精霊の試練?
ワンチャン見逃してくれないかなと甘い期待に心臓バクバクの私に、世界は無情にも見逃してはくれなかった。
ゴゴゴッと地響きが辺りを支配すると、私がちょっぴり削っちゃった件の巨木がユラユラと独りでに動き出したのだ。
「……お嬢様」
「分かってる、なにも言わないでっ。私がわるぅございました」
隣で私と同様に事の成り行きをドキドキしながら見ていたテュッテの言葉を遮って、私は即行で自分の非を認める。
目の前の木は今のところ風に揺らめくようにざわついているだけでこれといって攻撃をしてくるといった感じはしなかった。
「おぉっとぉ、待った待ったぁっ! なにをしでかしたのか知らないけど、ここは私に任せてくれたまえ。こんなこともあろうかと、精霊語を少々習っておいたんだ。ここで勉強の成果を披露させておくれ」
私が緊張して木を眺めていると、近寄ってきたシェリーさんがやたら嬉しそうにそんなことを言ってきた。
自身と異なる言語を習得したら、その現地の人と会話して、どのくらい通用するか試したい的なテンションに似ているのだろうか、まぁそれで現状が打開できるなら、私は是非ともお願いしたいところである。
「精霊語……ということは、私達の言葉は通じないということでしょうか?」
ウキウキしているシェリーさんにサフィナが周りを警戒しつつ聞いてくる。
「いや、通じるよ。ただ、そちらの言葉でしゃべる方がより好印象だし、要らぬ誤解を生じさせないからね」
心配する私達に軽くウインクして、自信満々にざわつく木へと歩み寄っていくシェリーさん。
(ごめん、シェリーさん。私てっきりあなたはポンの人だと思ってたけど、それは勘違いだったんだね。考えを改めるわっ)
彼女を見送りながら、とっても失礼なことを思う私であった。
私達に見守られながら、意気揚々と立つシェリーさんはんんっと喉の調子を確認すると、スッとざわつく巨木を見上げる。
そして、両腕を広げて私にはなにかの音というか、よく分からない言語をしゃべり始めた。
すると、ざわついていた巨木がピタリとその動きを止めたではないか。
「おぉぉぉ~」
私は思わず感嘆して拍手する。
「さすがシェリーさん、頼りになるぅ」
「はっはっはっ、止せ止せ、照れるではな――」
私が誉めると向こうも満更ではないかのように恥ずかしそうな素振りを見せていたが、言葉が終わらない内に、彼女の姿がその場から消えた。
「「「え???」」」
それを見ていた私とテュッテ、サフィナが綺麗にハモる。
なにが起きたのか一瞬理解できなくて私は「えっ? えっ?」と言葉を繰り返しながら、キョロキョロと辺りを見回していた。
「メアリィ様、上ですっ!」
いち早く目標を見つけたサフィナが上を指差しして、私に教えてくる。その指が示す先を追うように私が見上げてみると、そこには片足を触手みたいにうねられている枝に巻かれ、逆さ向きに宙づり状態のシェリーさんがいた。
「えっ? どういうこ、と」
『なぁぁぁにが、「黙れ、クソガキ」だあぁぁぁぁぁぁっ!』
どこからか聞こえてくる声が空気を震わせ、そして、宙づりにしていたシェリーさんをプロベラのようにグルングルンと大きく振り回し始める。
「あ、れぇぇぇ、おかし、なぁぁぁ、落ち、着いてぇぇぇ、お嬢さんって、言った、つもり、だったのにぃぃぃ、ぃぃぃ、ぃぃぃっ」
ブンブン振り回されながらも、シェリーさんが弁明してくる。
(えっとぉ……要らぬ誤解が生じたんですけど。あ、あれよね、ちょっとした文法の違いとか発音の違いで全く意味が異なっていることに気づかず、自信満々に相手にしゃべっちゃった的なアレかしらね……もしくは、冗談半分に嘘で教えられた言語をそうとは気づかず堂々と使っちゃった、とか?)
とにかく、シェリーさんには悪気はなかったみたいなのだが、事態はやはりというか、さらに面倒なことになってきた気がしてきた。
『ちょっとお話ししたいなぁと思ったところに、根っこ蹴り飛ばされた挙げ句、この仕打ち。なめとんのかぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「すみませんでしたっ! お怒りはごもっともです」
シェリーさんをブン回しながら怒りをぶちまける声に、私は反射的に深々と頭を下げて謝罪する。すると、サフィナとテュッテも習って頭を下げていった。
『うっ、そ、そんなすぐに謝ってもらうと調子狂うというか、なんというか……ま、まぁ、こっちもいきなり分断しちゃったしぃ……えっと、その……』
私達の対応になぜかしどろもどろになりながらも、照れ隠しなのか、シェリーさんへの振り回し速度が下がるどころか、上がっていく巨木、というか、精霊さん。先程からシェリーさんが静かなのだが、大丈夫なのだろうか……。
「あ、あのぉ……お話ししたかっただけなのに、なぜ私達を分断したのでしょうか?」
シェリーさんの振り回されっぷりを眺めていると、横からサフィナが精霊が宿っているのだろう巨木に向かって素朴な疑問を投げかける。
『えっ、そっ、それはっ……えっとぉ……なんと言うか……』
サフィナの質問になぜか言い淀んでちょっと木が傾いた。随分とユニークな精霊さんだなとどうでも良いことに感心する私。もはや、この時点で私の警戒心はほとんど失っていた。
『……だって……あんなにいっぱい人がいるところに、こ、声掛けるのは、恥ずかしいし……ましてや、お、男の人に声なんて……きゃぁぁぁぁぁぁっ』
そして、随分と初心で乙女チックなことを言い始める精霊であった。精霊に性別の概念があるのかどうか、姿が見えないのでなんとも言えないが、とにかく私達を分断した理由がしょうもない理由であったことが判明する。ついでに、照れ隠しかシェリーさんのブン回し速度が上がっていく、上がっていく。
「えっとぉ……お気持ちは分かったので、少し落ち着いてもらえないでしょうか。それから、そのぉ、できればそろそろシェリーさんを降ろしてもらえないかな~と。彼女はえっと、そのぉ……ちょっと言葉足らずというか、覚えたての言葉を間違えて使ってしまったポンコツ、じゃなくて、おバカ、じゃなく、お間抜け、じゃなくて、えっと、えっとぉ」
「お嬢様も落ち着いてください」
そろそろ本気でやばそうなシェリーさんを降ろしてもらおうとしたのだが、いかんせん言葉を選んだつもりがどうにも良い言葉が浮かんでこなくて、焦ってくる私。そんな私を落ち着かせようと、宥めてくるテュッテであった。
『……ひどい言われようね、あなた……』
「はっはっはっ、メアリィちゃんは照れ屋で、素直じゃないからね。まぁ、そこが可愛いところでもあるけど」
私の言い方に若干引いた精霊はシェリーさんを振り回すのを止めると、再び逆さ吊りにして彼女に話しかける。すると、シェリーさんは復活したのか訳の分からないことを言ってうんうんと頷いていた。もう、あのままにしておいても良いのではないかとふと不謹慎にも思う私がいる。
『ふ~ん、なんだか親近感が沸いてくるわね。まぁ良いわ、許してあげる』
精霊の言葉に私達がホッと胸を撫で下ろしていると、シェリーさんは新たな枝でクルンと逆さ吊りから普通に捕らえられている感じになった。
つまり、逆さ吊りで無くなったが解放される気配がないといった感じかな……。
「えっとぉ……降ろしてもらえるのでは?」
『ええ、解放して上げるわっ! ただし、私のお願い、もとい、試練を乗り越えたらねっ!』
私の質問に精霊は枝をシェリーさんの腰にぐるぐると巻きつけた状態で、ドォ~ンと私達に見せつけてきた。まぁぶっちゃけ、心のどこかで、遅かれ早かれ結局のところそう来るんじゃないかなぁと思っていたところがあったので、驚きよりも「あ、やっぱりね」という諦め感の方が大きかったりする。
「う、うんまぁ、鉱石を貰うために試練を受ける覚悟はあったから、まぁ、それがちょっと早まったというだけよね」
「そうでしょうか……余計な試練が増えただっんぐ……」
「はい、お口チャァァァック」
考えたくない事実を回避して前向きっぽく話を進めていこうとした私にポソッと現実を口にしようとするテュッテ。そんないけないお口を笑顔で塞ぐ私に、彼女はコクコクと頷くだけであった。
『オホンッ! え~、それではあなた達に私から』
「あっ、ちょっと待った。ついでなんだけど、私達は精霊樹の木化石を取りに来たんだ。できればそれもちょこっとばかり貰っても良いかな?」
『…………』
改まって精霊が私達に試練を告げようとすると、試練の引き替えにされている当事者がシレッと要望を追加してきた。話を切られ、おまけに追加要求もされて精霊は黙っている。これは調子に乗りすぎて、シェリーさんがまたブン回しの刑になるのかなと私は心配になり、そぉっと動向を見守った。
『……図々しいような気もするけど、まぁ良いわ。試練の結果次第では考えてあげようかしらね』
やはりちょっと思うところはあったようだが、そこは寛大な精霊のお心になんとか上手く話が進んでくれてホッとする。
『では、試練を』
「あっ、できればもう降ろしてもらえると」
『うっさぁぁぁいぃぃぃっ! 調子に乗るな、こらぁぁぁぁぁぁっ!』
シェリーさんの次なる要望に堪忍袋の尾が切れて、精霊は掴んでいたシェリーさんを上下にシェイクし始める。
(いや、さすがに擁護できないわ。シェリーさんはシェイクされて、しばらく黙っててもろて……)
残像を残して上下に振られるシェリーさんを眺めながら薄情なことを考える私であった。
「あのぉ~、そろそろ試練の方、宜しいでしょうか?」
とはいえ、このまま傍観し続けていても埒が明かないので私は冷静になって貰うべく精霊に話を振ってみる。
『あっ、そ、そうね。じゃあ、改めて……あなた達に試練を言い渡すわっ!』
仕切り直して、精霊の言葉に再び私は緊張感のため、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(私の体は完全無敵だから、なにかを倒せとかそういったものならクリアーできそうよね、サフィナもいることだし。最悪、かなりの強敵だったとしたら私一人で……問題はどうやって皆にバレないようにするかだけど、まぁ、その点はテュッテに任せるとして)
考えながら私はテュッテの方をちら見すると、彼女は私が言わんとしていることが分かったのか、コクリと小さく頷いた。いや、ほんと、できるメイドさんで助かるわ……。
(よし、ならばもう恐れるモノはなにもないわっ! さぁ、どんな試練でもかかってらっしゃいっ! この私が相手になってあげるわよっ!)
気持ちを引き締め、私は勝ち確を意識して精霊の次なる言葉を待つ。
『試練、それは……私の心を踊らせる「恋バナ」を聞かせてちょうだいっ!』
(はい、終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)
ウキウキ声の精霊の試練、というか、無茶ぶりに私の勝ち確は崩れ落ち、心の中で絶叫するのであった。




