まだ巻き込まれていな……い
「これで地面にめり込んでいたら完璧だったのに」
『なにが完璧よっ! それが落ちた人に言う台詞かぁぁぁっ!』
下に降りると、そこには絵に描いたような突っ伏しポーズで地面とキスしている精霊を見つけ、私が放った最初の台詞が先程の言葉だった。
そんな私に、ガバッと起きあがると精霊は抗議してくる。
「大丈夫そうね。ほら、さっさと戻るわよ、これ以上変に首突っ込んでややこしくなる前に」
私はやれやれと溜め息を吐きながら、上へ戻ろうとする。すると、なにを思ったのか精霊がスタタタとさらに奥へと走って行くではないか。
『なに言ってるのよ。まだここがリグレシュの集会場所だと確認してないじゃん。しっかり確認しないと』
「いやいや、こんなに怪しい場所なんだから正解でしょ」
『わっかんないわよ。もしかしたら、偶然見つけた別の組織の場所とかいうオチになるかもしれないじゃない。そうなったら恥かくのあなたよ』
「なるほどぉ、っで、本音は?」
『ここまで来て、なにもないまま帰るなんてつまんなぁい……あっ』
急に真面目な意見を精霊が言うものだから、賛同しつつサラッと誘導してみれば本音を吐露するお馬鹿、もとい、正直なお子様がいた。
『くっ、この私に誘導尋問とはなかなかやるわね、メアリィ。恐ろしい子』
「いやいや、この程度で誘導されるあなたが恐ろしいわよ」
本気かどうか分からないがとりあえず精霊のボケにツッコミながら、私は彼女が言った建前も一理あると思い、そのまま奥へと進んでいく。
むき出しの岩肌に木材で補強された通路は炭坑のように長く、このまま洞窟を探索するのかと思っていた所で、その様相が一変した。
途中で偶然見つかったのかむき出しの岩肌の壁が綺麗な石煉瓦の壁へと一部変化しており、そこを破壊して中へと繋がっていた。
慎重に私は中を確認しつつ、入っていくと、そこは大きな部屋で遺跡のようだった。
ふと、壁に掘られた模様がカイロメイアにくる前に訪れた地下遺跡に似ており、あそこもカイロメイアに縁のあるモノなのだと認識する。
だが、ここは変な装置などは置かれておらず、壁には多くの横長な箱が陳列されていた。
それはまるで石棺のようで……いや、どう見ても棺なのだが、中身が荒らされたのか、所々蓋が開いている。覗き込む勇気はないので見なかったことにしよう。
「ここは、かつての地下安置場といったところかしら……もしかして、今も使われているのかな?」
『私が知ってるエルフってのは森に還るという意味で土に還っていたような……あっ、カイロメイアのエルフは違うんだっけ?』
私の素朴な疑問に精霊が返答してくる。
(エルフについては私もよく分かってないから葬儀にもいろいろあるかもしれないけど……カイロメイアのエルフは他のエルフより寿命が短いといっても私達からしたら遙かに長いはずよね。この地下全体が昔からの安置場だとするなら、どれだけの人がお亡くなりになったのかしら)
精霊の意見に少し引っかかりを覚えて、深く考えようとしたが、暗がりの先に明かりが見えてきて、私は息を殺すとそちらに集中することにした。
「どういうことですか? 大書庫塔の者達が我々を警戒し、探しているというのは?」
明かりの先から声が聞こえてきて、私はそれに耳を傾けながらゆっくりゆっくりと近づいていく。
「最近、塔内で発見されたオルトアギナの書が我々リグレシュによって盗まれたと思われているからです」
会話の一人、質問している方は男性で、答えているのは声がくぐもっておりはっきりとはしないが、女性のようだった。
なぜくぐもっているのかは、こっそりと明かりにたどり着いた時点で判明した。
一つの部屋に数人の大人や子供が私達と似た色のフードとマントで身を包み、その先にいる一人の人物の方を見ていた。私から皆背を向けていたので、私がその中に紛れ込んでも誰も気が付いていないみたいだった。
というより、皆、話を聞くのに集中しているようだ。
そして、皆の視線を集めるその中心人物は、全身真っ白な洋服と白のフード付きマントに身を包み、その顔には黒く光る怪しげな仮面が着けられていた。
先程の声がくぐもっていたのはおそらくこの仮面のせいだろう。
最初に見て思ったのは、色違いとはいえその様相が例の仮面の男に似ていたので、彼らと結びつけるのは安易だろうかということだった。
「オルトアギナの書が盗まれた……いや、そもそもあの書がついに発見されたのですね」
「はい、話によると司書長達が例の書庫を開くことに成功し、書を発見したのですが、その夜にはギランが盗み出していたとのことです」
「ギランが、どうやって? いや、そんなことより、あいつは我々とは関係ないのに、なぜ我々が盗んだと?」
「現在、ギランから奪い、書を持っているのが黒の者達だからです。しかも、最悪なことに彼らは司書長を拉致しようとまでしていたそうで……」
「くっ、あの過激派連中め。書を取り返すだけならまだしも、なぜ司書長まで……いつもいつも事を大きくしていくのだ」
仮面の女の返答に、男が悪態をつく。
聞く感じでは、この組織、どうやら一枚岩ではなさそうである。よくある慎重派と過激派という感じだろうか。
とにかく、これでここにリグレシュがいることは確認できたので、このままシレッと回れ右して、後はシータに任せるのが吉である。
(まだ舞えるっ! 私はまだやらかしてないわ。このままサフィナの所へ戻りさえすればっ)
私は逸る気持ちを抑えながら、こっそりその場を後にす――。
ることができなかった。
突然、部屋に繋がる二つの出入り口から黒ずくめの男が通せんぼをするように現れたのだ。
「これはこれは皆さん、今日は集会があるなんて聞いていなかったんですが、なんの相談ですかな?」
取り囲むように現れた黒ずくめの集団から仮面の男が分かっているのに皮肉めいた口調で話しながら現れる。
「なぜ、あなたがここに……」
「フフッ、我々だけのアジトを大書庫塔の連中にリークし、あわよくば私を捕縛させ、書を一旦塔へ戻そうと思ったようだが、残念ながらお前達が知っている場所は本当のアジトではないんだよ。今頃、あの部屋に残しておいたココの情報を頼りに連中が向かってるだろうさ」
「なっ……」
仮面の女の驚きの言葉に、してやったりといった口調で仮面の男が返してくる。
(やばばば、やばい、もしかしなくてもおもいっきし巻き込まれてます、私?)
驚きどよめくフードを被った皆様に紛れて、おそらく違った意味で焦っている私がいる。
「ならば、なぜここへ。まさか、それを知らせて逃がしにきた……わけないですよね」
「ご明察。オルトアギナの書が手に入った今、お前達学者肌の連中は、もう用はないのでご退場願おうと思ってね」
それを合図に、黒ずくめ達が各々、武器を取り出した。
「大書庫等の連中には追いつめられたリグレシュの連中が自殺したとか内部で争いが起こって全滅したとか、良い感じに伝えておくよ。そして、オルトアギナの書は永遠に行方知れず……だから、安心して死んでくれたまえ」
「浅はかな……司書長はあなたの存在を知っています。あなたがいないのでは全滅とは思わないんじゃないですか」
「それはあくまで仮面の私であって、中身じゃない。お前達の死体から見繕って仮面を被せておけば済むだろう。あいつらは間抜けだからな」
緊迫した空間に一人、嘲笑う仮面の男。
そんな中、私は囲んでいる男達の位置を正確に把握することに努めていた。
「フフフッ、いくらお前が優秀でも、これだけの連中を守りながら一人戦うのは分が悪いだろう。まぁ、それを狙っていたんだがな。ああ、そうそう、今頃情報が司書長の所へ届いて、彼女もここへたどり着くだろうよ。我々に捕らえられるとも知らずにね」
「きさまぁぁぁっ!」
冷静だった仮面の女が司書長の話題を出した瞬間、その冷静さを失い激高する。それを合図に黒ずくめ達が動き、仮面の男が大笑いする。
「ガトリング風、エアー・ブレットッ!」
私は把握していた黒ずくめ達に向かって一斉に攻撃を加えた。
四人程いた黒ずくめ達はほぼ同時に無数の真空弾に襲われて、なにが起こったのか理解することなく吹き飛ばされて動かなくなる。
それはあっという間の出来事だった。
「……は?」
その光景を目の当たりにして、嘲笑っていた仮面の男から笑いが消える。その視線は、集団の最後尾にいる私へと向けられていた。それに気がついたのか皆が振り返り下がると、私と仮面の男との間に空間ができる。
「な、何者だ、きさまぁっ!」
フードを被っていたので向こうは私だと知らないのか、怒鳴って聞いてきた。先程までの余裕はどこへやらだ。
「あら、前は問答無用でナイフを投げてきたのに、今回はないのね」
唯一見える口元をニヤリと歪ませ、私は思わせぶりに言ってみる。
「ナイフを投げ……はっ、そ、その声は……」
私の返答に男は気がついたのか、声のトーンが落ちる。明らかに相手が警戒レベルを上げたので、私は答え合わせのごとく、おもむろにフードを外した。
「お、お前は、頭のイかれた魔法少女っ!」
「ガフッ!」
そして、盛大に心へダメージを受ける私であった。




