温泉への道は……
入り口を抜けると、そこはまた大きな部屋で天井も高く、中央にはこれまた不可思議な巨大像が鎮座していた。
芸術に関してはさほど得意ではないのでこれをどう評価して良いのか分からない。正直な話、私からすると小さな子供が描いた独創的な絵をそのまま像にした感じである。なんとなく分かるのは、それがなにかしらの生物を形にしたくらいだろうか。まぁ、それだって変にくねった手足らしきモノがあるからそう思おうとしているだけかもしれないが……。
「ぅわ~ぉ、これまたなんと言って良いのかしら、随分と独創的な……」
「ヴィクトリカ様、これはなにを表してるのでしょうか? ひょっとして吸血鬼の歴史になにか関係するものでしょうか?」
私が若干引いている隣でマギルカがこれまた知的好奇心を刺激されたのかキラキラしながらも、私達にだけ聞こえる程度の声量に抑えてヴィクトリカに聞いていた。
「そ……そんな大層な代物じゃ~、ございませんわよ」
いつもならここで誇らしげに返すヴィクトリカがなぜか言い淀んで目線を逸らす。
「なになに、怪しいわね、ヴィクトリカ。これはなんなのよ、ねぇねぇ、教えてよ」
ヴィクトリカの珍しい反応に私も知的好奇心が刺激され、キラキラしながら、いや、どちらかというとニンマリと言った方が正しいのだろうか、とにかく彼女に詰め寄っていく。
「…………ですわ」
「え? なんだって」
ボソボソとしゃべるヴィクトリカに私はどっかの難聴主人公みたいな台詞で聞き返す。
「それは、子供の頃私が描いたお父様ですわ。まさか、そんな昔のモノがこんな所で具現化されていたとは……お父様の部屋に今も額縁で飾られているのだって恥ずかしいのに……」
「「…………」」
両指をツンツンと合わせながら恥ずかしそうに吐露するヴィクトリカに、私達は返す言葉が見つからず、無言になってしまった。
(そりゃ、恥ずかしいわね。私だって子供の頃のモノを今出されたら、悶絶する自信はある)
私の場合は生まれた頃から精神年齢が高かったので、そのような黒歴史は打ち立てていない、はずだ……たぶん。
まぁ、未だにそれを持ち出してくるところを見ると、当時はとても嬉しかったのだろう。加えて、こういった場所に自分の像を立てちゃう人とかがいるのは分からんでもないが、なぜそれを今ここでチョイスしたのか甚だ疑問ではある。
「なるほど……」
私がこの話題はもう止めようとしたとき、ファルガーが像に近づきマジマジと見つめて、なにかを納得した感じだった。
「……こういったパターンだと、これはこの遺跡にあった文明のなにかを象徴しているものというのがお約束だね。宗教的ななにかかな。それにしてもこんな『奇怪なモノ』は見たことないよ。『邪神』とか、『禍々しいモノ』を崇めていたのかもしれない。ん~、なにを表しているのだろう、とても興味深い」
(それはヴィクトリカのお父様です。掘り下げるのは止めたげて、彼女のライフはもうゼロよ)
ファルガーの斜め下っぷりな暴投にヴィクトリカがちょくちょく精神的ダメージを受けて悶絶していた。
「メアリィ様、あの像の周りに水らしきモノが溜まっていませんか? しかも湯気が」
悶絶しているヴィクトリカを生温かい目で見守っていた私に、マギルカが言ってくる。その言葉に私はハッとして像の周りを確認してみた。
確かに、像を囲んで水が張っている。その水は近づくと温かさを感じて湯気も上がっていた。
「これって、もしかして温泉?」
「待って下さい、メアリィ様。私が確認します」
私が無意識に確認しようと手を伸ばすとマギルカが待ったをかけてくる。
「え? なんで」
「もしそれが普通に火傷レベルの熱湯だったらどうするのですか?」
私の疑問にマギルカが即答する。危険なことなら私がした方が良いのだが、マギルカが指摘するのはその逆だ。私の場合、危険なはずなのに危険じゃなくしてしまう恐れがある。それをファルガーに見られたらまた要らぬ称号が私に付与されるかもしれない。
「さすがマギルカ、細かい所に気が付くわね。頼りになります」
「テュッテからメアリィ様は日常的な何気ない行動でヌけておりますので注意してくださいと言われておりましたので」
「なるほど、さすがテュッテね。後で言い回しに関して話し合うところがあるようだけど、そこのところどう思う、マギルカ?」
「と、とにかく確認しましょう」
私が半目で納得いかないオーラ全開にしていると、マギルカは視線を逸らして逃げるようにお湯がある所へ小走りしていった。
「……程良い温度のお湯ですね。これが温泉というものでしょうか?」
「う~ん、スノーが見つけた温泉に比べたら広いけど、人が浸かるだけの深さはないわね」
マギルカのチェックが済んだので私も手を入れながら深さを確認してみたが、お湯は浅く私達の膝下くらいまでしかなかった。
「ん? 膝下……膝、足……あっ、足湯っ!」
私は連想ゲームのように一つの答えを導き出す。
「あしゆ?」
当然のごとく私の発言にマギルカは首を傾げていた。
「足をお湯に浸からせて疲れを取る感じかな。マギルカもここまで歩き詰めだったでしょ、ちょうど良いんじゃないかな」
私も詳しいことは分からないので、前世で観た映像を頼りに説明してみる。とりあえず周りを確認し、良い感じに座って足を入れられそうな場所を見つけると、私は裸足になってみた。
「ふぃ~……まぁ、こんな感じかな。マギルカもどう? 気持ち良いよ」
「……では、失礼して」
私が足湯に浸かるのをマジマジと見ていたマギルカは、慌てるように裸足になると恐縮気味に私の隣へと座ってくる。
「あっ、良いですね。これが足湯ですか。ふぅ~、足の疲れが取れそうです」
「でしょ~」
「……とはいえ、周りがどうにもアレなので少し落ち着きませんわね」
「確かに……温泉っていう風景じゃないわね」
マギルカが苦笑を零す中、私は目の前に鎮座する奇々怪々な像を眺めて言った。
「ちょっとあなた達、そんな所でなにを寛いでおりますの? ここは古代遺跡なのですわよ、もっとこぉ~、緊張感を……」
「ヴィクトリカもどう? 気持ち良いよ」
私達がマッタリしているのがご不満なのかヴィクトリカが優等生みたいなことを言ってきたので、私はパシャパシャと温泉を足で掻きながら彼女も誘ってみる。
「…………ま、まぁ、どうしてもと言うのでしたら入ってあげてもよろしくってよ」
「いや、別にどうしてもじゃなっ」
「あ~、そうですの、そうですの。メアリィったらそんなに私も入って欲しいのですわね。もぉ~、仕方がありませんわね」
面倒くさいことを言ってきたヴィクトリカに私はお断りをしようとしたところ、すかさず彼女は近づいてきて恩着せがましく言ってくる。
「ヴィクトリカくん、すまないがここにも文字があるみたいなんだ。解読してくれないかい」
ヴィクトリカがウキウキしながら裸足になろうとしたところ、離れたところでファルガーに呼び止められた。
彼は私達が足湯を楽しんでいる間に周りを調査していたみたいで、今は私達を見ず通路の方を見ている。
「ほらほら、遺跡の宣伝頑張らないと。いってらっしゃ~い♪」
「…………」
私は裸足になろうとしたまま固まるヴィクトリカにとびっきりの笑顔を見せて手を振りながら彼女を見送ってあげることにした。そんな私の態度にぐぬぬぬっと口惜しそうな表情で、ヴィクトリカはファルガーの下へと向かう。
「ここなんだけど、どうかな?」
「……えっとですわね、これはこの先にあるモノに関して書いてますわね」
(あれ? 紐解け~なんちゃらと謎のポーズはどこいった? ほんと、大丈夫かしら、そんな雑設定で)
自分も入りたかったのに呼び止められて、ちょっぴりオコなヴィクトリカはついさっきした前置きをすっ飛ばして、ちゃっちゃと翻訳し始める。
「ほうほう、なんて書いてあるんだい」
「奥にある宝箱から一つ装備して、他の道に行くのを勧めていますわよ」
(おいこら、謎設定すらどこいった。それじゃあ、アトラクションの案内書き感が半端ないじゃないのよ)
「……なるほど……これは罠か、はたまたなにかしらの意図があるのか……謎だね」
私のツッコミ空しく、どうやらファルガーには未だ謎設定が生きているみたいだった。本物の古代遺跡だと思っているファルガーにとっては、この温泉アトラクション付きパチモン遺跡はやることなすこと謎しかないのだろう。
「とはいえ、宝箱と聞いては黙っちゃいられないわね。なんかこう、無性に開けたくなってくるわ」
「分かるよ、それが遺跡のロマンというものさっ!」
私の言葉に離れて聞いていたファルガーがサムズアップで賛同してくる。それに対して喜んで良いのか、悲しんで良いのか、どっちなのかは定かではないが、宝箱を見たらとりあえず開けたくなる、仕掛けレバーを見たらとりあえず引きたくなるのが世の常というものだ。いや、私だけかもしれないけど……。
とにかく心がウズウズして、私は足湯から出ると、裸足のままパタパタとヴィクトリカ達がいる所へ歩いていった。
そして、その先にある部屋を覗いたところ、そこにいたスケルトン従業員さんが、有無も言わさずファルガーにオラオラされて破壊されたことをここに報告しておこう。
(あれはなんだったのかな~、宝箱を拭いていただけのように見えたけど……ご愁傷様です)
私は一人、心の中で合掌する。
「ふぅ~、宝箱を守るモンスターは定番だね。はてさてなにを守っていたのかな」
(守っていたのではなく、皆様が心地良く使えるように掃除していただけなのではないでしょうか)
「おっと、これは開けると罠が発動するケースみたいだね。遺跡では定番だ、僕が開けるから待っていたまえ」
(それはおそらく盗難防止策であり、従業員さんに言えば危険なく開けてくれると思うのは私だけでしょうか)
私とファルガーとで遺跡への思いにズレが生じ始め、私の中のセオリーがおかしくなっていく。そして、ファルガーは慎重に仕掛けを調べて解除していくのではなく、フンッと一声強引に箱をこじ開けると続いてなにか飛んできたモノを受け止め握り潰していた。
(はははっ、考古学者ってなんだろうね……)
遺跡もさることながら、私の中の考古学者像もついでにおかしくなっていく。
「これは……服、かな?」
宝箱を一人漁っていたファルガーが不思議そうに中の物を一つ取り出した。
「あ、それって水着じゃ……」
レリレックス王国へ行ったとき、自分発祥で生まれたかもしれない女物の水着とそっくりだったので私はすぐに気が付いた。とはいえ、最近のファッションが遺跡の宝箱にあること自体おかしいだろう。しかも、よく見るとサイズ違いでいろいろあるが、全部女物ときたものだ。男物は若干あったが、古くなってボロボロの腰蓑レベルである。
そこでふと、遺跡にある宝箱の装備でそのまま使える物があるということは、マメに交換、もしくはメンテナンスしているのだなぁ~と感心しつつ、あちら目線で考えてしまう自分に悲しくなってきた。
(だめだわ、もう末期かも……)
「古代遺跡に水着とは……なにを意図しているのだろうか。ハッ、もしかして、これは遺跡によくある最深部へとたどり着くための試練みたいなものだろうか」
(たぶん温泉で服が濡れない、温泉に入りやすいようにという向こう側の配慮ではないでしょうか)
「で、本当に試練みたいな感じなの? 変な呪いとかないわよね」
自分の想像で勝手に判断してはいけないかなと私はこっそりヴィクトリカに確認してみた。
「ないですわね……あそこに書いてあるのは水着を着るも良し、なにも着ないのも良し、特に女性の方は後者が望ましいと書いてぇ~……」
「ちょっと、そこのお父様。それって下心が……」
「あ~うん、それに関してはお父様を擁護する気はありませんわね」
「じゃあさぁ、あそこにある最近の水着って……」
「おそらくその辺のこと『だけ』はしっかり管理するよう指示していた名残なんじゃないでしょうか。はぁ~、これだから男ってのは……」
「ん? なにも着ないというのもありなのかいっ。よし、ならばその試練、真っ向から受けて立とうじゃないかっ!」
「「へ?」」
「フンッ!」
私達の会話の一部をかろうじて聞き取ったファルガーがなにを思ったのかその場で着ていた服を爽快に全て脱ぎ捨て仁王立ちしている。
「うきゃぁぁぁぁぁぁっ!」
「乙女の前でなにしてくれてますのっ! こぉの変態がぁぁぁっ!」
完全に予想外のことでそれを目撃してしまった私は悲鳴と共に外へ逃げ出し、対照的に残ったヴィクトリカは怒声と共にファルガーへ向かって跳び蹴りを喰らわせに行くのであった。