黄金の姫とヒュドラの物語
むか~し昔、とある小国に妖精に愛された『黄金の姫』がおりました。その姫が傷ついたヒュドラを助け、匿ったことがこの物語の始まりです。
時が経ち、一人の姫と一匹のヒュドラに友情が芽生え、静かに暮らしていましたが、悲しいことに戦争が起こり、小国は滅亡してしまいました。
その敵国の王こそ、ヒュドラの血と肉を欲し、彼女を傷つけた張本人。永遠の命を求めすぎたあまり狂ってしまった王様だったのです。
姫の命、穏やかだった場所を守れなかった悔しさと怒りにヒュドラは我を忘れて攻めいる敵軍を滅ぼしました。
でも、ヒュドラは止まりません。その憎悪、憤怒、絶望は敵国に及び彼女は視界に入る全ての命を奪っていきました。
そんなヒュドラを見て、嘆き悲しむ魂があったのです。
それは、黄金の姫でした。
彼女は妖精の加護によって魂だけなんとかこの地に留まったのです。
そして、彼女は傷つきなお破壊するヒュドラの姿を見て泣きながら妖精に懇願しました。
彼女を止めたい。もう、良いんだよと言って抱きしめたいと。
妖精は悩みました。どうすれば魂だけになってしまった姫をヒュドラに会わせられるのか。言葉をかわし、抱きしめることができるのだろうかと。
時が過ぎ、その解決策が突然訪れました。
一人のエルフの女が頼みごとを妖精にしてきたのです。
それは女の姿に変えられるアイテムを作るのに力を貸して欲しいということでした。
妖精は快諾しそれを利用しました。
女の姿に変身する、のではなく『黄金の姫』その人の姿になるようにしたのです。姫の魂をサークレットに納め、彼女の願いを叶えさせるために……。
ですが、事はそう上手く進みませんでした。残酷なことにそのサークレットは使用されることなく人目のつかないところに保管されてしまったのです。
そして、時が経ちもうダメかと妖精が諦めかけていた頃、一人の王子がそのサークレットに出会いました。
姫の魂に触れ、最初は得体の知れない経験に戸惑い、なんとか外そうと拒絶していた王子でしたが、次第に二人は打ち解けあい、王子は姫の願いを叶えるべく奔走するようになりました。
そして、幾多の困難を乗り越え、姫はついにエルフの聖域で罪悪感と喪失感に苛まれひたすら苦しむヒュドラと再会し、その身を抱きしめこう言ったのです。
「ありがとう、もう良いんだよ」と。
その言葉に抜け殻だったヒュドラは声を上げました。
まるで泣いているかのように……。
そして、姫は自らの願いを叶えたと同時に天界へと召され、王子は元の姿へと戻るのでした。
これは、姫とヒュドラを哀れに思った神の声を聞き届け、そのサークレットを神獣とともに見つけだし、皆を導いた『白銀の聖女』が起こした奇跡の物語。
「……めでたし、めでたし」
ちょっぴりうっとりしながらも本を閉じてそう言うテュッテに私はポカ~ンとした顔のまま思考停止していた。
ここは私の部屋の中。あの冒険が終わって、無事帰ってきてから幾日か過ぎた頃のことである。
「とまぁ、ざっくりとあらすじを説明しましたが、詳しくはかな~り脚色された内容になっております」
その話はあの洞窟で私が語った嘘八百の妄想力全開なお話をベースにされていた。黄金の姫の魂の部分で王子は自分が女の子として完璧に振る舞っていた自分を誤魔化せたので話を黙認し、魂を入れ黄金の姫の願いを叶えるために使われたというところでシェリーも話を黙認した。
そして、ヒュドラが姫と再会し姫の言葉のところで、ヴィクトリカとシュバイツが号泣しヒュドラはとても歓迎されてしまった。
現在あの聖域は黄金の姫とヒュドラの再会の地として祀られ、ヒュドラはそこでノホホンと供物を貰いつつ湖に浸かってくつろいでいるそうな。彼女的には何も不満はないので私の話に乗っかっているらしい。
王鼠の方も部下の数がほぼ壊滅状態まで減り、私の忠告によってヒュドラは意味もなく洞窟のモンスターバランスを崩すことはしないと誓わせてある。
後、ヒュドラが何かしてきたらどう言えばよいとなぜかロイに懇願されてきたのでとりあえず『ヘラクレスの刑に処するぞ』と言えば大丈夫だろうと伝えておいた。
何があったか知らないけど、あんなにツンツンしていたロイが私の言うことを素直に聞くので、その豹変っぷりに私はまたどこかでやらかしてしまったのではないかと心配になってくる。
ついでに今回の大鼠事件も、私の嘘物語を鵜呑みにしたシュバイツがヒュドラの絶望感からの暴走であり、妖精に愛されし黄金の姫とその一行が我らを救ってくれたのだと村で大いに語っていたのにも心底ハラハラしたのだが……。
まぁ、エルフとの接点はここにしかないので私がでっち上げた話も変に広まることはないだろうと高を括っていたのに、まさかこんな形で広まるとは誰が予想できたであろうか。
「だ、だだだ、誰がこんな物を書いたの?」
「ヴィクトリカ様です。シェリー様のお話ではヴィクトリカ様がお嬢様のお話を基にあれやこれやと妄想をかき立てて、毎日眠ることなくひたすら書き続けて作り出した至極の一品だそうですよ。しかも、その本の内容をシェリーさんが旅先で招待された貴族様に語っているそうです。物忘れの激しいシェリー様なので本の内容そのまま伝えているそうです」
(いまサラッとテュッテが凄い失礼なことを言ったような気が……)
「それで、エルフの方々にはもちろんのこと、話を聞いた貴族の、特にご令嬢方に人気があって、本が欲しい、語って欲しいと騒がれてるみたいです。あ、こちらはその貴重な写本の一冊をシェリー様からいただいたので、お嬢様も読まれますか?」
テュッテが笑顔で渡してくる本を呆けた顔で受け取り、私はそれを眺め続けると、だんだんプルプルとその手が震え出す。
「さ、さささ、最後の余計な文のせいで全部、どっかの白銀の聖女のおかげになっちゃってるじゃないのよぉぉぉっ! 私はそんなことひとっことも言ってないでしょうがぁぁぁっ! ヴィクトリカのやつ、なんで最後は自分の手柄にしなかったのよぉぉぉ」
「そりゃあ、ヴィクトリカ様はこの物語の立役者になりたいわけではなく、黄金の姫様と仲良くなりたいのが本心ですからね。現に物語の中では姫の魂が生まれ変わったら必ず会おうって約束するシーンとかありますし。永遠である吸血鬼ならではですよね~。あ、ちなみにここら辺も一部のご令嬢方には人気のようですよ」
「ああ、そういえばあの子はそういう子だったわね、こんちくしょうめぇぇぇっ!」
「あと、お嬢様が村娘の格好で、やれ大きな神獣を引き連れるわ、やれヴィクトリカ様を止めるわ、やれ大鼠事件を予言するわ、やれヒュドラと話すわで白銀の聖女だと言わなければ物語的に納得できないポジションにいたのもありますね」
「ぐぬぬぬ、村娘風がかえって聖女感を醸し出してしまったってオチなのねぇぇぇっ! キィィィッ!」
本に罪はないのだが、私は八つ当たりのごとく叫びながらその本を放り投げ、ベッドの上でジタバタした。
「お、落ち着いてください、お嬢様。これは物語です。そりゃあ、今回の事件に少しでも関わった事情を知らない人やエルフ達からすれば、あれ、これってあの件がモチーフじゃない。へ~、そういった真相だったのかとちょこ~と誤解するかもしれませんけど」
「ダメじゃないのよぉぉぉっ! 今回は私目立ってないと思っていたのにぃぃぃっ! なぁぁぁんでこうなるのよぉぉぉっ!」
私のご乱心ぷりに慌ててフォローを入れるテュッテには悪いが、その程度でホッとするほど私のメンタルは図太くなく、最後の余計な一言によって、私はベッドの上でさらにジタバタするのであった。
これにて王子TS事件は終了です。
2019/4/27に「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」第4巻がGCノベルズ様から発売いたします。
第4巻は加筆修正と共に、幕間と番外編が追加収録されております。平成最後(言ってみたかった)の記念に、そして、GWのお供にぜひご購入を!