今明かされる衝撃の事実
あれから、望んでもいないのにどっかのアドベンチャー映画よろしく私達の冒険が繰り広げられた。
例えば、宝箱が置いてある部屋にたどり着き、ついついそれを私が開けてしまったが為に落とし穴に落ちて、いろんな生物の骸骨が薔薇の花弁を湯船に浮かばせるように大量に浮かぶ温泉を堪能したり……。通路を歩いていたらうっかり私が床に張ってあったトラップ用の糸に引っかかり、大量のお湯に押し流されるという流れる温泉を堪能したり……。温泉の周りをブ~ラブ~ラと揺れる大きな刃の振り子があって、それを避けて温泉に入れるとかいうスリリングを堪能したり……などなど。とにかくいろいろありましたのさ。
(えっ、私なら大丈夫じゃないのかって? 私は大丈夫でも着ている物が大丈夫じゃないのよ。流されたり、擦って切れそうになったときは肝が冷えたわよっ。ある意味、そこが一番の罠だったわ)
そして、当然のごとくそういった温泉を一番堪能させられたのが私だったりするのが、さらに泣けてくる。
「ここは……今までのところとちょっと違うみたいだね」
私が悲嘆に暮れていると先頭を歩くファルガーが足を止め、目の前の壁を見て言った。彼の言う通り、そこは今までと違って重厚でしっかりとした両開きの扉が存在している。
「扉があるのは最初の入り口にあった扉以来よね。そうなるとどこかに従業員さっ――」
「んっ、従業員がなんだって?」
「な、な~んでもございませんのよ、お気になさらずっ」
ファルガーの言葉に私がうっかりネタバレを言いそうになってヴィクトリカに口を塞がれてしまった。
「ちなみにヴィクトリカ様。ここにはなにか書いてあるのですか?」
「それが……ここだけなにも看板がありませんの」
マギルカの質問にヴィクトリカの意外な答えが返ってきて、私は塞がれ状態から解放されながら訝しがる。
「急に不親切設定になったわね。サービス悪くない?」
「ふっふっふっ、分かってないですわね、メアリィは。ここはきっと最奥の間なのですわよ。だからこそ、ここまで来た知恵と勇気で乗り越えてみせよとその扉は言っておりますのよっ!」
「その通りだよ、ヴィクトリカくんっ!」
私の愚痴にヴィクトリカが拳を握りしめて力説すると、彼女の力説が聞こえていたのかファルガーも拳を握って賛同する。
「なるほど、それも一理あるわね。だとすると、今までのパターンを考えて~」
「あの、メアリィ様。こちらの扉、普通に開きますよ?」
「「「へ?」」」
二人の盛り上がりに汚染され私もその気になって考え始めれば、マギルカがサラッと指摘してきて、両開きの扉をスノーに軽く押してもらっていた。すると、扉はズズッと引きずるように少し開いていくではないか。そんな光景を、ん~と口を引き結びながら無言で眺めてしまう私達三人であった。
「……ま、まぁ、普通に開くなら案内書きなんていらないわよね。ここまで来た知恵と勇気とやらのせいで扉が閉まっていて何か仕掛けがあるのかと勝手に思い込んじゃったわよ」
「あらあら、いやですわ、メアリィったら。一人で盛り上がっちゃって恥ずかしいこと」
「まぁ、そういうこともよくあることさ。どんまいだよ、メアリィくんっ!」
「ちょいとお二方。なに自分達は関係ないみたいな空気醸し出してるのよ。あなた達もこっち側でしょうがっ!」
恥ずかしさを分かち合うべき仲間に即行で裏切られ、私は思わず声を荒げてしまう。
「さ、さあっ、先に進みましょう、進みましょうっ!」
「そうだねっ」
私から視線を逸らし逃げるように扉へと向かう二人を、恨めしそうに見送る私。不貞腐れていても仕方がないので、気持ちを切り替えて私も開いた扉を潜るのであった。
扉を抜けた先は、今までより大きく広がっており、奥には大きな台座と階段がある。それをまるで守るかのように壁の窪みには巨大な鎧像が立ち並んでいた。その様相は、本当に最終地点にたどり着いてあの台座に秘宝とかありそうな雰囲気だった。いや、事実、台座には例の奇々怪々な像と一緒に直径三メートルくらいある巨大な球体が置かれていたのだ。近づいて分かったのだがそれはすでに起動しており、仄かに幾何学模様のようなモノを浮かび上がらせ光っている。
「あれは……なにかしら?」
「……強大な魔力を感じますわね。かなり高位のマジックアイテムなのでしょう」
「あれこそが、この遺跡の秘宝なんだよ。僕の考古学魂がそう叫んでいるっ!」
私の呟きにヴィクトリカが答えると、ファルガーが興奮気味に語ってきた。先の裏切り事件があったので私は二人の意見に半信半疑になり、落ち着いて鎮座する球体を観察する。
光っていて遠くでは分からなかったが、その球体は半透明な外殻をしており、中身が見える。中には液体が入っており、ブクブクと気泡が上がっていた。さらによく見ると管がその球体から伸びており、遺跡の床へと潜り込んでいる。
「……ねぇ、マギルカ。私の気のせいかもしれないんだけどさ、あの球体って……」
「……おそらく、私もメアリィ様と同じことを考えていると思います」
苦笑を浮かべながら、そっと側にいたマギルカに確認しようとしたら、彼女も同じような顔をして答えてきた。
「あのアイテム、お湯を~」
「沸かすアイテムなのでしょうね」
「い、いやいやいや、待って、それは早計かもしれないわよ。きっと温泉を貯めているのかもしれないわ」
「そ、そうですわね。温泉を保管しているのでしょう。これだけ広い規模の遺跡ですものね」
「「…………」」
私が思っていたことを確認しようとすると、やはりマギルカも同じ結論にたどり着いていたみたいだった。だが、そんなオチは認めたくなくてなぜか食い下がる私にマギルカも同調してくれるが、その先の言葉が見つからない。
(お客様には見せられない場所なので、看板がなかったのかもね。だったら、関係者以外立ち入り禁止とか、しっかり鍵掛けときなさいよ)
私が憤りを感じていると、興奮気味のファルガーが周辺を調査し始め、ヴィクトリカは例のアイテムをマジマジと見、そして固まる。
(あっ、気が付いた)
「いやぁ~、鍵を掛けるのを忘れてた、うっかりうっかり」
突如、知らない男の声が部屋に響き、私達は声のする方へと警戒する。私達が入ってきた扉にいたのは一人の中年男性だった。その風貌はスラッとしながらも筋肉質で、その声もなかなかに渋く、ナイスミドルなおじさんなのだが、着ているのが作業着みたいな服装に捻り鉢巻きというせいで一瞬「ん?」となってしまう。
「ん? あれまぁ、お客様かい。あ~、だめだよ~、勝手に入って来ちゃ~」
さらに、その言葉使いが私の中のイケおじイメージにミスマッチしており、ファルガーに続いたせいでこれが所謂ギャップ萌えというものかと錯乱するくらいにはなってきた。
「メアリィ様、あの方の瞳、それに牙。ヴァンパイアですわ」
私がモヤモヤしているのとは裏腹に、マギルカは冷静に判断して私に小声で伝えてくる。確かに男の瞳はヴァンパイア特有の黒目赤瞳であり、口を見るとそこに鋭利な牙が見え隠れしていた。加えてヴァンパイアは美形揃いが通説なので、目の前のおじさんも美形なのには納得しておこう。
「あ、あなたは?」
「ん? おらかい。おらはここを管理している者だよぉ」
「管理……まさか墓守……いや、それにしては人族に見えない。はっ、その特徴、もしかしてあの伝説のヴァンパイア」
「ん? おらはヴァンパイアだが、それがどした?」
「そ、そんなっ! そ、そうかこの遺跡はヴァンパイアの……だから、人の伝承にはなかったのか」
なんかかみ合ってるようでかみ合ってない会話を繰り広げるファルガーと管理人さん。そろそろ本当のことを話した方が良いんじゃないかと私はヴィクトリカを見る。
「ちょっと、そこのあなたぁぁぁっ! これはなんですのぉぉぉっ!」
ネタばらしをするのかと思いきや、巨大な球体を指差しながらオコなヴィクトリカであった。
「あ~、見られちゃったか。鍵を掛け忘れたのは失敗だったな。まぁ、仕方ない……」
「皆さん、気を付けてっ!」
管理人さんがやれやれとため息をつき、近くの壁に手を伸ばした瞬間、隣にいたマギルカがいきなり叫ぶものだから、緩んでいた気持ちが引き締まり、私は反射的に彼女を守ろうとその手を握り抱き寄せ、思いっきり後ろへ飛んだ。
すると、私がさっきまでいた床がガコンッと音が鳴って開いた。その範囲は広く、通常の人間のジャンプ力では回避できなかったため、暗い底へとファルガーが落ちていくのが見える。
マギルカの声に反応したのかスノーも大きく後ろに飛んで難を逃れ、ヴィクトリカは落ちそうになったがすぐに持ち前の飛行能力で落下を防いでいた。
「これは……落とし穴」
「あの方が時折壁の方を横目で確認していましたから、なにかするのではと警戒していましたので……」
「さすがマギルカ、よく見てるわね。助かったわ」
「いえ、私こそ。気付いただけで結局メアリィ様に助けられてしまいましたわ、すみません」
「ううん、私だってマギルカにいろいろ頼っちゃってるもの。だから、こういったことならもっと私を頼ってくれると嬉しいな。私、マギルカのこと全力で守っちゃうよ。なんてったって無敵なんだから」
マギルカが申し訳なさそうに話すものだから、私は彼女をしっかりと抱え直してえへへとはにかんでみせる。ちょっぴり気恥ずかしかったが本心なので、しっかりとマギルカに伝えたかったのだ。
抱き寄せていたマギルカを解放していると開いた床がまるで何事もなかったかのように閉まり、管理人さんは壁にあったスイッチらしきモノに手を伸ばしたまま、驚いた顔をしてこちらを見ている。
「驚いた。面倒を起こさず遺跡からお帰り願おうと思ったのに、まさか回避されるとは。さすが、ここまで来ただけのことはあるね」
(お帰りということは落ちたファルガーさんはそのまま外へ流し出されたとかかしら? まぁ、あの人ならどんなことがあっても無事でいそうな気がするけど)
管理人さんの言葉にマッスルな考古学者様のパワフルな行動を思い起こして、私は一人乾いた笑いを零す。
「こ、こここ、これはなんのつもりかしら?」
いまだ警戒しているのか若干フヨフヨと浮きながら腕組みするヴィクトリカの蟀谷がピクピクと痙攣していた。
「いや~、その湯沸かし器がバレそうだったもので」
そして、とんでもないことというか、予想通りというか、聞きたくなかった真実をシレッとカミングアウトする管理人さん。
「ゆ、ゆ、ゆわゆわ、湯沸かし器ですってぇぇぇっ! ここにあるのは全て温泉ではないんですのっ!」
「あれ? 気付いてたんじゃないの。ん~まぁ、最初のうちは温泉だけだったんだけど、勝手に規模を拡大していったらこう、足りないというかなんというか」
ヴィクトリカの指摘に淡々と管理人さんはぶっちゃけていく。
「勝手に?」
「ああ、トラップと温泉と水着のお姉ちゃんのコラボレーションを、長年に渡り妄想してあれも良い、これも良いと作っていたら増築に増築を重ねちゃってね。こりゃ温泉が足らんくなるわとマジックアイテムで増築分を誤魔化してみたら、あら不思議、維持費を誤魔化せちゃったんだよ、これが。いや~、現当主様が無関心で良かったわ、これで来年の費用も楽勝楽勝、はっはっはっ」
(あ~、それを現当主様の前でぶっちゃけますか……)
管理人さんの暴露に私は心の中で合掌する。
「ふっ、ふひ、ふひひひ、ふふふふふふっ……あぁははははははっ!」
当然といって良いのか、管理人さんの笑いに合わせてヴィクトリカが急に高笑いし始めた。ヴィクトリカがブチキレるとこんな感じになるのは承知している。
「いい度胸ですわっ! その耳かっぽじってよぉくお聞きぃぃぃっ! この私を誰と心得ますのっ! 私こそブラッドレイン家が当主、最古にして最強の吸血鬼ヴィクトリカ・ブラッドレインその人ですわぁぁぁっ! 頭が高ぁぁぁいっ!」
勢いよく……ではなくて、そっと丁寧に眼帯を外すと、ダイナミックな動きに合わせて口上するヴィクトリカ。牙を剥き出しにし、見せた赤い瞳がギラギラと光っていて、なかなかの迫力であった。思わず「ははぁ~」とどっかの時代劇よろしく平伏したくなるのは私だけだろうか。
「ブラッドレイン家の……当主様」
さすがの管理人さんもこれには驚き、固まっている。そもそも、ヴィクトリカ自身もここへ来るのが初めてだったので、彼が存在を知ってても彼女を一目見て当主だと認識するのは困難だっただろう。ご愁傷様ですとしか言いようがない。
「はっはっはっ、またまた~、嘘はいけないなぁ。当主様がお前さんみたいなちんちくりんなわけないだろう」
「だぁぁぁれが、ちんちくりんですってぇぇぇっ!」
管理人さんの予想外な反応にヴィクトリカが吠え、私も困惑してしまう。
「いいか、当主様はな、お前さんみたいなお子様ではなく、もっと妖艶な女性で大人の魅力たっぷりな、こぉ~、ボッキュンボンなんだそうだぞっ!」
なにやら見てて不愉快な手の動きをさせながら力説する管理人さん。せっかくのイケおじが台無しである。どうやら、一度も会ってないので情報と妄想だけを頼りに生み出された当主像が彼にはあるようだった。
「失礼ですわねっ! 私は妖艶でこぉ~、ボッキュンボンでしょうがっ!」
これは失礼。勝手な妄想どころか、本人が誤解を生じさせているようでございます。
「ボッ…………ふっ」
「っ!」
ヴィクトリカの抗議に管理人さんが彼女を頭から足先までサラッと確認した後、小さく鼻で笑うのが聞こえてビキッと蟀谷に血管が浮くのが見えた。
「ボッキュンボンとはな、そこの~……あっ、違うな」
「っ!」
そして、事もあろうに私を見た後そんなことを言ってきて、私はピクッと口元が引き攣ってしまう。
「あっ、そうそう、そこのお嬢ちゃんくらいなら未来がありそうで言ってもいっ――」
「ファイヤー・ボール!」
最後にマギルカへと視線を移して話した結果、ヴィクトリカによる怒りの火球が投げつけられるのであった。まぁ、これに関して私はヴィクトリカに注意する気はさらさらなかったし、むしろスッとしたとまで言っておこう。なぜかは、黙秘させてもらいます。
「あっぶなっ! こらぁ、ここは火気厳禁なんだぞ、引火したら大変なことになるだろっ!」
ヴィクトリカの火球を綺麗に躱した管理人さんがこちらに注意してくる。
「そんなこと知ったことではないですわぁぁぁっ!」
「いやいや、そこは気にしてよ。危ないでしょっ」
ヴィクトリカの物言いに私は思わずツッコミを入れるが、彼女は気にせず攻撃を続けていた。
「くそっ、せっかく利用客が来たかと思って期待したのに、こんな悪ガキが来るとはとんだ災難だ。遺跡の一部も破壊されたみたいだし、このままではいろいろ壊されてしまいそうだぞ。えぇぇぇい、こうなったらアレを使うまでだっ!」
管理人さんが一人、ヴィクトリカの攻撃を避けながら愚痴っていると、ある方向へ走りだし、壁に備え付けられていた箱を開けた。
「守護者の皆さぁぁぁん、出番ですよぉぉぉっ!」
管理人さんは叫びながら箱の中にあった鐘をカンカンと叩いて鳴らす。すると、部屋のあちこちからガシャンと金属の擦れる音が鳴り響き、さすがのヴィクトリカも攻撃の手を止め辺りを見回した。
「メアリィ様、壁にあった鎧像がっ」
マギルカが指さすその先には、取り囲むように鎮座していた巨大な鎧像達が命を持ったように動き出す様であった。
『あれってリビングアーマーよっ! やばくないっ?』
「リビングアーマー。死霊の鎧ってやつね、なるほどなるほど」
『ちょっとぉぉぉ、なに達観してるのよ、あなたはっ』
「はははっ、この部屋に入ってアレを見たとき、どうせ最後には動くんだろうなぁって半分諦めていたのさっ! どうだ、参ったかっ!」
スノーに対して謎のマウントを取り出す。それほどに今の私はもうやけくそなのだ。
(神様。もう、温泉に入りたいだけなのにとか我が儘言いませんからこれ以上騒ぎを大きくしないでください。お願いします)
温泉に入ってゆったりしている自分をまるで儚い夢のように想像しながら、私は天を仰ぎ見るのであった。
【宣伝】「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」のコミックス第4巻が発売中でございます。皆様、よろしくお願いいたします。




