本来の目的は遠い
『ねぇ、なんで逃げようとしてるん?』
「べ、べつに、逃げてないしぃ……なんか騒ぎが終わったから宿屋に帰ろうと思っただけだしぃ」
『だったら、皆と一緒に帰った方が良いんでない?』
「あぁ~、あぁ~、聞こえない、聞こえない」
なにがなんだかよく分からない中で自分ができることをなんとかやっていたら、無事に事を終わらせられてホッとするのはつかの間。それは良かったのだが、どうにもこうにも今回の騒ぎは私が先行して潜り込みすぎたのが原因ではないのかと思えてならない。
しかも、騒ぎの中には私にとって、とっても説明しづらい出来事、主に遺跡崩落炎上事件については追求されるとボロが出そうで、今はここから逃げ、もとい、撤退、じゃなくて……とにかく、宿屋に戻ってマギルカとテュッテにいろいろ相談したいというのが正直な気持ちだった。
私が仮面の女達が逃げていった裏口とやらを進んでいると、ふと向こうから人の気配がするので立ち止まる。
そこには一人の女性エルフが立っていた。
シータに似た衣装に白い髪をポニーテールにしている凛々しそうなお姉さんがそこにいて、彼女も私を見て驚き、警戒している。
向こうから来たというより、ここでなにかをしていたような感じに見えたがそんなことよりも、要らぬ争いは避けたいところだ。
彼女はシータと同じ格好をしているところから関係者なのは確かである。
「あ、あの、怪しいものではありません。私はメアリィと言いまして、えっと、アルディア王国から来て、えっとえっと、シータとはお友達というかその……」
あまりの警戒っぷりに私は敵意はないと示すため手を挙げて降参のポーズを取ると、警戒を解いてもらおうと浮かんだ言葉をそのまま口にして、しっちゃかめっちゃかな言葉になる。
隣を見てみれば、精霊も私につられて降参のポーズを取っていた。
『わ、私はこの子とは無関係よ。彼女にそそのかされてここへ』
「こらぁ、人聞き悪いこと言わないでよ。元はと言えばあなたが勝手な行動を」
「え、あ、そ、そう……あ、あなたがメアリィさんですか。シータから聞いております。到着されたのですね」
精霊の突然の裏切り行為に私が逃がさないとばかりに抗議していると、女性はホッとしたように緊張を解きながら話しかけてきた。
言葉の最初の方に戸惑いがあったのはなぜだろうか。なんとなく私が想像と違う行動をしたのに戸惑ったという風にも見えたのだが……。
「あっ、申し遅れました。私は司書長であるシータの補佐官をしておりますレイチェルと申します。以後お見知り置きを」
礼儀正しくレイチェルさんは自己紹介を済ませると、ここから逃げるように私が来た方へと走っていく。シータのことが心配なのだろうから無理に引き留めることもないだろう。
こうして、ちょっと町見学と調子に乗り、気が付けば迷子になった挙げ句、挽回とばかりに調査に乗り込んでみれば、結構首を突っ込んでしまった事件は無事幕を閉じるのであった。
宿屋にてマギルカ、テュッテと情報交換というか、私のやらかし具合チェックという名のミーティングを終えた翌日。
私は本来の目的だったカイロメイアにてレポート用の題材、あわよくば資料を見つけるため、大書庫塔のお世話になっていた。
もっとも、昨日の事件でいろいろ話を聞きたいとのことだったが、私に分かることはシェリーさんとかでも分かっていることなので、新たに語ることもなく早々に終わったのだが……。
(シータからいろいろ聞いてくるのかなとマギルカ達と待ちかまえていたけどなにも聞いてこなかったときは驚き半分ホッとした半分だったわね)
それで、このまま帰るのもアレなので、本来の目的に取りかかっているところだった。とはいえ、とにかく本が多いこと多いこと、なにから手をつければ良いのやら。
「とりあえず、魔法関係を調べようかしら?」
「そう思いまして、ある程度目星はつけておきましたわ」
年代物から新しい物まで数多くの本が居並ぶ様に謎の圧を感じながら、私が目を泳がせていると両手に数冊抱えてマギルカがやってきた。
「ありがとう、マギルカ。ほんと、助かるわ」
嬉しくて思わずハグしようかと思いきや、ササッと避けられ本を押しつけられる私。避けた本人は真っ赤な顔で少々焦っていた。あらあら、お可愛いもので……。
さっそく、近くの椅子に腰掛けて閲覧してみたものの、その大半が小難しく、文字が多すぎて目が痛い。というか、専門用語が多すぎて内容の半分以上が頭に入ってこない始末だった。
前世風に言い換えると、中学生レベルの私が大学とか研究所レベルの説明をなんの予備知識もなく聞かされているという感じである。
「……ちょっと、マギルカさんや。これは私のような学生風情では理解に難しいレベルではないでしょうか?」
「ん~、メアリィ様ならもしかしたらと思ったのですけど、無理ですか?」
「無理に決まっているでしょ」
「でも、もしかしたらこの中に、メアリィ様が求めるモノがあるかも知れませんよ?」
「……私が求めているモノって、そんなに高度なモノなの?」
「少なくとも、私の知るレベルではありませんね」
「…………」
マギルカに私が求めているモノのレベル高さを思い知らされ、なにも言えなくなり、とりあえずもう一度読み直したが、やっぱり頭に入ってこなかった。
「自分にデバフッて簡単そうに見えて、意外と難しいモノだったのね」
「難しいというか、そもそも考えませんからね、普通は。自分で自分を封印するような行為は」
「封印って、これまたフィフィさんみたいなことをっ」
「封印がどうかしましたか?」
「ぴゃぁぁぁあ!」
活字で埋め尽くされたページを薄目で眺めつつ、ため息を吐いてみれば、後ろからマギルカ以外の人に声をかけられ、私は驚き慌てて本を閉じる。振り返って見てみれば、そこには二人のエルフが立っていた。
シータとレイチェルさんである。
「な、ななな、なんだ、シータとレイチェルさんか」
「ご、ごめん。そんなに驚くとは思ってなくて。ハッ、もしかして聞いちゃいけない内々の話だったかしら? 封印……聖女……」
「はい?」
「あっ、ううん、なんでもないわ。こっちの話、気にしないで」
私が慌てて対処してみれば、今度はシータが私達を見て、なにか大いなる誤解を拗らせたのか慌てて言葉を濁してきた。
「そ、それよりもシータさん達はどうしたのですか? こちらになにか用でも?」
「私達はこれからオルトアギナの書の閲覧を試みようと思っていたんだけど、その途中で、この子があなた達を見つけて、有無も言わさずこう、フラフラ~と引き寄せられちゃって……」
「ちょ、ちょっと、お義姉ちゃん。人を蜜に引き寄せられる蜂みたいに言わないでくれる」
マギルカがこのままではいけないと話題を変えると、レイチェルさんがやれやれといった感じで答えてきて、シータがプゥ~と頬を膨らませ、恥ずかしながらも不貞腐れる。
「オルトアギナの書……お読みになるのですか?」
マギルカが心配そうに聞くが、それは無理もないことだ。すでに一人、閲覧に失敗し命を落としているし、そもそも仮面の男の話ではあの書はここにいるエルフ達に読ませないようにプロテクトをかけているそうじゃないか。下手をすると命懸けである。
私なりの解釈なのだけど、こう電脳世界みたいなところで危険な組織のメインサーバーに無断でアクセスしてデータを閲覧しようとしている感じだろうか。しかも、ハッキングがバレて、逆に攻撃を受けて命を落とす危険性がある。と、そういった感じだと思っている。
「うん。危険なのかもしれないけど、こういう危険な書の解読って私達からしたら日常業務みたいなものなのよ。それにあの仮面の男も閲覧したというなら不可能というわけではなさそうだし。まぁ、個人的になんとなくだけど、私は知らなくてはいけない……そんな気がしてならないの」
そんな決意に満ちたシータの姿を見ていたら「そう、頑張ってね」で終わらせられないのが私の性だったりする。
自分の保身なら首を突っ込んではいけないのだろう。でも、目の前で危険と知っておきながら、それでも頑張ろうとしている友人にできるだけ協力はしたい。そんな思いでマゴマゴしていたら、こちらを優しそうな瞳で見るマギルカと目が合った。
そして、彼女はまるで私の心が分かったかのようにコクリと頷く。
「あ、あの、シータ。私達も同行して良いかな?」
「えっ、良いの? それはもう願ったり叶ったりなんだけど。良いのかな、こんなに頼っちゃって」
私のお願いに一瞬戸惑うシータであったが、すぐに嬉しそうに承諾してくれると、すぐにまた、う~んと悩み出した。忙しいエルフさんである。
とにかく、私達はシータに協力することになった。すると、塔を思い思いに散策していたサフィナ、ザッハや殿下が私達の元にやってきて、結構ワチャワチャした感じになってしまったのは、まぁ目を瞑ってもらおうかな。
ちなみに精霊はリリィの遊び相手になったというか、させられて現在ワチャワチャしている。まぁ、側でスノーが見守っているから問題は起こさないだろう……たぶん。
「話は分かったよ。でも、あなた方の方法では閲覧はできないんだよね。どうするんだい? 差し支えがないのなら聞きたいのだけど」
合流早々、事態を理解した王子がさっそく私も聞きたいことを代弁してくれる。
「そこなんだけど、私達に読ませないようにするなら、同じくここの住人だったろうオルトアギナはどうやって読んでいたのかって話よね」
王子の質問にシータが謎かけのように答えてくる。
「単純に考えれば、本人しか知らない独自の方法を編み出したということでしょうか」
「そうなると、本人以外誰も本を開けることができないはず。なのに、仮面の男はそれができた……そこに鍵があると私達は考えました」
王子に続きマギルカが会話に加わると、レイチェルさんがそれに返答する。
「仮面の男とシータ達の違いってなにかしら?」
「そう、正にそれなのよ。それを解決したのが、なんとメアリィさんなんだよねっ」
私が会話の流れでふと思った疑問を口にしてみれば、待ってましたとシータが私を持ち上げてきた。
「えっ、私? な、ななな、なんのことやら」
「メアリィさんが倒したあの黒ずくめ達。調べてみたら彼らの大半が人族だったのよ。カイロメイアは私達のような種族が主流で、他種族はもちろんのこと、他のエルフ族もとても少ないわ。そんな中であの数の人族がリグレシュの過激派に属しているということは、おそらくあの仮面の男も……人族」
「これから試すのは、古くから伝わる人族が施した閲覧方法です。シータの考えが正しければおそらく成功するでしょう」
私がとぼけているとシータとレイチェルさんが話をどんどん進めていって、私から皆の視線が離れていった。
ホッとしつつ話を聞きながら、私達はシータ達に連れられて、大書庫塔にある一室の扉の前に誘われる。すると、彼女は奇妙な鍵をポシェットから取り出し、近くにあったオブジェにそれを刺すと扉が開くのであった。
(これがシータの悩みの種、書庫塔の扉ってわけね。これは大変そう)
話に聞いていたが初めて見る光景に私は興味半分にマジマジと眺めていた。
鍵をそのまま首に下げたシータに中へと誘われてみれば、そこは密室で窓もなく、中央には書見台が置かれており、床には術式のような物が書き込まれてなにかの儀式めいた様相をしていた。
「ここは?」
「ここは、私達が仕事上で解封、解呪の儀式が必要だったときに使用する施設で、今まで私達が使用してきたあらゆる方法がここに用意されてます。今回はあらかじめ人族の方法を用意しておいたので、今から試すところです」
私の素朴な疑問にレイチェルが説明してくれていると、シータは一人、中央の書見台の前に立ち、オルトアギナの書をそこへ置き、ポソポソとなにやら呟いて、手慣れたように閲覧への儀式を進めていく。
シータに呼応するかのように床の文字が光り出し、書見台の書に変化が現れた。
書が光り出し、それに呼応するかのようにシータの首に下がっていた鍵も光り出す。
「……変ね。大書庫塔の鍵が反応している?」
そんな光景にレイチェルさんだけが首を傾げているのが見えた。
次の瞬間、鍵から光の渦が発生し、書へと呑み込まれていく。
「なに、これ? なにが起きてるの?」
私からすれば全部が初めての光景なので「ああ、こういうものか」と驚き見ていたのだが、どうやらそうとは言い切れないらしい。
初めて見る光景はレイチェルさんも同じのようだった。
私達以上に驚きを隠せないでいるのがその証拠である。
レイチェルさんがこれほど驚いているのなら、当の本人であるシータもまた、困惑しているのではないのかと私は彼女を見てみた。
そこで初めて気づいたのは、彼女が金縛りにあったかのようにガクガクと小刻みに全身を震わせて、突っ立っていたことだった。
その瞳は虚空を見つめ、光を失っている。
「シータッ!」
明らかに変だと思ったとき、レイチェルさんがシータへ声を掛け、強制的に儀式を解除しようと彼女に近づく。
バシッ!
「きゃっ!」
近寄ったレイチェルが見えない壁に弾かれ、こちらへ押し返された。
と、同時にオルトアギナの書の表紙がバザッと勝手に勢いよく開く。
「……フウイン……ダイイチダンカイ……カイジョ……カクニン……」
抑揚も感情もないシータの声が部屋に響いてくる。
「レイチェルさんっ! これは?」
さすがに部外者の私でもこれは完全に想定外の展開だと認識し、レイチェルに問いかける。
「分かりませんっ、こんなこと初めてで!」
「……ダイニダンカイ……イコウ……」
光の渦が激しさを増し、その光が一本の柱のように収束すると、そこにホログラフのようにある風景が映し出される。
「……ぁ……ぅ……」
感情のないシータの声が一転してか細い呻き声のようなものに変わって漏れ聞こえてくる。見れば、彼女の痙攣はひどくなり、光を失った瞳からツゥーと一筋、血の涙が滴り落ちていた。
拒否反応を起こしているのか、明らかにキャパオーバーというか、彼女の体に悪影響を及ぼしている。
「シータァァァッ!」
レイチェルの悲痛な叫びと共に、私は反射的にシータに向かって走り出していた。そう、この光景とかつてマギルカがリベラルマテリアに捕らわれたときの光景とがダブって見えたのだ。
なにが起こるのか分からない。
下手なことをしてシータへのダメージが大きくなるかもしれない。
それでも、私は動いていた。
そして、彼女を抱きしめその場から引き離す。
すると、バァァァンと大きな音と共に、光の渦は四散し、儀式が強制的に停止するかのように、書が静かに閉じられていった。
あの騒ぎが嘘のように、部屋が静まりかえる。
「シータッ」
最初に動いたのはレイチェルさんだった。
私は彼女にシータをそっと預けると、フゥーと息を吐く。
「レイチェルさん、シータさんは?」
「だ、大丈夫です。今は気を失っているだけ……」
マギルカに話しかけられ、レイチェルさんが少し落ち着きを取り戻したように静かに返してくる。
(なんとかなったのかな……それにしても一体なにが)
ホッと一息入れて私は書見台を眺める。本はまるで何事もなかったかのように静かに佇んでいた。
そして、私は本に意識がいき過ぎて、私達以外の人がこの光景を開けっぱなしだった扉の向こうで見ていたことに気がつかなかった。
「チッ……またあの娘か……」
そう聞こえて、私が慌てて周囲を見回してみれば、時遅しというかのように人の気配は消えていた。




