ピンチです
「……き、消えた……」
マギルカは言葉にすることで目の前で起こったことを把握していく。
「……まさか、鏡の影響範囲」
向こうの男がなにかをしたという形跡は見られず、なんの前触れもなく忽然と消えた二人を説明するにはそれが一番妥当だとマギルカは結論づけた。
迂闊であった。思えば、ここまでの道のりは遠かったのに、空から追いかけていたせいで学園からかなり離れた実感が薄かった。おまけに鏡の影響範囲に近づいてきても彼女達にその自覚症状が現れなかったことでマギルカもそのことを考慮から外してしまっていたのだ。
「鏡の前から退いたら映らなくなる……みたいなものですね。影響範囲を越えると消えてしまうということですか」
「フフフッ、なにがなにやら分からないが、私はついてるぞ。はははっ、なにもしてないのに魔法少女とかいう者はいなくなり、マジカル・ハートを手に入れたっ! これで長年の研究がいよいよ完成するっ!」
マギルカが思考の渦に飲み込まれている間に男は落ちたアイテムを拾い上げ、興奮しながらそれを掲げあげる。
「良いぞ良いぞっ、起こす準備も整ったところだし、このまま完成お披露目といこうっ!」
「さ、させませんっ! フリーズ・アロー」
男の言葉に我に返ったマギルカはすぐさま、魔法を発動させて相手の行動に牽制を入れる。
「おっとぉ! ん、まだ一人残っていたのか。だが、魔法を使ってくるということは、お前はあの魔法少女とかいう者ではなさそうだな」
魔法を使ったら『魔法』少女ではないとはこれ如何に……。
先の戦闘で魔法少女の攻撃を悉く躱してきた男の回避性能だけは優秀らしく、マギルカの不意打ちもなんなく躱されてしまった。だが、回避性能だけが優秀のようで相手からの反撃はこないようだ。
と、男の後ろにある巨大な容器から大量の溶液が溢れ出し、なにかが外へと出てくる。
その大きさたるや、先の巨体な角兎の倍以上大きかった。
その巨大な物体がググッと鎌首をもたげる。
巨大な蛇の頭にマギルカは一瞬、ジャイアントスネークと身構えたが、よく見ると頭が複数あり、体が存在していることに気がついた。
ならばヒュドラかと思ったが、その体は獣のように四足歩行型になっている。おまけにその背中には鳥の羽とコウモリの羽がついていた。尻尾も数本あり、これまたいろんな形状をしている。
それは正に合成獣。
いろいろなモンスターの各パーツが繋ぎ合わされた歪な存在がそこに立っていたのだ。
「見たかっ! これが我々が考えた最強にして超絶カッコいいモンスター、ドラドラ・コーンだぁっ!」
男がマギルカに向かってドヤると、今はそんなこと気にするところではないのだが、マギルカは先の角兎といい、今回といい、そのネーミングセンスに物申したくなってしまう。
「え、えっと……名前からして、もしかしてドラゴンを作りたかったとかでしょうか?」
余所様のセンスをどうこう言うのはグッと堪え、マギルカはその合成獣の容姿を見て、別の話題をぶつけてみた。
「そのとぉ~りっ! ドラゴンは最強種に入り、その伝説は数知れず、夢の詰まったモンスターだっ! それを我々が妄想アレンジし、さらに格好良く最強にしたのがこのドラドラ・コーンなのだぁっ!」
「……見たところ、ドラゴンの要素が見あたりませんよ。蛇やトカゲなどの爬虫類モンスターのパーツばかりのような気が」
「当たり前だっ! 本物のドラゴンなど会ったことも見たこともないし、その部位など手に入るわけないだろっ、全部なんちゃってだっ。だが、そんなことは些末なこと、我々はそのドラゴンを越える存在を生み出したのだからなっ!」
誇らしげに語る男にマギルカはなんと返して良いのか分からず、無言になる。そして、件の合成獣を見てみれば、その体は安定していないのか所々が動いておらず、体のバランスが悪いせいでフラフラしており、今にも倒れそうであった。
動くための機能性とか完全に無視して、なんのためにその形になっているのか分からない、却ってマイナスになっているとしか思えないそのフォルムにマギルカはさらに無言になってしまう。
メアリィ的に言えば、格好良さと強さだけを重視し妄想した「僕が考えた最強の○○シリーズ」という黒歴史まっしぐらの所業であった。
「さぁ、ドラドラ・コーンよっ! マジカル・ハートだぁぁぁっ! 受け取れぇぇぇっ!」
そう言って、なんと男は持っていたアイテムを合成獣に向かって放り投げる。
パクッ……ゴックン……
「えぇぇぇぇぇぇっ!」
マギルカが驚愕する中、蛇頭の一つがア~ンと大きく口を開けると、男が投げたアイテムをパクッと上手に受け止め、丸呑みしてしまった。
その後、お腹の辺りがピカァ~と輝きだしたかと思うと、ガクガクガクと激しく痙攣し始める合成獣。
そして、異変が起きた。
ボコボコとまるで沸騰したお湯のように表面が隆起を繰り返し、原型が崩れ始めたのだ。
いや、崩れると言うより溶け込むと言った方が正解かもしれない。
合成獣は各パーツがしっかり区分されていたのに、それが浸食しあうように混ざっていく。その為、今まで全く動かなかった部位がしっかりと動き始めた。だが、その代償にその姿は前とは異なり、いろいろなモノが混ざった肉塊なる歪な存在となる。
おそらく、マジカル・ハートなるアイテムが全ての部位を動かし、一つの個体として成り立たせようと強引に行った結果なのだろう。
あの合成獣は多くのモンスターを使い、かなり無茶な合成をしていたに違いない。
「そ、そんなぁっ! 我々のドラドラ・コーンがぁっ、あの超絶格好良い我らの夢がぁぁぁっ!」
自分達の合成獣が変わり果てた姿に男が声を上げる。そして、その声をかき消すように合成獣が咆哮し、床を踏み鳴らした。
「きゃぁっ!」
床に亀裂が走り、その風圧にマギルカの体が後ろへ飛んで倒れる。先ほどまでの今にも倒れそうだった合成獣はどこへやら。その力強さには歪な様相も相まって恐怖すら感じる。
「ち、違うっ! これは我々が考えたドラドラ・コーンではなっごほっ!」
男が声を荒らげて目の前の存在を否定するが、最後まで言い切る前に合成獣の太い尻尾なのか触手なのか分からなくなったモノの横薙ぎを受け、壁に叩きつけられた。
制御できていないとマギルカはその光景を見て瞬時に判断し、ここにいてはいけないと起きあがる。それがいけなかったのか、合成獣がすぐにマギルカの存在に気がつき、そちらを見た。
目が合ってしまった瞬間、マギルカの背中に悪寒が走る。
獰猛で飢えた瞳が複数、こちらを見ていた。明らかに男よりマギルカを標的に切り替えたみたいだ。
マギルカは知らなかったが、合成獣は目覚めたてで飢えていた。とくに魔力の豊富なモノを欲していたのだ。この時、合成獣にとってマギルカは柔らかそうな肉、豊富な魔力のご馳走に見えただろう。
それを知っていなくても、マギルカはその形相を見て身の危険を察知し本能的に防御体勢をとる。
「ボディ・プロテクトッ!」
マギルカの声とほぼ同時に重い衝撃が彼女を襲った。自分が大きく飛び、再び床に倒れていることが一瞬分からなくなってしまう。
間一髪、合成獣の攻撃を防御魔法でなんとかダメージ軽減させたことを理解できるようにはなったが、その衝撃は彼女を行動不能にするには十分過ぎていた。彼女はザッハやサフィナと違って身体的強化訓練に乏しかったのだ。だからといってこのまま寝転がっていて良いわけではない。
軋む体を気力で動かし頭を上げて相手を確認すると、ちょうど合成獣がこちらに接近しているところだった。
「フリーズ・アローッ!」
迎え撃つように氷矢が接近する合成獣に向かって飛んでいき、その歪な蛇の顔面に突き刺さる。
合成獣が初めての痛みに悲鳴を上げ仰け反り、その場でバタバタと暴れだした。
攻撃が有効だからといって深追いしてはいけない。逃げるなら今だっとマギルカはよろめきながらも立ち上がり、出入り口へと向かおうとする。
とその時、マギルカの肩に激痛が走った。
なにが起こったのかとそちらを横目で見れば、拳大の蛇が一匹マギルカの肩に牙を突き立てていたのだ。
よく見ると、この蛇は合成獣に繋がっていて、本体に更なる異変が起きていた。マギルカが攻撃した頭の傷がどんどん塞がっていくと同時に全体の形が溶け込み崩れて肉塊のようになっていく。
これがアイテムによる弊害か、それとも元から失敗していて崩壊し始めたのか分からないが、とにかく危険極まりなかった。
と、蛇は楔のようにマギルカに食いつき、合成獣の方へと引きずり戻そうとする。
本当は痛みに叫びたいところをマギルカはグッと歯を食いしばり、引きずり戻されないように踏ん張って、肩の蛇と合成獣の間の空間を睨む。
「バッ、バーストォッ!」
爆裂魔法の空間把握に自信がなかったが運良くそれは上手くいき、蛇と合成獣を繋ぐ部分が弾け飛んだ。
更なる痛みに合成獣が悲鳴を上げ、解放されたマギルカは踏ん張った勢いでつんのめる。
肩の蛇を引き剥がして投げ捨てると、目標の出入り口を確認するため頭を上げたマギルカの視界がグニャァッと歪んだ。
毒だ。
蛇に噛まれたのだからと、咄嗟にその結論に至る。しかし、その即効性には驚愕しかなかった。
肩から痛みと熱がジワジワと広がっていき、頭が朦朧としてくる。
倒れてはダメだ。あの出入り口にさえ入れば、狭い通路のせいであの巨体は入ってくるのが困難になる。せめて、あそこまで……そう、自分に言い聞かせながら、マギルカは重い足を一歩、また一歩と踏み出す。
だが、天は彼女に更なる試練を与えた。
踏ん張った足下が不安定になるくらい床に亀裂が走ったのだ。
いや、亀裂などというものではない。床が崩壊し、崩れ落ち始めたのだ。
巨体の合成獣がのた打ち回ったせいで古い石床がそれに耐えられず崩壊し、最悪なことにその下にまだ空間があることをマギルカに伝えてくる。 走らなければ間に合わない。
分かっていても体が言うことを聞いてくれない悔しさに焦りが増大していく。
大きな振動が後ろからどんどんマギルカに近づいてきて彼女は思わずそちらを見る。合成獣の原型がさらに崩壊し、数本生やした足がデタラメに動き、その肉塊を引きずりながらこちらに接近していたのだ。
そのせいで床の崩壊が加速する。
「……フ、フリーズ・ア、ロッ」
マギルカが呪文を唱えても、朦朧としている思考では魔法は成立せず、なにも起こらなかった。
接近してくる肉塊を避ける体力も魔法もなく、マギルカは迎え撃つしかない。
万事休すと思ったその時、マギルカの後ろからもの凄いスピードでなにかが通過していった。
それが迫る合成獣に突き刺さり、肉塊は勢いを失い元いた場所へと飛んでいく。
合成獣に突き刺さったのは一本の剣だった。
その装飾はかなり凝っており、端から見ると伝説の剣だと思えるほどの立派な剣だ。そして、マギルカがよく知る者の剣だった。
熱に朦朧としながらもマギルカは振り返る。
その視線の先、出入り口の向こう側、まだ遠くだがはっきりと分かるその白銀の髪にマギルカは我慢していた涙が零れ落ちてくる。
「マギルカァァァッ!」
遠くから自分を呼ぶその声を聞きながら、マギルカの視界は床の崩壊と一緒に落ちていった。




