わぁ~い、温泉、だ?
「それは……災難と言いましょうか、なんと言いましょうか……」
水着を物色しながら一人蚊帳の外にいたマギルカがコメントに困ったように同情を口にする。
事の発端であるファルガーはヴィクトリカに蹴り飛ばされた後、裸について注意すると、僕は気にしないがと言ってきて再びヴィクトリカに蹴り飛ばされていた。私達がダメなんだと言ったらやっと気が付いてくれて、今は腰蓑擬きを身につけ、部屋から出て待ってもらっている。
「それにしても、古代遺跡に挑もうってときに水着に着替えるってどうなの?」
「斬新で良いんじゃありませんか。我がブラッドレイン家は他とは違うのですわよ、他とはっ」
意気揚々と水着に着替えたヴィクトリカが私の前で胸を張ってドヤッてくる。
「とはいえ、私達もわざわざ水着に着替えなくてもよろしかったのでは?」
「……日夜ここを管理していた従業員さんのことを思うとね……使ってあげようって思わない?」
未だ煮え切らないマギルカが質問してきたので、私は着替え終わった水着の着心地を確かめながら、今は亡き従業員さんがいた所を見つめる。マギルカも思うところがあるのか以後、なにも言わずに水着に着替え始めるのであった。しかしながら、ここにある水着、ビキニタイプが多い、いや、それ以外無いような気がするのは気のせいだろうか。
「お待たせしました~って、なにしてるんですか、ファルガーさん?」
三人とも思い思いの水着に着替え、足湯のある部屋で待っていたファルガーに声をかけてみれば、彼は例の奇々怪々な像にヤモリのごとくへばりついて、ワサワサと這い回っていた。思えば、最初に出会ったときも天井付近でこんな状態になっていたのだろうか。
(もはや考古学者の動きじゃないわね。これが普通の考古学者だと言うなら私は打ちひしがれて泣く)
「う~ん、この像を調べていたんだけど、僕が知るどの文明にも当てはまらなくてね。大変興味深くて、隅々まで詳しく調べていたんだよ」
(まぁ、子供の落書きですからね。それの類似品が古代にあった方が……どんな文明だったんだろう、ちょっと興味深いかもしれないわね)
「まぁ、それは後でじっくり調べるとして、今は先に進むとしようじゃないか」
さっと像から飛び降り、私達の前に現れたファルガーは意気揚々と通路の奥へと歩いていく。
そして、着替え室を越え、次なる部屋へと踏み入った私達に待ちかまえていたものとは……。
「すごぉ~い、大浴場だぁっ! もしかしてこれ全部温泉っ!」
目の前に広がる大きなお風呂場に私は声を出して大喜びした。ここまで散々煮え湯を飲まされたような気分だったので、感動も一入である。強いて言うなら、浴場が一つで明らかに混浴を狙っているところはいただけないが……。
「ふむ……これは温泉……つまり……」
さすがのファルガーも古代遺跡に温泉という組み合わせに違和感を覚えたのか、お湯を確認しながら考え込んでいる。
「なるほど、そうか。ここは温泉が豊富で、おそらくここに文明を築いた古代人はこの温泉を神、もしくは崇拝の対象にしていたのかもしれない。ならば、あの像は温泉の神? う~ん、あの奇怪な形は温泉となにかしら結びつきがあったのかな?」
やっと気付いたかと思いきや、さらに暴投していく考古学者様であった。
「まぁ、専門家の人は放っておいて、私達は温泉に入ってみようよ」
「水着でお風呂に入るというのもなんだか変な気分ですね」
「じゃあ、脱ぐ?」
「さぁ、入りましょうか、メアリィ様」
マギルカを温泉に誘ってみれば、気持ちは分からなくもないことを言ってきたので気を利かせて彼女の水着に手をかけると、逃げるように私から離れて温泉へと向かっていく。
「キミ達、ここにも罠があるかもしれないから気を付けるんだよ」
湯船に入っていく私達を注意しながら、ファルガーは辺りを調査し始めた。こんな温泉地に罠を作るようなことはないだろうと私は無警戒に入っていき、ゆっくりと腰を下ろしていく。
「わぁ~い、これが温泉かぁ~、広~いぃ」
「メアリィ様、そんな格好で移動しては、はしたないですよ」
肩まで浸かった後に、仰向けになって身を任せるとプカプカしながら中央へと移動していった。角で慎ましく湯に浸かっていたマギルカに窘められて、私は上体を起こすとそちらを見る。
「せっかくの温泉なんだからそんな隅っこにいるのはもったいないでしょ。もっと中央で、ん?」
中央に到着すると、そこは周りに比べて円柱状に少しせり上がっており、座りながら半身浴を楽しめるようになっていた。これはサービスが良いなと思い、私は迷わずその台に腰を下ろす。
お尻がその台に触れた瞬間、箍が外れたようにその台がズッと私を乗せて若干沈んでいった。すると、それに合わせるかのように部屋内部にゴゴゴッと地鳴りが響き渡って、入り口が岩壁で勢いよく塞がれる。
「はい?」
なにが起きたのか咄嗟に判断できなくて、私は閉まった扉を眺めて呆けていた。
「しまったっ、これは罠だっ! なにかのきっかけで罠が発動してしまったみたいだぞ」
事態をいち早く察知したファルガーがどことなくワクワクしながら周囲を警戒する。彼の言葉に私は座ったまま固まってしまい、温泉の熱さが原因ではない汗を垂らしていた。
(やばっ、もしかしてこれ、ゲームとかでよくある重量で感知する系の床トラップだったりするのかしら)
「メアリィ様?」
「ぴゃっ!」
この緊急事態に一人固まっている私に違和感を覚えたのか、マギルカが不思議そうな顔で話しかけてきた。
「ち、ちちち、違うのよ、わざとじゃないの。だって、お湯の中に重さを感知するようなスイッチ作るなんて思わないじゃない。浮力があるのに重さってねぇ、あっ、いや、私が重いとかそんなことじゃないから」
「落ち着いてください、メアリィ様。早口でなにを訴えたいのか分からなくなっていますよ。深呼吸、深呼吸です」
焦った私はノーブレスで頭に浮かんだ言葉をそのまましゃべった結果、自分でもなにが言いたいのか分からなくなってきた。マギルカに諭され、私は深呼吸する。私が落ち着いたかなと思ったとき、ガコンッと大きな音が部屋に響いた。
「天井を見ろ、鉄杭が出てきた。これは、閉じこめた後どんどん下がってくる系の罠だねっ。このままだと僕達はあのトゲトゲの天井に串刺しだっ」
なにが起きたのかご丁寧に説明口調で語るファルガーはやはりどこかワクワクしているところがある。映画などでよく見るシーンをまさか自分が体験するとは思いもよらず、私のパニック度は増していった。
「ど、どどど、どうしよう、マギルカァァァッ!」
「おち、落ち着いてください、メアリィさぶはぁっ!」
「ごめん、ごめんねぇぇぇっ、私のせいでぇぇぇっ!」
「ちょ、やめっ、水着がずれッ」
どこかの映画で観た最悪の結末を想像してしまい、混乱状態になった私はマギルカに抱きつき、二人して勢いよく温泉の中へとダイブする。さらに、私はお湯の中で懺悔しながらマギルカと一緒にバシャバシャするのであった。
「あっ、なるほど、こういうことだったのですね」
私が一通りワチャワチャしていると、のんびりと温泉に浸かっていたヴィクトリカが手を打ち、なにかを納得しているのが見えた。
「あなた、なに暢気にお風呂入ってるのよっ」
自分がパニックになると、一人冷静でいる人に理不尽にも噛みつきたくなるのが人様と言うものだ。いや、小心者の私だけだなこれは……。
「いえね、ここに入る前に『串刺し天井温泉、迫り来る刺々しい天井罠というスリリングな景観を楽しみながら、ゆったりと温泉をご堪能ください』って書かれていたのを見て、先程までなんのことかと考えていましたの」
「堪能できるかぁっ、そんなものぉぉぉっ!」
緊急事態な為、淑女らしからぬ発言は大目に見てもらいたい。
「キミ達っ、こういう類の罠は必ず解除する方法があるはずだ、それを探してくれっ! 僕はこの天井の落下を少しでも遅らせることにしようっ!」
私達が温泉中央で騒いでいると離れたところからファルガーが大声で話してくる。
遅らせるというのだから、学者らしくなにかこう頭脳的に対処するのかと思いきや、手頃な台の上に飛び乗り、両手で天井の尖った部分を握りしめると、フンッと筋肉を隆起させそれを押し上げようとした。それで落下を遅らせようとするまさかの物理的強行手段に出た考古学者の姿に、幸か不幸か私のパニック値がスゥ~と下がっていく。
「ねぇ、あの閉まった扉を魔法でぶっ壊せば良いのでは?」
「それはダメだっ!」
「ダメですわよっ!」
冷静になってきた私の素朴な提案に、ファルガーとヴィクトリカが一斉に止めてくる。
「な、なぜに?」
「この遺跡は山の中だし、作りが古く脆くなっているかもしれない。魔法の衝撃で一帯が崩れ落ちて生き埋めになってしまう可能性がある。それになによりここは僕が単独で見つけた謎の古代遺跡だから、後でじっくりたっぷり研究調査したいので、扉の一つだろうとそのまま保存しておきたいっ!」
「なるほど、ごもっともなんだけど、後半の方が言葉に力があるのは気のせいでしょうか? ねぇ、ヴィクトリカ」
「そんなことはどうでもいいですわ。それよりもここの維持費を誰が払っていると思いますの。もし、壊したら修理費が発生してオルバスに怒られちゃいますわよっ」
「ちょっと待って。それは人命より優先されることかい?」
ファルガーの言い分に多少納得しつつ、私は隣で切実に抗議するヴィクトリカの言い分には異議申し立てしたい気分になった。エミリアといい、ヴィクトリカといい、私に縁のあるレリレックス王国の人は時折どうしてこう、金にうるさくなるのやら。
「と、とにかくこの罠を解除しますわよ、皆さん」
私の抗議の目を避けるようにヴィクトリカが離れていき、私はマギルカの方を見る。彼女は着崩れた水着を直しながら、こちらから距離をとって警戒していた。私は天井が怖いので温泉に浸かると四つん這いになってスィ~とマギルカの側に寄っていく。
「ごめんね、マギルカ。もう揉みくちゃにしないから許してぇ」
「そ、そうですか。メ、メアリィ様はもうちょっと突発的な出来事に対して冷静に対処できるようになってくださいね」
「善処します」
マギルカに窘められ、私はこればかりは直せるかどうか自信がなかったので言葉を濁しておいた。
「それで、ヴィクトリカ様。解除するとおっしゃるのならその方法がどこかに書かれてあったのでしょうか?」
「ええ、書いてありましたけど、その方法はダメっぽいですわね」
私に習ってか、マギルカも屈み込み温泉に浸かりながらヴィクトリカに聞く。すると、ヴィクトリカも釣られて温泉に浸かると私のように四つん這いになってスィ~とこちらに寄ってきた。
「え、なんで?」
すでに解決方法を知っていながら、それを渋るヴィクトリカに私は思わず詰め寄る。
「だって、解除するには扉の外のレバーを引いてくださいって書いてありましたから」
「なぁぁぁんでそんな嫌がらせするのよっ! もっと優しい攻略にしてくれなきゃいやだっいやだっいやだぁぁぁっ!」
「ちょ、やめっ、脳が揺れまっ!」
駄々っ子モードに突入した私はあっけらかんとしていたヴィクトリカの肩を掴んでシェイクする。
『お~い、メアリィ~ここ開けてぇ~。温泉見つけたんでしょ~、私も入りたいぃ~』
再びパニックになろうとしている私の頭の中にのほほんとした声が響いてきた。バッとものすごい勢いで私が扉の方を見ると、それを見ていた二人がギョッとする。
「スノー!」
そういえば、入り口に置き去りにしておいた駄豹、ならぬ神獣様のことに今更ながら思い出した私は温泉から出て扉へと駆け寄っていく。天井の方はファルガーの奮闘空しくどんどん下がっていく一方で、その圧迫感にまだこちらに到達するのは先だと分かっていても自然と中腰になってしまう。
「スノー、ここを開けてっ!」
『は? 開けるのはそっちでしょ。意地悪しないで開けてよぉ~』
私が扉越しにスノーに呼びかけると、向こうからカリカリと扉を掻く音が聞こえてきた。
「ちっがぁぁぁうっ! 私達が罠に嵌まって閉じこめられてるのっ!」
『あ~、はいはい、でもだ~いじょうぶでしょ。あなたはその程度じゃ死にゃしないわよ~』
「私は大丈夫でも、『私のせい』で皆がやばいのよっ!」
『なるほどなるほど、まぁ~たやっちゃいましたか。いいですかお嬢様、常日頃から気を配りっ』
「テュッテの物真似でお説教するんじゃないわよっ! いいから、ここを開けてっ! 近くにレバーみたいなのがあるはずよっ」
『ん~、レバーレバーっと……あ、この壁の窪みに垂れ下がっている輪っか付きの鎖かしら?』
「たぶんそれよっ! それを引き下ろして」
なんとか解決策が見え、これで私のやらかしは被害を最小限に止めて有耶無耶にできると胸を撫で下ろす。
だが、一向に変化が見られなかった。現在も絶賛天井がずり落ち中である。
「スノー?」
『……メアリィ。前足が窪みに入らなくて鎖が引けない』
「根性入れて、捻じ込みなさいっ!」
スノーの言葉に無茶振りで私が返答すると、ガンッとなにかの衝撃音が扉の向こうから聞こえてきた。
『あっ、壊れた』
「こらぁぁぁぁぁぁっ!」
向こうでなにが起こったのか説明されなくても大体想像できた私は、周りの目も気にせず絶叫してしまう。
『仕方ない。よし、壊そう』
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って、なに言ってるの、スノーさん?」
『そぉいっ!』
スノーの掛け声と共に、目の前の扉がズシ~ンと揺れる。彼女が体当たりをしたことが一目瞭然だった。もちろん、扉と一緒に周辺の壁がヒビ割れていく。
「ちょ、ばっ、やめっ!」
『そぉいっ!』
私がやばいと思って咄嗟に横に飛ぶと、先程までいた場所にドカンと轟音を鳴らして砕け散った扉が飛んでいく。ついでに、フワフワの白い巨体も飛び込んできた。
『はい、開けました~』
「このおバカァァァッ! なんてことするのよっ」
颯爽と現れたスノーは私の前で自信満々に語りかけてくる。そんな彼女に私は猛抗議した。後ろの方でファルガーとヴィクトリカの絶叫が聞こえたが聞かなかったことにしておこう。
そして、ファルガーの予測通り、壊した扉周辺がブロック崩しのごとくどんどん亀裂が広がって崩れ落ちていく。あっという間に私達が通ってきた通路は完全に崩落し、使い物にならなくなった。つまり、私達は罠を止める手段どころか脱出経路すら、失ってしまったということだ。
「よし、こうなったら全て破壊しよう」
『あなたも人のこと言えないじゃないのよっ!』
私の脳裏にふと過ぎった結論をそのまま口にしてみれば、スノーにツッコミを入れられてしまう始末。
と次の瞬間、ズドンッと大きな振動が部屋全体を襲い、なんと天井の罠が止まった。
「……と、止まった?」
杭を止めようとしていたファルガーが異変にいち早く気が付き、上っていた台から降りてくる。
「これは、あれかな。崩落の影響で偶然にも仕掛けが停止するというパターンかもしれないね」
ファルガーが一人納得するように語ると、私は真相を知りたくてヴィクトリカに寄っていく。
「それで、実際のところはどうなのよ?」
「偶然ではないですわよ。こういった事故が起こった場合、速やかに停止させて安全確認するのがトラップ管理の常識ですの」
「そんな常識、知りたくなかったわ」
誇らしげに語るヴィクトリカを見ながら、なんとなくそうじゃないのかな~と思っていたのであまり驚かなくなってきた自分にそれで良いのかと悩み出す私がいる。
「あっ、それと修理が必要なら係員が誘導に……」
さらに付け加えようとしゃべりだしたヴィクトリカに合わせて一カ所壁がスライドしスケルトンが現れた。むろん、ファルガーにボコられる結末しか見えなかったのは言うまでもない。
「ふ~、危ない危ない。二重トラップだったとは恐れ入ったね。でも大丈夫、新しい道が見つかったよ。さぁ、ここから出ようか」
「……そうですね」
私とは別ベクトルの解釈をひた走るファルガーの先導の下、私達は崩れかけた温泉を後にするのであった。
(神様、できれば他に温泉があって、それが変なアトラクション付きじゃありませんように)
【宣伝】「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」コミックス第4巻が2020/5/9に発売いたします。私もカバー裏面にSSを書かせていただきましたので、ご興味のある方はぜひ買ってくださいね。