そんなこととは露知らず
これからの話は、シータが目を覚ます少し前まで戻った話である。
私はオルトアギナの書の解読中に起こった出来事に対して、うっかり自分の能力を使い、下手をすると書のなにかしらをぶち壊した可能性があった。おまけに、レイチェルさんは弾かれたのに、私はどうして弾かれなかったのっと聞かれたら、お答えし辛いのでそういった質問は受け付けたくなかった。
なので、シェリーさんが私を呼びに来たときは、後ろ髪を引かれる思いはあるものの、正攻法でその場から脱出できたのは、まあ僥倖だったと思っておこう。
「だがしかし、どうしてこうなった?」
『な、なによ、急に?』
私が急に叫ぶものだから、隣にいた精霊がびっくりしている。
私は今、氏族長とシェリーさん、その他警邏の人達を引き連れて、町の中を歩いていた。
なぜそんな物々しいことになっているのかというと、少し前に氏族長とシェリーさん、三人でいろいろ合成獣について話をしていたのだが、あっ、私はほとんど会話に加わっておらず聞き専ではあるが、ふと、合成獣が町に出現する件について話題になったとき、私は過去に学園の魔鏡騒ぎで失敗したことへのリベンジを試みてみた。
それは、町の全体マップを用意して、合成獣が出現した場所を点で表し、それを見るとなにかの形に……。
なってなかったでございます、はい。
思わせぶりにやってしまった手前「やばい、どうしよう」と内心気まずくなって、なにも言えずに私が作り笑いだけをし続けていると、氏族長が腕組みをしながら唸りだした。
「う~ん、改めて客観的に全てを眺めてみると出現地点が警邏する道を綺麗に躱しているな。しかも、町全体に満遍なく出現していて、ダブっている地点が一つもない。これは偶然か?」
「今回の合成獣事件にはリグレシュが関与していると確定した時点で、この発生地点にもなにか意味があるということを言いたいのよね、メアリィちゃんは」
氏族長とシェリーさんが私の意図していたことと違う解釈をして感心しているが、ここで「いえ、違います」と言えないちょっぴり恥ずかしがり屋な私は、笑って誤魔化すだけに止まった。
後ろに控えているテュッテがなにを思っているのか容易に想像できるが、振り返って確かめる勇気はないので、スルーする私。
「なるほど、そういうことか。いつも違う場所だし、自然発生したものだと勘違いしてて、調査が難航していたが。まさか、持ち運び便利な卵から急激に成長するモンスターだったとは……それを踏まえて今から調査をし直せということだな」
(いえ、私はそんなことこれっぽっちも思ってませんが……)
私が心の中で否定していると氏族長は近くに控えていた者を呼び、なにかを伝えるとその人は足早に去っていく。おそらく、召集と準備をしに行ったのだろう。
「……それで、次はなにかな?」
そして、なにがそれでなのか分からないが、氏族長が期待を込めて私に聞いてくる。私になにを期待しているのか知らないが、完全に私という存在に対し多大なる誤解をしているのは明白だった。もちろん、私はなんのことやらと首を傾げるだけで終わるのだが。
「ちょっと、氏族長。いくらメアリィちゃんでも現地を見てみないと分からないこともあるわよ。それに他国の人に頼りすぎるのもどうかと」
「お前がそれを言うのか?」
「私はメアリィちゃんとはお友達だから良いのよっ♪」
「くっ……いやまあ、確かにすまなかった。キミのことは娘達から聞いていて、その話についつい、ね……」
(ついつい、なんでしょうか。お二人の中での私の評価を聞かせてほしいところだけど、聞いたら聞いたで「やだ、聞きたくない」とか言うだろうから流しておこう)
というわけで、私は二人の会話にやっぱりなにも言えずに誤魔化すだけに終わっていた。
っで、現地を見るということで、先の話に戻って、現在私はぞろぞろとお偉い方や専門家、はたまた警邏の武装集団を引き連れて、物々しい感じで町を歩いているのであった。
ちなみに注目されたくないので、私は精霊と一緒にもう慣れてきたほっかぶり状態になってコソコソと付いていっているのは言うまでもない。
まぁ、この行動によって、私がここにいるということをとある方々に気が付かれなかったということを、今の私は知る由もなかったけど……。
「よし、着いた。他の者達はそれぞれ地図に記された地点を調べ直しに行ってくれ。なにが起こるか分からないから慎重にな」
氏族長の合図と共に、武装した人達が数人残ると後の人達が散開していく。
「とにかく、現場を見て、どうせ私にはなにも分かんないから、分かりませんと伝えて、宿へ戻ろうかしらね。シータが目を覚ましたって、さっき話も聞いたしね」
「そう上手く行きますでしょうか、なにせお嬢様のすることですし」
ここへ来る途中で偶然にも宿で待機しようとする王子とスノー達に会い、シータが目覚めたことやそれから皆で地下墓地へと向かったと知り、ホッとしつつも心配になる氏族長は、部下を引き連れている手前、すぐに威厳ある長の姿に戻っていた。
彼女達の行動も気になるところだが、氏族長達との件を済ませてからでも遅くはないだろうと、私はそのまま氏族長達に付いていくことにした。
そうした事情の中で、テュッテとヒソヒソ話をしてみれば、このメイドときたら、これまた不穏なことを言ってくるではあ~りませんか。
だが、しかし……。
「それは、そうっ!」
絶対ないと断言できない悲しい自分がいたりする。とはいえ、このまま泣き寝入りは悔しいので……。
「って、不穏なことを言うメイドはお前かぁ~」
「ちょ、お嬢、さまぁ、やめ、くすぐっ、ふあぁ」
とりあえず、不穏なことをさらっと言ってきたテュッテに、お仕置きとばかりにくすぐりの刑を実行していると、氏族長に呼ばれて刑はすぐ様終わるのであった。
スッとテュッテから離れて、なにごともなかったかのように笑顔でそちらへ歩く私に、氏族長達が若干引いているように見えたが、気にしないでおこう。
「と、とりあえず……当時は突然現れた合成獣によって、ここ一帯の住人達に被害を出しながらなんとか対処したんだが、キミの話が正しいなら、やつらはここ周辺で卵を孵化させたに違いない。なぜだと思う?」
私が近づくと、氏族長は聞いてもいないのに当時のことを語り、私に意見を求めてきた。
なので、私は当初の計画通り、一応周囲を観察し考えた後分からないと答える、というか今の所本当に分からないので素直にそう答えしかないだろうと思いつつ、周囲を見回す。
そこは住宅が並ぶ裏路地の一本道で、人気がなかった。外部から誰にも気が付かれずここへ侵入した後、暴れて発見されるというには少々無理のある立地条件である。
まぁ、出現のトリックはもう解けているので、今問題とするならこんな所に合成獣を放つ理由とはなんだろうか、だろう。
「実験? だとするなら、なんの実験かしら。孵化の実験をここでするなんてことはないと思うし。するなら孵化した後になにをさせるか……」
とりあえず自分なりに考えて、物を言う私。
「う~ん、分か……」
「あっ、なるほど、メアリィちゃんの言いたいことが分かったわ」
私が兼ねてより計画していた言葉を言う前にシェリーさんがポンッと手を打ち、妙なことを言ってくる。
「連中の孵化の実験はすでに終わっていて、母胎から結構な数の卵を入手しているはず。だったら、ここでそれを使用する目的は、ここに出現させた被害の度合いと討伐の経過を観察する……じゃないのかしら、ねぇ、メアリィちゃんっ!」
「へ……う、うん」
自信たっぷりに語るシェリーさんに急に振られて、私は理解する前に頷くことしかできなかった。
「あの地図を眺めていて、やたら人口が密集する地点だなと思っていたが、まさか奴らの目的が襲撃……いや、まさか、そんな……リグレシュは古代カイロメイアへの回帰であり、カイロメイアの混乱や壊滅ではないはず……」
「メアリィちゃんも言ってたじゃない。リグレシュは現在一枚岩じゃない、黒の者達がいるって。そして、メアリィちゃん達はそのリーダー格を前々から知っていた……」
「ま、まさか、外部の……そ、そんな……キミはそこまで考えていたのかね?」
「へ、えっとぉ……」
シェリーさんの言葉に一人で悩み、一人で驚き、ついにはなぜか私に驚嘆の声を投げかけてくる氏族長に、私はついていけずこれまた迫力に圧されて、はっきりしない返事をする。
ここでなんて答えれば、誤解が解けて私が目指すポジションにつけるのか正直、今までの経験でベストチョイスを導き出した覚えがないので下手なことが言えなかった。
困った挙げ句に、私は助けを求めるようにテュッテを見てみれば、彼女は私を救うため話題を逸らす材料を提供しようと、あえて精霊を自由に歩かせていた。
「あ、あっと、精霊がまた勝手な行動をっ」
私はテュッテの助け船にすぐ様乗っかると、話を早々に切り上げ、精霊の方へと歩いていき、氏族長とシェリーさんの包囲網から逃れることに成功する。
『スンスンスン……匂う……匂うわね』
ホッと一息つく暇もなく、鼻もないのにクンクンとご丁寧に動作を加えながら、これまた不安になるようなことを精霊が言ってきて、この場からも離れたくなる私はもうどうしたら良いのでしょうか。
「ど……どうしたの?」
『スンスンスン……卵よ、卵。あの卵の匂いが、こぉ~ほんのりと漂ってくるのよ。どこかしら?』
彼女の場合、匂いというより魔力なんだろうけど、あまりに自然に言うものだから、分かるはずもないのに釣られてクンクンと匂いを嗅ぎながら精霊に付いていく私であった。
「お嬢様、はしたないですよ」
途中、テュッテにそれを指摘されて、私はやっと自分がなにをしているのか理解し、恥ずかしくなる。
コソッと横目で見てみれば、なにか不思議な光景を見るような目で見守っているシェリーさん達と目が合い、私は湯沸かし器のようにカァ~と顔が熱くなると、益々恥ずかしくなって逃げるように精霊の後を追う。
いや、恥ずかしさのあまり早足になりすぎて、精霊すら追い越していることに私は気が付かなかった。
まぁ、幸いなのがフードを被っていたので、私の表情が皆には見えなかったということくらいだろうか。
そして、そのまま曲がり道を曲がってさらに奥へと一人で進んでいった時、なにやら違和感が襲ってきた。
(ん? これは、なにか結界めいたモノを強引に通過した感じに似ているような……)
そこでやっと足を止め、私は周囲を確認してみたが、もはや事後のため、見比べる要素がなく私から見ると普通の路地にしか見えなかった。
気付いたことといえば、その先に地下へ下りる石階段があったことくらいか……。
(……まさかとは思うんだけど)
「ここは確か、昔からあった地下水路へ続く階段か。古くからあったもので、もう使われていないはずだが」
いや~な予感がしてならない私を尻目に追いついた氏族長が首を捻って言ってくる。
「お嬢様?」
「ち、違うのよ、いや、たぶん違わないんだろうけど、不可抗力よ」
私が硬直しているものだから不思議に思ってテュッテが話しかけてくると、別にこれといって確証があるわけでもないのに、反射的に私は言い訳していた。
「……なにをしでかしたのですか」
「べ、べつにな、ななな、なにもしてないわよ、私は……ただ、ちょっと違和感が」
「違和感……か」
半眼になってテュッテが問いつめてくるので、私はアワアワしながら言い訳を続けていると、その言葉に反応した氏族長は、そのまま通過していこうとしていた足を止め、警戒しながら階段を下りていった。
そこは暗く静かで、ジメジメとしており、氏族長達は光魔法で辺りを照らすとそのまま奥へと進んでいく。
上で待っていれば良かったのに、私はテュッテの小言から逃げるべく彼の後を追っていき、今更ながら心配になってきた。
心配というのはもちろん自身への危険に対してではなく、またやばいことに首を突っ込んでいるのではないのかという心配であった。
『匂いが強くなってきたわね……近いかも』
そんな私の心配を消し飛ばすかのように、隣にいた精霊が恐ろしいことを言ってくる。
「な、なんだ……これは」
先頭を歩いていた氏族長達が足を止め驚愕した声を上げると、私は彼が見ている光景を目撃し、絶句した。
そこにあったのは大量の卵だった。
なんの卵かはじっくり見なくても分かる。それは、先程まで皆で討論を交えて見ていた合成獣の卵だった。
それが大量に置かれていたのだ。
「……バカな……結界は……」
皆が大量の卵に意識がいっている中、私は偶然にも聞こえてきた小さな声と共に暗闇の中でユラッと揺れるシルエットを発見する。なぜそんなことに気が付いたかというと、それはよりにもよってテュッテの方へ動いたからである。
「テュッテッ!」
叫ぶと共に私は暗闇に動いた影に向かって蹴りの一撃をお見舞いすると、くぐもった声が聞こえて、その物体は壁に激突する。
人だというのは分かっていたし、おそらく私達の中で、殺しやすい、もしくは人質にしやすいと思った人物がテュッテだったのだろう。
が、それは私の逆鱗に触れるものだということをそいつは理解できていなかった。
何度でも言うが、私はテュッテに対しては心が狭いし、なにより彼女に危害を加えようとする者は容赦しない。
私の行動を皮切りに氏族長達も周囲を警戒し、私の素早い動きに一瞬でも驚いた他のやつらは彼らの返り討ちに遭うのであった。
「こいつらは、リグレシュの……いや、様相が違うか? しかも、人族……やはり、キミが言う通り、外部の者達か……」
生け捕りにした黒ずくめの男を見て、その正体を確認する氏族長は最初困惑しているが、すぐになにかを思い出して暗がりにいた私に声を掛けてくる。そして、私はその様相に心当たりがあった。
「……英滅機関」
「エイメツ……まさか、あの聖教国の……」
私の呟きに氏族長が半信半疑で聞いてくるので、暗がりからしっかり相手を確認するため、私はフードを外しながら明るくなった場所に現れる。
「バッ、バカなっ! 白銀の髪、だと。お前は司書長と一緒にいたのではっ!」
私の登場が意外すぎたのか、私の姿を見た男が驚愕しながら吐露してくる。
「ま、まさか、終始姿を確認し辛くしていたのは我々の警戒を知っていて……くっ、まんまと炙り出されたのか」
確かに、私はこれまで外を歩いているときは色々あってフードを被っていたが、警戒されているのを牽制するためとかこれっぽっちも考えていなかったというのが真実である。が、周囲はどうやらそうとは見ていないみたいで、もうどうして良いのか分からず、ただただ呆然とする私であった。
(驚愕したいのは私の方だよ。なんでそうなるのっ!)
「フンッ、この卵達を孵化させて町を混乱させようという魂胆だったのか。そのための場所選びだったんだな。フッ、彼女が今ここへ導いてくれなかったら思い通りになっていたのに、残念だったなっ」
「クククッ、こちらにお前がいるのなら、向こうは問題なく進んでいるわけだな。なるほど、どちらの被害が甚大か天秤に掛けたということか」
氏族長の皮肉を取り押さえられている男は気にすることなく、不穏な言葉で嘲笑し返してくる。
「だが、残念なのはお前達の方だ。もうすぐ大いなるモノが復活する。我々の宿願を遂げる道がまた一つ解放されるのだっ!」
「それは、どういう意味、だっ」
興奮した黒ずくめの男がまくし立てると、その言葉に疑問を思った氏族長が問いつめようとした瞬間、遠くの方から爆発音が響いてきた。
「な、なんだ?」
「クククッ、卵がここだけだと思ったのか。おめでたい奴らだな。まぁ、母胎を失ったせいで全て使うことにはなったがな」
男の嘲笑を聞いて、ハッとなにかに気が付いた氏族長がこの場を仲間に任せると一人、地上へと走り出す。
私達も少し遅れて氏族長を追って、地上へ出ると町の所々から煙が上がっているのが最初に目に入ってきた。
「くそっ! 町の要所要所にあれだけの量の卵を配置したのかっ! 一体いくつ用意していたのだっ!」
状況を整理しようと氏族長が一人悪態をつくが、おそらく彼の考えは正しいだろう。あの母胎のところの卵が意外と少なかったので、そんなに産まないものかと思っていたが、どうやらほとんど持ち出した後だったのだろう。もし、母胎が今も健在だったとしたら、その量はもっと増えていたかもしれない。
「幸いなのはメアリィ殿に言われて、それぞれに兵を向かわせていたことか。いや、それでもあの量の卵に対して召集した人数が足りないか」
これからどうすれば良いのか冷静になろうとしている氏族長に、なんと声を掛けて良いのか分からない私は辺りを見回していると、ふと、向こうから小さな白い雪豹が駆けてくるのが見えた。
「えっ、リリィ?」
『あっ、いたいた、メアリィ~』
私が驚き、そちらへ足を向けるとリリィの後ろから大きな雪豹がその背に王子を乗せて現れる。
そして、私達は王子からシータ達の現状、トーマス司祭の正体、オルトアギナや過去のカイロメイアの一端を知ることとなった。




