戦いの果てに……
「プロボーグッ!」
ザッハの力ある言葉によって、合成獣のヘイトが彼に集中する。
これでマギルカとサフィナはモンスターの意識外に立つことができ、自分の役目に集中できてありがたく思う反面、ザッハに全てを任せてしまっていることに申し訳なく思うマギルカであった。
だからといって、これから自分が行おうとしていることにプラスして彼に加勢できるだけの余力など自分にはないとマギルカは自覚している。
それはサフィナも同じなのだろうか、いつでも抜刀できる状態のままマギルカの前に立ち、加勢に出ることなく相手との距離を取り続けていた。
鋭い爪と盾がぶつかる音が暗い空間に木霊して、マギルカの意識はザッハの方へ戻る。
大の大人を一振りで真っ二つにできる合成獣の攻撃をなんとか盾で防ぎ、その隙に攻撃を繰り出すザッハ。彼は自分の攻撃がレイチェルに返ってくることを承知の上で、容赦なく攻撃を繰り出していた。
合成獣はその性質のせいか、もしくはなにも考えていないのか、完全攻撃型で防御など全くしておらず、傷ついたらすぐに回復するというスタンスである。
ザッハは自分がこのモンスターを一切傷つけることなく無力化できるなどとは思っていないのだろう。それでも、切りつけられる度に痛いだろうに声を押し殺すレイチェルの姿を見たら、マギルカなら躊躇いそうだが彼にその迷いは見られなかった。
サフィナもそうだが、感情がないわけではない。レイチェルがどうなろうと知ったことではないわけがない。なのに、こと戦闘になると現実をしっかり把握して行動できるその胆力にマギルカは驚きを隠せないでいた。
「ここだぁっ!」
ザッハが叫ぶと共に、合成獣の腕の攻撃をタイミング良く盾で弾き返した。今まで防いでいたのは、このタイミングを計るためだったのだろう。
その衝撃で、合成獣は腕を大きく広げ上体を起こすと、後ろへ一歩よろける。
完全な無防備状態である。
ザッハはこの好機を逃さず、相手の懐深くまで踏み込んだ。
「レイチェルさんっ、歯を食いしばれっ!」
一気に距離を詰めたザッハはそのままの勢いで合成獣の腹まで駆け上がり、取り込まれたレイチェルの肩を乱暴に掴むと、そのまま強引に引っ張り出そうとする。
ブチブチと筋肉繊維が引きちぎられる度にレイチェルが苦悶に顔を歪ませ、それでも歯を食いしばりザッハの強引な引っ張りに耐えていると、ズッと彼女の体がザッハの方へと動いた。
誰もが、これで助けられると確信する。
と、次の瞬間、ザッハの体が何かの衝撃を受けて横へと吹き飛ばされた。
「ザッハァァァッ!」
「く、来るなっ、マギルカッ!」
見ていたマギルカが声を上げ、反射的に彼へと駆け寄ろうとすれば、壁に叩きつけられたザッハがすぐ様声を荒げて、それを止める。彼に近づけば魔法の効力は消え、マギルカもターゲットにされ、余計な魔力を使わせることになる。それでは、意味がないと思っての叫びにマギルカもハッと気が付きその場に踏みとどまった。
だが、衝撃の強さを物語るように、咳込む彼の口から血が一筋滴り落ちているのを見て、マギルカは胸が締め付けられる思いだった。
「おいおい、腕が四本あるなら、最初から出しとけってんだよっ」
グッと口を腕で拭き、ヨロヨロと立ち上がりながら相手の姿を見たザッハは明るい声で悪態を付く。ことさらお茶らけたように言っているのは、見ているマギルカ達を心配させないようにしてのことだろう。
そして、ザッハが言う通り、合成獣は今がピークに成長した姿なのか、ただ隠し持っていたのか、両腕の下にもう一対の腕が生えており、計四本になっていた。
ザッハを殴り飛ばしたのは新しく生えた腕だろう。その腕は幸いにもあの鋭い爪は生えていなかったが、その拳は大きく、打撃力はザッハがその身で味わっている。
本来なら致命傷のところだったが、相手は体勢を崩したままだったし、念のためにと最初の方で防御魔法をかけておいたのが功を奏して、なんとかなった。だが、まともに喰らったらザッハ程度の防御魔法など意味をなさないだろう。あくまで、今回は運が良かっただけである。
とはいえ、では先程までと同じように機敏な動きができるのかというと、それはNOと返すしかザッハにはなかった。
致命傷は避けたが、ノーダメージというわけではない。
しかも、先程の弾き返しも腕が四本を相手では、どうやってやれば良いのか見当もつかない。
詰んだ……。
いや、マギルカ達の力を借りればレイチェルを助け出せるかもしれないのだが、それではその後、誰があいつのトドメを刺すというのだ。
「……メアリィ様なら、どうすっかな……」
思わず弱気になって、ここにはいない人を頼る自分に心の中で叱責し、自分で言った以上、これは自分の役割だと、ザッハは気合いを入れる。
「おら、モンスター! どこ見てるんだ、お前の相手は俺だぜっ!」
マギルカの叫びでそちらへ意識が向いてしまった合成獣にザッハは、攻撃することで再び意識をこちらへ向けさせた。
再びザッハと合成獣の攻防が始まる。
だが、先程と違って誰が見てもザッハが劣勢に立たされていたのは明白だった。
合成獣の鋭い爪がザッハの皮膚を切り裂き、重い拳が彼の骨を軋ませる。
マギルカは見ていられず、無意識に前に出て戦いに参加しようとすると、前にいたサフィナにスッとその進路を防がれて、ハッと気付き、自重する。
自分達だってアレを一撃で倒すことができるかできないか、本当にギリギリの状態なのだ。加勢するだけの余力などない。
「も、もう良いです……私ごと、攻撃してください……私さえいなくなれば……」
寄生されている間、意識がなかったらこんな思いもしなかっただろうが、残酷なことにレイチェルは目の前で戦う少年の傷つく姿を至近距離で眺めさせられていた。
その無力感、加えてシータに裏切られたと誤解され、マギルカ達にまで迷惑を掛けている罪悪感と不甲斐なさに自暴自棄になるレイチェルの懇願がザッハの耳に届く。
その声がザッハに一つの覚悟を決めさせた。
と同時に、一瞬の迷いが隙となる。
ガァンと大きな衝撃音と共に、ザッハが持っていた盾が彼の手から離れた。
「くっ、しまったっ」
次なる攻撃を盾なしで躱すザッハだったが、相手は四本も腕があるのだ。一つ躱せばそれで良しというわけにはいかない。
合成獣の猛攻がザッハを襲い、彼はそれを移動しながら躱していく。
だが、それも次第に捌ききれなくなり、自身が持つ剣の刀身が砕けたことで終わりを告げた。
「がはぁっ!」
腹部に重い一撃を受け、体がくの字に曲がるとそのまま掬い上げるように鋭利な爪がザッハの肩に突き刺さり、さらに頭を掴まれ持ち上げられる。
絶体絶命のピンチ。
「マギルカさんっ! 早く、私を殺してぇぇぇっ!」
声を出すことすら苦難になるほど衰弱したレイチェルが悲鳴にも似た声で見えない相手に叫ぶ。
「へへっ……レイチェルさん……かなり痛いけど耐えてくれよ」
そんな彼女に答えたのはザッハだった。
だが、彼の言葉の意味がレイチェルには分からなかった。
「盾よ……戻れっ」
ザッハが言葉を紡いだ瞬間、レィチェルの背中から強烈な衝撃が襲ってきた。
そして、合成獣の苦痛の咆哮が響き渡る。
レイチェルにはなにが起きたかさっぱり分からなかったが、離れてみていたマギルカ達なら、そして、ザッハの持つ盾の性能を知っている彼女達だからこそなにが起こったのか正確に理解できた。
合成獣の背中に食い込んで尚、その勢いを止まることなく進み続ける物体、それはザッハの盾だった。
その威力は凄まじく、呼ばれた主の元へ、まっすぐになんとしてでも戻ろうとして合成獣の体深くにめり込んでいく。
「さすが……メアリィ様だぜ。ぶつけた方が正解だ……」
苦痛のあまり、捕まえたザッハを離した合成獣の有様を見て、彼は先程頭に過ぎった少女の言葉を思い出して、苦笑する。
ザッハはメアリィならどうするか、そう考えたときにエルフの里で彼女が言ったことを思い出し、実行したのだ。
肩に刺さった爪を強引に抜き、体中が悲鳴を上げる中、ザッハは再び合成獣の懐に潜り込み、盾に押し出されるように露出したレイチェルの体を掴む。
「後は任せたぁぁぁっ!」
そう言って、ザッハはレイチェルを掴んだまま受け身も取らずに思いっきり飛んでその場を離れる。
「行きますわよっ! サフィナさんっ!」
「はいっ!」
ザッハの叫びに鼓舞されて、二人の少女が悶え苦しむ合成獣に対峙する。
「アクセル・ブースト! 加速っ! 加速装填っ!」
サフィナの力ある言葉に呼応して、魔法が、腕輪が、鞘が、彼女に加速の付与を与えてくる。
それを見たマギルカは絶句した。
いくら加速魔法をかけたら速くなるといっても、これほど付与してサフィナの体がそのスピードに耐えられるのかと。
下手をすれば、その速度に耐えられず全身が引きちぎれてしまいかねない。それを今、彼女は平然と、いや覚悟を決めて行使したのだ。
ならば、自分も覚悟を決めよう。
その思いでマギルカは力ある言葉を叫んだ。
「ナイン・ブレードッ!」
魔法の刃が三つ同時に出て行った瞬間、マギルカの意識がブツッと暗転しそうになり、彼女は咄嗟に舌を噛んで、その痛みで強引に意識を覚醒させる。
まだだっ、まだ気絶するところではない。魔力が足りないのなら私の生命力でもなんでも持って行きなさい、と。
そして、マギルカの魔法と同時に飛び出したサフィナの体にも異変が生じていた。
攻撃を受けたわけでもないのに全身の筋肉が悲鳴を上げ、毛細血管が切れたのか、体の至る所から血が吹き出る。
それでも彼女は合成獣に向かって突進する。
そして、収束地点でサフィナは抜刀した。
「クロスッ!」
キィィィンと金切り音が響き渡り、合成獣の体が木っ端微塵に吹き飛ぶのを、マギルカは朦朧とする意識の中で確認する。
散り散りになった合成獣が再生する様子はない。
レイチェルを引っ張り出したザッハはそのまま地面に倒れ動かない。
持っていた刀の刀身が折れ、血まみれのサフィナは地面に頽れ、そのまま動かない。
そういう自分もまた、床に仰向けに倒れて動けない。
「……メアリィ、さま……後は、お任せ、しま……す」
薄暗い天井を眺めながら、マギルカは遠くでまだ戦い続ける親友に思いを託し、その意識を闇の世界へと落とすのであった。