私は……
「えっ? ここで一泊ですか?」
バタバタとしている大人達を余所に、私はイクス先生に言われたことを復唱する。
現在、私達は例の砦跡におり、野営の準備をしていた。深夜なので、今からの移動は危険であり、なによりマギルカはまだ安静にしていなくてはならなかった。
マギルカの方は、治療と解毒のおかげで容態は安定したのだが、心身ともに衰弱しているため、砦跡の一室を利用して休んでいるところだ。
「そういうわけで、レガリヤはフトゥルリカと一緒に寝てくれ。使えそうなベッドが一つしかないが、まぁお前達ならサイズ的に問題ないだろう。テュッテ、二人の面倒を頼む」
「はい、かしこまりました」
イクス先生は一通り説明すると、後のことはテュッテに任せてまだ用事があるのか私達から離れていった。
「……一緒にって言われても……どうしよっか、テュッテ?」
私はテュッテに就寝用の身支度をしてもらうと困ったように彼女を見る。すると、テュッテはいつのまに持ってきたのか布団らしきモノを持って部屋を出ようとしていた。
「それではお嬢様、私は部屋の外で寝ておりますので、なにかご用があればお呼びくださいね」
「え? 別に外に出なくて良いよ。ここで一緒に寝ましょう。ベッドもあるし」
「一つのベッドにさすがに三人は無理です。私は床で寝させていただきますね」
そう言うと、テュッテは床に布団を敷いて寝る準備を始める。それを見ながら私は一人ポツンとマギルカが眠るベッドの前で立っていた。
「え、えっとぉ……」
どうして良いのか分からず、私はマギルカの方を見る。そんな私の視線を感じたのか、彼女はうっすらと目を開け、頭だけでこちらを見てきた。
「……ご面倒をおかけして……申し訳ございません……」
衰弱しているせいか、マギルカの声がとても小さく弱々しくて、その遠慮した言葉が私の胸にチクッとくる。
(バカバカッ、なに怪我人に気を使わせているのよ私)
フルフルと首を横に振り、私はマギルカが寝ているベッドに片膝を乗せた。
(ん~、一緒に寝るというのはヤブサカではないが、こう先に寝ている人の布団に潜り込むというのは、なんていうのか変に緊張するわね)
私は緊張を解きほぐすように一度深呼吸する。
「……お、お邪魔しまぁ~す」
なにを言っているのか自分でも分からないが、私はそう言ってマギルカの邪魔にならないよう静かに布団へと潜り込んでいった。
ノリと勢い、パーティ気分でならこんなこと容易いだろうと思っていたが、そんな空気が微塵もない空間ではいやに緊張してしまう。
私は静かな部屋の中で自分の逸る鼓動を聞きながら天井を見る。
「あはは、こうしているとなんか学園でお泊まりした時を思いだすよね」
緊張を紛らわせようとする余り、私は怪我人であるマギルカに話しかけてしまった。
「……あれから、まさかこんな事件に巻き込まれるとは思いませんでしたね」
隣で眠るマギルカが静かな声で私の話に合わせてくる。
「だよね、まさか私達の偽物が出てくるなんてね。あっ、そう言えば彼女達はどうなったの?」
「……消えてしまいました。おそらく、鏡の影響範囲を越えてしまったからでしょう……」
「……そっか……」
騒がしい子達だったがいなくなったらなったで、ちょっと寂しく感じてしまう私であった。
「……メアリィ様……一つ、伺ってもよろしいですか?」
「え、なになに?」
「ギャラクティカ・エキセントリック・キックとはなんでしょうか?」
「ブふっ!」
ちょっとセンチになった私に気を使って話題を変えてくれたマギルカの質問に私は吹き出す。
「な、なにそれ?」
「いえ、あちらのメアリィ様が相手に向かって叫んで蹴りを入れておりましたので、なにかしらの技なのかなと……」
(あの子ったら、そんな頭の悪そうなこっぱずかしい技名、勝手に作って叫んでいたの……)
「あと、アトミック・サンダーボルト・キックとか」
「キックしかないんかいっ。もぉ~、あの子ったら……ただのキックよ、キック。勝手にそう命名しただけだわ。そんな恥ずかしい技、私は知らないわよ」
あきれ果て、私は苦笑しながらマギルカに答える。
「……やはり。では、ただのキック一撃で合成された巨体の角兎を屠ったのですね」
「え?」
マギルカの静かな声、先ほどまでとは違ってその緊迫したトーンに思わず頭を動かし彼女を見てしまう。
マギルカもこちらを見ていたので目があってしまい、思わずドキッとする私だった。冗談とか場の空気を和ませようとした質問ではないと、私はマギルカの真剣な眼差しを見て悟る。
思えば、マギルカは救助され治療された後で、先生方になにがあったのかを詳細には語らなかった。私と二人きりで話し、確認したいことがあったからなのだろう。
そう思った瞬間、私に一つの言葉が頭を過ぎる。
バレた……と。
汗が出て、私は無言になる。いきなりの展開になにを言って良いのか分からない私の頭の中は真っ白だった。
「私が知らないだけでご本人であるメアリィ様がご存じなら、そういったモノも存在するのかなと思いましたが……違うのですね」
蛇に睨まれた蛙のようにマギルカから視線を外すことができず、私は言い訳一つもできないまま彼女の次なる言葉を待つばかり。
「……メアリィ様ご自身もあの合成獣の攻撃をモノともせず、自力で引き裂いていましたよね」
「…………」
「……そして、あの魔法。あれは人が扱える階級ではありませんよね」
全部、見られていた。
そう思うと、心臓が握りつぶされたように苦しくなり、マギルカを見るのが怖くなって、私は逃げるように寝返りを打ち、彼女に背を向けてしまう。それが、肯定と捉えてしまえる行動だったとしても……。
(覚悟はしていた……あの時は見られても良いと思っていたけど、いざその時が来たら……怖い、怖いよ。今までの関係全てが壊れてしまったらと思うと……拒絶されるかもと思うと……)
その時、私はマギルカとの今までのことが走馬燈のように思いだされた。
初めて会った時のこと、一緒にお茶したり話したり、彼女の家に行って遊んだり、いろんな場所へ旅をしたり、学園に行っても、どこへ行っても彼女に頼ってばかりで、そして学園祭で本音をぶつけて戦ったり、傷つき倒れる彼女の姿を……子供の頃からたくさんの、そう、たくさんの思い出がそこにあった。
私は自分でも想像できないくらいガタガタと恐怖や不安に震える。
人知を越えた力を持つ私に、走馬燈で見た笑顔のマギルカが一転して恐怖の目を少しでも向けたらと思うと、想像以上に耐えられなかった。想像するのだって心が拒絶してしまう。
(いやだ、いやだ。そんなの絶対いやだよ……)
ギュッと目を閉じると、涙が零れ落ちるのを感じた。緊張と恐怖で溢れてきたのだろう。
とその時、コツと私の背中になにかが当たった。
「すみません……問いつめているみたいで……イヤな女ですわね、私は。ただ、あなたのことがもっと知りたかった……それだけなのに」
「……マ、マギルカ……」
ギュッと私に添えた手に力がこもる。マギルカの声がものすごく近いのでおそらく背中に当たったのは彼女の額だろうと推測できた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
すすり泣く声が聞こえて、私は慌てて体の向きを変えてマギルカを見る。
「どうしてマギルカが謝るの? 謝るのは私の方だよぉ……」
「だって、勇気を出して聞いてみたけど……怖くて、怖くて……もし、もし、踏み込みすぎて私のこと嫌いになっ……でも、でも、知りたかったの……」
何かの拍子にタガが外れてしまったのだろうか、いつもの大人びたマギルカはなりを潜め、子供のような彼女がそこにいる。
「そんなことないよ、嫌いになんかならない……絶対に……絶対に」
私はマギルカの手を握り、近くに迫っていた彼女の額に自分の額をコツンとさせた。
それだけで、心がスゥ~と落ち着いていく。
(彼女は勇気を出して私に聞いてきた。なら、私もそれに答えなくてはいけない)
「……ねぇ、マギルカ」
「……はい……」
「……私は、どんなモノにも負けない、完全無敵な体を神様からもらいました……」
静かな部屋で、私は大事な友達にそう告白するのであった。
魔鏡編これにて終了です。コミックウォーカー様より「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」のコミカライズ第23話更新されました。学園祭も3日目に突入ですよ~。