運命は交差するのです
時を少し戻して話しましょう。
私は今までにないくらいスキンシップをとってくるマギルカと一緒に学園から王都に来ていた。その間、彼女の頭の上でミョンミョンするアホ毛が気になり、沸々と沸き上がる触りたい、掴みたい衝動を抑えるのが大変だった。まぁ、それはどうでも良い話だが。
王都にくるとマギルカはテーマ探しとは関係ないようなショッピングをし始める。いや、私が気がつかないだけでもしかしたらなにかあるのかなといろいろ見て考えていたが、今のところ単にショッピングを楽しんでいるとしか私には思えない。マギルカの思惑ハードルが高すぎて、私には彼女の期待に応えられそうになかった。
「ね、ねぇ、マギルカ。もうちょっとハードルを低くしてくれないかしら?」
「はい? はーどる、ですか?」
コテンと首を傾げて私が言った意味が分からないといった感じになるマギルカ。
「こうですか、メアリィ様?」
そう言って、なにを思ったかマギルカはその場でしゃがみ込み私を見上げてきた。ハードルの意味が分からず、低くしてという言葉に従って屈んだのだろう。
(うん、可愛い可愛い。マギルカがこんなに可愛い仕草をするのは貴重よね~)
ついつい可愛らしいマギルカを見てほんわかしてしまうダメな私。
「……お嬢様」
「ハッ! あ、ううん、マギルカ。違うの、屈まなくても良いのよ。私がさっき言ったことは忘れて」
後ろに控えていたテュッテの指摘に、私は道端で屈ませるという状態のマギルカに気がつき、慌てて立ち上がらせる。
「はぁ~い、忘れますわ~」
ニコニコしながらマギルカは私に手を差しだし、立ち上がらせて欲しいとアピールしてくる。その口調がどうにも軽く感じ、いつもの賢明な彼女のイメージから離れていく。
「う~ん、王都に来てなにか刺激になるかと思ったけど、漠然とし過ぎてどこ見ていいのか分からなくなってきたわね。やっぱり、魔法関係に絞ってみようかしら」
「それでしたら、お祖父様が贔屓になさっている魔道具屋なんてどうですか? 大きなお店でいろいろとありますわよ」
「へ~、それは一見の価値ありそうね。見に行きましょう」
さすがはマギルカ、頼りになるなと眺めていたら、彼女がニコニコしながらこちらに寄ってくる。心なしか頭を低くしていた。
「ん? どうしたの、マギルカ」
「メアリィ様、私、役に立ちましたか?」
「うん、たってるわよ。ありがとう」
私がお礼を言っても、マギルカは私から離れず頭を低くしたままだった。
(……もしかして、ナデナデして欲しいのかしら? いや、そんな、サフィナじゃないんだから。だってあのマギルカに限って、ねぇ~)
「メアリィ様、私、役に立ちましたか?」
そして、もう一度同じ質問をしてくるマギルカ。どうやら言葉以外のお礼がご所望らしい。
私は半信半疑のまま控えめに差し出されていた頭をナデナデする。
「うふふふっ♪」
なでられた途端、マギルカが猫のようにスリスリしながら喜びだした。本当に猫ならゴロゴロと喉を鳴らしていたに違いない。
(サフィナがワンコなら、マギルカはニャンコね)
そんなマギルカの案内で、私達は件の魔道具屋へと到着した。
思っていた以上にその店は大きく、なにか興味を引く物がありそうな雰囲気に私の期待は膨らんだ。
「いらっしゃいまっ、えぇぇっ!」
私達が入ると、なぜかすぐにお店の人が来て対応してくれたのだが、盛大に驚かれてしまった。
私のような令嬢がお店に来るのが珍しいのかと思ったが、その程度のことでこんなに驚くものかと疑問である。
「なにか?」
「い、いいえ、なんでもありません。失礼いたしました、レガリヤ公爵令嬢……と、フトゥルリカ侯爵令嬢」
深々とお辞儀をし、その人は自分がここの店主であることを私達に教えてくれた。なぜかチラチラとマギルカを見ているのが気になるが。
「……あの冠羽。ま、まさか……」
ボソッと零した店主の言葉も気になるところだが、かんうってなんだっけと私は彼の言葉の意味が理解できなかったのでスルーすることにする。
「少し、お店の品々を見て回っても宜しいですか?」
いつもならマギルカが店主に説明してくれるところだが、今日のマギルカは私にくっついたままでなにもしない。
(いや、マギルカにばかり頼っている私がいけないのよ。彼女がいるとついつい頼るというか、先に動いてくれるから任せっきりになっちゃうのよね、しっかりしなければ)
「あ、あの……それでしたら私がお品物をお持ちしますので、奥のお部屋でくつろいでお待ち願いますか? 先ほどの失礼もありますので」
私が用件を言うと店主は恐縮そうに提案してくる。
(さっきのことを気にしての対応かしら? まぁ、無下にする理由もないからお言葉に甘えようかしら)
「……分かりました。マギルカも良いかしら?」
「御身の御心のままに」
「いや、そんな仰々しく言わなくて良いから」
恭しく礼をして答えるマギルカにとりあえずツッコミをいれてみる。
「あぁっ、メアリィ様に叱られてしまいましたわ」
「あ、ごめん。怒っているわけじゃないのよ、ボケとツッコミだから気にしないで」
私のツッコミにマギルカは大げさに座り込み、ヨヨヨと泣き真似……いや、マジで泣いていたので私は慌てて謝った。
(う~ん、今日のマギルカはなんだか調子狂うのよね~。どういった心境の変化なのかしら?)
「あ、あの~……案内しても宜しいでしょうか?」
「あ、はい、お願いします」
私達の掛け合いを困った顔で眺めていた店主が恐縮そうに聞いてくるので、私は彼に着いていくことにする。
マギルカはというと、さっきまで座って泣いてたのに、そんなこと無かったかのようにパッと立ち上がり、ニコニコしながら私にくっついてきた。
(ほんと……今日のマギルカはなんか調子狂うなぁ~)
店主に案内されつつ、視線を彷徨わせていると私は違和感があるものをとらえた。
(んっ? なにあれ。木箱が廊下の隅に置いてある。置かれかたがなんか不自然だわ)
私はどうでも良い違和感が気になって、木箱を眺めてみた。
すると、その木箱がススッと動いたではないか。
(う、動いたよね? もしかして、私は今リアルスニーキングゲームを目撃しているのかしら。マジで潜入する時って箱を被るのねっ。でも、めっちゃ場に溶け込んでなくて違和感ありまくりなんですけど。なに? あの中にいる人はアホなの?)
「……メアリィ様?」
私が驚いて足を止めてしまったからくっついていたマギルカが不思議そうに声をかけてくる。
「ねぇ、あの木箱動いてない?」
私は例の木箱を指さし、マギルカ達にも見るように促すと、後ろにいたテュッテは首を傾げて、分からないとアピールしてきた。
「ねぇ、どう思う?」
ここはひとつ、頼りになる僕らの味方マギルカに聞いてみる。
「はい? 私、今は貴方様しか見ておりませんので分かりませんわぁ」
頼りにならなかったでござる。
「きゃっ!」
私ががっくりと肩を落としていると、箱の方からガタッと音と共に女の子の声が聞こえてきた。
「ほら、やっぱり動いた。しかも声がしたわよ。誰か入ってるんじゃない?」
私は確信して件の箱へと近づいていく。何故こんな所でこんな隠れ方をしたのか、そんなアホ……もとい、人物がちょっと見てみたい気分であったのだ。
その好奇心が私にとっての悪夢の始まりだと知る由もなく……。
「ふはははっ、さすが機関の人間。私の隠密技術を見破るとはたいしたものね」
私が箱の前に来ると、観念したのか中の人間が姿を現した。
私はその思い切った行動に驚き、そして、こんなアホ……もとい、おかしな方法で移動している元凶の顔を拝んでフリーズする。
(えっ? 私ぃ???)
まるで鏡を見ているかのようにそっくりな自分に私は目の前で起こっていることが理解できなくなっていた。
「敵が怯んでいるわ。今よ、マギルカ、あなただけでも逃げてっ!」
「えっ?」
「はぁ~い♪」
目の前の銀髪少女がそう言うと、彼女の足下で座っていたマギルカが驚いた声をあげ、私にくっついていたマギルカがほのぼのと返事をする。が、二人とも逃げる素振りはなかった。
そこでやっと私の思考が再起動し始める。
「私がいるぅっ!」
再起動して開口一番の言葉はありふれた言葉だった。驚きのあまり失礼ながらも、指さしのおまけ付きで。
「うん、そうね。私は魔鏡より生まれし、もう一人の私だもの」
「えっ!?」
私の驚きを吹っ飛ばすかのような衝撃の事実をシレッと素のテンションで暴露する空気の読めない私に私のテンションが一気にクールダウンしていった。
(いやいやいや、なんていうかさ。もうちょっとその事実は引き延ばして話を盛り上げるべきじゃないかしら。それをサラッとなんでもない世間話のように暴露するってどうなの、私)
「汝は我、的なアレよ、アレッ」
そんな私の心情などお構いなしにバッと妙なポーズをとりながら、ものすんごいドヤ顔で語り始めるもう一人の私。そのポーズの取り方が某吸血鬼のお嬢様にそっくりなのは気のせいだろうか。
「……あの若干ズレてて、場を台無しにする感じ。しかも、作為的ではなく素でやらかした感じは、まさしくお嬢様……」
「……テュッテは時折容赦なく私のハートを抉ってくるよね」
後ろで呟く辛辣なメイドに、がっくりしながら返す私。
「そんなことより、お嬢様。あちらのお嬢様がお嬢様におっしゃられていたお話だと例の魔鏡の影響でお嬢様がお嬢様になってお嬢様が」
「よぉし、テュッテ。一回深呼吸しましょうか」
普段通り落ち着いていて、痛いツッコミもしてきたので気がつかなかったがテュッテも軽く混乱しているようだった。
「はい、吸ってぇ~……吐いてぇ~」
私の合図にテュッテが合わせて深呼吸していると、目の前の私もダイナミックに深呼吸しているではないか。
「あなたもするんかぁ~い!」
「フッ、なにを隠そう、こう見えて私も心臓バクバクだったのよ」
「威張ることかぁぁぁっ!」
髪をファサッと一回かきあげ、ドヤ顔で言い放つ向こうの私。
「魔鏡……ということは、やっぱりあの時の鏡は本物だったのね。でも、私達がいた時はなにも起こらなかったわよ。タイムラグがあったのかしら」
「ああ、それはね。単に私がどうやって登場しようか思案していたら出そびれただけよっ」
私の疑問に再び髪をファサッとかきあげ、ドヤる向こうの私。
「そんなしょうもない理由聞きたくなかったわっ! なんか私がアホの子みたいじゃないのよぉぉぉっ!」
「私とあなたはコインの表と裏、一蓮托生なのよ」
「なんかその言葉の使い方、微妙に間違っているような気がするんだけど」
「それっぽく言おうとして、パッと浮かんだのを言ってみたまでよ。気にしないで」
「気にするわぁぁぁっ!」
「……あの、お嬢様方。お二人とも話が逸れ始めておりますよ」
「「あっ、ごめん、テュッテ」」
私と私のボケツッコミに後ろのテュッテが軌道修正してくれ、素直にハモって謝る私達。
「コホン……話を戻して、ということはマギルカもどっちかが偽物なのね」
私はそばにいるマギルカと向こうにいるマギルカを見る。パッと見ではそっくりなのでどちらが本物か分からない。
だが、私は一つだけ違いを見つけることができた。
「アホ毛だっ! アホ毛があるっ!」
「「「あほげ?」」」
私の言葉にマギルカ二人が揃って首を傾げる。片方のマギルカの頭にあるアホ毛がクエスチョンマークみたいになっていた。
ついでに目の前の私も首を傾げて、同じくアホ毛がクエスチョン。
「あなたの頭の上の毛のことよっ」
私はお間抜けな顔を晒す私を指さし、教えてやる。
「……ほんとだっ! なんかミョンミョンするっ!」
頭の毛を触りながら驚愕する私は放っておいて、私は同じく頭の上を確認しているマギルカ達、アホ毛のある方の子を見た。こっちのマギルカが偽物なのだろうか。
「あなたが、魔鏡から生まれたマギルカなのかしら?」
「はい、そうですわ」
向こうの私と違って頭の良いマギルカなら、上手くはぐらかせてくるかと思いきや、これまたあっさりと認めてくるではないか。
「……いやにあっさりね」
「だぁってぇ、メアリィ様に嘘なんてつけませんものっ」
甘えた声でそう言うと、ソソソと寄り添ってくる偽物のマギルカであった。
「ちょぉぉぉっ! なにをしてますの、そちらの私ぃぃぃっ!」
私にくっついてきた偽マギルカを見て、マギルカが顔を真っ赤にしながら抗議してくる。
「なにって、愛するメアリィ様をことあるごとにスキンシップして堪能しているだけですわ。あぁあ、メアリィ様の柔肌……美しい手……」
シレッと怖いことを言う偽マギルカに、私はスリスリされてる手をサッと解き、若干距離をとる。
「あ、あ、あ、あ、あい、あい、あいっ」
頭から煙が上っているのではないかと思うくらい、マギルカの顔が耳まで真っ赤になって、言葉を詰まらせ続けていた。
「ね、ねぇ、大丈夫マギルカ? 深呼吸しとく?」
「メ、メメメ、メアリィ様っ! そんな破廉恥極まりない私と私が区別できなかったのですかっ!」
なぜかとばっちりを受けたでござる。
「いや~、なんていうか心情の変化なのかなぁ~と」
「どんな心情の変化ですかっ!」
「それを言うなら、マギルカだって私と向こうの私……」
私は誤魔化そう、もとい抗議するようにもう一人の自分を見たが、そこに彼女はいなかった。
「ううぅぅぅ、テュッテ~。あの人達私を無視するよ~」
「お嬢様は常日頃空気になりたいとおっしゃられていましたよ。良かったじゃないですか」
「空気なんて私はイヤよ。ちやほやして欲しい」
「あらあら、こちらのお嬢様はあちらのお嬢様と真逆なのですね」
いつのまに移動したのか、あっちの私はテュッテに抱きつき、頭ナデナデされて慰めてもらっているではないか。
「ちょっとぉぉぉっ! 私のテュッテにシレッと甘えてるんじゃないわよっ!」
「べぇ~、私の物は私の物、よっ!」
べぇ~と舌を出し、どっかのジャイアニズムみたいなことを言う向こうの私。その態度、そしてテュッテを我が物にしようとする行為に私は我慢ならなかった。事、テュッテに関しては心が狭いのだ、私は。
「今すぐ、離れなさい。さもなくば……」
「わ、私にすごまれたって怖くないわよ。こっちも確信したわ。やっぱり私にはテュッテが必要なのよ。おもに精神面でっ!」
「……もう一度言うわよ。テュッテから離れなさい」
「……フフフッ、やはり私達は争わなくてはいけない宿命のようね」
やっとテュッテから離れる不埒な偽私。そして、私と偽私が対峙した。
「見せてあげましょう。私の力を」
そう言って、向こうの私はバッとなんかブローチみたいな物を取り出す。
「ん?」
「私の心が力となる!」
続いて、そのブローチを天に掲げて叫び出した。
「フローム・マイ・ハートッ!」
「んん?」
なにをするのかと思えば、光魔法で目眩ましをしてきたではないか。そんなもので怯む私ではないくらい向こうも分かっているはずなのに。私は相手の意図が分からず静観した。
数瞬後、再び偽私の姿が見えてくる。どうやら、先ほどまで被っていたマントを脱ぎ捨てたみたいだった。
「孤高にっ、輝くっ、白銀の心ぉっ! プラチナ・ハートッSRゥ!」
「ん――――――――――――ッ??」
そして、私の目の前で悪夢の舞台が開幕していくのであった。