いざ、温泉へ
「というわけで、来ちゃった♪」
「なにがというわけなんですのぉぉぉっ! 変に愛嬌振りまかないでくれます、気持ち悪っ」
翌日、私達はスノーに乗っけて貰ってあっという間にブラッドレイン城へと到着し、例のショートカットを利用して中へ入った後の会話である。
「きもっ……な、なによ、せっかく遊びに来たのにその態度はっ」
「文一つもよこさずいきなり来るような人がなにを偉そうに語っているんですのっ、おバカなのですか、おバカなのですねっ。やぁ~い、バ~カ、バ~カッ」
「バカっていう子がバカなんですぅ~っ」
「にゃにをぉぉぉっ!」
はい、出会って二秒で私とヴィクトリカは詰め寄り言い争っていた。
「やはりこうなりましたか」
「こうなりましたね」
私とヴィクトリカがいがみ合っていると後ろでテュッテとマギルカの溜め息混じりな会話が聞こえてくるが、致し方ないのだ、だって自然とそういう流れになってしまうのだから。これが私と彼女のコミュニケーションなのだと受け入れてもらうしかない。
「お嬢様、お客人にその態度ではブラッドレイン家当主の格が落ちますよ」
「そうですよ、お嬢様。レガリヤ公爵令嬢としての品位をお考えください」
「「うぐ……」」
各々の専属従者に同時に諭されて同じように固まる私とヴィクトリカ。
「急に訪れたご一行にどうしようどうしよう、おもてなしの準備をしなきゃと先ほどまでウキウキわちゃわちゃしていた可愛らしいお嬢様だったくせに」
「うっわぁぁぁ、うっわぁぁぁぁっ!」
オルバスの暴露にヴィクトリカが真っ赤な顔して彼を隠すように両手をぶんぶん振る。
(ホホウ、なんやかんや言って可愛らしい奴よのう。このツンデレちゃんめ)
「そうですよ。ここに来るまでに手紙出さなかったけど大丈夫かなっとか、お土産なにが良いかなっとかウキウキわちゃわちゃしていた可愛らしいお嬢様でしたのに」
「うっわぁぁぁ、うっわぁぁぁっ!」
私がヴィクトリカの可愛い一面にほくそ笑んでいると、後ろのテュッテからまさかの暴露話に私まで恥ずかしくなって慌ててヴィクトリカと同じ行動をとってしまう。
「そうですね。いろいろ迷った挙げ句、私にしつこいくらいこれで良いかな、これで良いかな、喜んでくれるかなっと聞いてきた品ですわ」
「はきゃぁぁぁっ! マギルカまでぇぇぇっ!」
私が羞恥にアワアワしている中、マギルカまでもが余計な一言を添えてきた。
ものすごく恥ずかしくなってヴィクトリカが見れなくなり、それでも彼女の反応が気になって私はチラチラ彼女を見てしまう。向こうも同じなのか、パッと視線が合ってパッと逸らすという行動を繰り返していた。
「……す~は~……す~は~……」
そんなむず痒い一時の中、ヴィクトリカが落ち着こうと深呼吸を始めるので私も釣られて深呼吸を繰り返し、動揺を落ち着かせていく。
「……っで、なに用ですの? まさか本当に遊びに来ただけとかじゃありませんよね」
「えっ、遊びに来ただけだけど?」
「は?」
「あっ、まぁ、厳密に言うと療養しに温泉に来たってところかしら」
私の物言いに一瞬ポカンとするヴィクトリカを見て、言葉足らずだったと私はすぐに話の補足をする。そして、部屋に案内されながらこれまでの経緯を彼女に語るのであった。
「……なるほど、マギルカさんも大変だったのですね、無事でなによりですわ。それにしても、温泉ですか……」
話を聞き終わったヴィクトリカがマギルカを気遣い、なにやら思案し始める。
「……オルバス」
「はい、お嬢様」
「……温泉ってなんですの?」
(あなたもかぁ~いっ!)
もの凄く真剣な顔で後ろの執事に問うヴィクトリカに間髪を容れず心の中でツッコミを入れてしまう私。
「う~ん、どこかで聞いたことのある単語なんですけどピンときませんわね」
「自然に沸き立つお湯の泉ですね。城周辺にはありませんが離れた山脈の一部に見られます。昔、一度だけ近くを視察したので聞いたことがあるのかと」
「あ~、はいはい、あれですわね、思いだしましたわ。まぁでも、天然だろうと人工だろうとお風呂はお風呂なのですから大して変わりはないでしょう」
「異議ありっ!」
二人の会話を聞いていた私は聞き捨てならない温泉の評価に異議を申し立てる。
「温泉にはね、ただ水を沸かしたお湯とは違って効能というものが大抵はあるらしいわよ」
「効能? 身体強化効果みたいなものですの」
「そんな魔法みたいな効果は……いや、どうなんだろう」
ヴィクトリカの質問に私は考え込んでしまう。というのも、ここは魔法が存在する世界だ。私の知っている効能とは違った不思議な効果があっても不思議ではないだろう。
「まぁ、私が知っているところだとお肌がツルツルの美肌になるとか」
「「美肌っ」」
私の説明にパッと反応するマギルカとヴィクトリカ。うん、乙女やのう。
「後は、血行が良くなって腰痛、肩こり、筋肉痛に効くとか」
「肩こりっ」
なぜかここでマギルカだけが反応する。うん、なぜかだ。理由は私には全然これっぽっちも分からない。分からないったら、分~か~ら~な~い。
「ふ、ふ~ん、そうですの。ま、まぁ、せっかくだし、どうしてもというのなら皆様と一緒に見に行ってあげなくもないですわ。でもねぇ、人に物を頼むのならそれ相応の態度というものがありましてよ」
「よぉし、まずは温泉見に行きましょう、行きましょう」
ふんぞり返るヴィクトリカの戯言を無視して、私はさっそく温泉へと向かうべく、マギルカの手を取って外へと向かうのであった。っで、取り残されたヴィクトリカがふんぞり返ったまま、固まっている。
「…………ちょ、ちょっと、お待ちになって。私も行きますのぉ~」
ほんの少しだけ我慢していたが、限界が生じたのか慌てて立ち上がり、私達を追いかけるヴィクトリカであった。ちょっと涙目だったのが可愛かったりする。
私達はとりあえず、スノーが見つけたという温泉へと向かっていた。お城からちょっと飛んだところにあるということで喜んでいたのだが、道中景観を眺めていたら、私の中にある日本の温泉などで観ていた風情が色あせていくのが感じ取れていった。
なぜなら、ヴィクトリカのお城周辺はおどろおどろしいのだ。こんなところに沸き立つ泉があったら私はやばい沼だと思って避けてしまう自信がある。
そして、私のイメージを裏切るものがまた一つ……。
『はぁ~い、ここよぉ~』
「ちっさっ!」
案内人のスノーがフンスッと鼻息荒く紹介したその温泉は……。
小さかった。
(これは私のイメージしていた温泉となんか違う。もっとこぉ~、大きくてぇ~、皆で入れるモノを想像していたのに。これじゃあ、子供が一人入れるかくらいじゃない)
とはいえ、大きさまで確認しなかった私が悪いと言えば悪いので、もう頽れるしか私にはできなかった。
「違うのよぉ~、スノー……もっと大きいのを私は求めてたのぉ~」
しかないとかいって、要望だけはとりあえず伝えとく私がいる。
「もっと大きいのですか。それでしたら、現地に住んでいる者に聞いてみましょう。なにか分かるかもしれませんわ」
「住んでいる者? もぉ~、村があるなら先に言ってぇ、よ?」
ヴィクトリカの提案に現金な私は復活するかのようにスッと立ち上がる。と、彼女がなぜか大きく口を開けていたので訝しげた。
「どしたの、ヴィクトリカ。バカみたいに大きな口開けて……欠伸? 眠いの?」
「はむっ……」
私はほとんど反射的に目の前で大きく開けていたヴィクトリカの口に指を入れてしまう。彼女も反射的に口を閉じて、私の指を咥える状態になってしまった。
「バッ、ちょっ、ペペペッ、欠伸しているのではないですわよっ! 眷属を呼んでいるんですのっ! 邪魔しないでくださるっ!」
一瞬の間の後、ヴィクトリカが文句を言いながら後ろに下がった。
「なるほど、蝙蝠みたいな超音波的なものね。これは失礼」
「ちょうおん……んまぁ、良いですわ。それより、お二方、腕をこう横に上げて下さいます?」
そう言ってヴィクトリカが案山子のようなポーズを取るので、私はマギルカの方を一度見て確認してから、釈然としないまま一緒に両手を上げる。
すると、バサバサッとなにかが近づいてくる音がしたかと思ったら、私の腕に重みを感じた。なにかと思って見てみたら……。
それは蝙蝠だった。
蝙蝠が二匹、綺麗に私の上げた両腕にぶら下がっている。
「あの……こちらが現地に住んでる……方達なのでしょうか?」
私が自分の腕にぶら下がっているモノを呆けて見ているとマギルカが代わってヴィクトリカに質問してくれて、私はマギルカにもぶら下がっている蝙蝠と自分の蝙蝠を交互に見続けた。
「ええ、ここら一帯を徘徊コースにしている現地の方々ですわ」
それを果たして住んでいると言うのだろうかと思うところはあるのだが、それよりもとりあえず聞いておきたいことを私は優先することにする。
「あのさ、なんで私達にぶら下がってるわけ?」
「そんなの決まってますわ。近くにぶら下がるものがないからですの」
「……百歩譲って止まり木扱いは許すとして、せめて腕の上に乗っかってくれない? そっちならまだ許せそうなんだけど」
差し出した腕の上に動物が乗るというシチュエーションなら、まだ絵面的にも許せそうなのだが、逆さまにぶら下がっているとなると、間抜けそうでなんかやだ。というわけで、リテイクをお願いしてみる。
「フッ、これだから素人は……蝙蝠は逆さまの方が映えるのですわよっ!」
なんかカッコつけて変なポーズ取りながら、なんか訳の分からないことを主張するこのポンコツ吸血鬼。
「だっ……」
「あの、重いので早く話を進めて下さい」
私が言い返そうと口を開けると、それを遮るようにマギルカが催促してくる。それもそうかと私は色々言いたいことがあるのをグッと堪えて、ヴィクトリカに向かって「さぁ、やれ」とぶら下がる蝙蝠を軽く揺らしてみた。
ヴィクトリカはなんか釈然としない表情のまま蝙蝠達に話しかけ、蝙蝠達がそれに答えるようにキィキィと鳴く。
(へ~、これってもしかして会話しているのかしら? さすが吸血鬼、アンデッドの頂点っ)
「ふむふむ、なるほど……分かりませんわ」
「なるほどじゃないわよっ! 会話できないのか、このポンコツ吸血鬼。私の感心を返せっ」
「なっ、誰がポンコツですってっ! 会話ならできますわよ、ただ意味が分からなかっただけですわ。早とちりしないでください、このポンコツ聖女っ」
「あぁ~、そうなの、ごめんね。でも、誰が聖女ですってぇ、訂正しなさい」
「怒るところがズレてますわよ。ポンコツの方を指摘しなさいな、このポンコツ」
「にゃにを~。私にとってはそっちの方が問題なのよっ」
「ポンコツより聖女の方が問題っておかしいでしょっ、バカなの? あぁ、バカなのですね、やぁ~い、バ~カ、バ~カ」
「バカって言う子がバカなんですぅ~」
「きぃぃぃ~っ、その言い方むかつくぅぅぅっ」
私とヴィクトリカがヒートアップし、お互い詰め寄って再び低レベルな争いを勃発させる。蝙蝠ぶら下げているので端から見ると間抜けに見えそうだが……。
「二人ともそこまでですっ! 喧嘩しないようにってテュッテ達にも言われたでしょうっ」
横からマギルカが割って入り、いきなり怒られた私達はヒートアップから一転してシュンとなってしまった。びっくりしたのは私達だけではないみたいで、蝙蝠達も慌てて私達から飛び立つ。
「……だって、ヴィクトリカがぁ……」
「……だって、メアリィがぁ……」
そして、解放された腕でお互い指さしあって言い訳し始める同レベルな私達。
ちなみにテュッテとオルバス、リリィはお城に残っている。今回は温泉を確認するだけなのでそんなに時間はかからないだろうからお留守番だ。
普段なら私のフォロー、主にやらかしを防ぐためについてきてくれるテュッテなのだが、彼女には城に残ってもらっている。なぜなら、ヴィクトリカが私達の歓迎準備をするようにオルバスに伝えていたからだ。
テュッテにはアンデッド視点の歓迎会ではなく、人視点の歓迎会になるように監視してもらうため、断腸の思いで残ってもらっている。でないと、ヴィクトリカ達の感性ではなにをしでかすか分かったものじゃない。
しかし、解せないのはそうと決まったら、即座にテュッテとオルバスがマギルカに私とヴィクトリカについてなにやら注意点というかアドバイス的なものを私達に聞こえないところでレクチャーしていたことだ。
(私達って、そんなに問題児なのかしら?)
「はいはい、二人ともごめんなさいして。それで終わりです」
「「…………」」
「……お二人とも、ご・め・ん・なさいはぁ~」
話が逸れたがお互い意地を張っていると、マギルカが笑顔で私達に詰め寄ってくる。その笑顔とは裏腹に得も言われぬ圧が私達を襲ってきた。
「「……ご、ごめんなさい」」
そして、私達は揃ってマギルカに向かって謝っていた。
「はぁ~……それで、ヴィクトリカ様はなにが分からなかったのですか?」
一回大きな溜め息を吐き、マギルカが話を進めてくる。
「……彼ら曰く、オンセンナイ、イセキアル、ですの」
「なぜに片言……」
ヴィクトリカの翻訳についついツッコミを入れてしまう私。
「う~ん……単純に考えますと温泉はない、遺跡ならあるってことでしょうか。でも、遺跡の有無を教える意味が分かりませんから、おそらく求めるような大きな温泉はここにはないけど、遺跡になら大きな温泉があるということでしょう」
「「おぉ~~~っ」」
マギルカの考察に私とヴィクトリカが揃って感嘆し拍手する。
「いえ、ちょっと考えれば分かることかと思いますが」
「「…………」」
ジト目で見てくるマギルカに、おっしゃる通りだと、考えることすら放棄していた私とヴィクトリカはん~と口を引き結んで視線を逸らす。こういった考察時は後ろからさり気なく助言してくれる存在がいたので無意識に頼りきっていたのだなぁと私は自覚する。おそらくヴィクトリカも同じことを考えていただろうから、なにも言えないのだろう。なので、私は早々に話を進めることにした。
「い、遺跡なんてあるの、ここら辺?」
「ん~……あっ! ありますわよ。お父様が当主の時代にアンデッドが映える場所といったら古代遺跡だろうということで、遺跡をお作りになったそうですの。そういえば、その遺跡周辺の視察に一度行ったとき、温泉の話を小耳に挟んだのですわ」
「ふ~ん、そうだったの。でもさ、遺跡って作るもんだっけ? なんか違うような気がするんだけど、気のせいかしら?」
ヴィクトリカがふんぞり返って答えたその内容に私は些か疑問を抱いてしまう。それではなんかそういう催しをするためのアトラクション施設に見えてしまうではないか。
「遺跡なんて都合良くあるわけないのですから、作るのが当然でしょう。まぁ、作っているところを見られたくなかったから秘匿にしてしまって、結局完成してもだ~れも知らなくて、だ~れも来なかったらしいですわよ。っで、お父様は不手腐れてそのまま遺跡を放置してしまったらしいですわ」
「完全にアトラクション感覚じゃないのよ。ダメよ、ちゃんと宣伝しなきゃ。黙ってても人は来るなんて都市伝説よ」
「トシデンセツ? まぁ、それは置いといて、そこら辺詳しく」
「へ? そこら辺ってどこら辺?」
「宣伝ですわよ、宣伝。あからさまにありますよ~ではなくて、こう、知る人ぞ知るみたいにするにはどうすれば宜しいんですの?」
「それはぁ~、え~……ん~……分かりません」
「チッ……使えない聖女ですわね」
「だぁ~から、聖女って言うなって言ってるでしょうがぁっ!」
「あだだだだだだっ!」
ヴィクトリカに舌打ちされて使えないとか言われた腹いせに私は彼女にアイアンクローをお見舞いする。
「はぁ~……はいはい、じゃれ合ってないで、その遺跡とやらに行ってみませんか?」
私達のやりとりを最後まで見守っていたマギルカが、深い溜め息と共に私達を促してきた。
「じゃ、じゃれてるわけじゃないわよ」
「そ、そうですわ、こんなのとじゃれるくらいならスケルトンとじゃれあいますわよ」
「ほほぉ、言ってくれるわね。よし、戦争だ」
「あぁ~もぉ~、私は先に行きますからお二人で仲良くそこで遊んでいてください。行きましょう、スノー様」
私達が再びいがみ合うと、マギルカは呆れたようにどこかへ歩き出した。それに付いていくスノーを見て私は慌てだす。
「ま、待ってよ、マギルカ」
「そ、そうですわ、お待ちになってください」
二人してオロオロしながらマギルカの後を追いかけていくが、よくよく考えるとマギルカが遺跡の場所を知っているわけではないので先に行くことはできなかった。私達を落ち着かせるために、わざとそう言ったのだと私は後で気が付く。私達の扱いが上手くなってきたみたいで、さすがはマギルカと称賛を贈りたいものだ。
こうして、私達はヴィクトリカのお父様が作ったパチモンの遺跡へと向かうのであった。
(あれ? 私は温泉に入りに来ただけなんだけど……なんかどんどん話がややこしくなっている気がするような……)