全ては計画通り?
レイチェルのように戦士としての本格的な訓練を受けていなかったシータは、弱まったとはいえ未だ首輪の効力に抵抗できなく重い体を引きずって、とにかく外を目指して歩いていた。
レイチェルを見捨ててまで逃げた無力な自分に悔しさを滲ませ、それでもここで捕まるわけにはいかないと逃げ続けるシータの前方に光が見えてくる。
暗い通路を歩き続けて気持ちまで暗くなっていたシータにとって、外の光は光明のように感じられて、進む速度も上がっていった。
「あそこまで行けば……きっと……」
きっと、なんだろうとシータは自分の言葉になにを期待しているのだろうと疑問に思うが、その答えはすぐに返ってきた。
外にはあの白銀の聖女様がいるのだ。彼女なら、きっと……。
そんな期待とは裏腹に、そんなお伽噺のような展開があるわけないだろ、そもそも、どこに出てくるのか自分でも分からないのに、彼女が駆けつけてくれるわけがないっとネガティブな自分がシータの中で語りかけてくる。
「クククッ、やはり私の計画は完璧だ。神は私に成就せよと導いていらっしゃるっ。あんな小娘風情が私の崇高なる計画の邪魔などできはしないのだっ!」
聞きたくない声が暗闇から響いてきて、シータは怖気立つ。声のする方向へ目をやれば、暗闇の中から目を血走らせ、口角をつり上げ、鼻息荒くしてトーマスが現れるところだった。
「さぁ、そのまま外に出るが良い。そこはお前が行くべき場所、最後の封印を解く場所なのだからな、フハハハッ!」
トーマスの言葉にシータは絶句する。
つまり、シータは逃げていたつもりだったのに、それは彼が予定していた場所へ自分で向かっていたということになる。
だが、逃げた時点でここはほぼ一本道だった。
今思えば、自分は手薄だった方向に逃げたつもりだったが、それはわざとであって、最悪シータ達が逃げたとしてもそちらへ逃げるように仕向けられていたのだろう。
最後の最後までシータはこの男の掌の上で踊らされていることに気が付き、悔しくなって泣けてくる。
そんな悔しそうなシータの姿を見て、満足げにほくそ笑むトーマスはおもむろに彼女から奪ったオルトアギナの書を懐から出した。
「さぁ、私を大いなるモノへと導いておくれ……シータ」
トーマスに自分の名を呼ばれて、シータは生理的な嫌悪感から、反射的に走り出す。とにかく、この男から離れたいという思いで一杯だった。
だから、彼女は外に向かう自分の足を止めることができなかった。
久しぶりに見る外の光に一瞬目が眩み、次第に外の風景が見えるようになると、シータの視界に一匹の合成獣が入ってきた。
不味い、と思う反面、シータはこのままトーマスに利用されるくらいならいっそのことと、自虐的考えを過ぎらせる。
そんな思いに気が付いたのか、合成獣が棒立ちになっているシータに向かって迫ってきた。よく見ると、合成獣がいた付近に焼け焦げたなにかが大量に転がっていたが、今はそんなことどうでもいいとシータは深く考えるのを止める。
ここに合成獣がいることが意外だったのか、さすがのトーマスも驚きを隠せないでいるのが、シータにとってはちょっとでも対抗できた気持ちになって胸がスッとしていた。
覚悟を決めた瞬間、シータの中にふと自分の生涯はどんなだったろうかとそんな思いが過ぎる。
楽しかったときも悲しかったときも、嬉しかったときも肩身が狭い思いだったときも、いろんな思いがあった。
そして、いろいろな発見や、出会いもあった。
出会い……。
本を読み、話を聞いて心躍らせた人との出会い。
その人の凄さを肌で感じ、共に問題に立ち向かえたこの数日。
彼女の物語のヒロインにはなれなかったが、これ以上迷惑はかけられない。
そうだ、最初からこうしていれば良かったのだ。
自分が道具の一部だと知ったそのときに……。
合成獣が迫る中、シータは静かに手を重ね、祈りのポーズをとる。
そして、縦に一閃させた。
「……え?」
目の前で起こった出来事に、シータは驚き、目を見開く。
一閃されたのは合成獣の方だったのだ。
トーマスがやったわけではない。
では、誰が……。
合成獣で見えなかった前方が開けて、シータは見上げ、そして見た。
自分から少し離れた空中。そこに佇む神獣の姿を。
その上に跨がり、今し方魔法を放ったようなポーズを取っている白銀の少女の姿を。
「……白銀の聖女様……」
少女の姿を確認したシータはそのまま祈るポーズを崩さず、知らず知らずにそう口にするのであった。
「馬鹿なっ、そんな馬鹿なぁぁぁっ! なぜ、お前がここにいるっ! なんなんだお前はっ! お前は一体なんなんだぁぁぁっ!」
シータの感動を余所に後ろでトーマスが半狂乱になりながら絶叫していた。
「なにって、私はメアリィ・レガリヤ。ただの一公爵令嬢よっ」
トーマスの叫びに物怖じせず、白銀の少女、メアリィはサラッと事も無げにそう答えるのであった。
「くそったれがぁっ! この私を馬鹿にしやがってぇぇぇっ!」
メアリィの返答に激怒したトーマスはシータの方へと走り出す。
シータさえ自分の手元に置けばなんとかなると思ったのだろう。
だが、それは叶わぬ思いだった。
メアリィが神獣からひょいっと飛び降り、シータの前に舞い降りてきたからだ。
それでも相手は少女、自分ならなんとかなると思ったのか、トーマスが剣を振り上げ襲いかかる。が、メアリィの手刀一つでその刀身は粉砕され、少女の一蹴りで元いた場所へと吹き飛ばされる。
しかも、蹴られた衝撃でトーマスは持っていたオルトアギナの書を手放してしまい、シータ達の近くにバサッと落とす始末だった。
あっけない幕切れ。
だが、それは目の前の少女だからこそ為せる業であるとシータは思った。
そして、今までの緊張が一気に解けていく思いで息を吐き、シータは吸い寄せられるように書へと近づくと、それを手に取る。
『やれやれ、こんな結末ではつまらんな。なかなか良い検証だったのに』
次の瞬間、脳裏に届いたその言葉にシータは今まで以上に怖気を感じ、慌てて辺りを見回すが、第三者らしき姿は見当たらなかった。
しかも、周りの人に警戒心が見られないところを見ると自分にしか聞こえていない節がある。
『仕方がない。もう少し、盛り上げるとしよう』
言葉が終わると同時に持っていた書が光り出し、勝手に開く。
そうしてやっと、シータはあの声がオルトアギナの書から聞こえていたことに気が付いた。
「ダメッ! やめっ」
だが、時すでに遅く、シータの懇願空しく彼女の意識が遠くに追いやられ、その瞳から光を失う。
そして、その口から感情のない言葉が紡がれた。
「マスターケンゲン、カクニン……フウイン、サイシュウダンカイ、キョウセイカイジョ……」
その言葉と共に、大書庫塔の上、その遥か先の天空で雲が渦を巻き始める。
そう、ここは今までカイロメイアの住人達が祭事などで使っていた儀式場。
そして、ここはかつて大いなるモノを封印した儀式場でもあったのだ。
「……カイモンシマス」
シータの淡々とした呟きだけが、現実を告げていく。