カイロメイアにて
精霊樹での出来事の後、シータは無事にカイロメイアへと戻っていた。それからはマギルカ達を歓迎し、お勧めの宿屋を用意して、彼女達の面倒を積極的にみることにしている。
なんと言っても自分を助けてくれた一行だ。せっかくカイロメイアを訪れてくれたのだから、気分良く旅をしてもらいたい。
そう思うシータではあるが、そこに少しだけマギルカという聖女への憧れが含まれていたのは言うまでもなかった。
さらに、マギルカ達が変に気を使わないように、自由に動けるように配慮しようとシータは、氏族長の養父やトーマス司祭に紹介し、そのときマギルカとスノー達を見てなにかを言ってくる前に「彼女は白銀の聖女ではないと否定してるから、そこら辺は言及しないように」と釘を刺しておいた。
まぁ、その先走りのせいで却って氏族長達に意識させてしまったことをシータは知らないのであったが……。
とはいえ、浮かれているわけにはいかないのが現状である。
なぜなら、オルトアギナの書が正体不明の集団に盗まれたままなのだからだ。いや、正体不明ではなく、古カイロメイア時代を取り戻そうとしている集団とあの仮面は言っていた。
ならば、あの集団はここカイロメイアに縁のある者達で間違いないだろう。
現在、それを踏まえて氏族長とレイチェルはもちろんのこと、司祭とマギルカ達を集めて話し合いをしているところだった。
なぜ司祭とマギルカ達が同席しているかというと、司祭の方は単純にギラン絡みであり、マギルカ達は仮面の男がマギルカや王子を見た反応からして全く無関係ではないとシータが判断したからだった。
とはいえ、カイロメイアの問題に無関係の旅行客であるマギルカ達をさらに巻き込むのはかなり抵抗があったが、彼女達に話すと快く了承してくれ、ここでもまたシータの中の「さすがっ!」ポイントが上昇していったのは内緒である。
今は用意された席に王子とマギルカが腰掛け、後ろにザッハが控えている。彼だけ後ろに立っているのは、いついかなる時もすぐに行動できるように、だそうだ。
まぁ、マギルカに「話聞いても、あなたはちんぷんかんぷんだろうから聞かれても困るしね」と茶化され「うるせぇ」と不貞腐れ、王子が「まぁまぁ」とフォローに入っていたのだが。
その光景を見てシータは、こういう関係性も聖女物語としてはありなのかなと、ついつい物語目線で見てしまう。
ちなみに神獣達はここにはおらず、どこかへお出かけ中らしい。これもなにかの布石だろうかと、変に考え出すシータであった。
「……そ、それでお養父さ、コホン……氏族長の方の調べはどうでしたか?」
まぁ、そんなこんなで話し合いが始まり、シータはマギルカが見ているという謎の緊張感からか、変に畏まってしまいカイロメイア側の人達は「どうした?」と首を傾げていた。
「ふむ……司祭とともにギランの家に行ったのだが、内部は意図的かそれとも焦っていたのかかなり荒らされていて、今回の件について繋がる情報を手に入れるには時間が掛かりそうだ」
「そうですね……おまけに関係者の方々の行方が分からなくなっている始末です」
が、そこは皆、大人なので冷やかすことなく話を進めていく。
「例の集団の仕業でしょうか。あまりにもタイミングが良すぎますですわよね」
「……シータ、リラックス、リラックス。変に畏まっておかしな言葉遣いになってるわよ」
人間、慣れないことはしてはいけないのだろうか。シータの後ろに控えていたレイチェルに宥められ、マギルカを見てみればなにか微笑ましいモノを見ているかのような仕草だったので、恥ずかしくなって咳払いで誤魔化すシータであった。
「例の集団か……」
「お養父さんはその集団のこと知ってるの?」
う~んと腕を組み呟く氏族長に、却って恥ずかしい思いをするのは嫌だとシータはいつも通りに接する。
「ああ、集団というか組織というか、私が幼い頃は噂程度で、いるのかいないのか分からないくらいだった。だが、シータの父、先代司書長時代くらいからその存在が明るみになってきたような気がするな」
「彼らは古き時代を取り戻すと言ってましたが、ここカイロメイアは今と過去ではなにか違うのですか? ここはかの階級魔法の存在を解き明かし、この地の様々な摂理を発見していった知識と探求の町ではないのですか?」
氏族長の話に王子が質問してくる。確かに、部外者がぱっと見の様相でなにが変化したのか分からないだろう。
景色や体制が変わったのではないのだ。違うのは我々カイロメイアの住人かな……とシータは自身がもたらした無力さを噛みしめる。
さらに言うと、シータが大書庫塔を掌握できないのと同様に、ここの住人達は、過去のように新たな発見、学説、そういった様々なものを世界に発表できていなかったのだ。
昔はできたのに今はできない。
この一言に尽きるといった感じである。
その辺をシータは、おそらくこうだろうと自分を例にして王子達に説明した。
「なるほど……過去の知識と技術が失われた、と……失礼ながら、なぜそのようなことに? 歴史など、様々なモノを記録することの必要性は理解しているはずでは」
「そこら辺も分からんのだよ。これは主観なのだが、ある日を境に過去の全てを捨て去った……そんな感じがしてならないのだ」
王子の質問に氏族長が腕を組んで首を傾げなから唸るように答えてくる。
「ということは、彼らはその失った過去の時代を取り戻そうとしているということでしょうか? 聞いた感じでは、別にこそこそと隠れてするようなことではない気がするのですが」
「う~ん、言われてみるとそんな気がするが、こそこそとしなければならない理由がなにかあるのかもしれないなぁ」
「まぁまぁ、彼らの思惑などはこの際置いておいて、今、はっきりしていることをしようじゃありませんか。司書として奪われた書を取り戻す、これじゃないのですか、シータさん?」
王子と氏族長の会話に割って入った司祭は、話題を変えシータへと話を振ってきたが、ふと昔のことを思い出していたシータは、すぐ様反応できなかった。
「シータ?」
「へ? え、あっ、う、うん、なにかしら?」
「目下の目標は書の奪還だよねって話よ」
ボーとしていたので後ろに控えていたレイチェルに耳打ちされたシータは慌てて対応する。
シータがボーとしていたのは、王子が言った「失った過去の時代」。そのフレーズをシータは以前にも聞いていたことを思い出したからだ。
遠い記憶。まだシータが事の善悪も分からぬ幼かった頃、今は亡き先代の司書長、つまりはシータの本当の父親から同じ台詞を聞かされていた。
『失った過去の時代を取り戻してはならない。我々は我々の力で今を、未来を歩いていかなくてはならない』
なぜ今、それを思い出したのかシータ自身も分からなかったが、その心に父の言った言葉がズンッと来て、自身が進む方向を示しているみたいに思えてくる。
「そうね。まずは、オルトアギナの書を取り戻すっ! 他の問題はその次よっ」
「そうなると、やはり『リグレシュ』の動向を探るため、彼らを追わないといけないわね。彼らが書をどこへ持っていったのか調べないと」
シータが今後の指針を打ち出すと、レイチェルがそれに続いて話を整理し始める。だが、その話にシータは引っかかりを覚えた。
「リグレシュ?」
「え? あっ、例の集団のことよ。昔はそう呼ばれていたと父、じゃなくて、氏族長から聞いていたから」
シータが引っかかった部分を復唱すると、それに気がついたレイチェルが慌てて補足してきて、氏族長を見るとそうだというように頷いてくる。
「リグレシュ、か。ボクらの学園で騒ぎを起こした者がまさかカイロメイアに縁のある者だったとは……」
王子の話にシータも興味があり、話せる範囲で情報を求めたところ、どうやら合成獣というのが深く関わっていたようだった。
その説明に仮面の男が言っていた「魔法少女」というワードが出てこなかったが、やはり聖女となにか関係があって伏せているのだろうかとあさっての方向へ考え出すシータ。
「合成獣……町を騒がせている例の謎のモンスターが、もしかしたら合成獣ではと話していた矢先に。この件についてもリグレシュが絡んでいる可能性が出てきたな」
王子の話を聞いて、氏族長が難しい顔をして唸る。
「あの……話が変わるのですが、聞く限り殿下達はリグレシュ……でしたか、彼らを追ってカイロメイアまで来たというわけではないのですね?」
唸る氏族長は置いといて、今度は司祭が王子に質問、というか確認してくる。
「ええ、ここへはあくまで勉学のために来た、はずなんだけど。まさか、こんなことになるとは……」
司祭の質問に困った顔で王子は答えると、隣に座るマギルカを見る。見られた彼女は目を閉じ、コホンと一度咳払いをして、澄まし顔をしていた。
その行動からシータは今回の訪問が王子の考えではなく、他の誰かだということに気がつき、では誰なのかというところで、なぜかかの聖女様へと勝手に結びつけていくスタイルを取る。
そう考えた瞬間、果たして本当に言葉通りなのかと、シータの中だけで勝手に物語が盛り上がっていった。
司祭もなにか思うことがあったのか少し沈黙の後、そうですかと笑顔で話を終わらせる。
今後のことも話し、現在までの情報を共有できたみたいなので、一同は一旦話し合いを終了させ、各々行動に移る。
シータは席を立ったマギルカ達の元へと駆け寄った。
「こちらの我が儘で話し合いに同席してもらっちゃって、ありがとうね。殿下達はこれからどうするの?」
「そうだね……とりあえず、別れた仲間が到着するのをここで待とうかな。紹介してくれた宿屋にしばらく滞在させてもらえると嬉しいんだけど」
シータが王子に今後の行動を聞いてくる。端から見ると、なんだか彼らの行動を探っているようにも見えるが、彼女からしたら単なる好奇心からくる質問だった。それを感じ取っていたのか王子も普通に答えてくれる。
「そりゃあもう、どんどん滞在してくれて構わないわ。数日どころか何ヶ月だって構わないわよ。費用はこっちで払っちゃうから気にしないで」
調子に乗って大盤振る舞いに言ってしまったシータは、はたと気づいて後ろに控えるレイチェルをコソッと見ると、彼女はなにも言わずやれやれといった感じでなにかが書かれた書類を見始めていた。おそらくは、予算表かそれに似たものだろう。そんなレイチェルを心の中で感謝するシータ。
「そこまで時間が掛かるとは思わないけど、とりあえず心遣いには感謝するよ」
「とはいえ、あのメアリィ様だぜ。どっかで寄り道とかしてるかもよ」
「そうかもしれませんわね。でも、それは彼女の思惑あっての行動かもしれませんよ」
「たぁ~しかに」
シータと王子の会話にザッハとマギルカも加わってくる。その中でまた「メアリィ」という名が出てきて、さらにはマギルカの含みある言葉に納得している二人を見ると、シータはその謎のメアリィという少女にもチラッと興味が湧いてくるのであった。