魔法少女とは?
「「「ええぇぇぇぇぇぇっ!」」」
マギルカの悲鳴をかき消すかのように、辺りから驚きの声が上がった。
「バ、バカなぁ。へ、変身した……だとぉ」
「そんな……あれは我々が知るマジカル・ハートなのか?」
「あの学園に流れたという情報を掴み、強奪のチャンスを窺っていたらこの間王都まで銀髪の少女が持ち出していたのだ。間違いない、はず」
「本人もアレをマジカル・ハートだと言っているし……」
黒ずくめ達が焦ったようにヒソヒソと話し合い始めた。どうやら、自分達が想像していたものと違う効力を発揮したと勘違いしたらしい。
そして、ここにもう一人パニックになっている人間がいた。
「な、ななな、なんて格好をしてますのぉぉぉっ!」
マギルカは偽マギルカ、改めゴールド・ハートSRに向かって絶叫する。目の前の自分の姿が見てられなく、手で顔を覆いながらも、指の間から彼女の姿を確認してしまう。
ピッチリして体のラインがしっかり出ているその服はいろいろ肌が露出してしまって扇情的だった。
「なんでって、これはメアリィ様、もといプラチナ・ハートSR様にデザインしていただいた服ですのよ。つまり、今私はプラチナ・ハートSR様の想いに包まれて、うふふふ」
マギルカとは対照的にゴールド・ハートSRは恍惚な表情で衣装を眺めていた。
「お、落ち着け皆の者。あれは、単に服装を変えただけでアイテムの力ではない。あのマジカル・ハートはどんな合成獣でも作り上げる心臓部、いわゆる合成コアの役目を果たすだけのアイテム……のはずだっ!」
動揺するマギルカと黒ずくめ達とは違って男は少々焦った感はあるが、状況をしっかり把握しているみたいだった。
「面妖な格好をしよって、なにが魔法少女だっ! やってしまえ、モッコモコン三世」
男の指示で場の空気に呑み込まれていない合成獣が魔法少女達に向かって攻撃を仕掛ける。
見かけ倒しだということは分かっているので、マギルカも大して心配はしていなかった。
「ふふふっ、魔法少女を侮らないことねっ! この力を味わわせてあげるわっ」
「モッコモコン三世、魔法がくるぞ。警戒しろ」
「くらえ、ギャラクティカ・エキセントリック・キィィィックッ!」
「魔法じゃないんかぁぁぁぁぁぁいっ!」
男のツッコミと同時にプラチナ・ハートSRはメアリィの前世で言うところのドロップキックなるモノを、魔法を警戒して動きを止めた合成獣に喰らわせる。
ドゴォォォォォォン!
「「「えっ!」」」
可憐な少女の両足蹴りなどいくら見かけ倒しの合成獣でも耐えるだろうと思っていた男達を裏切るように、合成獣はものすごい勢いで後方へと吹っ飛んでいった。
さらに、登場した砦奥まで吹っ飛んでいき、暗い室内の奥からブチャッとイヤな音がしたような気がしてマギルカは深く考えないようにする。
「モッコモコン三せぇぇぇぇぇぇいっ!」
「い、一撃で……合成獣を」
「見たかっ、これが魔法少女の力よっ!」
男が絶叫し黒ずくめ達が騒然となる中、プラチナ・ハートSRだけが勝ち誇ったように胸を張る。
そして、皆、同時に思っただろう。
「魔法少女なのに魔法使ってないじゃん」と。
そんな中、一人だけ別ベクトルで驚愕している者がいた。
マギルカだ。
プラチナ・ハートSRは強化魔法を使った形跡がなかったし、もちろんあのような蹴りを繰り出す魔法は聞いたことがない。魔法めいた効果もみられなかった。
あれは紛れもなくただの蹴りだった。だからこそ、あの威力には疑問が残る。
メアリィがあのような威力の蹴りを繰り出したのを見たことがない。いや、彼女は見せなかったのかもしれない。
なぜなら、今目の前で勝ち誇っている彼女もまたメアリィなのだから。
「さぁ、次はあなたよ、ワルダー大帝! 覚悟しなさい」
「え? 誰? もしかして私のことか?」
マギルカが考え事をしている中、プラチナ・ハートSRのテンションがグングンと上昇していく。妙な名前を勝手に付けられ、指さされた男は、思わず自分を指さしてしまう。
「とぉっ!」
「「「飛んだぁぁぁっ!」」」
またまた周りを驚愕させる事象をプラチナ・ハートSRは行う。彼女は助走もなく、その場で飛び上がると、男がいる砦の高い場所よりもさらに上空へと飛び上がったのだ。
そして、クルリと一回転すると男に向かって蹴りの体勢で落ちてくるプラチナ・ハートSR。
「アトミック・サンダーボルト・キィィィックゥッ!」
「魔法じゃないんかぁぁぁぁぁぁいっ!」
蹴りの体勢で向かってきたプラチナ・ハートSRに対して、ツッコミを忘れない男は叫びながら、逃げる。
ゴガァァァァァァンッ!
「「「…………」」」
皆、目の前の光景を唖然と見ていた。
面妖な格好の少女の蹴り一つで男がいた場所がひび割れ今にも崩れ落ちそうになっている。
「な、なんなんだお前は……」
「プラチナ・ハートSR! 魔法少女よっ!」
驚愕しながら呟いた男に、プラチナ・ハートSRはポーズをとって答える。
「あ、あれが……魔法少女とかいうモノの力……」
「マジカル・ハートは合成獣以外のコアにもなるのか」
「もしかして、なにかと合成されているのでは……」
「なるほど、あれも合成獣ということか」
「……人との合成ってできたっけ?」
黒ずくめ達が唖然としながら言いたい放題言っていた。
「ちょっと、そこのあなた達。崇高なるプラチナ・ハートSR様をモンスター呼ばわりしないで下さるっ」
黒ずくめ達の話を聞いていたゴールド・ハートSRは相手を指さし、抗議する。
「あの方は、鏡の国から使命を託された孤高の戦士。そして、私が彼女の孤独を満たすため新たに加わった第二の戦士、ゴールド・ハッて、ちょっ、なんですの」
黒ずくめ達の前で堂々と立ち、プラチナ・ハートSRと同じような恥ずかしいポーズをとるゴールド・ハートSRにマギルカがン~ッと口を引き結んで顔を真っ赤にマントで彼女を隠そうとする。
「……鏡の国ってなんだ? 異界か?」
「あっ、つまりこの世界のなにかを依り代に顕現した存在ということか?」
「ということは、なにかが混ざってるんじゃないのか?」
「なんだ、やはり合成獣か。なら、あの力も頷ける」
「つまり、魔法少女というのは我々が知らない新たな合成獣の可能性ということなのか」
「だぁ~からっ、あの方をモンスター呼ばわりしないで下さいましっ! って、ちょっと、邪魔しないで下さる」
黒ずくめ達の勝手な解釈に憤慨し抗議するゴールド・ハートSR。そんな彼女を隠そうと無言で奮闘するマギルカであった。
「えぇぇぇい、こうなったらアレを目覚めさせるまでだっ!」
マギルカ達が追いかけっこをしている中、プラチナ・ハートSRと対峙していた男が逆上して怒鳴る。
「ア、アレを目覚めさせる、だって」
「いや、あれはまだ早い。不安定だっ」
「そうだ、マジカル・ハートなしではっ」
男の言葉に黒ずくめ達が驚き、ざわめきだした。
「お前達はこいつらの足止めをしておけっ! 私はアレを起こすっ」
「「「えっ!」」」
「ふふふっ、良いわね良いわねっ、この展開っ! ゴールド・ハートSR、ここは任せたわっ!」
「えっ!」
砦の奥へと逃げ込む男、それを追う魔法少女。そして、取り残されたその他の面々がどうしようかと顔を見合わせていた。
「ど、どうする?」
「プラチナなんとかというのと同じなんだろう、あのゴールドなんとかって」
幸いなことに、魔法少女とはどういうものかということを見せつけられた黒ずくめ達は、目の前にいる似たような姿の少女を警戒して、即行動に移せなかった。
「ここは任せますわよ。私は彼女を追います」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さいまし。私にあのような者の相手ができるわけないですわ」
黒ずくめ達が動かないのを確認したマギルカは、小声でゴールド・ハートSRにそう言うと、砦の中へと向かう。が、彼女に止められ小声で抗議されてしまった。
「……なんかそれっぽい攻撃ポーズをとれば、相手は警戒して攻撃してこないと思いますわよ」
「え~、私、格闘は不得手なのですが」
「そうですね、重々承知しておりますわ。とりあえず、やってみてください」
コソコソ話を一旦止め、ゴールド・ハートSRは一歩前に出ると、ハッと掛け声と共にポーズをとる。
「な、なんだあの体勢は?」
「分からん。滅茶苦茶隙だらけで意味不明だが、先のプラチナなんとかと同じ魔法少女とかいうのなら油断できないぞ」
「も、もう良いですわ……戻って下さい」
予想通り黒ずくめ達が警戒してくれたのは嬉しいが、あまりの奇妙なポーズっぷりに、マギルカは見てられないと顔を覆い隠しながら絞り出すような声でゴールド・ハートSRにお願いする。
「う~ん、プラチナ・ハートSR様に教わったようにはできませんわね。もう一度……」
「いいから、戻ってらっしゃい」
あれを続けていれば相手も動けず時間稼ぎにはなるだろうとマギルカは思った。だが、自分で言っておいてなんだけど、いざ目の当たりにしたら心がどうしてもそれを拒否してしまう。
ならば、別の戦力といきたいところだが、まだ援軍が到着する気配はない。
と、ここでマギルカはある戦力を思いだす。だが、その戦力をどうすれば手に入れられるか困ってしまった。
少し考え、一世一代の賭けにでる。
一度大きく深呼吸すると、天を仰ぎ見、マギルカは黒ずくめ達の前に立って右手を掲げた。
「来て下さいっ! アレイオォォォォォォンッ!」
半ばやけくそ気味にマギルカが大声をあげる。
黒ずくめ達の「いきなりなにしてるの、この人」という視線と沈黙が痛い。そして、とてつもない恥ずかしさに右手を掲げたままプルプル震えるマギルカであった。
「クエェェェェェェッ!」
それほど時が経たない内に、羞恥地獄の沈黙を破るようなけたたましい鳴き声が空中に響き渡る。
なんと、グリフォンがマギルカの呼びかけに応えて舞い降りてきたのだ。
「ア、アレイオンッ」
感極まってマギルカは隣に舞い降りたグリフォンにハグしてしまう。道中、常識人としての変な結束感があったのでその喜びも一入であった。
「クェッ」
グリフォンが首を動かし、マギルカのハグから離れると、二人と黒ずくめ達の間に立つ。そして、もう一度マギルカを見ると「ここは俺に任せて先に行け」と言わんがごとく、グリフォンが一鳴きした。
「アレイオッぐっ」
「なにしてますの、さっさと行きますわよ」
「ア、アレイオン。アレイオ~ン」
恥ずかしさの限界値を振り切っていたマギルカは変なテンションになってしまい、ゴールド・ハートSRに連れられながら後ろ髪を引かれる思いでグリフォンの名を叫ぶのであった。まぁ、本当の名前じゃないのだけど……。
砦内に入ると地下に続く大きな石階段を見つける。おそらく、プラチナ・ハートSR達はここを降りたに違いないと、マギルカ達は躊躇なく階段を下りていった。
階段の先は鉄格子が並ぶ通路だった。おそらく、ここに獣やモンスターを閉じこめ、研究材料として活用していたのだろう。
マギルカ達はおっかなびっくりしながら通路を横切り、さらに奥へと歩いていった。すると、プラチナ・ハートSRと男の声が聞こえてくる。
「そこまでよ、ワルダー大帝! あなたの野望はこのプラチナ・ハートSRが終わりにしてあげるわ」
「えぇぇぇい、あいつら、足止めもできないのか。ちょ、ちょっとまてっ! アレを出す準備がまだできてないのだっ」
「そんなこと知ったことではないわよっ」
「お、おまえは変身中と合体中は手を出してはいけないと豪語してたそうじゃないかっ! 準備中だって同じだろっ!」
「ん? あれ? そ、そうかしら?」
「そ、そうだとも。変身中というのは言い換えれば準備中ではないのか?」
「ん~、そ、そうかもしれない……」
通路に響いてくる会話を耳にして、マギルカは「マズい、早く行かなくては」と感じて、走りだす。
「プラチナ・ハートSR様っ、相手の口車にのっ――」
「分かったわ、さっさと準備しなさい。待ってるからっ」
マギルカが通路の先、開けた場所に走り込み、プラチナ・ハートSRに呼びかけてみれば、時すでに遅く彼女は戦闘を一時中断して、相手を待つと宣言してしまった。
「あれ? ゴールドにマギルカも来たの」
ガックリと膝をつくマギルカを見ながらプラチナ・ハートSRはそんな呑気なことを言ってくる。
「なっ、なにを呑気なことをおっしゃっているのですか。彼のやることを止めなくては」
「で、でもでも、それは古今東西の暗黙のルールに反するのでは……」
気を取り直し、マギルカはプラチナ・ハートSRの間違いを指摘するが、プラチナ・ハートSRはなにか思うところがあって葛藤してしまう。
「……では、私がっ」
説得する時間も惜しいのでマギルカは自ら先陣を切ることにした。
「フリッ――」
「ちょっとなにしてますのっ! プラチナ・ハートSR様が待つと言っているのですよ」
マギルカがせっせと準備をしている男に向かって魔法を放とうとすると、隣にいたゴールド・ハートSRに羽交い締めにされる。
「ちょっ、は、離しなさいっ! 今の状況が分かっているのですか!」
「ええ、重々承知しておりますわ。でも、そんなことどうでも良いのです。プラチナ・ハートSR様の意向が絶対なのですわっ!」
「こぉのおバカァァァッ!」
状況を把握しているのにも関わらず、まさか自分に止められるとは思いもしなかったマギルカは、そのおバカな理屈に声を荒げてしまった。ついには同じ顔の二人でキィーキィーと取っ組み合いになる始末。
「よく考えて下さい。悪事を見過ごすのがあなたの正義ですか? 悪事を未然に防ぐことも正義なのではありませんのって、もおっ、いい加減離しなさいっ」
「……確かに、マギルカの言うことはごもっともね。私、拘りすぎて肝心な部分を見落とすところだったわ」
プラチナ・ハートSRの言葉にマギルカ達も離れて彼女を見る。
「というわけで、悪は退治する」
「私もお手伝いします」
「ええ、ゴールド・ハートSR。私達の友情パワーを見せて上げましょう」
「二人の愛情パワーですわねっ♪」
「ん? う、うん。まぁ、どっちでも良いわ」
二人だけで盛り上がり、仲良く男に向かって走り出す魔法少女達。
「ま、待てっ! 後、三分っ、いや、二分五十九秒で良いから待ってっ!」
男は悪足掻きのように二人に静止を呼びかけた。
「問答無用っ! 私達の正義のパンチを喰らうがいいっ!」
そして、それは突然の出来事だった。
マギルカがこれで終わったと思った矢先、男に向かって走っていった二人が彼の手前でフッと消えてなくなったのだ。
いや、正確に言うと二人が着ていた衣装だけが残って体が消えてなくなったというのが正しいだろう。
一瞬の出来事にマギルカはなにが起きたのか理解が追いつかず、二人がいた空間を眺め続ける。
辺りは静寂に包まれ、カランッとマジカル・ハートが落ちる音だけが響き渡るのであった。