敵の名は……
レガリヤ公爵家の令嬢として生まれて早十三年。
神様からいただいた過剰な恩恵により完全無敵な身体を手に入れた私は様々な苦難の中に、あらゆる敵を撃滅してきた。そんな私にとって、今、最大級の試練が立ちはだかっている。
その敵の名は「コ・イ・バ・ナ」
私とてそういったことに全く興味がないというわけではないが、なんというかそのぉ……縁がなかったというか、タイミングを失ったというか、あっ、そうそう、私は公爵令嬢なのでこぉ~、ポンポンと恋愛できる立場ではないのだよ……たぶん。
(あれ、言い訳すればするほど、悲しくなってきちゃうのはなぜだろう?)
『さぁさぁ、誰からにする? 私は誰からでも良いわよ、対戦よろしくお願いしますっ♪』
「対戦って、あなた……」
なんだか勝負事みたいな言い回しに思わずツッコミを入れる私ではあるが、正直この対戦(?)は不戦敗でお願いしたいところではある。
「お嬢様……なぜ私をジッと見るのですか?」
「…………ちなみにテュッテにはそういったお話はないのかし――」
「ないですっ」
「被せ気味に、素敵な笑顔できっぱり言わないで頂戴」
淡い期待を込めてテュッテに聞いてみたが彼女から笑顔で即答され、私の期待は一瞬で潰えた。
「私は今、お嬢様のお側でずっとお世話ができる……それだけで精一杯、もとい、幸せですから」
「テュッテ……ん? ちょっと待って、なにやらいただけないワードを耳にしたような」
「気のせいです。そういうお嬢様はおありなのです――」
「ないですっ」
私の心にジ~ンと来るような話かと思ったが、なにやら引っかかりを覚えたのでそれを聞き返すと、笑顔のままテュッテがサラッと質問返しをしてきた。なので、私も彼女と同じように笑顔で被せ気味に返答する。
『えぇぇぇ~、ないのぉ~。あなた達、若いのに枯れてるわねぇ~』
(ぐはぁぁぁっ!)
私とテュッテの会話を聞いていた精霊がお決まりというか、恐れていた感想を言ってきて、私の心に言葉という名の鋭利なナイフがグサッと突き刺さる。
(こ、これがダメージ……って、最近こんなんばっか言ってるような気がするのは気のせいかしら?)
ちなみに同じはずのテュッテは言葉のナイフが突き刺さっていないようで全く動じてなかった。なんでだろう、その鋼の精神、羨ましい。
『ねぇねぇ、そっちの栗毛の娘はどうなの?』
「わ、私ですか? え、えっと、ない……ううん、ここはメアリィ様達のお力にならなきゃ……」
私達に興味を失い、隣で見ていたサフィナに焦点を合わせた精霊に話題を振られてしどろもどろになるサフィナだったが、私達同様否定するどころかなにやら自分自身を後押しするように意味深なことを呟いてくる。
『えぇ~、なになに、恥ずかしそうに言い淀んじゃって可愛いぃぃぃ~♪ 話があるなら聞かせて聞かせてぇっ』
「えっ、サフィナ、あるの?」
サフィナの反応を見て、精霊がそんなことを言ってきたので、私は失礼にもサフィナに聞き返す。
「あるというか、なんというか。私が異性とお付き合いといえば、えっとぉ……唯一一年生の頃にあった許嫁こう――」
「待ってっ、サフィナ。その話に『恋』はあるの?」
「えぇ~とぉ……な、ないです……」
不甲斐ない私達の為に、サフィナが無理して異性とのお付き合いした話を持ってきたが、詳しく聞かずとも「アレ」との付き合いなど古傷を抉るようなものだろうと推測できる。なので私は、無理させないようにそっとサフィナを落ち着かせるのであった。
サフィナにまでこんなことをさせるなんて、私はなんて駄目な奴なんだろう。そうなのだ、私には奥の手というモノがあったというのに……。
それは前世の記憶。
(あっ、いや、前世だって恋愛のレの字もなかったけど)
とにかく、私には経験が無くても、そういった話の漫画やアニメ、はたまた映画などでの知識は得ていたのだ。
(これは反則ではないかと思ってたけど、背に腹は替えられないわ)
「あの……私の話じゃなくて、友人の友人のそのまた友人から聞いた話とかでも良いかしら?」
『友人の友人のそのまた友人の話って……なんかすごく遠ざかって盛り上がりに欠けそうだけど、まぁ、この際もうなんでも良いわ、聞こうじゃない』
実体験ではないにしても、前世で観たお話ですとは言えないので言葉を換えて私は精霊に提案してみる。すると、些か不安な雰囲気を醸し出しつつも精霊は承諾してくれた。
「コホン……これは友人の友人のそのまた友人の話なんだけど……とある高校のバスケットボール部に――」
「ケホンケホンッ」
まずは土台から説明しようと思って、私は記憶を探りながら考えなしに口に出す。すると、テュッテの咳払いで思考が中断され、話すのを止めた。
「大丈夫、テュッテ?」
「あ、はい、すみません、お嬢様。お話を遮ってしまって」
『ねぇねぇ、こうこうとか、ばすけっとぼーるぶとかってなに?』
テュッテを心配していると、不思議そうに精霊が質問してきて、私からサァ~と血の気が引いていく。
なぜテュッテが私の話を遮ったのか理解し、心の中で感謝しつつ、さてどうしたものかと焦って、思考がグチャグチャになっていった。
『ん~、私ってば俗世間に疎いから分からないことがいっぱいあるのよね』
「あっ、気にしないで、今のはなしなし。これじゃなくて別の話だったから、忘れてください」
『え? そうなの。なんか気になるけど、まぁいっか……』
(いけないいけない、危うく現代日本設定の学園ストーリーをそのまま披露するところだったわ。現代風な話じゃなくて、もっとこぉ~ファンタジー的なモノにしよう)
「えっとぉ、別の話で……とある社畜OLが事故で転っ」
「ゴホンゴホンッ!」
私がパッと浮かんだストーリーを話し始めた途端、テュッテの「ちょっと待った」という名の咳払いが再び炸裂する。
『しゃちくお~える? てん……なんて?』
精霊の質問に私は自分のバカさ加減に自分の頬をビンタしたくなってくる始末。
「な、ななな、なんでもないです! よくよく考えたらこれは恋バナじゃなかったです。いやぁ~、うっかりうっかり、あははははははっ……」
このまましゃべり続けてると、盛大に墓穴を掘りそうなので、私は試みを諦め、降参の白旗を振るかのように笑って誤魔化すことにした。
(うぐぐぐ、話の設定を別のモノに置き換えようにも、すぐに思いつかない自分のボキャブラリーの無さが嘆かわしいぃぃぃ……)
「くっ、乙女三人もいながら不甲斐ない……」
「そ、そんなに言うなら、シェリーさんが話してくださいよ、シェリーさんがぁぁぁっ!」
私がとにかく今の話を無かったことにしたくて、内心汗ダラダラで笑っていると、失礼にも宙づりのシェリーさんががっかりしたように、そんなことをのたまってきたので、話を変えようとそちらに噛みついてみる。
「いやぁ~、私は捕らわれている身だから」
『いやもぉ~、この際誰でも良いわよ。余りに不完全燃焼過ぎるもの』
「え?」
お約束の逃げ口上で回避を試みるシェリーさんだったが、精霊はもはや投げやりになって申してきた。
シェリーさんはエルフということで長寿なため、その人生経験は私とは比べものにならないくらい長いだろう。その長い時の中で恋愛の一つや二つ経験していてもおかしくない。
おまけに彼女は世界中を旅している魔工技師、いろんな国、人々と触れ合っているのだから期待は大である。
というわけで、精霊に言われてなぜか固まっているシェリーさんに、私が期待の眼差しを向けても仕方のないことだ。
エルフの恋物語……聞きたいじゃ、あぁ~りませんか。
『さぁさぁ、聞かせて聞かせて♪』
「そうそう、シェリーさんなら私達より大人だし、長い時を過ごしているんだから、恋愛だっていろいろと……」
「ハッハッハッ、甘いね、精霊もメアリィちゃんも。長寿だからって、恋多いとは限らないのだよ。むしろ、長い時間生き続けているからこその恋愛感はドライだったりするんだな、これが」
『それはつまり……』
「恋バナなんて……」
「ないっ! 道具製作とぶらり旅、さいこぉっ!」
「『…………』」
私と精霊に催促されて、なぜかドヤり顔のシェリーさんの話に、私も精霊も恐る恐る聞いていくと、清々しいくらいの笑顔でシェリーさんが断言してきた。
しばらくの静寂。
風が木々を撫で、その音だけが空間を支配していく。
『えぇ~と……なんか、ごめんね』
(ぐはあぁぁぁぁぁぁっ!)
はい、今年一番の大ダメージいただきましたぁぁぁっ。
私は物理的にダメージを受けてもいないのに、ウッと唸って胸を押さえる。
「つ、つらい……文句言われるより謝られる方がめっちゃくるとは思いも寄らなかったわ」
なにが辛いって、試練を出した当事者に気を遣われてしまうことに他ならない。しかも、人ではなくてあの楽しいこと大好き主義、他人に悪戯しまくるキッズな精霊にだ。
『やっぱ恋とは数少ない貴重なモノなんだね。故にその甘い蜜に誘われてしまうのよ』
「蜜って……まぁ、他人の恋バナ聞くと、なんかワクワクドキドキが止まらなくて聞いちゃうよね~」
『分かるぅぅぅ~ぅ。よぉ~し、こうなったら憧れるもの同士、恋についていろいろ語ろうじゃないのっ! さぁさぁ、私の所へ来て来てっ♪』
精霊がしみじみした感じで語ってくるので、なんとなく分かったような口振りでうんうんと同調してみれば、気に入られたようだ。
おいでおいでと木が揺れると、近くの草木が動くというか避けるというか、人一人が通れそうな道をサァァァッと作っていく。精霊が私の所へ来てと言うのだから、おそらく、ここを通れば一直線に精霊の本体(?)的な所へ行くことができるのだろう。
「おいおい、いい加減私を解放しておくれぇぇぇえぇぇぇえぇぇ……」
まるでドップラー効果のごとく声を響かせ、捕まっていたシェリーさんが開いた道の木々達にポイポイとパスされ続けて、奥へと消えていった。
「……追いかけて入っても、大丈夫そうですね」
「そ、そうね。でも、なんだか朝まで語ろうぜ的な空気が感じられるけど、大丈夫かしら?」
「お嬢様、そんなに慌てる旅でもないですし、良いのではないでしょうか? それに、ここで断ると精霊様が駄々を捏ねたり、拗ねて意地悪してきて、別行動中のマギルカ様達にも被害が及ぶかもしれません」
できた道に消えていったシェリーさんを呆気にとられて眺めていると、サフィナが恐る恐る聞いてきたので、思わずポロッと本音が出ちゃう私。それをカバーするようにテュッテが後ろで助言してきて、なるほどねと私は一人頷くのであった。
「それもそうね。よし、行こう」
そう言うと、私は一番に開いた道へと入っていく。それを見て、テュッテとサフィナが続くのであった。
ショートカットしているおかげで思いの外早く、巨大すぎる樹の下へとたどり着く私達だったのだが、ここで足を止めて様子を伺っていた。
というのも、先客達がいたからだ。
どこかで見たような気がする黒ずくめ達。
いや、気がするではないか。最近見かけた身なりの者を見て、私は知っていると確信する。
というのも、黒ずくめというのはどこにでもいそうなので見間違えるかもしれないが、あの集団の中心人物そうな者は、区別できそうな奇妙な仮面を付けていたからだ。
そして、私はあの仮面を最近見たことがあった。
「あっ、あの人、私のこと『鉄板の胸』とか暴言吐いた人なんじゃないかしら。仮面が一緒だわ」
「……お嬢様、そこは『襲ってきた』じゃないのですか?」
私の根に持った呟きに後ろからツッコミを入れてくるテュッテ。
ちなみに、サフィナはというと、現在道を外してシェリーさんと一緒にいたりする。シェリーさんはあれだけ宙づりだの、ブン回しだの、パスされまくりだのと、散々な目に遭いながらも当初はケロッとしていたのに、道が開けそうなこの辺りで解放されて地に足を着けた瞬間、お伝えするのも憚れる状態になって、今席を外してサフィナに背中を擦ってもらっているところであった。
決して、警戒して散開しているわけではなかったりするのだな、これが……。
「周辺には見あたりませんでした。しかし、地下に落ちたか逃げたような痕跡がありましたが、いかがいたしましょう?」
私達が隠れて眺めているのに気が付いていないのか、仮面の男に向かって黒ずくめが話しかける。内容の方はさっぱり分からないのはしょうがないということで……。
なにも分からない私だが、とりあえず一つだけ確かなことは、このまま気付かれずにやり過ごす、ということだろうか。雰囲気からして、関わってはいけない感がヒシヒシと感じられる。
「分かった……私はあの娘を捜す。お前達は後始末をして、速やかに撤収しろ。あの方が来る前にギランはモンスターに襲われたということにしておけ」
「はい……やはり、例の騒ぎは奴が独断で行ったみたいで、卵も持ち出しておりました。今、それに魔力を込めましたのでじきに孵化するでしょう。後はそいつが処理するかと……」
黒ずくめがそう言うと、仮面の男はなにも言わずに数名連れて、その場から離れていった。このまま見逃しても良かったのか些か疑問な会話であったが、状況がよく分からない以上、変に首を突っ込むことはできない。私はもうちょっと様子を見ようと息を潜めていたのだが……。
『ちょっとちょっと、私はこれから皆とガールズトークに花咲かせようと思っているんだけど。あんた達、邪魔だからさっさとどっかいってくれない?』
どこからともなく聞こえてくる声が、残った二人の黒ずくめ達に語りかけてきた。
(ば、ばっかぁ。あなた、そんなこと言ったら誰かいると思われちゃうじゃない)
精霊の言葉に内心ヒヤヒヤしながら、堪らず私は身を屈めて、気配を隠そうとする。
「お、おい、精霊がなにか言ってるぞ?」
「放っておけ、構うと鬱陶しい程に付きまとって質問責めしてくるぞ」
精霊のお言葉も空しく、黒ずくめ達がその場にとどまって各々の作業に取り掛かり始めた。会話を聞く限り、精霊との接触はこれが初めてというわけではなさそうだった。と、周辺の木々が風に煽られたようにざわつき出す。
『どけっつっとるだろうがぁぁぁっ、ごらぁぁぁぁぁぁっ!』
あ、やべっと思ってこの場から離れようとする私と同時に精霊の激昂が響き渡った。その怒りに呼応するかのように地響きが起こり、木々達がざわめき出し、鞭のようにしなる長い木の枝が黒ずくめ達を襲う。
(根は良い子なんだろうけど、あれよね。たぶん短気で我が儘なところが玉にきずと言ったところかしら)
「くそっ、いつもはこんなに好戦的じゃないのに、今日はどうした?」
「なにか誰かと話すとか言っていたような。もしかして、何者かが精霊を俺達にけしかけたのでは」
(いえ、違います。そんなつもりは全くございません。あの子が勝手にブチ切れているだけです)
精霊の鞭打ちを躱した黒ずくめ達が、周囲を警戒して話す内容に、隠れたまま私は心の中でツッコミを入れる。
「あれぇ? スッキリしたらなんだか大変なことになっているね。君らは先客かな? おいおい、見た感じ精霊を怒らせたみたいだね。プププッ、駄目だぞ、精霊を怒らせちゃあっ」
おぉっとぉ、ここで、騒ぎの中にシェリーさんが登場だぁぁぁっ。
(じゃなくて、無警戒に乱入してきて状況も分からず煽りおったよ、あのエルフさんは。いや、あなたも初手、精霊をブチ切れさせてませんでしたっけ?)
いろいろ言いたいことはあったのだが、とにかく私は今、絵に描いたように口をあんぐりと開けて、彼女を見ていただろう。それぐらい、唖然としていた自覚はあった。
「シェ、シェリーさん、今は出てきちゃ駄目ですって」
なぜかドヤっているシェリーさんの後ろでアワアワしているサフィナが見える。まぁ、彼女にシェリーさんの愚行を止めろというのは酷な話だろう。
「エッ、エルフだとっ! やはり、精霊を焚きつけたのは貴様かっ!」
そして、予想通りというかエルフと精霊の関係性から自然と導き出される有らぬ誤解に事態は発展していき、私は天を仰ぐしかなかった。
「なぜにあの人は自らトラブルに突撃していくのかしらねぇ」
「ご自分の胸に聞いてみては?」
「この口かぁ、痛いこと言う口はこのお口かぁ~ぁ」
「ひらい、ひらい、おひょうひゃま」
天を仰いで問いかけてみれば、後ろから耳が痛いことをサラッと返答してきたので、私はテュッテの可愛いほっぺを左右にムニ~ッと抓ってみたりする。
「まさか、あのエルフの仲間か? くっ、思った以上に対応が速かったな」
「どうする? エルフがここにもういるということはアレも」
そんな私達を置いて、向こうサイドだけ盛り上がりをみせていると、黒ずくめの一人がある方向を一瞬だけチラ見した。
なにかしらと目敏い私はそちらを見ると、そこには中年のおじさんが横たわっており、ピクリとも動かなかった。
と次の瞬間、そのおじさんが持っていた鞄らしきものがボコボコと隆起し、その大きさがどんどん増していく。
やがて、袋がその大きさに耐えられなくなり、ビリビリビリッと破れていくと、中からグロテスクな肉塊が現れた。
「な、なに、あれ?」
どこかの映画で観たような気持ち悪いモンスターの卵を彷彿させるそれに、私の視線は釘付けになる。大きさ的には二十センチくらいだろうか、結構な大きさまで膨れ上がったみたいだ。
幸いなのは、向こうはシェリーさんのインパクトに呑まれて、未だ隠れている私達の存在に気が付いておらず、不幸なのは、シェリーさんとサフィナは黒ずくめに意識がいっていて、離れた場所のおじさんには意識がいっていないみたいだった。
(ここは任せて、私はあれがなんかやばそうだったら、速攻で消し炭にしようかしら?)
「とはいえ、良い感じに移動したいけど、今動くと見つかりそうなのよね」
『ねぇねぇ、なにしているの?』
はてさてどうしたものかと、呟いてみればどこからともなく声が聞こえてくる。
「ちょ、ばっ…………んんっ、話しかけないでよ、見つかっちゃうでしょ」
驚きのあまり、声が大きくなりそうになって後ろに控えていたテュッテにお口を塞がれる私。事なきを得た私は彼女の手が退けられると小声で近くの木に向かって抗議する。
正直どこにいるのか分からないのでそこで合っているのか甚だ疑問ではあるが、虚空に向かって言う空しさよりは、間違っていても対象物があった方が様になるというものだ。
『だぁ~いじょうぶよ。あなた達で言うところのコソコソ話ってやつ? 私もやってるから、あいつらには聞こえてないわ』
「配慮、助かるわ」
原理は分からないが、私は素直に礼を言う。
改めて黒ずくめ達を見たところ、精霊の声が届いていないみたいで依然としてシェリーさん達の方を警戒していた。
「私はあいつらに気付かれないように後ろの方へ行きたいんだけど。草木の音とか、隠れて動ける道が途切れているとかで動けないのよ」
『ふ~ん、あの失礼なやつらになにかするのね。面白そうだわ、協力してあげる♪』
そういうと私が指定したポイントまで木々達がスッと避けるような感じになり小さな空間ができた。なかったはずの部分には私達が身を隠せそうなくらい草が生い茂り出す。
(こ、これが精霊樹の力ってやつなのかしら? 話すと子供っぽいけど、その力は驚愕モノよね)
感心する私は四つん這いになるとコソコソと気付かれないように移動する。と、うっかりスカートが草を撫でて、やばっと思ったが、なんと触ったのに草が揺れず音が鳴らないという優れモノの仕様であった。
「配慮、助かるわ」
「お嬢様、いきなりですか……もうちょっと配慮してください」
「だぁって、スニーキングゲームは苦手なのよ。すぐ気付かれて、力業でゴリ押すのが私のジャスティスなの」
「言ってる意味がよく分かりませんが、誇れるものではないことだけは分かりました」
後ろでテュッテが辛辣な意見を言ってくるので、私はブーブー文句を垂れながら進んでいく。この間もおそらく音とか鳴りまくりなんだろうが、草木の皆様の努力のおかげで気付かれることはなかった。
「見られたからには仕方ない。一緒に始末するとしようか」
私達があ~だこ~だとしていると、黒ずくめがお決まりの台詞をシェリーさん達に投げかけ、武器を抜く。それに反応して、サフィナが刀に手をかけシェリーさんの前に立った。
サフィナが私を探さないところを見ると、私がなにかをしようとしていると信じて、注意を自分達に引きつけようとしているのだろうか。
「サフィナったら、あんなに頼もしくなっちゃって……」
「お嬢様……なぜ親目線みたいになってるんですか?」
「いや、そこは親じゃなくてお姉さんくらいにしてくれないかしら」
向こうとこちらとで緊張の度合いに格差があるように思えるのだが、まぁそれはひとまず置いておいて……。
「ククッ、抵抗しても無駄だ。こちらにはアレがいるのだからな」
満を持して、黒ずくめが例の肉塊へ指を差して、その存在をアピールする。それはいつの間にやら、大人一人が蹲っているくらいに大きくなっていた。
そして、シェリーさん達が驚いている中で、タイミング良く肉塊の中から鋭利な爪を持った腕が突き破ってくる。
「グギャアアアアアァッ!」
そいつは奇怪な叫び声をあげて肉塊の中から姿を現す。その姿は今までに出会ったモンスターのこれだっという感じはなく、蜥蜴のような、でも手足が六本もあるし、蜘蛛みたいな関節しているしで、かなり曖昧で歪な姿をしていた。
強いて言うなら以前目の当たりにした合成獣にその雰囲気が似ているかもしれない。
鞄に収まるくらいの卵から体長二メートルは越える立派ながたいのモンスターにまで急激に成長するなんて今まで見たことがなかった。
あれほど急激に成長していたら、老衰だって早いのではなかろうか。
とはいえ、これで私がやるべきことは確定したようなものだ。
「フフフッ、驚いたか。さあっ――」
「八つ裂きソニックブレード五連撃っ!」
スパパパパパッ!
「「へ?」」
盛り上がりが最高潮に達して、今一度モンスターが咆哮をあげようとしたが、私の魔法で無情にも細切れになっていく。
その光景を見て、黒ずくめ達がお間抜けな声を上げると、なにが起こったのか理解できずに硬直していた。
『プハハハッ、なにそのポカ~ンとした顔、面白っ♪』
「くそっ、精霊に力を借りたのかっ! 厄介な相手だ」
気持ちが抑えられなかったのか、精霊の言葉が辺りに響き渡り、黒ずくめ達もハッと我に返る。
だが、その一瞬の隙をサフィナは見逃していなかった。
皆が驚いている中で一人だけ、冷静に相手との距離を詰めていく。
それでも素早い抜刀に反応した黒ずくめは短剣でそれを受け止めるが、その刀身が炎に包まれていたことまでは想定できていなかった。
「ぐぉっ、なんだその武器は?」
炎が受け止めた短剣から自分の腕に燃え移ってきて、黒ずくめは慌てて離れると炎を消しに掛かる。
残ったもう一人の黒ずくめがカバーに入ろうとするが、それは私が許さなかった。
「アース・ウォール」
「ぐがっ!」
踏み出した瞬間、目の前に突如土壁が現れ、焦りもあったのかもろに黒ずくめは衝突する。
なんやかんやでサフィナとはいろいろ連携して戦う機会が多かった結果、この程度は話し合わなくても何となく分かっていたりするのだ。
「ええい、女子供と侮った。精霊まで味方に付けているのが厄介だなっ、くそぉっ!」
悪態を付きながらも攻撃を仕掛けてくるのかと思いきや、持っていた煙玉を取り出し、周辺を煙りで包み込ませる。
「くっ!」
煙に包まれそうになったサフィナが思いっきり踏み込み、虚空に向かって抜刀すると、風魔法を付与した一閃が空中を飛んでいき、煙を横一線に切り裂いていった。
だが、すでに黒ずくめ達の姿はなく、まんまと逃げられたみたいだった。
「引き際が良いね。相手はかなりのプロとみた。事情が分からない以上、深追いはしない方が良いと思うよ」
「そ、そうですね……」
相手を煽っておいて終始、観戦モードだったシェリーさんが「ふぅ~、やれやれ」といった感じで話しているのがなんだかモヤッとするが、それよりも私は一つの可能性を見い出して、打ち震えていた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
私が皆と合流せず、隠れたままプルプルしているのが変だったのかテュッテが心配そうに話しかけてきた。
「テュッテ、これよ、これなのよっ」
「はい?」
「さっきの黒ずくめ達、私に有らぬ誤解を生じさせなかったわよっ! というか、私の存在自体認識していなかったわ。でも、なにもしなかったわけじゃないのよね。皆の役に立って、且つ、私は今、空気になれたわぁぁぁっ! これよ、これなのよ、私はこのパターンを待ってたのよぉぉぉっ!」
今回の結果を見て、私は今までのパターンを乗り越えた新たなる可能性に万歳する。
「……良かったですね、お嬢様。それは『暗躍』というのかもしれませんけど……」
そして、私は新たな可能性を見つけて大はしゃぎするあまり、テュッテの呟きを聞き逃すのであった。