おひさでございます
私達はエルフの集落へと到着した。もちろん、入り口で弓を構えられて圧をかけられる事態なんてことにはならず、な・に・ご・ともなく(ここ大事)集落へと入るのである。
「ようこそ、白銀の聖女よ。此度の訪問……ん~、今回は運命の人には会えなさそうだな。結構期待していたのだが……」
私達が集落に入るや否や、待っていたのかシュバイツさんが堅苦しい挨拶をしてくる。と思いきや、建前も終わらない内に、私達をチラッと見回した後本音を漏らして、がっくりと肩を落としてきた。
シュバイツさんはこの集落の長を勤めているエルフで、真面目そうなイケメンのお兄さんに見えるのだが、その実惚れっぽくて、すぐに運命を感じちゃうお人なのだ。今回、特に新しい女性を連れているわけではなかったのでがっかりしているみたいである。
「相変わらずでなによりです、シュバイツさん。後、白銀の聖女はやめてとお願いしたはずですが?」
彼の態度に苦笑いをしながら、私はとりあえず大事なことだけ伝えておく。今までの経験則上、ここを疎かにすると勝手に広まってしまうのでないかと心配になるので、私の精神安定のためにしつこくても指摘はしておこう。
「そ、そんなっ……では、なんと呼べば?」
「いや、普通にメアリィで良いのでは?」
「はっはっはっ、またまたご冗談を」
「いやいやいや、名前呼びがなんでご冗談になるのよ」
「……なるほど……つまり、訳ありということだな」
「いやいやいや、名前呼びがなんで訳ありになるのよ」
「……あのぉ……サフィナさんとザッハはどちらに? 後、シェリー様はこちらにおられますか?」
私とシュバイツさんの不毛な会話に終止符を打つべく、マギルカが横から話を変えてくる。私としてはもうちょっと食い下がりたいところだが、皆を待たせるのもアレなので、ここは思い止まることにした。
「ん? ああ、二人なら我が妹の我が儘を聞いて、難儀しているよ」
マギルカの突然な横槍にシュバイツさんは特に気分を害する事なくそちらを見ると、シェリーさんの行動を思い出したのかヤレヤレといった感じで返答する。そして、案内するかのように私達の前を歩き出したので、私達もそれに付いていくことにした。
「……そういえば、今回は神獣様と一緒には来なかったんだな」
移動中にシェリーさんの話題を振られるのを避けるかのようにシュバイツさんが別の話題を振ってくる。
「あ、はい。スノーは、お留守番をしてもらってます」
「え、留守番?」
ムフフと笑みを見せながら答える私にシュバイツさんは不思議そうな顔をし、マギルカと王子もその点についてはずっと疑問に思っていたのか、私を見てくる。
「えっと……例の物騒なネーミングが出てくるのは、スノーと一緒にいるからじゃないかと最近思ったわけで。だから、今回は彼女に黙って出発したのよ」
私はマギルカと王子にしか聞こえないように小声で思惑を伝えると、なぜか二人して微妙な表情を返してきた。
「え、えっとぉ……そういう思惑があったのですね……私てっきり、先か後に来るものかと……」
「そうだね……どちらかというと先、かな~」
「?」
目を逸らして微妙に言い淀む二人に私は訝しがると、
「あの、お嬢様。したり顔で仰っているところ申し訳ございませんが、あちらから駆けてくるのはリリィ様ではないでしょうか?」
「ふえぇ?」
後ろから小声で指摘してくるテュッテに私は間抜けな声を出して、彼女が見ている方を見た。すると、愛くるしいモフモフ子豹が元気一杯にトテトテとこちらに向かって駆けてくるではないか。
「な、なんでリリィがここに?」
『それは私がいるからだよぉぉぉん!』
駆けてきたリリィを抱き留め、驚きの声を上げる私の頭の中に、聞きたくない声が響いてくる。と、同時に空から大きな物体がズサァンと勢いよく落ちてきた。
「げっ、スノー」
「お嬢様、はしたないですよ」
私が思わず漏らした言葉と、リアクションにテュッテが指摘してくるが、私にとっては予想外の展開だったので、すぐには是正できなかった。
「な、なんでスノーがここに? 内緒だったはず」
先程とほとんど変わらない質問をスノーに投げかける私。
『いや、まぁ、私には内緒だったかもしれないけど、周りにはめっちゃ楽しみそうに言い触らしてたじゃん。それで、私が分からないと思ったの? バカなの?』
「ぐぬぬぬ、久しぶりの海外旅行でテンション上がってたから、そこまで気が回らなかったわ」
私の頭をその柔らかい肉球でポフポフと叩いてくるスノーに、私は歯噛みする思いでされるがままになる。マギルカや王子、シュバイツさんが先程まで微妙な反応をしていたのがやっと分かった。
特にシュバイツさんが「一緒に来なかったのか」と聞いてきたのは先に到着していたスノー達を踏まえて聞いたのだろう。そこに頓珍漢な回答をしたり顔でした私の恥ずかしいことこの上ないったらもう……。
私が歯噛みする思いをするものだから、ついつい手に力が入って、抱いていたリリィをジワジワと締め上げ始め、彼女は慌てて飛び出すと隣にいたマギルカに抱き留められた。その光景を見た私に一つの案が浮かぶ。
「……ふむ……悪くないわね」
「……なんですか、その人の悪そうなお顔は?」
「いや~、ふとね、マギルカにリリィとスノーを付かせたら、ワンチャン聖女にならないかな~って」
「なりませんよ。そんな単純なものではありません」
私の思い付きに半眼になって即答するマギルカ。
「いやいや、分からないわよっ! 物は試しに今回の旅行中は共に行動してみてよ」
「えぇ~……」
「お願いよぉぉぉっ! マギルカは私の目指すキャラを知ってるでしょぉぉぉっ!」
「ちょ、ちょちょちょ、リリィ様を抱いておりますから抱きつかないでくださいっ」
私の定番になってきた困ったときはマギルカに泣きつく戦法が炸裂し、彼女はリリィを庇いながら私から離れる。
「…………」
「わぁ~かりましたからっ! そんな寂しそうなお顔でこちらを見ないでください」
そして、なんやかんやで引き受けてくれるマギルカにはほんと頭が上がらないというか、私にはもったいないお友達だなとしみじみ思うのであった。
(だからこそ、マギルカが困ったときは私も惜しみなく持てる力をフル活用してお助けする所存でございます)
「ところで、私は宜しいのですが、スノー様方はどうなのでしょうか?」
「それはそう。っで、どうなの、スノー、リリィ?」
私が決意新たに拳を握っていると、至極当然な意見をしてきたマギルカに、私はスノーを見る。リリィはよく分かってないのか、任せたという選択なのか、マギルカの腕の中でフアァァァと欠伸していた。
『私は構わないわよぉ~。リリィもね~、そろそろ他の子とも交流させた方が良いんじゃないかと思っていたのよ。メアリィばかり見てたせいか、最近やんちゃになってきて……お姉さん的にはもっとこぉ~、お淑やかになって欲しいかな~って。その点、マギルカちゃんは期待できそう。あっ、後、メアリィと違って私に無茶振りしないだろうし、扱いが雑にならないと思えるところに期待かなぁ~』
「賛同してくれるのはありがたいけど、長い話の中でサラッと私のことディスッてない?」
『うん、ディスってる』
「そこは『気のせいよ』って誤魔化すのがお約束でしょうがぁぁぁっ!」
『そんなお約束知らないわよっ!』
私は文句と一緒にスノーの体にしがみついてモフモフを堪能してやり、彼女は抗議しながら離れようとする。
「メアリィ嬢、そろそろ移動したいのだけど良いかな? 皆が注目していることだしね」
「あっ、はい、すみません」
私とスノーがウチャウチャし始めたせいで、移動できない先頭集団からお声がかけられ、私はスノーからパッと離れると恥ずかしくて赤くなった顔を隠すように俯いて答えた。
しばらく歩くと集落の人集りから離れ、開けた場所に着いた。そこにはいろいろ武器や木人形、的など、いかにも訓練場といった雰囲気を醸し出す代物が散見している。
その中心地で数人のエルフに見守られているサフィナとザッハを見つけることができた。二人は武器を持ち、対峙しているようである。
その近くに見知ったエルフが二人を見守っていた。
シェリーさんである。
(とりあえず、シェリーさんがいないという事態にはならなかったようね)
私がホッとしていると、サフィナが一瞬消えて、ザッハに接近するのが見えた。彼も速すぎて持っていた盾を構えるのが精一杯らしく、それでサフィナの抜刀に対抗する。
サフィナの刀からはメラメラと炎が舞い、ザッハの盾を襲うが、軽い音が鳴り、なんとか防いだザッハがその勢いを殺せず後ろへ下がる。
「くっ、サフィナの速度には慣れてきたけど、やっぱ威力もさることながら、その魔法刀は反則だぜ」
弾かれそうになった盾を構え直してザッハが笑みをこぼす。
「ふむ……とりあえず今まで作った物と違って真っ二つとか、全焼は免れたみたいだね。奮発した甲斐があったよ。いやはや、あの狐ちゃんはとんでもない物を作ってくれたね」
ザッハの様子を見ていたシェリーさんが誰に言うわけでもなく、分析しながらも、ここにはいない某狐の魔工技師に文句を言っていた。
「妹よ、せい……コホン、メアリィ達が到着したぞ」
「おや、これはこれは、ようこそご一行様。良いタイミングだよ」
一区切りついたところで、シュバイツさんがシェリーさんに声をかけると、彼女はこちらを見て笑顔で答えてくる。
「メアリィ様ぁぁぁっ」
サフィナも私達に気が付き、猛ダッシュでこちらに駆けてきた。
先程までなんだか凄い攻撃を繰り出していた人物と同一とは思えないくらいのほんわかしたワンコっぷりに私はよ~しよ~しと頭を撫でてあげる。
「メアリィ様達、もう来たのかよ。まだ盾の調整中なのに」
サフィナに続いてザッハも持っていた盾の調子を見ながら近づいてくる。
「おや、問題があったかね?」
「今までの素材に比べて軽くて丈夫なのは良いけど、軽すぎて弾かれやすいんだよな。もう少し重くても良いんだけど」
「それはできないね。これ以上重くすると私一押しの性能に支障を来してしまうから」
ザッハの感想にシェリーさんが拘りを持って答えてくる。
「へ~、その盾、シェリーさんが作ったんですか?」
「そうだよ。サフィナちゃんがフィフィちゃんに作ってもらったっていう刀を見てね、前に見た時よりも完成されてて、そのクオリティになんかこう対抗心が、メラメラと燃えあがったのだよ。それで、ちょっくらお姉さんがなまくら刀にしてやろうかと盾を作ったら、あの狐ちゃんめぇ……私の作った盾を真っ二つにするは、燃やすはで思いの外苦戦してしまったよ、はっはっはっ」
(笑ってはいるのに対抗心をメラメラ感じるのは私の気のせいにしておこう)
「あの子は技術的にはとんでもない才能を持っていたけど、想像力はお粗末で、どうせ既存品レベルしか作れないと高を括ってたんだけどね。どこでどう間違えて、あんなオリジナリティ溢れる武器が作れたんだろう」
「それはですね、メアリィさっ、んぐっ」
「ど、どうしてなんでしょうね~、あはははっ」
シェリーさんがふとした疑問を口にすると、嬉々したようにサフィナが答えようとして、私は慌てて彼女の口を塞ぐと笑って誤魔化す。
「ち、ちなみにそのシェリーさんの作った盾の一押しって何ですか?」
「ん? ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれたね。一押しというより、それがメインと言っても過言ではない機能だよ。さぁ、ザッハくんっ! 答えてあげたまえ!」
「えぇ~、俺がぁ~」
私が話を軌道修正すると、その話題を待ってたのかシェリーさんがふんぞり返ってザッハに答えさせようとした。パスされたザッハはどことなく嫌そうであったが……。
「なんでそこで引くわけ? 言いたくないくらいやばい性能なの?」
「いや、やばいってわけじゃないんだけどさぁ」
「なら、もったいぶってないで教えなさいよ」
あのシェリーさんが自信を持ってご提供する自慢の盾。武器には結構興味を持っていたザッハがここまで渋るメインの性能とやらが、私はかえって気になってくる。
「……戻る……」
「え? なんて?」
ごにょごにょと言うザッハに、私はどこぞに出てくるような主人公みたいな台詞で聞き返した。
「だから、呼んだら盾が手元に戻ってくるんだよ」
「へ~、ほ~、それから?」
「それだけ」
「へ?」
「それだけ」
ザッハがキッパリ言い切ったので、私はシェリーさんの方を見ると、彼女はうんうんと満足げに頷いていた。
「ふっふっふっ、これには面倒臭がり屋の盾装備者もにっこりっ! 出かけるときに盾を取りに行く手間が省けるし、どこに置いたか忘れても呼べば飛んでくるからねっ!」
「飛んでくる?」
「そう……マジでブーメランみたいに回転して飛んできた。呼んだ相手を殺す勢いでね。初めて見たときはギリギリで避けたけど、後ろにあった木に突き刺さってた……」
シェリーさんがドヤ顔で語ってくれるが、一つ腑に落ちないワードを私が口にすると、ザッハが思い出したのか身震いしながら答えてくれた。
「それは……双方間に障害物があった場合、曲がったりして避けてくれるのかい?」
「そんな器用なことはしないっ! ただまっすぐ、純粋に、ひたむきに、なるはやで、装着者の元へ駆けつける。それがこの盾っ! あぁ、なんて健気な盾なんだろう。どこぞのただ斬るためだけに特化したつまらない刀とは訳が違うのだよ、訳がぁぁぁっ!」
私が言葉に困っていると、王子がシェリーさんに質問し、彼女はさらに意味不明なことで勝ち誇ってくる。
(そうだったわ。シェリーさんはサークレットの時もそうだったけど、戦闘道具というより、どちらかというと摩訶不思議なユニーク道具を作る人だったわ……そもそも、お互い目指す方向性が全く逆だから対抗とかそういうレベルじゃないような気がするんだけど……)
「それってもう盾じゃなくて、投擲武器じゃない? 盾を置いて自分と盾の対角線上に相手を入れたら呼んでぶつけた方が有効とか……」
「なるほど、そういう使い方もあるのか。さすが、メアリィ様」
二人の方向性は置いといて、その盾の優位性とはなんぞやと疑問を抱きながらも意見する私に、ザッハがポンッと手を打って感心してきた。
「いやいや、そんな用途で私はこの盾を作ったのではないぞ。そんなつまらない使い方をされてはせっかく内緒で使った材料が――」
「ここにいたのか、シェリーィィィッ!」
私とザッハの会話を聞いていたシェリーさんが異議申し立てをしていると遠くから大声を上げてロイさんがやってきた。この方、最初は私達に警戒心が強くて頭の固いエルフかと思いきや、私が会ったエルフの中で一番の常識人だったりする。そして、あの兄妹やどこぞのヴァンパイアに振り回される苦労人だったりもするのだ。
「あっ、やばっ……もうバレたか」
スゴい形相で走ってくるロイさんに向かってシェリーさんは気まずそうに呟くのが聞こえて私は一抹の不安を抱いた。
(あぁ、またなんか厄介事の予感がするのは気のせいだろうか)