寄り道は終わりです
ズドォォォンと重たそうな音と共に、私が押した石壁が倒れる。
別の事に意識がいっていたサフィナとシェリーさんもさすがにこの音を聞いて、こちらへ寄ってきた。
「ど、どうしたのですか、メアリィ様?」
「い、いやぁ~、そのぉ~、精霊がここが怪しいって言うからちょっとね、ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ押してみたら壁が動いたのよ」
サフィナが心配そうに聞いてきたので私は、言い訳がましく自分は軽く押しただけだと主張する。
「ここはかなり古いからね。脆くなっていたのかもしれないよ。さっきも床が落ちたし、気をつけた方が良さそうだね」
ダラダラと汗を流しながらそれでも笑って誤魔化そうとする私に対して、シェリーさんがナイスアシストをしてくれた。
「そ、そうそう、脆くなっていたのよ。気をつけないといけないわねっ、うんうん」
そして、それに喰らいつく勢いで便乗する私。感触からいって明らかに私が力ずくでロックを破壊したように感じたが、それは気のせいということにしておこう。
一部始終を後ろで見ていたテュッテはもちろん、なにも言わず私に併せて笑って誤魔化している。精霊は私の力に興味がないらしく、新たに開いた部屋が気になってそちらを見ていた。
「あっ、精霊様。新たな道が開けましたよ。ささ、見に行きましょ、行きましょ」
『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと押さないでよ』
これ以上、この件について指摘されないように私は事を進めるべく、入り口でキョロキョロと中の様子を見ていた精霊と一緒に部屋へと入っていくのであった。
扉を抜け、通路を歩くこと数メートル、そこから急に広い空間へと出る。
なにかの建造物を期待していたがこれといってなにもなく、がらんどうだったが、よく見ると床にちょいちょいなにかがこびりついている感じだった。
暗いので私は光魔法を使って自分周辺を照らすと、その床にあった物体がヌラヌラと照り輝く。
ブヨブヨとした肉塊のような卵が部屋に点々と存在しており、それはなんというか、私の記憶から照合して、合致するイメージは映画やアニメで観るような地球外生物のよく分からない卵みたいだった。それが床に点々と存在しており、気味が悪い。
「これはこれは……」
いち早く、この光景に興味を持ったのはシェリーさんで、彼女はどうして良いのか分からず佇む私達をすり抜け、部屋に入ると近くにあった卵のようなモノを見始める。
「なにかの卵、かな? これはなかなか興味深いね。調べるためにちょっと貰っていこうかな」
「卵泥棒なんて、マズいですって。親がいたら怒られますよ」
「だぁ~いじょうぶだよ。全部じゃないから、バレないって」
シェリーさんの不謹慎な発言に私が注意すると、彼女はあっけらかんとした表情で答えてくる。
が次の瞬間、その後ろでなにかが動き、キラリと鋭利な刃物のような光が見えた。
「シェリーさんっ!」
私が叫ぶとほぼ同時に私の後ろからサフィナが抜刀体勢で飛び出していき、シェリーさんに振り下ろそうとしていた腕らしきモノを斬り裂いていた。彼女はここに入ってからなにかを感じ取っており、すでに警戒態勢を取っていたみたいだ。
(ん~、さすがサフィナ。鈍感な私に変わって頼りになるぅ)
などと、私が感心しているとサフィナの刀に付与されていた炎がそれに移って、暗くてよく見えなかった物体が見える。
それは、精霊樹で私が八つ裂きにしたモンスターだった。
「えっ、ここ出身のモンスターだったの、アレ?」
私が驚きの声を上げている間に、怯んだモンスターへサフィナの猛攻が続く。
不意打ちをしたつもりだったのに、自分が傷つけられて逆上したモンスターが斬られていない腕の鋭利な爪でサフィナを切り裂こうとする。よく見ると斬られた腕がすでに再生し始めていた。
なんという再生力か。私はあの再生力を先の砦跡で見た気がする。
かなり面倒くさそうな敵であったが、奴の攻撃は次の魔法を付与して待ちかまえていたサフィナの抜刀によって、一瞬にしてその腕から全身へと斬り傷が走り、納刀した瞬間、私が魔法でしたように八つ裂きになるのであった。
サフィナの抜刀術とフィフィさんが作った魔法刀は私が思った以上に相性が良いみたいであり、それを使いこなすサフィナを見て、改めてその才能に驚愕する。どちらも私が発端であることは……考えないでおこう。
「大丈夫ですか、シェリーさん」
「ああ、大丈夫だよ、サフィナちゃん。ありがとうね」
息を吐き、周囲を警戒しながら声を掛けてくるサフィナにシェリーさんが答える。
「にしても、あのモンスターにこんなに早く再び会うなんてね。これも運命なのかな?」
「そんな運命、嫌なんですけど」
おどけてみせるシェリーさんに警戒しつつとりあえずツッコミを入れる私。
なぜ警戒しているのかといえば、モンスターの声が奥の方から続々と聞こえ始めたからだった。
卵から出てきて、急速に成長していく様は今まで見てきた、もしくは習ったモンスターのどれにも該当せず、異様である。
そして、さらにその奥には、全長三メートル程の巨大な肉塊が全身をドクドクと脈打たせ、ギョロギョロといくつもの形状の異なる眼球を動かしこちらを見てくる。見た感じ、手足が見当たらないので自走はできないようだ。
『あれが、卵の母胎みたいね。私らの存在に気がついて、卵を孵化させているようだわ』
「うっ、勝手に入ってきて怒っちゃったかしら?」
『ううん、どっちかっていうと餌が来たから喜んでいるって感じかしら。安心なさい、歓迎されてるわよ』
「それはそれで嬉しくないわね」
『でも、あの母胎って自分じゃなにもできないみたい。そんなんで、よくまぁこの厳しい自然界を生きてこれたわね、是非ともその秘訣を聞きたいところだわ』
「いやいや、今はそんなことを気にしている場合じゃないと思うんだけど」
私は精霊との会話を一旦切ると、現在最前列で警戒しているサフィナの背を見た。
「サフィナッ! 皆を連れて外へ避難してっ」
「えっ、メアリィ様は?」
「アレが動けないのであれば、私がここ一帯を範囲魔法で一掃するわ。巻き込まれないように避難してっ!」
「分かりましたっ!」
卵から次々と産まれてくるモンスター。それは最悪、無限湧きという名の永遠ループになる可能性があった。
ならば、ここは高位魔法で母胎まとめて一掃するのが吉というもの。
サフィナもそんな私の考えを察して、異を唱えることなく行動に移った。
皆が部屋を出て、離れていくのを見届けると私は深呼吸をして、改めて標的を確認する。
相手は大きいだけで動きそうにない母胎一体と、その取り巻きモンスターが一、二匹。サフィナ達と一緒に戦っても問題なさそうな数なのだが、相手は未知のモンスターである。なにが起こるか分からないので保険をかけておくに越したことはないだろう。
ちなみに、ここで言うなにが起こるかは相手からではなく、豆腐メンタルの私が相手の予想外な行動に慌てふためき、やらかす可能性のことである。
(ふっ、言わせるなよ、恥ずかしいじゃないか)
などと、自虐的に笑みを零して相手を見てみれば、あら不思議。二匹くらいかと思っていた取り巻きがいつの間にやら十匹くらいに増えていた。
なんたる繁殖力。一匹見つけたらなんとやらという例の言葉が似合いそうな展開に、さっそく焦りが生じ始める私であった。
「だがしかぁぁぁしっ、こんなこともあろうかと皆を避難させておいたから細かいことは気にしないのだぁぁぁっ! 悪いけど、容赦なく滅却させ――」
状況整理のための時間稼ぎというか、自分に言い聞かせるためというか、とにかく私が叫ぶと、それを合図にモンスター達が飛びかかってくる。
「ヴァ、ヴァーミリオン・ノヴァァァァッ!」
どこから対応したら良いのか咄嗟に分からなかった私は、全てを巻き込むかのように巨大な炎球を集団に向かって放った。
結果、密室に広がる炎の海ができましたとさ。
容赦ないと言えば容赦ないかもしれないが、まぁ、これは想定内だったので良しとしよう。だが、炎によって明るくなったおかげで、燃える巨大な肉塊がなにか大掛かりな魔道具に直結しているのに気がついたのは予想外だった。
そして、その魔道具が引火、小さな爆発が起き、周囲の壁に亀裂が生じて崩れ始める。ついでに、「火気厳禁」という私でも読める文字が見えたのは気のせいだろうか。
(いやいやいや、ここは古代遺跡で、私が読める文字なんて、そ、そんなものあるわけが……)
ふっ、やれやれといった感じでジェスチャーをしてみれば、そんな私に現実を見せるかのように大きな爆発が起こった。
「や、やばばばばばば……マズい、マズい、マズいっ。マジックアイテムがあるなんて聞いてないわよぉっ!」
とにかく、鈍い私でもこれは崩壊コースだと悟ると、慌ててこじ開けた出入り口に向かい、外を目指した皆の元へと駆けていくのであった。
数分後。
地上に出て、皆に合流した時点で、ズズゥゥゥンと重い音が響いてくる。
「ふぅ~、危なかったわ」
「大丈夫ですか、お嬢様。一体なにをしでかしたのですか?」
「テュッテ。そこは『なにがあった』じゃないのかしら?」
ホッと一息入れて、自分が地上に出てきた出入り口を眺めていたら、テュッテがちょっとおかしなニュアンスで聞いてきたので、訂正してみた。
「では、あの崩壊はあちらに非があると」
「いいえ、私がしでかしました。すみません」
ごもっともなテュッテの返しに、私は即行で自分の非を認めて謝る。
「だぁって、あの母胎にマジックアイテムがくっついてるなんて思わないじゃない」
「なるほど、あの崩壊は装置の誘爆によるものなんだね。最初に見た装置の派生系かなにかかな。とにかく、あれが人工物である可能性が濃厚のようだね。人工物か……それはとても興味深い。サンプルもいただいたし、これはカイロメイアに着いたら、知り合いの伝手を頼って調べてもらおうかな」
私が言い訳がましく説明すると、シェリーさんは持っているサンプルとして拝借していった卵や肉片を眺めてほくそ笑んでいた。その笑みにはシェリーさんの内なるマッドサイエンティストが感じられ、私はゾワッとする。
(なんだかんだでシェリーさんも魔工技師、こういう創作物には興味あるのかな。まぁ、変な方向へ転げ落ちないことを切に願うけど)
『いやぁ~、いろいろあったけど終わってみればハラハラドキドキして楽しかったわ。これが冒険ってやつなのね。さぁて、次はどんな冒険が待ってるのかしら。ねぇ、次どこ行く、どこ行く?』
ふふふっと怪しげな笑みを見せているシェリーさんからなんとなく距離を置き、とりあえず危険は去ったとホッとしてみれば、興奮した精霊がまた頭が痛くなりそうなことを言ってきた。
「どこもなにも、もう寄り道せずにカイロメイアへ行くわよっ! さぁ、皆、カイロメイアへレッツ・ゴォォォォォォッ!」
私の周りをピョンピョン跳ねて催促してくる精霊を踏ん捕まえて、私は強引に次なる目的地に向かって歩き出す。
「メアリィちゃん、そっち逆だよ」
直後、シェリーさんに言われて恥ずかし気に踵を返す最後まで締まらない私であった。