こんなこともあろうかと……
「この私にそんなモノをけしかけてくるとはいい度胸ですわねっ! ギッタギタのボッコボコにしてあげますわぁぁぁっ!」
もはや話し合うという選択肢は皆無のごとく、ヴィクトリカは不敵な笑みを浮かべて鎧達の前に立ちはだかる。
「眷属、召喚っ!」
ヴィクトリカの呼びかけに応えて大きな魔法陣が出現すると、そこからズズズッと重量感たっぷり、迫力たっぷりに巨大な骨の竜が姿を現していった。
「ま、まさか、ボーン・ドラゴンッ! そ、そんな……オラの知る限りでアレを召喚できるのはたった一人……ほ、本当にあの悪ガキがと、当主様?」
ヴィクトリカの前に現れた巨大な骨竜を見て管理人さんが驚き、そこから導き出された事実に愕然としていた。その姿を見たヴィクトリカはご満悦なのか、フフンッとドヤ顔をして仁王立ちする。
「さっ……詐欺だぁぁぁっ!」
「誰が詐欺ですってぇぇぇっ!」
管理人さんに指差されながらそんなことを言われたヴィクトリカが激昂する。まぁ、世間に自分像を詐称した疑いが彼女にはあるので、私は擁護する気はないが……。
「えぇぇい、ボーン・ドラゴンよ、やっておしまいっ!」
「ゴアァァァァァァッ!」
ガンッ!
ヴィクトリカの命令に鎌首をもたげて吠える骨竜。だが、その頭はそのまま勢いよく天井に伸びていた大きな配管にブチ当たった。骨といってもそこは竜、私の場合は向こうが粉々になったが、今回は配管側が破壊された。
「あっ……」
角が刺さってしまったのか、骨竜が首を動かす度に配管が軋み、歪んでいく。そして、それは起こるべくして起こった。
「くっくっくっ、我が深淵の力に恐れ慄きひれ伏すがよっあびゃばばばばばばっ」
格好良くポーズを決めるヴィクトリカの頭上から大量のお湯が滝のように降り注いだ。言わずもがな、骨竜が配管をへし折り破壊したのだ。やらかした骨竜が「うわっ、やっべっ」みたいな素振りを見せてスススッとそこから離れる中、壊れた配管から流れ出る大量のお湯がちょっとした滝状態になっているにもかかわらず、ヴィクトリカはポーズを崩さないまま耐えていた。変なところで頑張る子だが、着ているモノはそうはいかないだろう。
「ヴィクトリカァ、水着が大事故を起こさない内に出てきた方が良いよぉ~っ」
「っぶはぁぁぁぁぁぁっ! お、おのれぇぇぇっ、この私になんたる破廉恥な攻撃をっ! 万死に値しますわっ」
「お前さんが勝手に自爆しただけだろがぁぁぁいっ!」
私の指摘に気が付き、慌てて滝湯から出てきたヴィクトリカはギリギリと歯噛みしながら顔を真っ赤にして恨み言を言う。そんな彼女に管理人さんからすかさずツッコミが入るのであった。
「お黙り、この変態がっ! 行けっ、ボーン・ドラゴン、今度へましたらおやつ抜きですわよっ!」
なんとも子供じみた物言いでヴィクトリカが眷属に命令する。そもそも骨竜におやつって必要なのかしらと変なところに引っかかってしまう私も私だが、骨竜が慌てて前に出て、鎧達と交戦しようとするところを見ると、必要みたいだった。
(う~ん、アンデッドの世界は謎だらけね)
骨竜の咆哮に臆することなく鎧達が大きな剣を振り回す。かなり重量のある大剣が勢いに乗って横薙ぎされて骨竜の足を襲った。だが、ガンッと鈍い音を響かぜ、大剣が弾かれる。お返しとばかりに骨竜が体を捻って尻尾攻撃を繰り出してきた。そこに別の鎧が盾を構えて割り込み、攻撃を防ぐ。その迫力に私は圧倒されて、思わず固唾を飲んで見守っていた。
「メアリィ様、神聖魔法をっ」
私がポケ~としているものだから、足が止まった鎧を指差しマギルカが助言してくれた。
「あ、はい。ターン・アンデッドッ!」
ほとんど条件反射で私は指定された鎧に神聖魔法を叩き込む。鎧が光に包まれこれで浄化されるかと思いきや、少しふらついただけで終了してしまった。
「えっ、効かない?」
「がぁはっはっ、こんなこともあろうかと鎧には神聖魔法に対して耐性を付与してあるのだよ。こんなこともあろうかと思ってなぁぁぁっ!」
私が驚くと、遠くからやたら勝ち誇ったように管理人さんが言い放ってくる。
「でも、全く効かないわけではありません。メアリィ様、さらに高階級の神聖魔法は? ヴィクトリカ様のお城の書庫で待ち時間の間こっそりなにかを読んでおられましたよね? 伺ったらこんなこともあろうかと言いたいからと内緒にしておられましたが、もしかしてっ」
「あ~……あれはぁ~……氷魔法です……」
こんなこともあろうかと、意気込み勇んで書庫を漁った魔法はご都合主義にはそぐわず、不発に終わるこの恥ずかしさ。しかも、相手側の方が成功してしまうという事実に恥ずかしさは倍増であった。
「……ごめんね、マギルカ~。私が不甲斐ないばっかりに……これからはなにを覚えていったら良いのか相談させてね……」
「あ、はい、分かりました。分かりましたからそんなしょんぼりなさらないでくださいませ。つい頼ってしまった私も悪いのですから」
期待に応えられず、恥ずかしさにいじける私をマギルカはヨシヨシと頭を撫でて慰めてくれる。
「そこぉっ、戦闘中にイチャイチャしないでくれますっ! 私だってねぇ、戦闘中に燃え上がった心で、こぉ~、麗しのお姉様とあ~んなことや、こ~んなこととか、イヒッ、イヒヒヒヒヒヒッ」
私達を見て、激怒するヴィクトリカは最後の方で妄想に耽り、キモい声で笑い出した。彼女の妄想の中のお姉様とは誰なのか……いや、止めておこう。
「イ、イチャイチャなんてしてないわよ。そっちこそ、戦闘中にそのキモい笑い声止めてよねっ!」
「キ、キモッ……この私に向かってなんたる無礼なことをっ! このしてやられ娘がぁぁぁっ!」
「あぁぁぁっ、そういうこと言うのね、言っちゃうのね。よぉし、戦争だ。表に出ろぉぉぉいっ!」
「表ってどぉ~こですか~、出口も分からないくせにぃ~、出られるものなら出てみなさいな、ぷぷぷのぷ~っ」
恥ずかしさを誤魔化そうとヴィクトリカに噛みついてみれば、あら不思議、骨竜に全ての戦闘を任せっきりだった私達は詰め寄りながら詰り合いをヒートアップさせてしまう始末であった。
「お二人共、危ないっ! アース・ウォール」
マギルカの注意の声で、私は骨竜をくぐり抜けこちらに迫ってきた鎧を確認でき、それが土壁に阻まれ、一瞬軌道修正したおかげで対処する時間が取れた。
「邪魔よっ!」
「邪魔ですわっ!」
私達の息ぴったりな蹴りが鎧にヒットし、綺麗に飛んでいく。ホッとするのも束の間、私達が蹴り飛ばした先を見てみれば、そこには大きな球体が一つ。
「「あっ……」」
お互い気が付き綺麗にハモると、ものすごい音を立てて、鎧がそこへ激突するのであった。
鎧がガラガラと音を立て球体から落ちると、私はハラハラしながらこの後どうなるか見守る。
「「「…………」」」
……ガッ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
私達が見守る数瞬の静けさの後、それを破るかのように球体が小刻みに振動し始めた。
(やばいっやばいっやばいっ、とっても不味い挙動じゃないのアレ)
高速に震える球体を冷や汗濁々で見守る私とヴィクトリカ。いつの間にやら鎧達と骨竜も戦闘を止め、球体を凝視している。
ゴゴゴ、ゴッ………
「と、止まった?」
「止まりましたわね」
私の呟きにヴィクトリカもゴクリと唾を飲み込みながら答えてくる。
ドッバァァァァァァッ!
球体の振動が収まったかと思った次の瞬間、骨竜が破壊しダダ漏れだった配管からその何倍もの勢いでお湯が噴き出していき、部屋に溜まっていた水嵩が一気に増して、足首辺りまで来ていた。
「な、なにが起こっ、あっつぅぅぅっ!」
異変に驚くのも束の間、ヴィクトリカが叫んで片足を上げる。さすがの私も周囲が湯気で覆われ始め、蒸し暑さを感じるとお湯の温度がかなり上がっていることに気が付いた。部屋のあちこちからプシューと湯気やお湯が噴き出しているのも最悪の状況を物語っている。
「お前さんら、なんてことをしてくれたんだっ! 魔力暴走によってアイテム本体が熱暴走を起こしてるぞっ。配水量までもが狂って暴走状態だっ! このままでは遺跡が水没、いや最悪、熱暴走に耐えられなくなって爆発するぞっ!」
「分かってるなら、止めなさいっ!」
「そいつの詳しい使い方なんてオラが知る訳ないだろっ!」
「知らずに使うんじゃありませんわよっ!」
「お前さんがしでかしたことだろっ、責任持ってなんとかしろいっ」
「あなたが無断で使用したのでしょ、責任持つのはあなたでしょうがっ!」
この緊迫の状況下で管理人と当主の醜い責任の擦りつけ合いが始まる。そうこうしている内にも水嵩は増し、球体は熱を帯びて陽炎のように揺らぎ初めていた。
「えぇぇぇい、こんなことしてても埒があかん、こうなったらっ」
不毛な言い争いから離脱したのは管理人さんの方で、彼はなにかをするべく球体の方へ走っていく。ああ、なんやかんや言っても緊急対策があるのかなとホッと胸を撫でおろして見守っていると、管理人さんはピタッと足を止め、クルッと方向転換した。そこはがら空きになった出入り口で、彼は一目散に走っていく。
「逃げるんだよぉ~っ!」
そう言って、彼は扉をくぐり抜け、バシャバシャと音を立てながら彼方へと消えていくのであった。
「……こ、こらぁぁぁっ、逃げるんじゃありませんわぁぁぁっ!」
気を緩ませていた私達はそんな彼の行動をポカンとした顔で見送ってしまい、ヴィクトリカが事態をやっと理解して絶叫する。
「ヴィクトリカ、私達も逃げよっ」
「止めなくてはダメですわよっ! あれだけ巨大なアイテムの魔力暴走は爆発も洒落になりませんもの」
「ど、どれくらいの規模なの?」
「少なくとも遺跡一帯は軽く吹き飛びますわね。あなた達はお逃げなさい、ここは当主として私がなんとかしますわ」
ここに来てヴィクトリカが当主としての責任論を持ち出してきたので、この事態の責任の一端を担った私は引くに引けない状態になってしまう。責任、それはとても怖~い言葉……。
「よ、よよよよよよ、よっし。オラがちょっくら行ってグーパンで破壊してくらぁっ」
プレッシャーに気ばかり焦った私は管理人さんみたいな口調になると、拳を握って球体を見る。こんな状況下でも心を持たない死霊の鎧達はお仕事を全うすべく、骨竜と攻防を繰り広げていた。
「あなた、変な口調になってますわよ」
「メアリィ様、下手に衝撃を与えたら爆発が早まるだけですわ、冷静になってください」
私の挙動不審にヴィクトリカが半目になり、マギルカが握った私の拳に手を重ねて解してくれる。
「ヴィクトリカ様、少々荒っぽいですが、あの球体が熱暴走しているのであれば冷却するのはどうでしょう?」
「なるほど冷やすのですね……しかし、あれだけの熱量となると並の魔法では逆に溶かされてしまいますわ。それにあの鎧達も邪魔ですわね」
私が深呼吸して精神安定を図っている内に二人の話が進んでいく。ふと、私を心配しているのかマギルカがチラチラとこちらを横目で見てくるのが見えた。
「……コホン、あの……ヴィクトリカ様は高階級の氷魔法を?」
「くっ、残念ながらあの火力ぶぁかのお姫様と一緒にされたくなくてそっち系を習得しておりませんでしたわ」
マギルカの質問にヴィクトリカが親指の爪をギリギリと噛みながらさりげなくどこぞのお姫様をディスってくる。彼女の端的な表現でその姫様とは誰なのかすぐに想像できてしまった自分に空笑いしていると、再びマギルカがこちらをチラチラと横目で見てくるのが分かった。
(まだ心配してくれてるのかしら? もう大丈夫だよって伝えた方が良いわよね)
「マギルカ、私はもう落ち着いたから大丈夫だよ?」
「そ、それは良かったですわ。それで……メアリィ様、他に伝えたいことは?」
マギルカの予想外な返しに私は「ん?」と首を傾げる。
(なんだろう? こんな事態になってしまったことを謝った方が良いのかしら? マギルカがそんなこと求めてくるとは思えないけど)
謝罪を求めているというよりはどちらかというとなにかを期待している眼差しに見えるマギルカに私はなんだかよく分からない焦りを感じ始めた。
(ど、どうしよう、マギルカはなにを期待してるの? 落ち着け、私、今までの会話を振り返って考えよう)
私は直近の会話を思い起こすとすぐにその答えが導き出されて、ポンッと思わず手を打ってしまう。
(なるほど、さすがマギルカ! あなたのバトン、確かに受け取ったわよっ!)
「ふっふっふっ、大丈夫よ、ヴィクトリカッ」
「ど、どうしましたの、急に? 熱気で頭がおかしくなったのですか?」
私が急に不敵な笑みを見せるものだから、ヴィクトリカが引き気味に聞き返してきた。
(ん、うんまぁ~、今回の失礼な言葉は大目に見ておきましょう)
「オホン……ふっふっふっ、こ~んなこともあろうかとぉっ、私がこうきゃいきゅう魔法をっ」
「ぷっ、噛みましたわね」
はい、ここぞと言うときに気が急いて噛むという失態を晒す、それがこの私メアリィ・レガリヤなのであった……合掌。
(あぁぁぁぁぁぁ、せっかくマギルカがお膳立てしてくれたのにぃぃぃっ!)