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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 三年目
159/288

大鼠討伐開始っ!

「嘘だろ……」

 見晴らしの良い丘に立って遠くを見ていたロイが信じられないといった顔で呟く。

「なんだあの数は。五十、いや、百近くいないか」

 ロイの隣で同じ光景を見ていたシュバイツもその光景に釘付けになっていた。

 彼らが目にしているもの。

 それは木々がなぎ倒され開けた場所に大量の大鼠が集まってなにかを待っているかのような光景だった。その数はシュバイツが言うように百匹に近い。よく見ると大鼠達は近くの洞窟から外へと出ていき、集合しているようだ。あの数が洞窟内にいたのにも驚きだが、そもそも洞窟内であの数になるまで捕食されていないのに疑問を感じずにはいられなかった。

「不味いぞ、シュバイツ。あいつらは基本夜行性だ。あの数で日が暮れた瞬間一斉に動き出したら対処できない。最悪、あれが全て近くにある我らの村へ向かったら……」

「分かっているっ! だが、あの数は想定外だ。他の氏族達はどうしている? こちらに討伐隊を向かわせていないのか」

 ロイに言われて現実の危機を認識し、シュバイツは途中で会った他の氏族達の姿を思いだし、望みを込めて聞く。

「先ほどの偵察に来ていた他の氏族の者は事態を今認識し、戻って報告すると言っていた。ここからかなり離れた場所に村がある氏族など偵察にすら来ていないだろう」

「バカなっ! 今からでは遅すぎるではないかっ」

「落ち着け、シュバイツ。我々だってメアリィ殿の発言がなければ、たかが大鼠と同じ轍を踏んでいたに違いない」

 報告を受けたシュバイツが憤慨すると、それをとめるロイ。そして、その意見を否定できないシュバイツはすぐさま心を落ち着かせた。

「くっくっくっ、あの程度の鼠の集団、脅威でも何でもありませんわ。なんてったって私は最古にして最強の吸血鬼、ヴィクトリカ・ブラッドレイン様なのですからっ!」

 二人の会話を聞いていたヴィクトリカが大きく胸を張って高々と宣言する。

「どうする、シュバイツ。援軍が望めない状態だがこのまま捨て置くわけにもいかないぞ」

「そうだな、やれるだけのことはやらなくては」

「ちょっと、そこっ! 私を無視するとは良い度胸をしていらっしゃいますわね」

 まるでヴィクトリカの発言がなかったかのように振る舞う二人に対して、ヴィクトリカは彼らを指さし、抗議した。

「そうは言っても、お前一人でどうこうなる数ではないのは目に見えて分かるし、なによりお前に全てを任せると禄なことにならないような気がしてならん」

「どぉ~ういう意味かしらぁぁぁっ、それはぁぁぁっ!」

 この重大なときにシュバイツとヴィクトリカが喧嘩をし始め、ロイとマギルカが揃って深いため息を吐きながら、眉間に寄った皺を指で解していく。

「はっはぁ~ん、分かりましたわ。そんなこと言って、実は私が全てを終わらせお姉様に祝福されるのを恐れているのですわね。へなちょこエルフはそこで指を咥えて私の勇姿を見ているのがお似合いですわ」

「な、なんだとっ、そんなわけないだろっ。お前こそ、出る幕はない。ここで大人しくしていろっ」

 今はいがみ合っている場合ではなく、協力しこの状況を打破しなくてはならないというのに、二人の口喧嘩はどんどんエスカレートしていく。そんな二人に近寄るロイとマギルカがシュバイツとヴィクトリカの肩にポンッと手を置いた。

 何事かと肩に手を置かれた二人が置いた二人を見る。

「いい加減にしろ、シュバイツ」

「今はそんなことをしている場合ではありませんよ、ヴィクトリカ様」

「だがしかし、ロイ。こいつが」

「ちょっと、指ささないでくれます。失礼ですわよっ」

 せっかく止めに入ったのに再び口喧嘩になりそうになった二人の肩に置いていたロイとマギルカの手に力がこもり、そして二人は笑顔で言い渡した。

「いい加減にしないと姫に言い付けるぞ」

「いい加減にしないとレイン様に言い付けますよ」

 その効果は絶大で、いがみ合っていた二人は一瞬にして大人しくなった。

 ロイはこういった事態が起こるだろうことを見越してこの言葉を考え、自分達に託したメアリィの先見の明に脱帽し、あの氷血の魔女が認めただけのことはあると再認識するのであった。

「さて、余興はここまでにして……ヴィクトリカ、あの鼠どもをお前はどう攻略するつもりなのだ」

「そ、そうですわね、皆さんの緊張感も良い感じに解れたところですから、本題に入りましょう。まぁ、あれだけ集まっていますので私の魔法で四・五十匹くらいは一撃で葬れるでしょう」

 ヴィクトリカの発言に「おぉ~」とエルフ達から驚きの声が漏れ聞こえる。それだけの数を一撃で葬るとなるとかなり高位の階級魔法を使えるのだと誰でも理解できたからだ。

「そうなったらさすがに鼠達も動き出すか……ヴィクトリカの魔法に合わせて我々も弓の一斉射撃、それでかなりの数が減るはず。その後は各個撃破、それでどうだ?」

 半眼で見ていたロイとマギルカに対して、したり顔で見てくる二人。

「よし、隊を分け、ヴィクトリカ殿を中心に弓の準備を。いくぞ、皆」

「「「おおぅっ!」」」

「あれ? リーダーは俺なんだけど……」

 ロイの言葉で男達が志気をあげ、隊を作り移動する。なにかを期待していたシュバイツは置いてきぼりを受けて、慌ててロイに付いていくのであった。

 そして、各々が所定の位置へと着いた頃、マギルカは改めて大鼠のその数に驚愕してしまう。と同時に、洞窟から外に出た割には皆が集まり、どこかへ移動しようとしないのは変だとマギルカは思った。

 スタンピードと恐れていたがどこか統制がとれているみたいで、何者かが大鼠達を支配しているようにも思える。

 なにをバカなことを考えているのだと自分の考えを失笑し、マギルカは隣に控えていたヴィクトリカを見た。

「ヴィクトリカ様、準備は宜しいですか?」

「あっ、ちょっとお待ちになってね」

 気持ちを切り替え、緊張感を持ったマギルカにヴィクトリカは軽い感じで待ったをかけ、なにやらモゾモゾし始める。マギルカは訝しげに彼女を覗き込むとどうやら丁寧に眼帯を取っているようだった。

 それを大切そうに畳むとポケットにしまうヴィクトリカ。

「今、我が封印は解かれたっ! 我が力をその目に焼き付け恐怖せよ! 我こそが最古にして最強の吸血鬼ヴィクトリカ・ブラッドレインであぁ~るっ!」

 閉じていた瞳を開き、その赤い瞳を輝かせなんだか変なスイッチが入ったのかヴィクトリカが高々と宣言する。

「ヴィクトリカ様、もう少しお静かに。敵に気付かれますよ」

「うぐっ、ご、ごめんなさい」

 横で見ていたマギルカの冷静なツッコミにヴィクトリカは堂々としていた姿勢を丸めて、素直に謝った。

「あっちは準備ができたってよ。そろそろこっちも始めてくれってさっ」

 マギルカ達の会話になんだか緊張感とワクワク感を備えた表情でザッハが割り込んでくる。

「くっくっくっ、我が渇きを潤す今宵の贄に選ばれたこと光栄に思うがよい。さぁ、我にその血を捧げよっ!」

 嬉しそうに牙を見せ、ヴィクトリカが宙を舞った。

「ブラッディボイス・フロム・プランドラー」

 ヴィクトリカの力ある言葉の後、魔法陣が彼女の前に展開しそこに向かって声を上げるとそこから超音波のような響きが大鼠の集団に向かって放たれた。

 そして、それを耳にした大鼠達が次々と空を切り裂くような金切り声をあげ、全身から血を噴き出し、干からびていく。すると、その血は凝縮され大粒の滴となり、干からびていった大鼠の数だけその滴が空中に集まり大きな血の滴へと変わっていった。気が付けばあれだけいた大鼠の半分近くが消え去っていることに、エルフ達までもが唖然としている。

「さぁ、フィナーレよ」

 空中に浮かぶヴィクトリカは赤い瞳をギラつかせ、血の滴へと手を差し伸べるとそれを一気に飲み干していく。

「え、えぐい……」

 さすがのザッハも見ててどん引きする光景であった。サフィナなど顔面蒼白で吐き気すら催している。

「おえぇぇぇぇぇぇっ!」

 そして、マジで吐いてる人がいた。

 なにを隠そうヴィクトリカ本人である。

 いつのまにか空中から降り、皆から見えない茂みに隠れて乙女としてかなり失格な光景を披露していたのだ。

「ど、どどど、どうしましたの、ヴィクトリカ様」

 凄まじい攻撃を与えた側がなぜか盛大に嘔吐している大惨事にマギルカが慌ててヴィクトリカに駆け寄り、丸くなった背中をさすってやる。

「くっくっくっ、この魔法は我がブラッドレイン家に伝わる吸血鬼特化のもので、できればここで使いたくはありませんでしたわ」

「そ、そんな危険な魔法だったのですか」

 自らもダメージを受けるような危険な魔法だったのかとマギルカはヴィクトリカを労るように背中をさすり、そんなものを使わせてしまった彼女に対して申し訳なさで一杯になる。

「くっくっくっ、魔法抵抗力がとてつもなく低い格下の相手の血を根こそぎ奪い取り、それを凝縮して吸収するのが特徴ですの」

「……えっと、それはつまり……」

「くっくっくっ、さすがは大鼠の血……激不味でぅっぷっ」

 言い終わらないうちにヴィクトリカが再びリバースしそうになって口を押さえる。なんというか先程までの格好良さが木っ端微塵になるくらいの台無しな光景にマギルカは言葉を失い、しばらく無言が続いた。

「あの、この惨状はレイン様に伏せて、大鼠を倒したところだけご報告しますね」

「……あら、空気が読める子で助かりましたわ。お礼にあなたにもお裾分けしてあげます、私の口移しでぅっぷっ」

「け、結構ですわぁぁぁっ!」

 白い顔をさらに青くさせたヴィクトリカがマギルカにその顔を寄せ迫ってくると、彼女はそれを両手で押さえて逃げる。マギルカに振り切られるほどに今のヴィクトリカは弱りきっていた。主に胃もたれで……。

 メアリィが見たら、その光景は質の悪いお酒を調子に乗って飲み過ぎ、路上の隅で嘔吐するダメなお姉さんに見えただろう。

「お取り込み中悪いんだが、シュバイツさん達がさっきの魔法、もう一回できないかって?」

「見てないから分からないでしょうけど、会話で惨状を察してくださいっ!」

「だよなっ! お大事にっ」

 茂みに隠れてヴィクトリカが大惨事を繰り広げているところから離れた場所でザッハが叫んでくると、マギルカが叫び返す。さすがに空気の読めないザッハでも二人の会話で向こうでなにが起こっているのか大体察しがつき、エルフに伝えた。

「シュバイツさんに伝えてくれ。ヴィクトリカはゲロ吐いて動けないってっ!」

「くぉらぁぁぁっ! 察するなら最後までしっかり察しなさいぃぃぃっ!」

 ザッハの大きな声に負けないくらい茂みの向こうからヴィクトリカの絶叫が森に木霊するのであった。

「キィ~キキィ~!」

 すると、洞窟内から鼠の声が聞こえ、外にいた大鼠達の動きが一瞬止まる。

「ど、どうしましたの?」

「やれやれ、随分と外が騒がしいのう……ですって」

 事態が分からずマギルカが周囲を見ていると支えられていたヴィクトリカが意味不明なことを言ってきた。

 それに会わせて洞窟の奥から何かが外へと出てくる。幸か不幸かマギルカ一行がその洞窟の近くにおり、それと対峙することになった。

 ヴィクトリカは未だ青い顔をして足下がふらつき、時折口を押さえている。そんなに不味かったのか大鼠の血はとマギルカは彼女を支えながら思った。そんな二人の前にザッハとサフィナが立ち、剣を構える。

 そして、暗がりの中から『そいつ』は姿を現した。

 両手足から伸びる鋭く太い爪。ギラつき尖った二枚の前歯。真紅に染まり棚引くマント。その頭上に輝く小さな王冠。

 その姿はまさに王。

 ただし、大鼠の……だが。

 後ろ足だけで立つと、その大鼠の背丈は構えるザッハと比べるとやや小さいくらいであった。大鼠からしてみればそれはかなりの大きさではあるが、いかんせん人から見るとさほど脅威には見えない。さらに言うと、この大鼠、他の凶悪な鼠と比べてなんだかモフモフしてて可愛らしかった。

 メアリィがいたら、周りの鼠をハツカネズミ、この鼠をハムスターと思うだろう。

「え、えぇ~とぉ……サフィナ、『アレ』はなんだ?」

 なにか凄いのが出てくるのかと警戒していたザッハは少し拍子抜けしてしまったが、警戒を解くことなく近くにいたサフィナに聞いてみる。

「す、すみません。私も初めて見ます。大鼠なのは確かなのでしょうけど」

 サフィナも構えたまま相手を観察し答えた。

「キィィィッ、キキィィィッ!」

「無礼者っ! 我をそこらの大鼠と一緒にするでないわっ!って言ってますわよ」

 二人の会話を目敏く聞いていた大鼠が二人に向かってマントを棚引かせ怒鳴りつけてくるので、ヴィクトリカが通訳する。

 ここで、ようやくマギルカは先の船旅でメアリィから話を聞いてエミリア達魔族がある程度知性のあるモンスターの言葉を理解することを思いだした。とはいえ、魔族の者が誰しもモンスターの言葉を理解できるとは限らないし、全てのモンスターを把握できるわけではない。

「誰でもって訳ではないと思いますが、よく大鼠の言葉を理解できましたね」

「くっくっくっ、なんてったって私は優秀ですからね。ある程度のモンスターの言葉なら理解できますわ。めっちゃ暇だったから勉強しましたのっ!」

「へ、へ~、そうだったのですか。さすがですね、ヴィクトリカ様」

 大鼠までとなるとかなりの数のモンスターを学習したのだろうか、その努力は素晴らしいことだが、理由がどうにも腑に落ちず、マギルカは言葉に困る。長い時を生きる吸血鬼が羨ましくも思えてきた。

「クックックッ、キィィィッ、キキィィィッ!」

「……我こそは全ての大鼠を統べる王。『おおねずみ』であぁ~るっ! 控えおろうっですって」

 両手をバッと大きく左右に広げて万歳し、フンスッと鼻息を荒くする王鼠。エミリアといい、ヴィクトリカといい、なぜ魔族の方々は律儀に通訳するのだろうかと思いつつ、マギルカ達は彼女に感謝する。

「キィィィッ!」

 しかし、大鼠はヴィクトリカの通訳が気に入らなかったのか、大きな声を上げ、地団駄を踏みだした。

「はあ、ちがう? 『おお』鼠だぁぁぁっですって?」

「キキィィィッ! キキィィィッ!」

「だから、そう言っているでしょう、おおねずみって」

 ザッハとサフィナには二人がなにを言い争っているのか分からず首を傾げる中、マギルカだけがヴィクトリカの言葉にもしかしてと何かに気が付いた。

「あの、もしかしてその大鼠は『おう』ねずみ、つまりは『王鼠』と言いたかったのではないでしょうか」

 マギルカの言葉に大鼠改め王鼠がコクコクとものすごい勢いで首を縦に振る。

「す、凄いですわ。人語を理解する大鼠なんて希少中の希少じゃありませんか。おそらく増えに増えた大鼠の中から偶然産まれたのでしょう。しかも、大鼠が集まり統制がとれていたのはこの鼠の能力……ということでしょうか」

 それがどれだけ凄いのかよく分からないザッハ、サフィナ、そしてそもそもそんなことに興味のないヴィクトリカを置いて、マギルカだけが驚き、感嘆の声を上げその身を震わせた。その言葉を聞いて気分を良くしたのか、王鼠がマギルカに向かってバサッとマントを棚引かせる。

「クックックッ、キキィィィッ! キキィィィッ!」

「……そのとおぉぉぉりであぁぁぁるっ! そちらの雌は我の偉大さを理解したようだな、ですって」

「ええっ! 生け捕りにして、ぜひともいろいろ研究したいですわ」

 瞳を輝かせ王鼠を見るマギルカの台詞に王鼠がブワッとその身を震わせた。

「キキィィィッ!」

「さっきのバカ雌より質が悪いわぁぁぁっ! って、誰がバカですってぇぇぇっ!」

 身の危険を感じたのかマギルカに向かって攻撃しようとする王鼠。それを律儀に通訳してからハッと気が付き、激怒するヴィクトリカであった。

「させるかぁぁぁっ!」

 それを見ていたザッハが盾を構えて王鼠の横腹に突っ込んでいく。

「チゥッ!」

 可愛らしい裏声が王鼠から漏れ出て、ザッハの盾をもろに受けた彼は綺麗なくの字で吹っ飛んでいった。

「え、弱っ!」

 王というのだからさぞや強いのだろうと期待していたのだが、あまりの拍子抜けにザッハは思わず口に出してしまった。

 そして、二回転半ほど地面を転げ回った王鼠は、満身創痍の状態で起きあがってくる。

 どうやらこの王鼠、能力的にはとても優れているのだが、戦闘力的には並みの大鼠かそれ以下であった。

「クックックッ、キィ~、キィ~」

「……やるではないか、さすがは勇者。相手にとって不足はないぞ、ですって」

「いやいや、俺勇者じゃないし」

 ヴィクトリカに通訳された王鼠の言いように、思わず戦闘中だということを忘れて、ザッハが手首を振りながら異を唱える。

「キキィィィッ! キキィィィッ!」

「ならば我も本気を出そうではないか。例え勇者が相手であろうとも、所詮は一個体。我が数の暴力に勝てると思うな。数こそが正義、数こそが力なのだ……って、何かしますわよ、気をつけてください」

 王鼠がキィ~と一際甲高く鳴くと、近くにいた大鼠達がザッハ達の方を見て一斉に飛びかかってきた。これが王鼠の力かとワクワクしながらザッハも盾を構え直す。

「風魔法を付与。風刃裂破っ!」

 すると、ザッハの横にいたサフィナが言葉とともに抜刀し、その高速の一振りに合わせて風の刃が大鼠達に向かって飛んでいった。

 そして、悲鳴もあげられないほど一瞬にして綺麗に両断されていく大鼠達。

「す、すげぇ。良いな~、サフィナ。俺もフィフィさんになんか作ってもらいたいな~」

 ザッハは刀を魔道具付きの特殊な鞘に納めるサフィナを羨ましそうに眺める。

「キィ~、キィ~」

「ぐぬぬぬ、まさか勇者が二人もいたとは。それほどまでに我の存在は脅威というわけだな。くっくっくっ……ですって」

「いえいえ、私は学生です」

 あっけなく大鼠を倒され、王鼠は怯みながらもこの口角をあげ、なんか話を壮大にしていった。ヴィクトリカの通訳を聞いたサフィナもまた、ザッハ同様、手首を振って即座に否定する。

 どうやらこの王様、脅威になる人間は皆、勇者扱いらしい。というか、自分は勇者以外に苦戦しないと信じている節があった。

「クックックッ、キィィィ、キキィィィ」

 また王鼠が何かを言うのだが、ヴィクトリカの通訳がパタリと止み、どうしたのだと皆で彼女を見る。王鼠もまたヴィクトリカを見ていることにマギルカは気づいていた。

「くっくっくっ、食中たりで動くのも億劫でしたが、やっと回復したみたいですわ。さて、今まで律儀に通訳していましたが……そこの鼠っ、その笑い方やめなさいっ! 被ってますのよぉぉぉっ!」

 どうやら復活したヴィクトリカがマギルカから離れると、我慢ならんといった顔で王鼠を指さし、叫ぶ。

「キィィィ、キキィィィ」

「この笑いは王である我にふさわしい、まさに王者の笑いなのだよ……ですって。ふむ、王者の笑いというところは否定しませんがっ」

 王鼠の言い分にうんうんと頷くヴィクトリカにマギルカがまた何を言い争っているのだと呆れて物が言えなくなっていた。

「とぉ~にかく、王者にふさわしいのはブラッドレイン家当主の私ですわっ!」

「キキィィィ、キキィィィ!」

 ヴィクトリカの言葉にふんぞり返って勝ち誇る王鼠の台詞に、ヴィクトリカからブチッと何かがキレたような音がする、ような気がしたマギルカが慌てて彼女を見た。

「くひ、くひひひ。なぁにが、笑わせよる。我は王、お前は当主。格が違うのだよ、格がなぁぁぁっですってぇぇぇっ! こぉぉぉの、腐れ鼠風情がぁぁぁっ! ぶっ殺してさしあげますわぁぁぁっ!」

 お嬢様として大変失格な暴言をはき、ヴィクトリカの赤い瞳がギラギラと光輝くとその牙が剥き出しとなった。

「キキィィィ、キキィィィ!」

 ブチキレたヴィクトリカの恐ろしさを感じ取れない王鼠は勝ち誇るかのように何かを言って洞窟の方へと甲高い声を上げた。すると、洞窟からドドドッと地鳴りのような音が響き、何かが大量に近づいてくる。

「おいおいおい、まだいたのかよ。しかも、さっきの大鼠より皆体が大きいぞ」

 視力が良いのかザッハが洞窟から出てこようとしている物体が何かいち早く把握し、驚愕した。

「くっくっくっ、これがさっき吠えたあなたの言う真の数の力? 笑わせますわね、絶対の力の前には数などただの烏合の衆と化すことを教えて差し上げますわ」

 皆が焦る中、一人悠然と構えるヴィクトリカは皆からしたら変な、自分からしたら格好良いポーズをとった。ちなみに、メアリィなら中二病乙と言うだろう。

「眷属、召喚ッ!」

 ヴィクトリカの言葉に魔法陣が展開し、そしてヌゥゥゥとその巨大な物体が皆の前に姿を現した。

「ゴアァァァァァァッ!」

 大鼠達を竦ませる咆哮が森に響きわたり、ボーン・ドラゴンがその姿を現すと、大鼠よりエルフ達の方が慌てふためきだす。

「で、でたぁぁぁ、災厄の竜だぁぁぁっ!」

「全員、退避ィィィッ! とばっちりを受けるぞぉぉぉっ!」

 ざわつくエルフの中でロイの声が響きわたり、エルフ達が大鼠を放っておいて逃げ出す。

「ボーン・ドラゴンッ! やぁ~っておしまいっ!」

「ゴアァァァァァァッ!」

 ヴィクトリカの指示に答えるように骨竜は咆哮をあげ、メアリィに粉砕され回復したての尻尾を大きく横薙していく。それだけですさまじい風圧が発生し、直撃を受けた大鼠はもちろんその風圧で吹き飛ばされ、数回の尻尾攻撃で残っていた大鼠達のほとんどが吹き飛ばされ絶命していった。

 エルフの皆が一目散に逃げたのは正解だなとヴィクトリカの隣で見ていたマギルカは思う。

「さぁ、前菜はこのくらいにして、メインディッシュをいただきましょうかっ! ボーン・ドラゴンよ、ロット・ブレスですわっ!」

 次にヴィクトリカは新たに現れた洞窟周辺にいる大鼠達に向かって指さし、骨竜に指示する。

 すると、骨だけの口をカパァァァと開き、その口内に魔法陣が浮かび上がると何かが溜まっていく。賢い人間なら、その光景を見ればすぐに『やばい』と直感的に感じ取れるほどの迫力に大鼠達が呆然となってしまった。

「放てェェェェェェッ!」

「ゴバァァァァァァッ!」

 ヴィクトリカの叫びとともに、骨竜の口からなんだかよく分からない禍々しい液体が放水のように洞窟めがけて放たれた。

「出た、ゲロブレスだ」

「うわあぁぁ、ゲロだ」

 森に避難していたエルフ達のざわめきを聞いたマギルカは骨竜のブレスがもう『ソレ』にしか見えなくなってしまい、まさか主人とその眷属の『ソレ』を目の当たりにするとは思いもよらず、一人胸焼けする。

「またしても、えぐい……」

 ブレスの先を見ていたザッハが、そのゲロ、もといブレスを受けた大鼠達が次々と腐敗していくのを見てドン引きしていた。

 そして、ヴィクトリカがわざと王鼠への攻撃を避けたおかげで、彼は腰を抜かしてその光景を眺めている。

「くっくっくっ、思い知りましたか? これが力ですわ」

 勝ち誇ったようにふんぞり返り不適な笑みを零しながら、ヴィクトリカは唖然としている王鼠に赤い瞳をギラギラさせて見下ろした。

「こぉらぁぁぁっ、ヴィクトリカァァァッ! 危うく俺達まで巻き込まれるところだったぞっ! このことは姫に言い付けてやるからなぁぁぁっ!」

 格好良く決め台詞を言っているヴィクトリカの後方からシュバイツが怒鳴り声とともに近づいてきて、不適な笑みの彼女の表情がみるみる内に青ざめ、オロオロし始める。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください。だ、誰も怪我していないのだから良いではありませんかぁぁぁっ!」

「それはロイの機転のおかげだっ! お前、頭に血が上って俺達のこと忘れてただろうっ」

「そ、そそそ、そんなことは……ありま、せんわ、よ?」

 図星を突かれてヴィクトリカがバツの悪そうな顔で視線を地面に向けて言い淀む。

「こんな所で口喧嘩していて良いのか? あの王鼠とかいう奴が洞窟に逃げ込んで、それをあの三人が追いかけていったぞ。今回の最大の功績を譲る気か?」

 ロイがヴィクトリカ達の仲裁に入ると、それを聞いた二人が一斉に洞窟を見、走り出すのであった。

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