どうして、こうなった
状況を整理しよう。
私は亜種の効果で合成獣達の大半を離れ小島に移動させた後、炎魔法で滅却した。途中でテュッテがリリィと一緒に調理器具を家から拝借し、私の効力を打ち消すべく近くでマンドレイク亜種を調理しているが私はそれを見届けずに、近くで残存する合成獣を倒していた。
(えっ、なんで見ないかって? それはあの子が私に悪戯するべくあれやこれやと変な演出をしてくることが分かっているからよ。メンタル豆腐な私がその光景見た後に、平然と頂けるわけないじゃないっ!)
とまぁ、そうこうしてたら、そこにシータが現れて、司祭をボコして、なんかよく分からないけど一件落着ぅ~みたいな空気になっていたはずなのに……。
「どうして、こうなった?」
私は納得できずに大書庫塔の頭上で渦巻く空間の歪みを見上げながら、テュッテが作ってくれた特製スープを啜る。
(ん~、現場の緊張感と私の行動がミスマッチ過ぎるなぁ……で、でもこれは仕方ないことなのよ。時間を掛けると前みたいに効力が拡大しかねないし……精霊樹へのお礼は、帰りに立ち寄ってからということで許して……)
話を戻して、オルトアギナが竜であり、かつてカイロメイアの住人達に封印されたということは王子から話を聞いているので、あれがオルトアギナの封印が解けたというのはなんとなく理解できる。
が、納得いかないのは誰もやっていないのに、勝手に発動したことだ。
私は今なお、祭祀場の力場を利用して大規模な魔法陣を展開し封印解除に勤しんでいるシータの姿を見る。
その瞳は光を失い、機械的に淡々と行程をこなしている様は前世でいうところのSF作品で出てくるようなヒューマノイドみたいだった。
スープ啜りながらのんびり見ていないで、なんとか止めろと思ったのだけど、ここで私が介入して、ほっぺに一発ペチンとすれば彼女は正気に戻るかもしれないが、スノー曰く、ここまで大規模展開した段階で下手に介入するとシータ自身にその負荷が返ってきて、彼女を危険に晒す可能性が大なのだそうな。
そんなこと言われたら小者メンタルな私が怖じ気づいて、見守ってしまうのは致し方ないということで、ここはひとつ……。
「とはいえ、一体、誰が封印を」
『まぁ、考えられるとしたらシータ自身、とか?』
私の呟きにスノーが懐疑的に答えてくる。
「それだったら、そもそもこんな大がかりな事件なんて起こらないわよ」
『だよね~。だとすると後は~……オルトアギナ本人かしら』
スノーも私と同じ考えに至っているみたいだった。
だが、それだとオルトアギナはいつでも自分で封印が解けるということにならないだろうか。どうにもこうにも情報が足りない気がする。
「フフッ、フハハハッ! 素晴らしい、素晴らしいっ! やはり神は私の成功を望んでいらっしゃるっ! これは神の導きだぁぁぁっ!」
私の思考を中断させるように、いつの間にか復活した司祭が狂気じみた笑いを上げて叫ぶと、空を見上げたまま吸い寄せられるように大書庫塔に向かって走り出した。
「メ、メアリィ様ぁっ!」
司祭を行かせるのは厄介事が増えるかなと、私は彼の制圧に動こうとしたそのとき、後ろから掠れた声で声を掛けられ、足を止める。
振り返って見てみれば、シータが現れた地下道からレイチェルさんの姿が確認できた。
その傷まみれで衰弱しきった姿に、私は胸をギュッと締め付けられる思いと共にイヤな予感が過ぎっていく。
だから、私は司祭を放置しレイチェルさんの元へと駆けつけたのであった。
私が駆けつけてきたのを知ってフラフラと今にも倒れそうなレイチェルさんが私の方へと近づいてくる。その後ろの地面に点々と血の跡がついているのが見えて、その痛々しさに私は慌てて彼女の手を取り、支える。
「レイチェルさんっ、どうしたんですか?」
「聖女様……お願いです……あなたの力で……みんなを……私のせいで……私のせいで……」
虚ろな瞳で私を見ているのか見ていないのか分からないが、レイチェルさんがしきりに訴えかけてきた。
遅れて氏族長が顔面蒼白でこちらに駆けてくるのが見える。彼女は安静にしていなくてはいけないのにじっとしていられず、一人ここまで誰かの助けを求め歩いていたみたいだった。
助けとは……。
そう思った瞬間、私は大変なことになろうとしているこの場をレイチェルさんと氏族長に任せて彼らが来た方向へと駆け出していた。
そして、その光景を目の当たりにして、頭の中が真っ白になる。
「……これは……」
「マギルカ嬢は深刻な魔力枯渇状態ですぐにも魔力を回復しなくてはいけない状態だ。ザッハとサフィナ嬢は応急処置はしたけど見ての通りの重傷で、すぐにでも治療したいところだけど、回復魔法を扱うのはこの町では教会が主で、彼らを癒せる者は今この場にはいない……」
茫然自失し呟く私に、悔しそうな顔を浮かべて王子が現状を説明してくれた。
だが、そのほとんどが私の頭の中に入ってこない。
現実を認めたくなくて考えることを放棄しそうになる。
「お嬢様……」
とその時、真っ白な私に一つの温もりが伝わってきて、凍った私の時間が動き出した。
それは共に駆けてきたテュッテの手の温もりだった。
(そうだ、今は突っ立ってる場合じゃない、頭を働かせるときよ。しっかりしなさい、メアリィ・レガリヤッ!)
私はその手を握り返すと一度深く深呼吸をする。
「……大書庫塔でマギルカが薦めてきた本の中にアレが混ざっていたことに感謝するしかないわね。もしかしたら、マギルカはいつかこうなることを想定していたのかしら……」
『メアリィ?』
首を傾げるスノーを見て、私は頭のどこかでこんな状況など来ないと思っていた平和ボケの自分に自嘲していた。
「……レイフォース様、私とスノーで皆を治癒します」
『えっ、私もなの?』
「キミが治癒……いや、うん……任せるよ」
私が言うと、王子はなにかを言おうとしたが自分の中で納得したのか、そのままなにも聞かずに了承する。
今の私達では修得する機会がないはずの回復魔法を私がこれから行使すると言っているのだから、驚くのも無理はない。
神聖魔法同様、古くから回復魔法のノウハウは聖教国が牛耳っており、その普及率は低い。数が滅茶苦茶少なく、貴重というわけではないが、習得難易度は高く、誰でもパパッとできるわけではない。
私達の国でもより高度な院へ行かないと修得する環境が整っていないので、今の私には習得不可能のはずだった。
だが、マギルカが大書庫塔から持ってきた本の中に回復魔法について記述されていたモノがあったのだ。
小難しいことはよく分からなかったが、私なりの解釈で言えば生物の構造を理解するところから始まり、大量の魔力を要するということだった。幸いなことに、これに関して私は誰かからレクチャーを受ける必要がなかった。
前世での長い病院生活や医療技術から、人や生物の構造はそれなりに理解していたし、魔力は神様のおかげで潤沢である。
(私の人生に無駄なんてものはなかったわ……)
私は息を整え、一歩前に出ると周りにいた皆はなにも言わずに下がってくれた。誰もがもう自分達には最善策がなく、藁にも縋る思いなのだろう。
「いくよ、スノー。まずはマギルカから。以前、リリィにしたように私からマギルカへ魔力を供給して」
『はいはい、なるほどね。オッケ~、メアリィだと一気に流し込んで供給過多しそうだから上手く調整するわ』
私がスノーになにを求めていたのか彼女は瞬時に理解して答えてくれる。
「『ヒーリング・オブ・ハーモニー』」
私とスノーの力ある言葉に呼応して、光が私からスノーを通してマギルカへと吸い込まれていった。
「……魔力を他者に与えるなんてことができるのか……」
「……できるのだろう。あの光景を見てなにも思わないのか」
「……神獣と少女……いや、できたとしてもそんなことしたら彼女だって……」
「……あの方はそれを覚悟で行使なさっているのだ。しかも、彼女はここに来る前に町に蔓延っていたモンスターのほとんどを引き受けておられた。おそらく、それにも魔力を使っていただろうに……」
「……なんというお人だ……」
周りからなにやら囁き声が聞こえてくるが今は集中集中。
やがて、マギルカの顔色が良くなっていき、容態が安定していくのが目に見えて分かってくる。
その光景を目の当たりにして、オオッという声が聞こえてきて、私は成功したことを確信して、一息入れる。
「ふぅ~……次っ、ザッハとサフィナね」
『オッケ~、でもこれはあなたに全部任せるわよ。ごめんね、私にはサポートできないわ』
「ううん、マギルカだけでも助かったわ、ありがとう」
一仕事終え、緊張で出た汗を拭い、私は一度スノーを見て礼を言う。そして、私はザッハとサフィナの間へ移動し跪くと、二人の体にそっと手を置いた。
「オーバーオール・ヒーリング」
私の力ある言葉に呼応して、ザッハとサフィナの体が光に包まれる。
「……まさか、複数を同時回復……」
「しかも、部分的じゃなく一気に全身を……そんなことが」
「見ろ、二人の傷がどんどん癒えていくぞ……」
「……まさに、奇跡。これが……あの白銀の聖女……」
(集中、集中……回復イメージを崩さないように……あぁ、周りの会話が気になっちゃう。ダメダメ、集中よ、メアリィ)
失敗するわけにはいかないので、外野の声が気になっても私はそれを遮断し、魔法行使に意識を集中させる。
数分後、ザッハとサフィナが苦悶の表情から、落ち着いた表情になり、静かな寝息へと変わっていくと、周りから大きな歓声が沸き起こった。
それで、私は自分の魔法が上手くいったことを知り、ふぅぅぅと大きく息を吐く。
そして、私は休憩することなくスクッと立ち上がると、そのまま王子の方へと歩み寄った。
「レイフォース様……後はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ああ……ありがとう、メアリィ嬢」
「……テュッテも皆を看てあげて。リリィはテュッテをしっかり守っていてね」
王子との会話を終え、間髪を容れず私はテュッテ達に指示をする。
というもの……。
(いやぁぁぁっ、周りの反応を確認するのが怖いよぉぉぉっ! 逃げる、とにかく今はこの場から逃げるわよぉっ)
キリッとした表情の下ではそんなことで頭が一杯な私でございましたとさ。
「メアリィ嬢は、どうするんだい?」
「私は戻って、この騒ぎに終止符を打ちます」
王子の問いに私は出口に向かって歩きながら答えた。
私の言葉に異を唱える者はおらず、むしろ私が進みやすいようにと、さながらモーゼが海を割る光景のように、人々が左右に分かれて道を開けてくれた。
(なんだか、敬意を込めてお辞儀をする人とか見えるんだけど、きっと気のせい、気のせいよね。お願いよぉ、私は聖女なんかじゃないわ。私はただ回復魔法を行使しただけなんだからねぇ、その界隈の人達と一緒、一緒のことをしただけなのよぉぉぉっ)
じゃあ、なぜ逃げるのかと心の中のもう一人の自分からツッコミが聞こえてきそうだったが、私はそれすらからも逃げるようにこの場を後にする。
回復魔法は回復であり、それ以上でもそれ以下でもないだろうと思っていた私は、その効果の度合いに違いがあるなどとは知る由もなく、このときは本能的に逃げていたのであった。
『やれやれ忙しいわね~、せ・い・じょ・さまは♪』
と、私の後を付いてきたスノーが皆から見えなくなったところでこれでもかと茶化してきた。
「あぁぁぁ、そういうこと言うんだぁぁぁっ! あなたのせいよぉぉぉ、あなたが神獣だからいけないんだからねぇぇぇっ!」
『なぁに訳の分からん理論でブチ切れてるのよっ。ちょ、やめ、モフモフするなぁっ。落ち着いて、冗談、冗談だからっ』
「はぁはぁ……っで、もちろんスノーはこの後手伝ってくれるのよね?」
『やだって言ったら残っても良い?』
「アハッ、まさかぁ~。引きずってでも道連れにするわよ♪」
『だよね~、知ってた知ってたっ』
そんなお茶らけた会話をした後、暗く静かな空間を二人で歩き始める。
「……ありがとう、スノー」
『きゅ、急にどうした、こそばゆくなるから止めてよね。もう慣れたわよ、二人でどうこうするこういう展開には』
一通り笑い話を終え、心が落ち着いてくると、私は隣を歩く雪豹を見て無性に感謝を述べたくなって、気付けば優しくフワフワな毛並みを撫でていた。そんな私にクルルと喉を鳴らしてスノーもまた照れながら答えてくる。
大事な友人達のあんな姿を見てしまった後で、こんな暗い通路を独りぼっちで歩いていたら、メンタル的にまだまだ未熟な私はネガティブな考えに汚染され感情がグチャグチャになっていたかもしれない。
だから、側にいて明るく振る舞ってくれたスノーに私は感謝したかったのだろうか。
自分のことなのに、よく分かっていない自分に私は笑うしかなかった。
数分後、私達は再び外へと戻ってきていた。
そこで待っていたのはレイチェルさんの腕の中でぐったりと眠っているシータと、それを眺め二人を支える氏族長の姿だった。
もしかして、儀式を止められたのかと期待したのだが、二人の表情は成功して嬉しそうとは程遠く、悔しさと後悔が滲み出たそんな表情だった。
もしかして、殺してしまった……。
そんな私の思いを払拭するようにシータがんっと身じろぎする。
「あっ、メアリィ殿、あれをっ!」
私に気が付いた氏族長が大書庫塔を指差し、声を掛けてきた。
指差す方向、そこにあったのは、大きな塔だった。
大書庫塔と外観が似ているその塔は、円形に広がった異空間から下に降りてくるように現れて、下にあった大書庫塔の頂上を破壊するような勢いで着地しているところだった。
大書庫塔がよくある塔のように先端が先細りせず、なんだか横に半分切ったような感じになっていたのはこういうことだったのかと私は唖然としながらそれを眺める。
「あれが、大書庫塔の上半分ってコト?」
『たぶんね。塔ごと封印していたとは。しかも異空間だなんて、なんて魔法技術かしら』
私が確認するように隣にいたスノーに聞くと、彼女も驚きながら塔の方向を眺めている。
『やばいところでほっぽりだしちゃったとはいえ、たぶんあれって封印が解けたオルトアギナが待ってるってことよね。つまり、相手は竜なんだけど、大丈夫?』
「任せてっ。前にも言ったけど、私、身体だけは完全無敵なんだからっ! 竜にだって負けないわっ!」
心配そうにスノーが確認しながら身を屈めてきたので、私は臆せずその背に飛び乗った。
『あ~、そうだったわね、なんとも頼もしいことでっ』
「さぁ、行こう。オルトアギナの元へっ」
私の言葉に鼓舞されるかのように、スノーはバッと勢いよく空へ飛び立ち、風を切るように大書庫塔へと駆け出すのであった。
 




