聖女?
水滴が頬を濡らし伝っていく感触でシータはうっと声を漏らして目をゆっくりと開けていく。
最初に見えたのは暗い岩肌の天井だった。
どうやら自分は仰向けになって寝ているのだと自覚するのに若干時間を有すると、現状を確認したくて頭を動かす。
「おっ、気が付いたみたいだな」
すると、近くから少年の声が聞こえてきて、シータのぼんやりした意識が一気に覚醒した。反射的に声とは逆の方向に転がって上体を起こすと、相手を確認する。
「おお、それだけ動けたら大丈夫そうだな。いやぁ~、大量の蔦に絡まれてぶら下がっているのをリリィが見つけたときは、さすがに驚いたよ」
少し離れたところに立っていた少年は全く危機感のない笑顔でシータにそう言ってきた。
見た感じ人族で年の頃は13、4くらいだろうか、武装から戦士タイプだと推測できる。
彼の話から、自分はあのとき地下へ落ちたが運良く蔦に絡まれ怪我はなかったみたいだった。そして、リリィという名の誰かに見つけられ、彼に助けられたというところだろうか。
ふと、シータは負傷した足が応急処置されていることに気が付く。
「あっ、それ、学園で一応習ったんだけど上手くできなくてな、痛むか?」
「え、あっ、ううん、大丈夫。助けてくれてありがとう、私はシータ。あなたは?」
相手の警戒心の無さに釣られて、シータもついつい普通に接し始める。
「俺はザッハ。礼を言うなら見つけたあいつに言ってやってくれ」
そう言うとザッハと名乗る少年はクイッと親指である方向を指す。そちらに目をやってみれば、少し離れたところで地面を走る虫に興味津々の一匹の猫……いや、よく見るとそれは可愛らしい子供の雪豹だった。
さらに、シータを驚かせたのはその豹から感じられる魔力の大きさである。そこいらにいる動物などとは比べものにならない量の魔力を感じて、シータはその子がただの豹ではないと直感した。
「あ、ありがとう。えっと……リリィ、ちゃん? くん?」
「女の子だって聞いてるぜ」
困ったようにシータがザッハの顔色を伺うと、彼はシータがなにを聞きたいのか察してあっけらかんと答えてくる。
自分が呼ばれたと気が付いたのか、リリィが虫を追いかけるのを止めて、こちらを見てきた。
かと、思えば再び視線を別の方へと動かすので、シータも釣られてそちらを見る。
「どうやら彼女、目が覚めたようだね」
暗い洞窟の中で天井から光が射し込んでいるところを見つめていると、そこを潜るように金髪の少年が姿を現す。
見た感じこちらはザッハと違って戦士というより貴族のような品格を感じさせていた。
「マギルカ嬢、目覚めたみたいだよ」
そんな彼がシータを確認すると、後ろを振り返って誰かを呼ぶ。
すると、なにか大きなモノが彼に向かってノシノシと近づいてきた。
「!」
その光景を見たとき、シータは息を止め、その胸がドキンッと大きく高鳴る。
降り注ぐ一筋の光から現れた大きな白い豹。
その大きさに驚いたのではなく、その魔力、その神聖さに圧倒されたのだ。一目見ただけでそれがただの獣ではなく神獣の部類であると認識する。
そして、極めつけがその背に慎ましく座る一人の少女であった。
神獣と少女。
その組み合わせにシータの視線は釘付けになる。
まさに、それは最近読んだ本の物語に出てくる「あの人」を彷彿させていたのだ。
「白銀の……聖女様……」
驚きと感動のあまり、思わず口に出すシータの声は小さく、誰にも届かなかったみたいで、誰にもそれについて返答がなかったが、シータはそんな彼女が金髪だということに気が付き、少し冷静になってくる。
違うのか。いや、自分が読んだのは史実ではなくあくまで物語だ。
白銀の聖女がもしかしたら実在しているというのも、噂の範囲であり、正確な情報ではない。
仮に実在をモチーフにしたとしても、容姿などの詳細な情報は変更したのかもしれなかった。もしくは、白銀の聖女の白銀はその白い神獣の方にあるのかもしれない。
とにかく、確かなことは目の前に神獣とそれに跨がる少女がいるということである。
厳格で神聖な神獣が誰かれかまわずポンポンと自分の背中に人を乗せるようなことはしないと考えるシータは、その背に座る少女が只の少女ではなく、神に選ばれし者ではないかと勝手に思いこむ。
まぁ、神獣、というかスノーからしたら、乗せる乗せないにこれといって拘りというか、ポリシーなどはなかったのだが……。
そんな中、少女と目が合い優しく微笑まれると、なぜか憧れの人に会ったみたいで、ドキドキが大きくなり慌てて身だしなみを気にし始めるシータであった。
「良かったです。周囲を見回っていたので側にいられず申し訳ありませんでした。ザッハは失礼なことを言ってませんでしたか?」
「おい、それはどういうことだよ、失礼な」
「だってあなた、男女関係なく接してくるでしょ。男の子にとってはどうでも良くても、女の子にとっては失礼なときがあるのですわよ。覚えておきなさい」
「そ、そそそ、そんな、滅相もございません。わ、私はシータと言います。この度は助けていただいてなんとお礼を言って良いのやら」
二人が自分のことで要らぬ口論にならないように、シータは慌てて答えるのだが、目の前の少女を勝手に聖女と勘違いして恐縮するあまり、敬語になっている。
「そんなに畏まらなくても良いのですよ。年下の人を相手にしているようなくだけた感じで構いませんわ」
ガチガチに固まる姿をまるでどこかの友人を見るような瞳で落ち着かせてくるマギルカにシータは気恥ずかしくなって、一度深呼吸して心を落ち着かせることにする。
「あ、あのぉっ! あなたはあの白銀の聖女様ですか?」
否、落ち着いてはいられなかった。
空想の中とはいえ一種の憧れでもあったあの聖女が今自分の目の前にいる。そう思ったら、シータの心が落ち着くはずもなく、却って暴走し始める始末。
マギルカ達もまさか初対面の相手に、そんなことを聞かれるなんて思いもしなかったのか、ポカ~ンとしていた。
「コホン……いいえ、私はそのような名で呼ばれるような人間ではありませんわ。私のことはマギルカとお呼びください。こちらはレイフォース様、そして、神獣のスノー様とあちらはリリィ様ですわ」
シータ以外の皆が唖然としている中、一人だけ動き出したマギルカが淡々と自己紹介してくる。
違うのかなとシータは一瞬思ったが、周りの反応に「なにを言っているのだ?」という不思議そうな感じよりも「なぜそれを知っているのだ?」という驚愕そうな感じがしたので、もしかしたら隠したいのではないかと勘違いをさらにステップアップさせていく。
そういえば、物語の聖女も、自分の正体を頑なに隠そうとしていた描写があったことをシータは思い出す。
まぁ、実際のところマギルカ達はメアリィが言う「スノーといるから聖女に間違われる」理論が思いも寄らないところで実証されそうになって驚いていただけなのだが……。
「シータさん、失礼を承知で聞くのだけど、なぜあのような状態に?」
レイフォースも話に加わり強引に話を変えてきたが、シータにとっては至極当然というべき質問を投げかけてきたので答えない理由はない。
「あぁぁぁっ、そうだった。私、追われていたんだわっ!」
聖女という驚くべき存在に出会って、他のことを蚊帳の外に追いやっていたシータはやっと自分の現状を再認識するに至った。
「追われている、誰に?」
シータの素っ頓狂な声に近くにいたザッハが反応する。
「分からない。でもなんか向こうは私のこと知ってそう……」
あまりに自然な流れで話しかけてきたのでシータも普通に返答してから、自分が無関係の人間を危険の中に巻き込もうとしていることに気が付き、言い淀む。
「ご、ごめんね。よく考えたらこのままじゃ、あなた達まで危険にさらされちゃうよね。た、助けてくれたお礼はしたいんだけど、またの機会に」
そう言うと、シータはマギルカ達から離れようとした。
「そうですか。やはり見つけた場所から離れたのは正解だったのですね。とはいえ、ここでゆっくりとおしゃべりをしている暇はないみたいです」
「そうだね。メアリィ嬢達を待ってたけど、合流できそうな気配はないからこちらも動いた方が良いのかな」
「でも、道が分かんないぜ。とりあえず、シータに付いてくか?」
シータが離れて歩き出すと、なぜか後ろを付いてきてマギルカ達はなにやら相談をし始める。
「え、えっと……皆、私の話聞いてた?」
「はい、もちろんです」
戸惑うシータにマギルカが笑顔で答えてくる。
「では……リリィ様、行きますよ」
そのままマギルカは出発の意志を周辺で探索しまくっているリリィに伝えると、リリィは彼女の方を見て、トトトトッと走り寄っていき、その膝に飛び乗った。
神獣の背に乗り、幼い神獣に懐かれている。その光景を目の当たりにして、シータはマギルカがどうしてこのような行動を取るのか直感した。
それは、聖女だから……。
困った人は見過ごせない。正に絵に描いたような行動をなんの躊躇いもなく当たり前のように実行しているその姿に、シータは一層、彼女への憧れの念を膨らませていく。
なので、シータはこれ以上、彼女達の行動をとやかく言うのは野暮だろうと思い、「ありがとう」と感謝を伝えるとそのまま歩き出すのであった。
「ちなみにシータは自分がどこへ向かっているのか分かっているのか?」
「まぁ、このまま地上に出て森を離れるくらいには……あっ、今更なんだけど、皆さんはどうしてここへ?」
シータの後ろからザッハが声をかけてきたので、前方を見ながら何気に返す。一人ではないというちょっとした安心感からか、シータも他人のことを気にする余裕が出てきて、相手の事情に踏みいってみた。
「シェリーさんにカイロメイアへの道案内をお願いしていたのですが、とある理由で精霊樹の鉱石を取りに来たのです」
「へ~……えっ、シェリーさんって、あのエルフで魔工技師で放浪癖のある、そしてトラブルメイカーの?」
「え、ええ、おそらくそのシェリーさんだと思いますわ。お知り合いで?」
マギルカの返答にシータは驚き、自身が知っているシェリー像を伝えると彼女もどう答えて良いのか分からなさそうに微妙な表情で返してきた。
「まぁ、知らない仲ではないわね。あの人にはいろいろお世話になりましたから、主に厄介事で……」
それ以外にも外の情報や憧れを提供してもらったはずなのだが、ふと思い出すのは厄介事だということにシータも苦笑いする。
シェリーの名前が出て驚いてはいたが、シータはそれと同様に驚いたのがマギルカ達がカイロメイアへ向かおうとしていたことだった。
確か、ファルガーからの手紙には白銀の聖女がカイロメイアに訪れるかもしれないと書かれていた。
そして、このタイミングで目の前の人がカイロメイアへ向かおうとしている。
これはもう、決定ではないのだろうか。
嬉しさと興奮で思わずそれについて聞こうとしたが、向こうも正体を隠している感じなのでここは空気を読んでグッと堪えることにする。
「カイロメイアだったら、私も案内できるよ。なんてったって私はそこにある大書庫塔の司書長なのだから」
えっへんと胸を張り、まずは自分の素性を明かしてあちらの警戒心を解いてもらおうとするシータ。
さすがにこの暴露には驚いたのか、三人がシータの方を見てきた。
「カイロメイアの司書長……が、なんでこんなところに?」
ドヤッているシータに向かって当然といえば当然の質問をザッハが投げかける。
「タハハ……お恥ずかしながら、ちょっとトラブルがありまして調査のためここに来たら、妙な連中に絡まれたってわけ……」
「お待ちください、シータさん」
こちらの不祥事なのでさすがにそこまで詳しく説明はしなかったが、責任者としてあまり威張れることではないのでシータは苦笑するしかなかった。
すると、ここで急にマギルカが静止を求めてきた。
「ど、どうしたの? 地上に出る道はこの先だけど」
驚いて足を止めたシータはマギルカを見ると、なにやら神妙な顔つきで前方を見つめていた。よく見ると、彼女が座る神獣も低い唸り声をあげて警戒している。
なにかあるのかと、シータはもう一度自分が向かう先を見つめたがこれといってなにもないように見えた。
「出てきなさい、隠れているのは分かっておりますよっ!」
マギルカの声が洞窟に響くと、暗闇の中にユラッと動くなにかが見えた。
「地上へ出るルートはここしかないだろうと待ち伏せていたのに……随分と勘の良い奴がいたものだな」
暗闇の中に浮かぶ白い仮面がその不気味さを増大させ、あまり驚いてない感じでこちらに語りかけてくる。
シータは全く気配を感じ取れず、自分一人だったら待ち伏せにあって捕まっていたかもしれないと、改めてマギルカと神獣の方を見た。
さすがは聖女。神獣と心を通わせているからこその成せる技なのかもしれないとシータは感激しているのだが、実のところ、メアリィと違ってマギルカはスノーとは会話できないので成せる技ではなかった。
最初に警戒したのはリリィとスノーで、それを近くで見たマギルカがなにかあるのではないかと空気を読んだだけなのである。
日頃からメアリィとスノーのやりとり、というか、メアリィの一人しゃべりなのだが、を客観的に見ていたり、スノーについてメアリィからどんな方なのか聞いているのでなんとなく察しただけなのだ。
出て来いと言ったのも、シータの現状を考慮して単なる当てずっぽうで言ったのであり、万が一なにもなかったとしてもそれはそれで気のせいでしたで済むので、彼女は実行したに過ぎなかった。マギルカ的には気のせいであって欲しかったのだが……。
「お前達か、シータを追いかけている連中ってのは?」
剣と盾を構えてザッハが一番前へと躍り出る。
「今回はイレギュラーだったが、まぁ、遅かれ早かれといった感じかな」
はっきりとしない言い回しだが、前々から陰ながら狙っていたということだろうかとシータは思い、身をブルッと震わせた。
「なっ、何者なの、あなた達は!」
「そうだな……古き良きあの頃のカイロメイアを取り戻そうとしている者達とでも言っておこうか」
「古き良き?」
仮面の男がすんなりと自分達の素性を明かしてはくれず、然りとて全く情報を与えないわけでもない微妙な返答にシータは首を傾げていたが、彼が持つ本を目にして今はそれについて考えるのを止める。
「それはそうと、オルトアギナの書を返してちょうだいっ!」
「これか? これは我々の目的に役に立つので、できない相談だな。これでやっと次の段階へ進むことが出来る。それに、お前もこの書とセットで連れて行くつもりだから本の心配をする必要は、ないっ!」
そう言うと、仮面の男が投げナイフをマギルカ達に向かって投げる。
この程度は警戒していたザッハが盾で容易に弾き飛ばした。
が、その瞬間、今まで姿を現さなかった他の黒ずくめ達がいつのまにやら距離を詰めていて襲いかかってくる。やたら、仮面の男がしゃべるなぁと思っていたら、自分に皆の注意を引きつけていたようだった。
そして、今の狙いはシータではなく、周りにいるマギルカ達のようだ。おそらく、シータ以外は皆殺しという考えなのだろう。
だが、こちらもそれを察していたらしく、マギルカ達はあまり驚いてはいなかった。
「だろうと思ったぜっ! マギルカは自分で何とかしろよ、スノーが付いてるんだからなっ」
「分かっておりますけど、なんだか言い方が失礼な気がしますわね」
「まぁまぁ、二人とも、今は集中して」
ザッハは皆から離れず、自分に迫る相手を落ち着いて盾と剣で牽制し、レイフォースが剣と魔法で援護する。
マギルカの方も神獣とともに、危なげなく残りの男達を相手にしていた。その動きと軽い会話のギャップが彼らの余裕を現しているかのように思える。
結局のところ、皆を巻き込んでしまったことを申し訳なく思うシータであったが、その場慣れした動きを見て考えを改めることにした。
さすがは聖女とその騎士。
きっと聖女と共に数多の事件を人知れず解決していったに違いない。
などど、勝手に解釈するシータであった。
強襲がまさかの失敗に終わり、動揺する黒ずくめ達は一旦距離をとる。
「……なるほど、思い出したぞ。見覚えがあると思えば、そこの金髪の少女。貴様、あの『魔法少女』とかぬかした女の片割れだな」
「ぐはっ!」
お互いにらみ合い緊迫する空間の中、仮面の男がなにかに気が付き、発した言葉になぜかマギルカがダメージを受けたようにくぐもった声を上げて胸を押さえる。そして、なぜか少年達は心配というより苦笑を漏らしていた。
「ど、どうしたの、マギルカさん。大丈夫?」
「だ、大丈夫……じゃないですけど、心配いりませんわ」
あれほど余裕を見せていたマギルカが明らかに取り乱して顔を伏せるので心配したシータが慌てて声をかける。マギルカが耳まで真っ赤になっているのはなぜだろう。魔法少女とは一体……聖女の別名だろうか。
シータは不謹慎にもこの状況で好奇心が刺激されて、聞きたい欲がウズウズしていたが、さすがに今は駄目だろうとグッと堪える。
「ということは、そこの金髪の少年。アルディア王国のレイフォース王子か……。まさか、あの件でここまで追って……くっ、上手く撤収できたと思ったが、やはりそう上手くはいかなかったか……」
「えっ、レイフォース、おうじ……えぇぇぇぇぇっ! 王子様ぁぁぁっ!」
もはや先程までの緊迫感はどこへやら、シータは素でびっくりして、王子の方を見る。
カイロメイア出身でエルフのシータには人族の王権制度に縁がないため、王とか王子とかそれがどれほどのモノかピンとこないのだが、本の物語に登場する王子というポジションには一種の憧れというか、特別性を抱いていた。
所謂、白馬の王子、的な……。
神獣と心通わす美しい聖女。その横で彼女を守るように立つ一国の王子。正に、どこかの恋愛物語に出てきそうな夢の組み合わせである。
「ん、ちょっと待って……この組み合わせになぜ、ザッハさんがいるの?」
「いきなりなに訳の分かんねぇこと言ってんだ?」
「ご、ごめんなさい。私、口に出してたかしら?」
シータは悪い癖である自分の世界に片足突っ込んだ状態になってザッハの方を見て吐露すると、彼は半眼になってもっともな意見を返してきた。
「くっ、王子か……幾度となく『我ら』の計画を阻止してきた厄介な相手だな」
シータ達が妙な漫才を繰り広げている中、黒ずくめ達の方も動揺を隠せないでいて、どちらも次の行動に出られないでいる。
「そこで、なにをしているのですっ!」
すると、洞窟内に女性の声が響いてきた。
皆が一斉に声のする方を見ると、地上に出る方向から一人のエルフがこちらへ駆け寄ってくるのが見える。
「あっ、レイチェル」
「チッ、時間切れか……引くぞっ」
シータと仮面の男は駆けてくる女性がレイチェルだと知ると喜びと苛立ちを露わにした。
そして、仮面の男達の次なる行動は早く、レイチェルがシータの下にたどり着く頃には完全に姿を晦ませるのであった。
あれから、レイチェルと合流すると事情と自己紹介をしながら、一行は地上に出ていた。
「なるほど……まずは、このやんちゃな司書長がご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げますわ」
「いえいえ、こちらも道案内してもらって感謝しております。実際、別行動している者達とすぐに合流できると思っていたのですが、なかなか出来ず、とはいえどこへ行けば良いのか分からず難儀しておりましたの」
事の顛末を聞かされたレイチェルが、まずはマギルカ達に深々と頭を下げてきたのでマギルカもお礼を述べる。そんなマギルカを改めてレイチェルは見た。
今はあのスノーと名乗る大きな雪豹、いや、おそらく神獣だろう、から下りており、その両手に小さな神獣、リリィを抱っこしている。リリィは嫌がる素振りもなく、とてもリラックスした感じだった。スノーもまた、彼女から離れることはなく、常に守っているような感じがする。
スノー的にはマギルカを守るために側にいるのではなく、単に離れているところをメアリィに目撃されて、背に乗せていなかったのかと、後々小突かれるのが面倒臭そうだったからであった。が、まぁ事情を知らない二人からしたらそう映っても仕方のないことだろう。
「ねぇ、シータ。もしかしてマギルカさんは……」
「シ~ィ……それ以上は内緒よ、レイチェル。本人は否定してるんだから、隠したいのよ」
レイチェルが思ったことを確認しようと隣にいたシータに耳打ちしてくるので、彼女は自分の口に人差し指をあてて、それ以上は口にするなと注意する。
「それで、マギルカさん達はこれからどうするの? なんだったら私達がカイロメイアまで案内しようか。いえ、お礼も兼ねて是非ともしたいんだけど」
なにかを察したレイチェルを口止めし、シータはマギルカに聞いてみる。ここで会ったのもなにかのご縁、それをここで終わらせたくないという心持ちであった。
「それなのですが、先程も申しました通り、別行動中の仲間がおりまして、早く彼女達と合流しないとなにをしでかす……じゃなくて、心配なのですわ」
シータの提案にマギルカは恐縮しながら答えるが、その中に「ん?」と思うワードが聞こえたような気がしたが、スルーすることにする。
『お~、お~、いたいた♪ やっほぉ~、そっちにマギルカって子いるぅ~ぅ?』
さてどうしたものかとお互い思案している中、静かな森に声だけが届いてくる。
何事かとマギルカ達がキョロキョロするので、シータは「精霊ですよ」と落ち着いた感じで伝えた。すると、ホッとした素振りを見せて彼女達も警戒を解く。
『ちょっと、聞いてるんだけど?』
「あっ、はいはい。マギルカさんならこちらにいますよ」
ここの精霊は気が短いことで有名なので、シータは慌てて彼女を紹介した。いきなり精霊から名指しとは「さすが、聖女」と謎の感心をしつつも、ついうっかり口に出さないようにシータはグッと堪える。どうにも今のシータは聖女の物語フィルターが掛かって、なんでもかんでもそっちに結びつけたくなるのであった。
「えっと……私がマギルカですが、なにかご用でしょうか?」
『用って言うか、聞いてきて欲しいと言われてね……メアリィ達はこれから私とオールで語り散らかす予定なの。あなた達はどうする?』
精霊の話を聞いて、シータが思ったことは只一つ、御愁傷様であった。
自分も最初、初めて精霊からのお誘いにウキウキして付いていったが最後、二徹させられたのは良い思い出だ。
なので、ここはそのメアリィという子には大変申し訳ないが、聖女様に助け船を出すことにする。
「マギルカさん、ここは断った方が良いよ」
「しかし、メアリィ様達と合流しないと」
「いや、合流して人数が増えると、それこそ中々解放してくれなくなるから、ね、レイチェル」
「そうね。シータを連れ戻しに来たら私も会話に交ざらされ、さらに私達を捜しに来た者が……と増えていけばいくほど解放される時間が延びていったわ。その人達を思うなら、これ以上人を増やさないことがベストだと思うわよ」
やはりというか、シータの助言に異を唱えるマギルカだったが、さらにレイチェルを加えることで説得力を高めていくと、さすがの彼女も言い淀む。
「精霊様。私達、この人達をカイロメイアまで案内したいなぁって……」
『ふ~ん、そっちはそっちで用があるのね。OK、OK、伝えとく。じゃあ、ねぇ♪』
とはいえ、精霊の機嫌を損ねないようにするにはどう言って良いのか分からず、とりあえず探りをいれてみれば、あら不思議、興味がないといった感じでサラッと受け入れ、風のように去っていく精霊だった。実際には去っていく姿など見えないのだが……。
「「「…………」」」
あまりの急展開に一同、置いてきぼりを喰らって沈黙が続く。
「え、えっとぉ……話が進んじゃったけどどうする? やっぱ今のなしって伝える努力をした方が良いかな?」
まさかここまですんなりと受け入れられるとは思いも寄らず、言ったシータも戸惑ってマギルカ達の方を見た。
「いや、その必要ないと思うかな。彼女なら大丈夫だと思うよ。それよりもボクらが加わってさらに面倒なことになる方がダメなような気がする、かな。後は、鉱石だけど、これもあちらに任せようか。取りに行くということは結局、精霊に会うということだしね」
「それもそうだな。まぁ、丸投げだけどなんとかしてくれるだろ、メアリィ様なら」
シータの言葉に王子とザッハが答えてくる。そのメアリィという子は随分と信頼されているみたいだなと、二人から焦りや心配が見られないところを見て、ちょっと興味が出てくるシータであった。
「そうなのですが……あちらにはシェリーさんがいるのですよ?」
「「…………」」
そんな二人の信頼感はマギルカの言葉で微妙な空気になる。
が、シータもそれについてはフォローできる気がしないので、なにも言うことはなかった。
多少の心配事はあるものの、ここでボ~としてても埒が明かないということで、シータ達は一路、カイロメイアを目指すこととなるのであった。
シータとしてはまだ見ぬ、メアリィという子に心の中で謝罪しつつ……。