悪夢再びってコト?
「まさか、トーマス司祭が……」
王子の話を聞いて、にわかに信じられないといった顔をしていた氏族長だが、現状を直視して気持ちを切り替えるように首を横に振る。
「シータ達の所へすぐにでも駆けつけたいのだが、町のモンスターをなんとかしなくては……このままでは町が」
「合成獣はその成長速度のせいで、時間が経てば経つほど弱体化していき、最終的には老衰で死ぬんだよね。だからといって、このまま待っていたら町の犠牲者が大変な数になりそうだ」
「くそっ、せめて一カ所に集まっていればなんとか対処できたのだが」
氏族長と王子が今後の行動について話し合っている。正直、これほど広範囲に現れた合成獣達を一瞬にしてどうこうできる案は私にもない。
氏族長が言うように一カ所に集まれば私の魔法で一網打尽にできそうだが、そうならないように英滅機関は考えて合成獣達をばらまいているようだ。
『一カ所ね~。それならなんとかなるかもよ』
思い悩む私達の真ん中に歩いてきた精霊が、えっへんと胸を張って提案してくる。
『そのためには、メアリィ、あなたの力が必要ね』
「へっ、私?」
皆が精霊に注目する中、彼女がいきなり私を指名してきて思わず自分を指さし答える私。
『そうね、以前聞いた話からたぶんあなたが適任だと思うわ。それに一カ所に集めたあいつらを一気に葬れるのはあなっ』
「わぁぁぁっ! ちょぉぉぉっと向こうで話し合おうかしらね」
精霊のよく分からない説明に首を傾げていたら、この子ったら突然、皆に言っちゃいけないことをぶっちゃけだして、私は慌てるように彼女を掴んで皆から離れていった。
『な、なによ、話の途中でしょっ』
「あなた、今暴れている合成獣を一掃できるのは私だとか言おうとしてたでしょ」
『あれっ、できないの?』
「うっ……た、たぶん、できると思う、かなぁ~」
『じゃあ、問題ないわよね』
「そ、そうなんだけど……」
精霊の物言いにツンツンと指と指を合わせながら、私は歯切れ悪くモジモジする。
「あの、精霊様。皆も判断を急いでいるから提案の詳細を聞かせてくれると嬉しいのだけど」
私のせいで話が中断されて皆がなにごとかと見守っている中、王子が私に代わって精霊に詳細を聞いてくれた。
『そうね。じゃあ、質問。私ってなぁ~んだ?』
「なにって精霊樹でしょ?」
『ブッブゥ~。今の私よ、今の』
「?」
ここに来て緊張感のないなぞなぞが始まり、私は分からないといった感じで首を傾げる。
「お嬢様、精霊様は現在仮のお姿で、マンドレイク亜種を操っております」
そんなダメダメな私にそっとテュッテが助言してくれ、私はその存在を完全に忘却していたことにやっと気が付き、ポンッと手を打って応えた と同時に、イヤな記憶とイヤな予感が私を襲ってくる。
「ちょっと待って。私と亜種の関係ってアレしかないんだけど、もしかしてもしかすると、それと今回となにか関係があるの?」
『そうよっ! あなた、コレの特性で学園とやらの人達を虜にして引き寄せまくったんだってね』
「あぅっ」
思い出したくない黒歴史をほじくり返されて、私は痛くもないのに胸を押さえて苦しむのであった。
「え? つまり精霊様はメアリィ嬢にあの時みたく、合成獣を魅了し引き寄せろと言うのかい?」
『そのとおぉ~りぃっ!』
「できるわけないでしょうがぁぁぁっ!」
驚きながら王子が話しに加わると精霊はどうだと言わんばかりにドヤッてきた。そんな彼女に私ははしたないけど大きな声で抗議する。
『チッチッチッ、私を誰だと思っているの。泣く子も黙る精霊樹様とは私のことよ。その点については抜かりないわ』
私達の反応は想定内なのか、これといってキョドることなく精霊はさらに言葉を続けていった。
『魅力といってもいろいろあるじゃない。今回私はある一点の魅力に極振りするよう、調整するわ』
「ある一点の魅力?」
『そうっ! あいつらから見て、あなたがどれだけ「美味しそうに」見えるかってところよっ!』
「…………はあ??」
ナイスアイデアと胸を張って言う精霊に、私はなにを言っているのか理解できず馬鹿丸出しで聞き返す。
魅力といってもそれは異性に対して美しいとか、可愛らしいといった感じの魅力だけとは限らない。その行動に魅力を感じたり、言葉に魅力を感じたりと多種多様である。
つまり、精霊はその色々ある魅力の中で、今回は食欲に関する魅力を引き立てようという魂胆らしい……とは王子の見解である。
「いやいやいや、ないないないないない。そんな都合よくいくわけないでしょ」
王子の話を聞いて、私は高速で差し出した手を横に振り続けて否定する。
『失敬なっ、私を誰だと思っているのよっ。こと自分のテリトリーにある植物に関しては不可能はないのよっ。あいつらはあなた達を少なからず餌だと思っているわ。それを増幅させるのっ。まぁ、もっとも、モンスター限定ではなくて、そこら辺にいる人らが、人を美味しそうと思うのであるならそいつらも巻き込むけどね』
(いや、そんな人いたらどん引くよ)
私があまりに否定するものだからプライドを傷つけられたのか、意固地になって主張してくる精霊。最後の方は本当に起こったらどうしようかガチで困る案件だったが……。
「か、仮にそれを可能にしたら、メアリィ嬢は多くのモンスターに追いかけられるということかい?」
『そうね、そこの神獣にでも跨がって、町中隈無く駆け回って一カ所に連れ込めば、後は一網打尽じゃない? そこら辺はメアリィが一掃でき――』
「わぁぁぁ、わぁぁぁ、と、閉じこめて、後は時間が経つのを待てば良いんだよねっ! ど、どどど、どこか良い場所はないかしらっ」
「誰もいない場所か。それなら、西の門を越えた先に小島へと繋がる石橋がある。祭事などで使うところだが今は誰もいないから集めても問題ないんじゃないだろうか」
王子の質問に再び精霊がとんでもないことを言いそうになって、私は強引に話の方向を変える。すると、自分達は自分達でいろいろ情報を共有しており、私達の会話に参加していなかった氏族長が、私の問いを耳にしてそれならと場所を教えてくれた。
「だが、メアリィ嬢だけにそのような危険なことはさせられない。ボクにもできないだろうか」
不本意だが話が纏まってきたかと思ったら、今度は王子がとんでもないことを言ってきて私は戦々恐々とする。
『いや、無理ね。あなたじゃ魔力が足らなさすぎるわ。そもそもこんなこと普通はできないのよ。「私」と「メアリィ」だからこそできることなの』
ここで私としては、精霊樹が抱く信頼関係に「精霊樹様っ」と感嘆する展開なのだろうが「ちょ、ちょっとそれは誤解を招くような言い回しではなくって」とハラハラドキドキするのが私こと、メアリィ・レガリヤなのである。
現に、話の詳細を知らない氏族長達は、なんだかおお~と声を上げ私と精霊を交互に見ていた。
『さぁ、これ以上無駄口はなしよっ! ここは私とメアリィに任せ、あなた達はシータ達を助けにいきなさいっ! それが今、あなた達がすべきことよっ!』
なんか皆を導く精霊樹らしい台詞を吐いているが、フードを被ったちっこい風貌ではいまいち締まらないと思うのは私だけだろうか。
とにかく、彼女の号令で皆は行動を開始する。やはりエルフから見たら、どんな姿だろうと、どんなにはっちゃけた子だろうと偉大なる精霊樹様なのだろうか。
「すまない、メアリィ嬢。またキミに託すことになってしまった……」
「いえ、これも毎度のごとく私の運命だとでも思っていただければ……レイフォース様もマギルカ達のこと、よろしくお願いします」
王子がすまなそうに言ってくるので、毎度毎度やらかし体質の私のことだから、そんなに気にすることではないと冗談半分に答えた。
「……聖女の、運命……か」
離れた場所でそれを見ていた氏族長のそんな呟きを私は耳にしたような気がしたのだが、気のせいだろう、うん、きっと……たぶん。
そうして、皆から見えないところへ移動すると、私はスノーを呼び、その間にテュッテにフード付きマントを脱がせてもらう。
「ところで、コレが終わったら私はどうやって効果を消せばいいの?」
『決まってるでしょ、私を煎じて飲みなさいな』
「そ、そんなことしたらあなたが死んじゃうじゃない。あなた、皆の為にそこまで覚悟を……」
『いやいやいや、これは仮ボディ、仮ボディよ。本体は大きな樹だから。もしかして、私のこと忘れてる?』
「あっ、そうだった。こっちの方が付き合い長いから、ついつい忘れちゃうわ」
本気で忘れていた私に、精霊のツッコミが炸裂する。
『まぁ、私もいろいろ楽しい経験ができたからね。あなた達にちょっとくらいお礼をしようと思ってたのよ。だからね、メアリィ……』
「な、なによ、改まって……」
『フフッ、これが終わったら、私のこと、美味しく食べてねっ♪』
「トラウマ植え付けるようなことサラッと言うのはやめてぇぇぇっ!」
精霊の言うことは事実なのだが、悪戯好きな彼女がそれを考えないように努めていた私の精神を笑顔で抉ってくるという所業に、重たい空気は完全に消失するのであった。
それから数分後。
「うげぇ……びっちゃびちゃ……」
懐かしき光景に、全身汁まみれの私はピッピッピッと手足を振りながら汁を飛ばして悪態を付く。
『ちょっとぉ~、まさかとは思うけどそのまま私の背に乗るんじゃないわよねぇ。ちゃんと乾かしてから――』
「道連れ、ごめんっ!」
『うぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!』
マンドレイク亜種の汁でびしょびしょの私を、ばっちいモノでも見るかのように後ろへ下がるスノー。そんな彼女を道連れとばかりに私は有無も言わさずその背に跨がるのであった。
「さぁ、テュッテもリリィも私と一緒に地獄へ堕ちよう♪」
スノーの背から満面の笑みでテュッテとその手に抱かれたリリィに向かって手を差し出し、さらに道連れを増やそうという外道な私。
まぁ、スノーやリリィ、テュッテには私のような効果が発揮されるわけではないので正確には道連れではないが、このベチャベチャ感は共有してもら、じゃなくて、ここに彼女だけ残すなんて私にはできないし、側にいてくれるとこれから起こるだろう地獄に私の精神が安定する。
そんな私の願いを知ってか、テュッテは迷いなく私の手を取り、後ろへ乗りこむのであった。リリィはよく分かっていないのか楽しそうに私のベタベタな服をペチペチしている。
『おうおう、さっそくかかったわねっ♪』
精霊もスノーに乗ると、彼女が指差す方向から、もの凄い勢いでこちらへやってくる合成獣達の姿が確認できた。
(マジかぁ~、本当に来ちゃったよ。つまりは今、私はあいつらからしたらめっちゃ美味しそうな食べ物に見えてるってわけなのね……とっても複雑ぅ~)
「行こう、スノー! なるべく低空で、町全体を飛び回るわよ」
『へいへい、分かりましたよ、飛びゃあ良いんでしょ、飛びゃあ~』
私のお願いにスノーが諦めたというかやけくそ気味に飛び出す。
すると、合成獣は他にも人がいるのに目もくれず、私を追いかけるように進路を変更した。
「引き寄せられている……よく分からないが、これが精霊樹様と聖女様の奇跡なのか」
仕組みを知らない氏族長の誤解を招くような呟きが周りの皆に聞こえ、そして、それが町全体へと伝播していくことになるなんて、この時の私は、自分のことで手一杯で想像もしていなかった。




