気が付けば、白銀の聖女パート2
カイロメイアでの一連の騒ぎはこうして幕を閉じた。
一夜明けて、住人達は各々でできる範囲の復興に努めている。
王子達も自分達に手伝えることはないかと、朝から外に出ている。
マギルカ達も普段通りに歩いているところを見て、私はホッとしていた。
で、当の私はというと、あてがわれた被害の少ない部屋の中で一人、外に出ようかどうしようか、迷ってマゴマゴしている。
その最大の要因とは、オルトアギナを蹴り倒したところまで時間が遡る。
『カカカカカカッ、面白い、とても面白いっ! この我が人の蹴り一撃で動けなくなるとはっ。実に不可思議、これだから世界は楽しいっ』
私に塔から地面まで蹴り落とされたオルトアギナが、恨み節を唱えることもなく、むしろ嬉しそうに笑っていた。
私はというと、地面にクレーターを作って寝転がるオルトアギナの胸の上に立って、そんな彼を見下ろしている。
このとき、無我夢中になって戦闘していた私は、はぁはぁと息を整えながら戦いが終わったと認識するのがやっとで周囲の状況を確認する余裕はなかった。
『ふむふむ……なにか魔法的な加護でも着込んでいるのかと思ったが、服の下にもそのような痕跡はないようだな……つまりはそなたの実力か』
動けないオルトアギナは長い首だけをなんとか動かして、私に接近するとマジマジ見ながらそんなことを言ってくる。
「服の……下?」
オルトアギナの言葉に疑問を感じ、私は彼の視線、言わば私の首から下へと視線を移動させる。
そして、私は絶句した。
着ていないのだ。そう、私は全裸だった。
冷静に考えたら、そうなることは明白だろう。あんな炎の中を突っ切っていけば、体は大丈夫でも、神様から貰ったチート能力のないただの服では保たないのは当たり前。
自身の胸の上で仁王立ちするそんな全裸の私の姿を、間近でマジマジと観察するオルトアギナを見て、私の顔が一気に熱を帯びる。
「エッチィィィィィィッ!」
『フゴォォォッ』
私の叫びと平手打ちの音、オルトアギナの断末魔が、瓦礫と砂埃、煙で視界が悪くなった大書庫塔に響くのであった。
その後が大変だった。
スノーに私を包むように丸くなってもらって、私は身を隠し、誰か来てくれるのを、主にテュッテが来てくれるのを待っていた。
自分からこんなふしだらな格好で歩き回る度胸は私にはないし、ドラゴンとはいえ、一応男性にマジマジと全裸を見られたのだ。
もう顔真っ赤の茹で蛸状態で、瞳の中はグルグル状態である。
そんな私が冷静な判断なんてできるわけもなく、ひたすらフリーズして助けを待つばかりであった。
そして、最悪なのは私が最初に会った人がテュッテだけでなく、目を覚ましたシータとそれに付いていった氏族長と隊の人達(全員男性)だったということだ。
「もう、お嫁にいけないよぉぉぉっ!」
思い出したらまた顔が熱くなり、ベッドにうつ伏せで寝転がっていた私は近くにあった枕に顔を押し当て、バタバタと足を動かし悶絶する。
「だ、大丈夫ですよ、お嬢様。スノー様が隠してくださっていましたし、皆様、察してすぐに視線を外してくださっていたじゃないですか」
「それってつまり、私が全裸だって分かっていたってことじゃない。それはつまり、つまり、見られ、くおぉぉぉぉぉぉ……」
テュッテのフォロー空しく、私はベッドの上でさらに奇声をあげて悶絶を繰り返すのであった。
それから数十分ほど、私が奇声をあげ、テュッテが宥めるというサイクルが続き、いい加減私の心も落ち着きを取り戻してくる。
(というか、もう過ぎたことなんだから今更どうこう言ってもどうしようもないじゃない)
毎度のことながら、最終的には開き直りという名のやけくそモードを発動する私であった。
「はぁ~、私に忘れろビームが備わっていたらなぁ……」
「お嬢様、物騒な気のする単語をさらりと言わないでください」
「むぅぅぅぅぅぅ」
「ほらほら、皆様も活動なさっておりますし、沈んだ皆様のお心を少しでも活気づけられるよう、お嬢様もお顔を見せに行きましょう。特に大書庫塔の修復に励んでいる皆様に」
「はぅっ!」
なんやかんやと理由を付けて動かない私を慰めながらも、最終的には痛いところを突いてくるテュッテに、私はグサッと罪悪感を抉られ、渋々とベッドから降りていく。
テュッテの話にも出てきたが、大書庫塔の被害はそれはもう甚大だった。
関係者達は上手く避難していたので、軽傷者くらいしか出ていなかったが、塔は半壊、その原因はオルトアギナであったが、半分は私であったりするのが痛い、痛すぎる。
とはいえ、住人の皆がそう思っているのかと言えば、否だった。
だからといって、後は任せてゴロゴロしていられるほど私の精神は図太くない。
乙女心が邪魔しなかったら、すぐにでもお手伝いしに行くのだが、そう簡単に割り切れない複雑なお年頃だと思っていただけたら幸いです、はい。
「よし、行こう」
気合いを入れるようにフンッと息を吐き、気持ちを切り替え、ついでに覚悟を決めた私はテュッテに着替えを手伝ってもらい、いざ大書庫塔を目指すのであった。
「あっ、聖女様だぁ!」
「聖女様、ありがとうございます」
「おおお、白銀の聖女様」
町に出てみれば、私に気が付いたカイロメイアの人達、老若男女問わず口々にする不穏なワードに私は笑顔を引きつらせながらも応対する。
「テュッテ、恥ずかしいとかそんなもの些末なことに思えるような大問題が私に降りかかってるような気がするんだけど、一夜にしてこれはどういうこと?」
住人達が各々の作業に戻って、テュッテと二人っきりになると私は笑顔のままギギギッと首を軋ませるように彼女を見た。
「合成獣達を引き寄せるために町全体を駆け回りましたし、大勢の人達が見ている前でマギルカ様達を癒してみせましたし、誰もが恐れるドラゴンを相手にスノー様と共に立ち向かって勝利すれば、それを遠くから見守っていた人達でも、あれは誰だとなり、口々に白銀の聖女だと言われれば、波紋のように広がるのに一夜も掛からないでしょう」
「長い解説、助かるぅ~……じゃなくて、う、嘘でしょ、嘘だよね?」
私がワナワナしながらテュッテに縋るような瞳で見つめてみれば、彼女はにっこりと笑顔を作ってくる。その笑顔に私はなんだ、嘘なんだと淡い期待を込めて笑顔で返すと……。
「本当です」
「ぬぐぐぐぐぐぐっ!」
テュッテの容赦ない返答に、再び私は奇声、もとい、押し殺した声を上げ、頭を抱えて悶えるとそれを見ていた人達が大丈夫かと心配そうにソワソワするのであった。
『カカカッ、来よったか、白銀の聖女よ』
とんでもない真実を知って、重い足取りのまま大書庫塔へ来てみれば、皆の中心になって修復作業に勤しんでいた巨大な竜が、愉快そうにその長い首をこちらへ向けてくる。
オルトアギナは生きていた。
そのしぶとさはさすが竜と誉めるべきか、とはいえ、トドメを刺すのはあの時誰もができることだった。
それを止めたのは、意外にもシータである。
彼女はあの大規模魔法陣を展開中にオルトアギナの書と繋がることで、その裏で繋がっていた本体である彼の魂に触れ、その心情を知ったと言う。
詳しくは語れないが、それでもシータは彼を殺すのは許して欲しいと皆、主に私に懇願してきた。
私としては、ほとんど部外者なのでそこまで執着する理由もないし、あのときは格好が格好だったのでとにかく、退散したかった。
なので、後は住人の皆に任せることにしたのだが、どうやらシータの願いは聞き届けられたみたいだ。
「さっそく馬車馬のように働いてるのね。殊勝な心掛けだわ。後、白銀の聖女って言わないで。あなたが言うと、信憑性が出て益々広がりかねないわ」
『ん? 白銀の聖女という名ではないのか』
「そんなのが本名であってたまりますか、私の名前はメアリィよ、メ・ア・リィ」
『ふむ、そうか。白銀の聖女の方が様になってると思うのだが』
「やめてよ、私はそんな柄じゃないわ」
「こらぁぁぁ、オルトアギナ様ぁぁぁっ、サボってないでこっちもお願いしますっ!」
私とオルトアギナが他愛もない会話をしていると、遠くからシータが叱咤してきた。
彼女は明るくなった。
いや、元から明るかったが、それは大書庫塔の司書長としての重責を隠すための空元気であり、無理をしているように見えていた。
でも、今は違う。その柵がなくなったのか、とても明るく、そして眩しい。それは気落ちしていた住人達にはとても助けになって、シータと共に復興に励む原動力となっていた。
なんやかんや言っても、彼女は長として、皆を引っ張る素質を備えているのかもしれない。
『やれやれ、竜使いの荒い娘だな……カカカッ、血は争えぬということか。あの娘にそっくりだ……』
シータに怒られ、気分を悪くするかと思いきや、オルトアギナは困ったような、それでいて懐かしむような声色で彼女を眺めていた。
「あのこ?」
『……我に臆せず語りかけてきたおかしなエルフの娘。後に、我が手掛けた最初の実験体にして、塔の管理者だよ』
それは、おそらくシータのご先祖様なのだろう。それを語るオルトアギナはどことなく子供を見る父親のような優しい目をしていた、ような気がする。竜の表情など私には分かるわけがないのだが、なんとなくそんな気がしてならなかった。
だから、私はオルトアギナの存在を知ってからずっと思っていた疑問を、気が付けば彼に投げかけていた。
「ねぇ、どうして、実験なんて……」
その投げかけに、愉快そうにしていたオルトアギナがフッと牙を見せていた笑顔を無くし、遠くを見るように目を細める。
『……当時の森は今より危険で、彼らは脆弱だった』
「…………」
『……驚くほどに脆弱で…………愛おしかった……』
当時の森がどれほど危険だったのか私には分からない。でも、自身が強大な存在がために、その周囲が晒される危険度は計り知れないものになるのはなんとなく理解できた。
オルトアギナはそれ以上語ることもなく、私から離れていく。そんな彼を私は呼び止めることなく、見送った。
「メアリィ様っ」
オルトアギナの背中を眺めていたら、離れたところからマギルカの呼ぶ声が聞こえて、私はそちらを向く。
昨日、生死の境を彷徨っていたとは思えないほど元気な姿のマギルカ、サフィナ、ザッハの姿を見たとき、私はオルトアギナの先程の言葉を思い出す。
(……私は……彼のような選択をするときがくるのだろうか……失いたくない一心で……それとも……)
「お嬢様?」
私の態度に疑問を感じたのか、テュッテが心配そうに声を掛けてきたので、私は変な考えを振り払うように首を振る。
「なんでもない。行こう、テュッテ」
笑顔を見せテュッテの手をギュッと握ると、私は彼女と一緒に皆のところへ駆け出すのであった。
大書庫塔事件 編 はここまでです。お読みいただきありがとうございました




