宿に戻るはずが……
「調子に乗って奥に来すぎちゃったかしら? 帰る方向が分からないわね」
私は知らない路地のその奥で、呆然と立ち尽くしていた。
簡単に説明すると、今の私は絶賛迷子スキルを発動中なのである。
事の発端は宿に帰る途中に、どうせなら町をチラッと見学していこうと思ったことだった。
本来ならここで、調子に乗るとテュッテかマギルカに目的が変わっているとかなんとか言われて、正気を取り戻しているところだが、彼女達が不在なため、その指摘が入らず、興味本位にあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返す私と精霊。
そんな私達を全肯定のサフィナが止めてくれるわけもなく、気が付けば随分と人気の少ない路地へたどり着き、「ここはどこ?」となったのであった。
「どうかしましたか、メアリィ様? ここになにか気になることでも」
私がハタと足を止めるものだから、サフィナが不思議がって聞いてくる。
『そうよね、ここら辺に来てからなんか周りの人がチラチラこっち見るようになったわよね』
サフィナの質問に私ではなく精霊が答えて、周りを訝かる。
言われて初めて、私は数少ない町の人が私達を見ると警戒しているような素振りを一瞬見せていることに気が付く。
確かに、フードを被った二人組となると怪しくてちょっと警戒するかもしれないけど、大人サイズならいざ知らず、私達のようなお子様サイズに警戒というのはいかがなものかと……。
とはいえ、宿に戻る途中のちょっとした寄り道にしては大幅に脱線しているので、いい加減戻った方が良いのは確かなことだ。
もっとも、帰り道が分かっていればの話だが……。
「う~ん、まぁ、そろそろ戻ろうかしらね」
「そうですね」
「ち、ちなみにサフィナは戻り道は分かっているのかしら?」
「えっとぉ、あのお恥ずかしながら宿の位置は分からなくなりましたが、大通りまでの道は分かってますのでそこから見つけられれば」
私の質問に恥ずかしそうに答えるサフィナを、私は「素晴らしいっ!」とばかりに抱きしめ、ナデナデしまくる。
「あ、あの、えっと、メアリィ様?」
「素晴らしいわ、サフィナ。その方向感覚、私にも欲しいところよ」
「おい、お前。ここでなにをしているんだっ」
私がサフィナを誉め称えていると離れたところから男が声を掛けてきた。
急なことに私もサフィナも警戒してそちらを向くと、そこには私と精霊に似たようなフード姿の男が周りをキョロキョロ見ながら立っていた。
見た感じ、私達を襲おうとする不届き者というわけではなさそうである。
「集会で言われたばかりだろう。最近、大書庫塔の連中がリグレシュについて嗅ぎ回っているらしいから、しばらく勧誘は控えろって」
「えっ、リグレシュ? 集会?」
周りを気にしてヒソヒソ話をしてくる男の言葉に私は驚き聞き返した。
「なんだ、お前、新米か? そっか、だからここで勧誘してるのか。ここは声かけすぎて警戒されてるから、皆来なくなったんだが」
私の反応をどう受け止めたのか知らないが、このフードの男は私と精霊を新米の勧誘者だと誤認識しているようだった。
基本的に人が良いのか、面倒見が良いのか私を心配して声を掛けてくれたみたいである。
ついでに、ここに来て周りが警戒している理由が分かったような気がする。
(いや、でも、勧誘で警戒されるってどんな勧誘してるのかしらね)
もう一つ分かったのは、今話している内容は私には関係ないかもしれないが、ついさっき出来た私の友人にはとても欲しい情報だろうということだった。
ということで私は、変に怪しまれないように後ろ手でサフィナにだけ見えるようにチョイチョイとこの場を離れるように合図する。と、彼女は理解してくれ、慌てるようにこの場を離れていった。サフィナの慌てっぷりに男は勧誘から逃げていく人に映ったのか、見送るだけでなにもしてこなかった。
「うん、まぁ、これからは気をつけろ。面倒事は起こすなよ。我々は過激派の連中とは違って、穏便に事を進めたいのだからな」
男が溜め息混じりに忠告してくれるが、なんのことだかさっぱり分からない私には暖簾に腕押しである。が、一応、話を合わせるためコクコクと頷いておく。問題なのは精霊なのだが、彼女は私以上になにを言っているのかさっぱり分からないようでしきりに首を傾げていた。
「集会に行って、詳しく聞きたいんだけど……」
あまり時間を掛けると精霊が変なことを言い出して私達の正体がバレてしまうのではないかと思い、私は聞きたい情報を端的に聞くことにする。
「ん、今ならまだいつもの橋の下にいるんじゃないか。とにかく、目立つような行動は控えろよ」
それだけ言うと、男はそそくさとその場を離れていった。代わりにサフィナが私達の下にコソッと戻ってくる。
「なるほど……メアリィ様はもしかして、これを待っていた……と」
「これがどれだか分からないけど、たぶん違うから、違うからね」
サフィナが一人、納得顔で聞いてくるのでとりあえず私は条件反射で否定しておく。
「それで、どうします。追いますか?」
「ううん、あの人は末端そうだからさっき以上の情報は得られないと思うの。それよりも、その橋の下へ向かった方が良いわね、今ならって言ってたから時間がなさそうだし」
『橋ねぇ……ここで橋っていったら出入り口の大橋くらいかしら。なんだか、面白くなってきたわよ』
「面白くない、面白くない。い~いぃ、私達はあくまで確認に行くだけよ。勝手な行動しないように」
サフィナと相談していると、精霊がピョンピョンと跳ねながらやる気満々で話に入ってくるので、とりあえず釘を刺しておく。
「とりあえず、精霊が言う通り、大橋に向かいましょう」
話を切り上げ、私は次なる行動に出るべく歩み出し、そして、はたと気が付き足を止める。
「ちなみに、方向って合ってる?」
「えっと……たぶん、逆です」
そっとサフィナの方を見て聞いてみれば、彼女は恐縮そうに答えるのであった。まだまだ私の迷子スキルは絶賛発動中らしい。そうとも知らず、先に進んでいてもサフィナはきっと止めなかっただろう。
(あぶない、あぶない。同じ過ちを繰り返すところだったわ)
私達はサフィナを先頭に無事、カイロメイアの入り口でもある大橋へと到着していた。
『着いたのは良いんだけどさぁ、橋の下って湖じゃない?』
到着早々、お行儀が悪いが大橋の欄干の上に立って周りを見回しながら精霊が言ってくる。
橋の下と言うから小島の一つや二つあるのかと思いきや、見た感じそんなモノはなく、完全に湖の上に橋が建っていた。
「そんなに簡単な事じゃないってことね。確認もせずにドヤ顔でシータに伝えに行ってたら恥ずかしい思いするところだったわよ。確認って大事よね」
「あの情報が嘘ということなのでしょうか?」
「ううん、あの状況で私達に嘘の情報を流す意味がないと思うわ。つまり、私達が場所を間違えているか、もしくは見落としているか、どちらかだと思うのよ」
場所が違うとなると、いよいよ地理に疎い私達の出る幕はなく、早々にシータへ知らせに行くのが賢明かもしれない。
だが、見落としているとなるとどこを見落としているのか皆目見当も付かないのが現状であった。
「こらぁ、そこの子供ぉっ! 危ないからそこから降りろぉっ!」
う~んと三人で悩んでいると、これまた再び、見も知らない男に声を、というか、注意された。
彼は門をくぐる際に見た警邏の人だった。
『誰が子供よっ! 私から見たらあなたの方がお子ちゃまなんだからねっ!』
「は?」
「あ~、いえいえ、子供特有の大人ぶりたいみたいなやつです。こっちで落ちないように見てますので、お気になさらず」
注意に来てくれた優しい警邏の人に向かって精霊は不機嫌そうに怒鳴り返すものだから、私は慌ててフォローを入れておく。
「いやまぁ、落ちるとかもそうだが、それよりもここらはたまに大型の鳥モンスターが飛んでいてね。まぁ、可能性はほとんどないが襲われるかもしれないからさ」
「鳥モンスターがですか。でも、どうして可能性はほとんどないんですか?」
「まぁ、その鳥は肉食じゃないからね。主に果物や植物、あっ、そうそう、魔草などを主食としているんだよ。だから、人は襲わないが、たまにそういったモノを持っている人から横取りしようと襲ってくるんだ」
「へぇ~、魔草とかですか……えっ、まそう?」
「うん、魔草」
私はのほほんと警邏の人とトークを楽しんでいたが、不穏なワードを耳にして思わず聞き返す。
「マズいわ、そこから降っ――」
私は振り返り、精霊がいる方向を見て、叫んだ。
そして、私は見た。
まるで写真の連撮機能で見ているかのように、フレームインしてきた大きな鳥モンスターが欄干の上で仁王立ちしている精霊をかすめ取っていく様を……。
「「「…………」」」
しばし、状況が飲み込めず、一部始終を見送った私達は沈黙する。
『くぉらぁぁぁぁぁぁ! なにするのよ、このクソ鳥がぁぁぁぁぁぁっ!』
虚空に響く精霊の声で私はハッと正気に戻る。
「あぁぁぁぁぁぁっ、精霊がぁぁぁぁぁぁっ!」
叫びとともに、私は飛んでいく鳥モンスターを追うように走り出す。それに追従するようにサフィナも動いた。
「ど、どうします、メアリィ様っ!」
「魔法で打ち落とすにしても動きが早いし、最悪、精霊に当たっちゃうかもしれないわ」
「では、私がっ! 後のことはお任せしますっ」
「へっ?」
「アクセル・ブースト!」
そう言い残し、サフィナが私を追い越すように加速する。
そして、私は信じられないモノを見たかのように目をパチクリすることになった。
なんと、加速したサフィナは橋に沿って飛ぶ鳥モンスターとの距離を縮めていくと、一本の大きな石柱をもの凄い勢いで駆け上がっていくではないか。
「サ、サフィナさん?」
信じられないモノを見ているかのように、私は驚きの声を漏らす。
そうこうしている内に、サフィナは石柱の天辺付近で、鳥モンスターめがけて跳んだ。
そして、魔法を付与した真空の一閃が鳥モンスターだけを綺麗に襲うのであった。
斬られた鳥モンスターは致命傷ではなかったがそれでも驚きを含めて体勢を崩し、持っていた精霊を離す。
あまりの鮮やかな剣技に拍手を贈りそうになったが、そこで私はハタと気づいた。
(あれじゃ、サフィナが湖に落ちちゃうっ!)
サフィナは鳥モンスターとの距離を積めることに成功したが、その代わり、彼女自身が上空に投げ出されている。
そして、そのまま着地するとなると、それは湖しかなかった。
ここで、私はサフィナの言葉を思い出す。
(任されちゃおうじゃないのっ! サフィナは私が受け止めるわ)
そして、私はサフィナに続いて、橋の外へと飛び出すのであった。
「レビテーションッ!」
落ちるサフィナの手を掴み、私はすぐ様浮遊魔法で落下を阻止する。
見事な連携に私は自画自賛するかのようにドヤァとサフィナを見た。サフィナは驚いたように目をパチクリしている。
「あ、ありがとうございます、メアリィ様」
「ううん、お礼を言うのは私の方よ」
「えっと、それはそうと精霊様は?」
「あっ……」
あまりの成功例に悦に浸りながら締めくくろうとしていた私だが、サフィナの指摘と、下の方でドボォォォンという音に我に返った。
『ちょっとぉぉぉぉぉぉっ、私はスルーなんかぁぁぁぁぁぁいっ!』
そして、精霊からの元気なツッコミを聞いて私はホッと胸を撫で下ろすのであった。
まずはサフィナを橋の上まで連れて行って降ろすと、私は再び橋の下へ降りて精霊を回収しにいく。
橋の下では綺麗なフォームでこちらへ泳いでくる精霊が見えて、なんかデジャヴを感じる。
(マンドレイクだからなのだろうか、もしくは植物の性なのか。まぁ、どっちでも良いか)
ふと思ったことを消し去るように私は頭を振ると、精霊に近づく。
『メ~アリィ……この私をスルーとは良い度胸ねぇ~』
私が近づくと泳ぐのを止め、回収を待ちつつ怨嗟の声を出す精霊。
「ごめんごめん、サフィナに気を取られてすっかり忘れっ……じゃなくて、忘却してたわ」
『それじゃあ、言い直す意味ないでしょうがぁぁぁっ!』
言葉が悪かったので誤魔化そうと咄嗟に浮かんだ言葉に言い換えてみれば、対して変わっていないことに精霊はオコのようである。
ウキィ~と両の拳を振り上げてプンスカ抗議する精霊を宥めつつ、私は猫のように彼女の首根っこを掴むと湖から引き上げた。
すると、彼女は猫みたいにピタッと暴れるのを止め、ピクリとも動かなくなる。
「ど、どうしたの? 急に大人しくなって」
『いえね、近づいて初めて気が付いたんだけど、あの橋の下部分……あそこ見てるとなぁ~んかモヤモヤするのよね。やばい香りがプンプンするわ』
(香り……あっ、はいはい、魔力のことね)
精霊が一つの大きなアーチ、その湖に接している一角を指差すと、私はそちらを凝視する。すると、石壁の部分がかすかに揺らぐのが見えた。
(なるほど……橋の下っていうのはそういうことだったのね……これは見つけ辛いわ)
「サフィナァァァッ! ちょっと怪しいところを見つけたから見てくる。あなたはそこで待っててねっ!」
私は橋から顔を出してこちらを見下ろしているサフィナに向かって大声で伝えると、そのまま精霊を猫掴みしたままフヨフヨと目標の場所へ移動していった。
そこには偶然と言うべきか、意図的と言うべきか出っ張りがあって降り立つことが出来た。
そして、私が空間の揺らぎに触れるとブワッとかき消えるように石壁が消え、その奥から扉が現れる。
『えっ、メアリィ、今なにしたの?』
「これがハンドパワーよ」
驚き聞いてくる精霊に、私は意味不明な言い訳で有耶無耶にしようとする。今までの旅でこの精霊はここで、言い淀むと面白がって聞いてくるので、私はきっぱり言い切るとそれ以上は語らないことにした。
『ハンドパワー?』
「そっ、ハンドパワー」
『ハンドパワー……』
「うん、ハンドパワー。皆には内緒ねっ」
『…………うん……』
ゴリゴリにごり押す私に圧されて、精霊はそれ以上聞くのを止めてくれた。
そんなやり取りをしながら私は扉を開いて、中の様子をチラッと確認してみる。薄暗く、よく見えないがそこは簡易的な部屋になっており、資材置き場の名残が見えた。
(なんだ、ただの部屋かぁってなるわけないよね。そんなんだったらわざわざ隠す必要ないもの)
ここにはなにかがある。そう思い、私は精霊を床に降ろすと、部屋内部を探索することにした。
『暗いわね。でも、なんだかこういけない香りがプンプンするわ』
私の拘束から解放されて、精霊は暗い部屋へとウキウキで入っていく。
「今、明るくするから勝手な行動しないでよね。あなたが先に動くと碌なことがないんだから」
『失礼しちゃうわね、私を誰だ、ぴょっ』
私が光魔法で明るくするのと同時にこちらを見ながら奥へと進んでいった精霊がスッと姿を消すのであった。
明るくなって初めて分かったが、部屋の中央床には空洞があり、後ろを向いていた精霊はそこへ綺麗に落ちていった、というところだろう。
(ぐあぁぁぁ、ちょっと偵察して、後はシータにお任せしようと思っていたのに、あんの精霊ぃぃぃ。私をどこまで巻き込んでいくつもりよぉぉぉ)
私はぐおぉぉぉと頭を抱えながら、それでも放っておくことはできないので、下へ続く穴へと降りていくのであった。




