寄り道です
『世界とは、これほどまでに広く、美しいモノなのね』
大森林広がるパノラマ風景を目に、全身をマントとフードで隠している怪しい小人がキョロキョロしながら言葉を漏らす。
閉鎖された空間に留まっていた人が外の世界を見た感動的な台詞に私は胸を打つ、はずなのだが……。
「感動してるところ申し訳ないけど、勝手にウロチョロするの、もう止めてくれます? 完全に道に逸れて、もうここがどこだが分からないんですけど」
小さなマントの小人という名の精霊樹が操るマンドレイク亜種……肩書きが長いな、に振り回されること一日。最初の方は「そうかそうか、良かったね」と私も感動を分かち合っていたのだが、シェリーさんが道が分からなくなりそうだと吐露した時点で、精霊の行動を抑止しようとする薄情な私がここにいた。
『だぁ~いじょうぶよ。迷ったって私は生きていけるから』
「あなたが良くても、私らが困るのよ」
ケラケラと楽観的に笑う精霊に私は半眼になって抗議する。
ちなみに、なぜマントとフードで姿を隠しているかというと、マンドレイクがトコトコと歩いているのを他者に見られて変な騒ぎが起こらないようにするための配慮であった。
決して、私がその姿を見ると猫と化していつまで経っても威嚇し続けるからではない……たぶん。
「まぁ、私が知っている道からは完全に離れたけど、カイロメイアから逆方向へは向かってないから、一応近づいていると言えば近づいているから大丈夫だろっ」
ここにも楽観的に笑うエルフが一人いたのでござる。
もうこうなってくると、私もなんだかやけくそになって、どうにでもなれって思えてくる。ので、私も現状を楽しむことにした。現実逃避じゃないよ……ほんとだよ。
「えぇ~い、こうなったら今を楽しむことにしよう。とはいえ、代わり映えしない風景には飽きたわね。せっかくだしもっとこう、おぉ~と思える風景が見たいわ」
「おぉ~と思えるとはどういったものでしょう?」
現状の心配事を投げ捨てて、私が我が儘な要望を言うとサフィナが首を傾げてきた。
「そうねぇ、こぉ~、観光名所っていうか、遺跡みたいな古くて神秘的なものとかないかしら?」
古代遺跡の件でつい最近、エラい目に遭ったにも関わらず、懲りない私。いや、これはリベンジなのだ、リベンジ。
『ま~たそんな我が儘言ってぇ、メアリィったら皆を困らせちゃダ・メ・だ・ぞっ☆』
「離して、テュッテ、後生だから。こいつだけは、こいつだけはぶん殴ってでも分からせてやるのよっ」
今の今まで我が儘し放題で皆に迷惑かけまくった張本人が、可愛らしい仕草で私を窘めてくると、どうやら私は無意識のうちに拳を振り上げていたみたいだった。
後ろからテュッテに羽交い締めにされ私は行動できないでいる。いや、まぁ、私なら簡単に振り解けるんだけど、テュッテにそんなことして怪我でもさせた日には私は私を許さないだろう。だから、抗うことはしないのだ。
『あらあら、聞き入れてくれないからって癇癪を起こしそうになるなんてお子ちゃまねぇ。まぁ、仕方ないわ、お姉さんがちょっと聞いてみてあげようかしらね』
テュッテに押さえられている私を見て、精霊は私が駄々を捏ねようとして押さえられているとおもっているみたいだった。そう思うと、なんか悔しいので私は振り上げた拳を下ろすことにする。
それに、無い物ねだりをしたのに意外にも精霊が協力してくれ、なにやら探してくれるみたいだったので、興味がそちらに移っていた。
「聞く? いったい誰に?」
『決まってるじゃない、そこら辺に屯している木々達によ。それ以外に誰に話しかけるってのよ』
私の疑問に、なにを当たり前なことを聞くのかとヤレヤレといった感じでジェスチャーをしてくるこの小人。
(いや、私の常識に木に話しかけるという非常識な選択肢はないんですけど……)
などと言ったものなら不貞腐れるか、駄々っ子になるか、ブチ切れるか、とにかく面倒臭くなるので、私は心の中に止めて黙っておく。
精霊はピョンピョンと弾むように移動して、近くの大木になにやら話しかけていた。
数分後――。
『おうおうおう、この私を誰だと思っているのよ。あんま舐めた口聞いてっと後悔することになるわよぉおぉ』
なにやら、不穏な空気が漂ってきたでございます。
しかも、あの精霊ときたらちょいちょいと手を動かして、私達を呼び寄せる始末。
『まぁ、私は寛大な心を持っているから、田舎者扱いとか暴言の数々を聞かされても、すぐにはキレたりしないけど……血の気の多いうちの若い衆はキレやすくてどうなるか分かったものじゃないわよ』
(えっと……なんかどっかの堅気じゃない人達みたいな言い回しで私ら舎弟みたいになってないかしら? き、きっと気のせいよね、うんうん)
『こいつは切り刻むのが大好きで、お前達などあの刀? で一刀両断しちゃうかもしれないわよ。あっ、でも私が止めれば止めるけど、あっちはそうもいかないわね。なんたって蹴り一発であんた達など木っ端微塵にしちゃう狂戦士なんだから。今も粉砕したくてウズウズしている危険な子なのよっ』
「異議ありっ! 私の例え、サフィナより非道くないっ!?」
「まぁまぁ、メアリィちゃん。これは植物世界(あっち側)の交渉術かもしれないから黙っておこうよ」
どんな会話が繰り広げられているのかよく分からないけど、精霊の説明に異議申立てする私の横でシェリーさんが制止してきた。精霊は精霊で私の異議申立てなど聞く耳持たずに会話を続けていく。
『ほらほら、すでに爆発寸前よ。隣のエルフが抑えていないと、今すぐにでもあなた達に飛びかかりそうね。そうなったらもう、私には止められないわよ。さぁ、どうする? まだ穏やかに生きていたいでしょ?』
私が外野でキャンキャン吠えてたら、それまでもが利用されて、私の印象がさらに悪くなっていく始末。なので、私はこれ以上誇張されないように、ぬぐぐぐっと唸りながらも堪えるのであった。
「お嬢様、それではかえって、爆発寸前なのに待てと言われて、歯がゆく我慢しているように見えますが」
私の行動にダメ出ししていくるテュッテに、もうどうして良いのか分からなくなり、私は変に反応せずスンッとなってそのままでいることにした。
『そうそう、良い子ね。最初からそうやって話せば、私も手荒なことはさせないわよ』
すると、話は進展したようだった。なにが決め手だったのか、考えたくないので心を無にして事の成り行きを見守る私。
『ふ~ん、とっておきの情報ねぇ~。ふむふむ、そんな遠くないところに秘境というか、かなり古い時代の遺跡があるのね。へぇ~、人もちらほら来ているみたいだから人ウケは良いんじゃないかって。ふぅ~ん、分かったわ』
「あのぉ、ちなみになんだけど、そこに吸血鬼とかいたりする?」
知名度の低い古代遺跡と聞いて私は確認しなくてはならない使命感にとらわれ、思わず質問する。
私とテュッテはその言葉の意味を理解しているが、他の者達は事情を知らないので一斉に首を傾げていた。
『ん? いや、違うみたいよ。いないんだって』
精霊は私の確認事項に興味はなかったみたいで、そう答えるとそれ以上は聞いてこず、チョコチョコと目的地へ歩み始めた。
「どうします、メアリィ様?」
「せっかくだし、観光がてら見に行きましょう。マギルカ達への土産話になるかもしれないし。良いですよね、シェリーさん?」
「ああ、構わないよ。こんな所に遺跡があるなんて私も知らなかったから興味はあるね。掘り出し物とかあると嬉しいなぁ」
心配そうに聞いてくるサフィナに私は答え、シェリーさんに同意を得ると、さっそく精霊について行くのであった。
そこは草木が鬱蒼と生い茂り、遺跡があると分かってないと、気にすることなくそのまま通過しそうなるほど風景に溶け込んでいた。
なにか目に引きそうな建築物もなく、全てが風化して崩れ去っており、私がイメージしていた遺跡とは程遠い様相である。
「……かなり古いもののようだね。これは確かに見つけ難そうだ」
『こぉ~んなつまらなさそうなモノが見たかったの、メアリィは?』
「いや、私としてはもっとこう、建造物や像とか歴史を感じるものを期待してたんだけど」
シェリーさんだけがテンション上げ気味に周囲を調査し始め、どうして良いのか分からない私達はそれを目で追いながら会話をするという状態になっていた。
「ファルガーくんなら嬉々して調べるところだろうけど、私は専門外だからここがなんなのかよく分からないね。なにか面白そうなものでもあれば良いんだけど」
「遺跡に面白さを求めないでください。そういう場合は大抵禄なことにならないから」
シェリーさんは人工物らしきモノに手を触れながら、例のマッチョ考古学者の話をする。が、ついでに物騒なことを言ってきたので私は心配になって釘を刺しておいた。
『ねぇねぇ、メアリィ達。こっち来て、来て』
すると、いつのまに移動していたのか、精霊が離れた場所、少し開けた空間の真ん中にピョンピョン跳ねながら私達を呼び寄せてくる。
「どうしたの、なにか見つけた?」
私はやることがないのでとりあえず精霊に近づくと、サフィナもテュッテもそれに習った。
『見つけたわよっ。ちょっとここで三人とも跳ねてくれるかな?』
嬉しそうに言う精霊に、私達は互いの顔を見ながら首を傾げあう。が、精霊がまた臍を曲げたり癇癪を起こさないように、とりあえずピョンッと跳ねてみた。
なにも起こらなかったので、私は再び少し高めに跳んでみる。
サフィナとテュッテも私に習って飛び跳ねだした。
「っで、これでどうなるの?」
『底が抜ける♪』
「「「えっ?」」」
私の質問に底抜けの明るい声で精霊が答え、三人揃ってピョンピョン跳ねながら聞き返す。が、すぐにはなにも起きなかった。
『チッ、崩れないか。三人もいれば重いからすぐに崩れると思ったのに』
「重いとか言うなっ! レディに失礼でしょっ」
口惜しそうに舌打ちしながら精霊が失礼極まりないことを言ってきたので、私達に悪戯しようとしたことより、そっちの方に私は思わず抗議する。
「なにをしてるんだいっ、私も交ぜておくれよっ!」
そして、やれやれと呆れながらジャンプするのを止めると同時にシェリーさんが柱らしきモノを調べていたのか、そこの上からダイナミックにジャンプして私達の間に着地してきた。
それを皮切りに私達が立っている場所がゴシャッと音を立てて崩れ出す。
「テュッテッ!」
私は咄嗟に側にいたテュッテを抱き寄せ、横に飛ぶ。視界の端にサフィナも反応しており、私と同じようにその場から素早く離れていた。
そして、私が最後に見たのはその場で落ちていく小人とエルフの二人。
(うん、まぁ、自業自得ということで……)
とはいえ、心配なので慌てて駆け寄り穴の中を覗き込むと、さほど深さはなく、シェリーさんもお尻を擦る程度に済んでいた。
『なぁぁぁんで、私が落ちなきゃいけないのよっ! せっかく、こっそりとここが脆いって聞き出したのにぃぃぃっ!』
駄々っ子のごとく地面に寝転がってバタバタの手足を振る精霊。誰にそんなこと聞いたのか聞かなくても分かるが、まぁ、しょうもないことに巻き込まれなかったと周りの木々を見ながら安堵し、私は落ちた二人の先を見る。
そこは明らかに人工的に作られた通路になっており、どうやらそこは地上のように完全に風化しておらず、まだその形を残していた。
「地上にあった遺跡の地下バージョンというところかしら?」
「いててて……う~ん、そのようだね。おやっ、これは?」
穴を覗きながら私が感想を述べると、シェリーさんがお尻を擦りながら、辺りを見回しなにかを見つけたみたいだった。
「どうしました?」
「いや、なんかこの壁に掘られている記号のようなもの……どっかで見たようなって……う~ん、なんだっけ、カイロメイアだっけか?」
シェリーさんは壁を見つめながらう~んと首を傾げている。彼女の物忘れは今に始まったことではないので、大して気にすることもなく私は下へ降りることにした。
降りた先は地下通路の途中らしく、一本線になっており、どっちかに地上へ続く出入り口があるかもしれない。
『よぉし、こっちへ行ってみよう。なんか怪しげな香りがするわ』
精霊が我先と片方向へ進んでいくが、彼女の発言に私の足取りが鈍る。
「大丈夫なんでしょうか? 精霊様、変なこと言ってましたけど」
私が渋るのを見て、サフィナが心配そうに尋ねてきた。とはいえ、ここまでせっかく来たのだから、先に進みたいという好奇心もある。
『わあ~お、なにこれぇ、変なモノがあるぅっ』
そして、精霊の驚きの声を聞き、私の好奇心と不安でぐらつく心の天秤が好奇心へと傾くのであった。
「精霊が心配だし、一人にさせられないからね。仕方なく、そう、仕方なく見に行こうかしらっ」
などと、とりあえず精霊のためだからと自分を正当化して私は精霊の後を追う。サフィナもテュッテもそんな私を察して、なにも言わず顔を見合わせた後、私について来てくれた。
「それでっ、なにがあったのかし、らぁあ?」
ちょっぴりウキウキ気分で精霊がいる部屋らしき空間へと入り、私はそこの風景を見て声が裏返る。
そこは遺跡とはかけ離れてなにやら怪しげな実験をしているような施設だったのだ。
(この風景、どっかで見たことあるわね。あっ、そうそう、合成獣事件の時、マギルカを追って入っていった砦跡の地下みたいだわ)
「こ、これは……大変興味深いマジックアイテムの数々。ここの遺跡はこんなに文明が発達していたのかな?」
私が思い返していると、後から来たシェリーさんが室内の設備を見て驚愕していた。彼女の発言から私は、あの砦跡にあったモノがここに移された、から、ここにあったモノがあの砦跡に移されたという可能性に気づく。
それを証明するかのように、鎮座している装置に不自然な空間がいくつかあった。あれは元々あったモノを持ち出したような感じである。
まぁ、それはさておき、現状の問題はというと……。
「……私ら、不味いモノを見ちゃったのではないかしら?」
「そうなのですか?」
無理もないが合成獣事件に詳しくないサフィナは私の質問に、いまいちピンと来ていないみたいだった。
シェリーさんに至っては魔工技師としての職人魂がくすぐられたのか、目を爛々と輝かせて、マジックアイテムを隅々まで見回していて、聞いていない。しまいには、サフィナを呼んでなにやら手伝わせる始末であった。
幸いなことにここには誰もいないみたいで、私達がはしゃいでいるにも関わらず、今のところなにもアクションがない。
調子に乗ってこのまま探索するべきか、このまま見なかったことにして立ち去るべきか、再び私の心の中の天秤が揺らぎ出した。
『ねぇねぇ、メアリィ。ここから怪しい香りがするのよね。ちょっと探ってみようよっ』
「私は今、このまま立ち去ろうという側に傾きつつあるのよ。変な茶々を入れないでくれる」
『ふ~ん、あ~、そういう態度で来るんだ。ふ~ん、はぁ~ん……ああ~あ、羽織ってるもの脱いじゃおっかなぁ~。はぁ~、暑い、暑い』
精霊が聞きたくないフレーズを込めて提案してくるので、私は自分の中での会議の途中経過を報告する。すると、彼女は私が逆らえないだろう行為をわざとオーバーリアクションでアピールしてきた。
(いや、あなたに暑いという概念があるとは思えないんだけど)
とはいえ、再びあのトラウマを見せられたら、私が威嚇し続けて話が進まなくなるのは明白だ。加えて、私の精神衛生上宜しくない。
なので、選択肢は一択しかなくなり、私ははぁ~と深い溜め息を吐いた後、重い足取りで精霊が示す場所へと歩いていく。
「っで、ここ? ただの壁にしか見えないんだけど」
『そうそう、そこから臭うのよね』
「臭うって言われても、私にはこれといっておかしな臭いはしないんだけど」
『ちっちっちっ、分かってないわね、メアリィは。比喩よ、比喩。元が草木なんだからそっちの方がそれっぽい表現じゃない。大体、操ってるだけの私に臭いなんて分かる訳ないでしょ、このお・ば・か・さ・ん☆』
「ぶん殴っても宜しいでしょうか?」
「お嬢様、聞いたら許されるわけではありませんよ」
結局私は精霊から煽られる形になって、拳を振り上げる前に後ろで止めようとするテュッテに許可を得ようとする。が、ダメのようであった。
『ほらほら、バカなこと言ってないで調べてみてよ。ほれほれ、押したり引いたりしてみてさっ、そんくらいおバカなあなたにだってできるでしょ』
なぜにこの精霊は一言余計というか、なんというか、私の中のモヤッと感が絶賛増幅中のなか、そうとも知らずに煽ってくるのだろうか。
なので、こう、魔が差したというか、これでもかと押してなにもなかったことを煽り返してやろうかとか、そういった邪念が私の中にチラッと出ても、それは人としてしょうがないことではないのだろうか。
そう、私が気持ち強めに壁を押してみたのは仕方がないことなのだ、うんうん。
結果――。
バコッ!
なにかが壊れたような鈍い音を立てた後、壁は両開きの扉サイズに綺麗なヒビを作って私に押し出されるのであった。
(わ、わわわ、私のせいじゃないわよ。私のような華奢な少女がちょこ~と強めに押しただけで壊れるなんて、そんなこと……きっと、崩れかけて脆かったのよ。うんうん、脆かったのっ、そ、そうに違いない、そうであってください、お願いします)
などと、犯人は心の中で訳の分からない供述を続けるのであった。