない。
「プ、プライベートな話だから、他の人に聞こえないところで話したいなぁ~、なんて」
モジモジしながら、とりあえず可愛らしくお願いしてみるあざとい私。竜相手に通じるかどうか分からないが……。
『プライベートね~。上の塔ならできたが、そなたがぶっ壊したから使えないのだよ』
「失敬なっ! 半壊させたのはあなたのブレスだし、スノーだって壊したわよ、私だけのせいじゃないわ。誤解を招く言い方しないでっ!」
案の定、華麗にスルーされ、さらには濡れ衣を着せられる始末。
内緒話作戦が失敗に終わった以上、気持ちを切り替えて、次は要らぬ誤解を周りに生じさせないようにここは一つ、正直に話を進めるとしよう。
「べ、別に大したことじゃないわよ。ちょっと学園の卒業レポートの題材をねぇ、探しに、そのぉ……」
自分で言っといてなんだけど、この壮大な大書庫塔に鎮座する伝説の竜を前に語るには、内容のあまりのショボさに、だんだん恥ずかしくなってきて言葉尻が萎んでいく私。
『なるほどなるほど……我と同じく知識の探求に来ていたのか。これは面白い』
(いやいや、あなたと同レベルで語らないでください。こちらは子供の自由研究レベルですので)
正直に答えたはずなのに、なぜかさらに含みのある言い回しになって返ってきたのは、気のせいだろうか。
『ならば語ろうではないか。なにについて語る? そなたなら、八階級魔法の謎か、はたまた神につい――――』
「ストップ、ストォォォォォォップッ! スケールがデカすぎて凡人学生が語って良いレベルじゃないわよっ! もっとレベルを低くしてもらえるっ」
とんでもないことを語り合おうとする智欲竜様に私は慌ててストップを入れる。
『凡人学生レベルと言われてもなぁ~、このくらいついて来れるだろう』
「ついて来れないです。天才と一緒にしないでください」
『う~ん……では、そちらから提示してもらおうかな? 漠然的でも良いぞ、なにかビジョンはあるのだろう』
でっかい頭をこちらに寄せて、興味津々といった感じにオルトアギナは聞いてくる。
私が聞きたいことなんて、モブ(凡人)になるの一択しかないのだが、こんな所で大声で語った日には、今まで隠してきた苦労が水の泡である。
(なんかこう、はっきりしない中でも分かる人には分かるみたいな良い言い回しはないものかしら)
ここにマギルカがいてくれれば、彼女から助言なりなんなり聞けるのだが、如何せん今は王子とともに氏族長と今後について話し合いをしている。
サフィナは折れた刀の予備を取りにスノーに乗って、リリィとカルシャナ領へ戻っているし、ザッハはそのコミュ力を発揮して、いつの間にやらここの兵士さん達と剣の稽古に勤しんでいた。
というわけで、現在私はテュッテと二人きりなのである。
(ここは一つ、あちらの頭の良さに期待して、抽象的な表現から私がなにを求めているのか察していただくというのはどうだろう)
マギルカ達がいないと、浅はかスキルが発動しがちな私は、ナイスアイディアとばかりに、意気揚々とオルトアギナを見る。
「そうね、大いなる力に対しての制御、もしくは封印する方法……かしら」
自分のことだと悟られないように抽象的に言ってみたものの、なんか物騒な予言みたいになったような気がするが、まぁ、気のせいだろう。
周りがザワついているけど気にしない、気にしない。
「メアリィ様、それは……次なる神の掲示でしょうか?」
オルトアギナがなにやら考えごとをしているのかしばらく沈黙していると、彼の側に控えていた司書長シータが、恐縮そうに聞いてくる。
「いやいやいや、神の掲示とかそんな物騒なものじゃないから。私のレポートのテーマ探しよ」
シータが予想と違う解釈をしてきたので、私は慌てて否定する。
「……オルトアギナ様?」
シータは今一釈然としない感じだったが、それ以上になにも答えないオルトアギナが気になって、彼を見上げた。
『ん? あぁ、すまんすまん。メアリィの言葉、どこかで聞いたことがあるなぁと思ってな。思い出したよ、かつて我が問いにそなたと同じ答えを返した者が』
オルトアギナの言葉に私は驚きを隠せないでいた。私と同じ悩みを持っていた人がいたということだろうか。私は淡い期待を胸に秘め、緊張した面持ちで問い返す。
「そ、それは、誰?」
『名は聞いていなかったな。ただ、周囲からは「白銀の騎士」と呼ばれていたぞ』
オルトアギナの返答に、私は絶句する。
(え、ちょっと待って……もしかして、白銀の騎士も私と同じ悩みを持っていたってコトォ?)
度重なる体調不良やらなんやらで萎え散らかす日々でしたが、なんとか執筆できるだけの心の余裕を取り戻し始めたので、再開です。のんぴりまったり行きたいと思います。、