なにがなにやら
暗い路地で私は今、怪しい黒ずくめと対峙している。
(ど、どういうこと? なんで攻撃されたの? 急展開過ぎて訳が分からないわ)
内心の動揺を必死に抑えながら、とにかく今は戦闘態勢をとってみた。それに反応したのか、向こうも構え直してくる。
「……なぜ剣が。胸に鉄板でも仕込んでいたのか……」
「誰の胸が鉄板ですって?」
黒ずくめは私に言ったのではなく独り言のつもりだったのだろうけど、聞き捨てならない発言に私は思わず反応してしまう。おかげで、動揺していた精神がスンッと沈静化していった。
私は改めて相手を観察する。
(黒ずくめに変な仮面。う~ん、まるでどっかに出てくる戦闘員みたいでてっきりエキストラさんかと思ったんだけど、違うみたいね。一応確認してみようかしら)
「……あなた、闇の機関ね」
「!」
私の呟きにピクッと反応する黒ずくめ。
(え? もしかして当たりなの?)
とりあえず確認しただけなのに、まさかの反応で私は驚いてしまう。
「なぜ……我々のことを……」
向こうも同じか驚きのあまり、黒ずくめはボソッと呟いてしまい、私の問いが正解だったことを伝えてくる。
(えっ、えっ? どゆこと、どゆこと? 闇の機関は偽私の妄想でしょう? やっぱりエキストラなの? どゆことぉぉぉっ!)
どうせ違うだろうと高を括っていたのにまさかの正解で、再びパニックになっていく私。
「……チッ、新手か」
パニクってる私を置いといて、黒ずくめが別の方を向く。釣られてそちらを向けば、明かりが一つ、こちらに近づいてくるのが見えた。
「……今日は引く。だが、必ずやお前が持つ力を奪い、我らの目的を達成してみせるっ」
そんなどっかの悪役みたいな台詞が聞こえて、私はよそ見している場合かと慌てて相手の方を見た。だが、そこに黒ずくめの姿はなかった。
(逃げた……のかしら?)
辺りを見回し、人影がないことを確認して私は警戒を解く。
(ど、どういうことなの? まさか偽私の妄想が本当に……いや、ああいった組織がこの世界に全くないなんてことはないよね。偶然接触してしまったのかしら? ううん、あいつは私が持つ力って言ってたわ……)
事態が呑み込めなく、思考がグルグルと迷走している中、一つの明かりが私に近づいてきた。
「お嬢様っ」
「あ、テュッテに学園長」
「やれやれ、メアリィちゃんがいなくなっていたので驚いたよ。キミもあっちのメアリィちゃんと一緒で人気のない場所と時間を見つけては珍妙なことをする癖があるのかい?」
「ち、違いますっ! 私は只、偽私の姿が見当たらなかったからっ」
二人の姿を確認してホッとするのも束の間、学園長が不本意極まりないことを言ってきたので、私は慌てて弁解する。
「あちらのお嬢様なら寝ておりますよ。先ほどトイレに行ってはいましたが」
「え? それ、本当なの?」
「はい、ついて来て欲しいとお願いされたので」
「なぜに?」
「夜のトイレは怖いそうです」
「お子様かぁっ!」
(おにょれ、トイレに行っていたとは。くっ、その可能性を失念してたわ。っていうか、あの子、なに「私の」テュッテに甘えてるのよ。油断も隙もあったもんじゃないわね)
今すぐにでも偽私の寝ている所へ行って、ボディプレスかまして、文句の一つでも言ってやろうかと本気で考える私。何度も言うが、私はテュッテに関しては心が狭いのだ。
「よし、実行しよう」
「なにがよしなのか分かりませんが、お嬢様はここでなにをしていらしたのです?」
私の決意に水を差すかのようにテュッテが質問してくる。
「なにって、偽私を探してぇ~……あ、そうだ、闇の機関っ」
「「?」」
偽私のせいで二の次になってしまった事件を私は二人に伝えることにした。
「ふむ、確かに儂はそのような物騒な者を雇った覚えはないのう」
私の話を聞いて、学園長が思案しながら答える。
私達は学園長室へ戻り、そこで先の事件を話し合っているところだ。もっとも、襲われた部分の詳細は伏せているが……。
「メアリィちゃんの話を聞く限り、相手は素人とは思えんのう。しかし、狙いが分からん。メアリィちゃんの持つ力とは?」
「な、なんでしょうね……」
(まさか、私のチート能力じゃないわよね。いや~ぁ、バ、バレてないはず? まぁ、私から奪えるなら是非とも奪って欲しいところだけど、この力を悪用されるわけにはいかないし、できれば奪うのではなく消し去っていただけると嬉しいなぁ~)
学園長の質問に曖昧に答えながら、私は心の中でどっかの誰かに無理難題をお願いしてみる。
「あの、お嬢様。もしかしたらあちらのお嬢様と関係があるのでは? 本人もそう言っておりますし」
「いや~、ないない。偽私のは只の妄想だから」
テュッテの質問に自分で言っててなぜだか無性に悲しくなってきた。
「誰が妄想よっ、失礼ねっ」
私がプチ打ちひしがれていると、その元凶である偽私がマギルカ達と一緒にやってきた。
そして、私にとっては大変不本意ではあるが、先の出来事を偽私に伝えることになった。
「おぉぉぉ、キタ、キタァァァッ!」
っで、このテンションである。
(だから、教えたくなかったのよ。絶対はしゃぐから)
「ちょっと、お外行ってくりゅうぅぅぅっ!」
「ウェ~~~イト! 行ってくりゅじゃないわよっ」
ソファーに座ったかと思ったら、話を聞いてすぐに立ち上がり扉へ向かう偽私に、私は待ったをかけた。
「何人たりとも私は止められな~い」
「こらぁぁぁっ!」
私の制止も聞かず、テンション上げ上げの偽私は部屋を出ていった。たぶん、例の黒ずくめがまだいないか探しに行ったに違いない。
(なぜにわざわざ危険地域に突っ込むような行為を嬉々としてするのかしら。危険だわ、アレは苦労して私が隠している力を惜しみなく発揮しそうよ)
身の危険を感じて、私は慌てて後を追う。
と、思ったら偽私が帰ってきた。ものすんごくテンション下げ下げで……。
「ど、どうしたの?」
予想外の展開に私は素で聞いてしまった。
「よ、よよよ、夜の学園って想像以上に怖い」
「…………」
ほんと、予想外の展開に私はん~と口を引き結んで、どう返して良いのか言葉に詰まる。
おそらく、魔鏡的には自分の怖い、苦手なモノを全力で怖がる自分を見せて、恥ずかしがらせようと思っていたのであろうが、今の私からはグッジョブと言わざるを得なかった。複雑な気分である。
「テュッテ~、一緒に行こ~」
「こらぁっ、テュッテに甘えるなぁっ! しっ、しっ!」
と、私の後ろにいたテュッテに偽私がすがりつこうとしたので、私は慌ててテュッテに抱きつき、防御する。続いて追い払うようにしっしっと手を振るのも忘れない。
「なにがいけないのよ。テュッテは私のメイドよっ!」
「どさくさに紛れてなに言ってくれてるの。テュッテはわ・た・しのメイドよっ!」
偽私は隙をついて、自分の方へとテュッテを引き寄せようとするが私は抱きついたまま、体を張って邪魔をする。
テュッテはそんな私達を困った顔で眺めながらされるがままでいるので、しばらくの間、私達はテュッテを中心にグルグルと回って攻防を続けていた。
こんなことしている場合ではないと言われようが、そんなにムキになることかと思われようが、私は譲らない。しつこいようだが、私はテュッテに関しては心が狭いのだ。
「「お可愛いことで……」」
そんな私達を眺めていたマギルカ達が綺麗にハモって感想を述べてくる。片ややれやれといった感じで、片やうっとりとした感じではあったが。
さすがの私達もそれを聞いて、恥ずかしくなり奪い合いを止めるのであった。
「一応聞くのじゃが、そっちのメアリィちゃんにはなにか心当たりはないのかのう」
「あるわっ!」
話を切り替えるべく、学園長が偽私に聞いてくると彼女は自信たっぷりに答えるので、皆お~と注目する。
「私が鏡の国から授かったこのマジカル・ハートの力、つまり魔法少女の力を求めて、闇の機関が襲ってきたのよっ!」
ドヤ顔で恥ずかしさマックスハートなことをのたまう偽私に、私は顔を覆う。
「いや、それはメアリィちゃんが半ば強奪した儂のマジックアイテムであって……」
「すみません、学園長ぉぉぉ」
予想通りな学園長のツッコミに顔を覆ったまま私は自分のせいじゃないのに絞り出すような声で謝罪した。
話し合いの結果、学園長は闇の機関なるモノを調査することとなり、偽物達はここで匿われることとなった。
そして、安全というか、監視というか、私達は偽私達と一緒に寝ることにする。
ベッドが二つしかないので、私と偽私、マギルカと偽マギルカが一緒に寝ることとなった。
「ふっふっふっ、女の子達が一つの部屋に集まったら、ガールズトークよ、ガールズトーク」
寝る準備に勤しむ私達をそっちのけで、偽私がなんか言い出してきた。
「はいはい、寝るわよ」
「恋バナよ、恋バナっ!」
「話を聞けぇいっ!」
ベッドの上ではしゃぐ偽私の顔面を枕でボフッとする私。
「例えば、戦場でいつも危ないところを助けてくれる謎の紳士が、実は敵の王子様で、恋と使命に揺れているとかっ、そんな話はないの」
どうあっても話を続けるみたいで、偽私は私の制止も聞かずに話をどんどん進めていく。
「そ、そんなご経験があるのですか?」
うっかり乗っかってしまったマギルカがなぜか私を見て聞いてきた。
「へっ? それはこの子の妄想よ、妄想。頭の中お花畑の人の言うことなんて、スルーして……」
自分のコピーに対して悪態をつく空しさというかなんというか、複雑な気分になってきて私は言葉尻が萎んでいく。
「そういうマギルカはないの?」
自分で言って自分が打ちひしがれるという高度なテクニックで沈む私を置いて、偽私がマギルカにバトンを渡してきた。
「へ? 私ですか? な、ないですわよ、そんなの」
「怪しいな~。ほんとのところはどうなのよ? そっちのマギルカ」
慌てて否定するマギルカをニマニマしながら見る偽私は、話を終わらせないように今度は偽マギルカに聞いてみる。
「男性とですか? ありえませんね。私、男性の方に一切興味がありませんので」
「「へ、へぇ~、そ、そう」」
笑顔でサラッとすんごいことを言ってくる偽マギルカに私と偽私が若干引き気味でマギルカの方を見てしまった。
「わ、私じゃありませんわよっ! こっちの私……も私で、あぁぁ、もう、違いますからぁぁぁっ! 絶対、違いますからねぇっ」
マギルカらしくない取り乱した感じで、彼女は弁明する。
(やばいわね。本人が言った訳じゃないけど、そのコピーの発言だから謎の信憑性を生んでしまうわ。さらにマズいのが、この子達の思考が基本、私達を辱めるだからね~。平気で嘘つくかも)
マギルカの慌てっぷりを眺めながら、私は自分にも可能性のある身の危険に身震いしてしまう。
「メ、メメメ、メアリィ様はないのですかっ。先ほどは想像だとおっしゃってましたけどっ」
「あっ、こら、恥ずかしいのを誤魔化すために私に振らないでよっ」
マギルカは顔真っ赤にしてなんとか話題を変えようと、まさかの私にバトンをぶん投げてきた。
「ん? 私?」
そして、そのバトンをなぜか偽私が受け取ってしまう。
「ちょっ、まっ」
偽マギルカみたいにとんでもないことを言ってくるのではないかと私は顔を青ざめ、偽私の発言を止めようとする。
「ん~~~、記憶を辿ったけど。ないわね、そんな甘酢っぱいものは。はははっ、枯れた私だこと」
ここにきて他人事のように暴露してくる偽私。これはこれで恥ずかしいことこの上ない。しかも、客観的なので、信憑性がありまくりだ。
(まぁ、おっしゃる通りなのでなにも言えませんが……それでも)
「お前が言うなぁぁぁっ!」
同じ顔の私に言われて、私は屈辱に震えながら持っていた枕を相手の顔にめがけてぶん投げた。
「ま、まぁ、メアリィ様。出会いはまだまだこれからもありますから」
「そうですわよ、お相手がいないのなら私がいますわ」
そして、なぜかマギルカ二人に励まされる私がいる。
「はい、トークは終了! 寝るわよ、就寝っ!」
私はそう宣言し、有無も言わさず布団に潜り込むのであった。
(だめだわ、偽私。能力もさることながら、その言動も記憶も私にとっていろんな意味で危険極まりないわよ。助けてぇっ、神様ぁぁぁぁぁぁっ!)
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