いざ、鼠退治と聖域へ
メアリィ達が聖域を目指して出発していた頃、エルフ達は大鼠討伐への準備に忙しかった。
そんな中、俄然やる気満々で指示を飛ばすのはシュバイツであり、一人勝手に現地へ向かいそうなほど殺る気満々なのがヴィクトリカであった。
二人とも、時折何かを思いだしているのか気持ち悪い笑いを零している。おそらく、二人の頭の中で繰り広げられている登場人物は同じ人物であろう。
「だ、大丈夫なのか、あの二人は。シュバイツはともかく、あの吸血鬼はなにをやらかすか分からないぞ。最悪、味方を巻き込むようなことを……」
さすがのロイもシュバイツ達の奇行に若干引き気味で、マギルカに聞いてきた。あのロイが彼女に助言を求めてしまうくらい、今の二人は気味が悪いということだ。
「大丈夫だと思います。しかし、万が一暴走し始めたらメアリィ様より教えていただいた言葉を投げかければ大人しくなるはずです」
「その言葉とは?」
「レイン様に言い付けますよ……です」
「…………そ、そうか」
マギルカの答えに釈然としないままロイは頷くことしかできなかった。
そうこうしているうちに各々の準備が整い、いよいよ大鼠討伐の時がくる。一同が緊張する中、壇上にシュバイツが上がった。
「聞けぇ、皆の者っ!」
「さぁさぁ、あっちはなんか面倒くさいことをし始めましたので、今のうちに私達で討伐に向かいましょう」
「え、あ、ちょっと、ヴィクトリカ様」
大声を上げ、集まる同志に声をかけるシュバイツを余所に、マギルカと腕を組んでヴィクトリカが一人、村から出ていこうとする。
「え、あれ? 私達も行くのですか?」
マギルカがヴィクトリカに連れ出され、それを見ていたサフィナも慌てて付いていく。
「おっ、やっぱり行くのか。うっしゃ、腕が鳴るぜ」
自分達は留守番かとがっかりしていたザッハが思わぬ出来事に嬉々して皆に合流した。
「お、お待ちください、ヴィクトリカ様。私達はここで待機です。現地に行くなんて」
「あら、それは困りますわ。だって、私の勇姿をお姉様に伝えていただかないと」
「へ?」
「私から後でお姉様に伝えてもただの自慢話になってしまいますし、ここはやはり他の方に私の勇姿を語っていただかないと」
ズルズルと引きずられるように連れ出されるマギルカは慌ててヴィクトリカを止め、返答するのに戸惑った。
今、彼女の意向に反して自分達が踏みとどまるとヒステリックになるかもしれない。だが、それは例の言葉で鎮静できるはずだが、その後、彼女は確実にやる気を無くす。
先の大鼠との戦闘で見せたヴィクトリカの戦闘力はおそらく、この中で断トツだろうことはマギルカも理解していた。その戦力を自分達のせいで失うのは避けたいところである。
「まっ、どんな時でも自分の身は自分で守れるくらいには成長しないと、メアリィ様に置いてかれるからちょうど良いぜ」
とその時、迷うマギルカの心をザッハの言葉がバッサリ断ち切った。
そうだ、自分はもっと強くならなければならない。あの人に付いていくために……そうマギルカは思いだし、皆を見ると先ほどまでオロオロしていたサフィナもまたザッハの言葉で何かしら決心がつき、持っていた刀を持ち直していた。
「分かりました、ヴィクトリカ様。行きましょう」
姿勢を正し、ヴィクトリカを見るマギルカ。その決意にヴィクトリカは嬉しそうな顔をして強引に引っ張っていた腕を放す。
「あぁ~ん、その決意に満ちた少女の顔。ゾクゾクしますわ、ねぇ、ちょっとだけ噛んで良い? ちょっとだけだからぁ~」
頬を紅潮させ、はぁはぁと荒い息使いでヴィクトリカがマギルカとサフィナににじり寄っていく。
「レイン様に言い付けますよ」
「あら、冗談ですわよ、オホホホ」
半眼になってヴィクトリカを見ながらはやくもマギルカは例の言葉を発動させて彼女を黙らせた。
「こらぁぁぁっ、お前達ぃっ! なに勝手に向かおうとしているのだ。抜け駆けか、抜け駆けする気だなぁぁぁっ!」
マギルカ達が騒いでいるのに気が付いたシュバイツが壇上から他の者そっちのけで彼女達に声を荒げる。
「お、おい、シュバイツ。今は皆の士気を」
「ん? よし、皆行くぞ! 付いてこぉ~いぃぃぃっ!」
ロイに言われてシュバイツはもの凄く雑な物言いで終わらせると、壇上から飛び降り、ヴィクトリカ達の方へと走っていった。
それをポカ~ンと見つめる村の男達。そして、こちらも例の言葉を使わなくてはいけないかもしれないと思うロイであった。
「それにしても、なぜ大鼠が増えたのでしょう」
先行して進むヴィクトリカに付いていきながらサフィナがマギルカに聞いてくる。
「分かりませんわ。それも含めての討伐だと思います。何が起こるか分かりませんから注意していきましょう」
「はいっ」
「それより良いのか~。ヴィクトリカの奴、どんどん先に進んでいっちまったぞ。あいつ、場所分かってるのか?」
「「えっ!」」
サフィナが元気良く返事をし二人で気を引き締めあっていると、ザッハが横槍を入れてきてマギルカは慌てて周囲を見渡した。ヴィクトリカはかなり先を歩いているが明らかに向かう方角が違う。
「ヴィクトリカ様、そちらではありませんわっ!」
「えっ! あら、いやですわ。オホホッ、わざとですわよ」
マギルカが慌ててヴィクトリカに声をかけ彼女を止めに走ると、ヴィクトリカは足を止め笑って誤魔化した。
わざと道に迷う人がいるかとマギルカはツッコミそうになったがその言葉をギリギリなんとか心の中に押し止めることに成功する。
そして、マギルカは思った。
エミリア姫殿下といい、ヴィクトリカ様といい、なぜ自分の側にくる魔族はこうも落ち着きのない子犬のように世話が焼けるのだろうと……。
●
「そろそろ、見えてくるんじゃないかな」
おそらく聖域の方角なのだろう、シェリーが一点を見つめながら、歩く私達に言ってきた。
「そういえば、聖域に警備の人とかいるんですか?」
私は今更ながらに気が付いたことをシェリーに聞いてみる。
「今はいないと思うよ。あそこは昔っから村の祭事などに使う場所でね。とりわけ重要なものがある訳じゃないんだよ。なんていうのかな、その場所が重要というか」
「あっ、パワースポットってやつですか?」
「ぱ、ぱわー、なんだって?」
「いえ、なんでもありません」
シェリーの説明に私はごく当たり前のように口走ってしまった後、彼女の反応からなんか不味いことを言ってしまったことに気が付いて慌てて誤魔化す。
技術職の人に変なことを言うと興味を持たれて後々厄介になるのはフィフィで学習済みである。私が口を噤んでそれ以上言わなくなったのでシェリーも追求することはなかった。
「まぁ、祭事に使うといっても、最近使ったのは~、私の知る限りでは三百年程前かな~。その間、ずっと放置されてたんじゃない? 見張りも見張るっていうより百年に一度くらい様子を見に来る程度だし。それだって今日は例の騒ぎで来ないと思うよ」
エルフの時間感覚に脱帽しつつ、そんな雑なことで良いのか聖域と私は思うが、わざわざ口に出すことはなかった。なぜなら、今の私達にとっては大変都合が良いからだ。
「あの、あれがその聖域の入り口でしょうか?」
私とシェリーが話している中にレイン様も加わってきて、私は彼女が示す方向を見る。
そこには洞窟の入り口があった。
正直に言うとそこは恐ろしいダンジョンの入り口のようで、とても神聖な聖域の入り口とは思えない。
「え? あのダンジョンに入るんですか? 私達、冒険しに来たわけでは」
思わず私ははしたないが入り口を指さし、シェリーに聞く。
「ハッハッハッ、大丈夫大丈夫。聖域と言いつつもその雰囲気からはモンスターが徘徊してそうなダンジョンのように見えるんだろ? うん、気のせいじゃないよ、中はモンスターが徘徊する立派なダンジョンだっ」
「聞いてないわよ、そんな話ぃぃぃっ!」
「うん、言うのを忘れていたからねっ」
ハッハッハッと笑うシェリーの爆弾発言に私は相手が目上だと言うことを忘れて怒鳴ってしまう。シェリーはそんな私に気にすることなくサラリと言葉を返してきた。
「ちなみに私は生産職なので戦闘力は期待しないでくれ」
「……右に同じく」
どうしてくれようかと考えていた私の思考を読みとったのか、シェリーが先に申告してきて、フィフィもそれに乗っかってくる。
(もしかして保険ってこのことだったのかしら。あぁぁぁもぉぉぉっ、こんなことならマギルカ達も連れてこれば良かったじゃないのよぉぉぉっ!)
「あの、わ、私はとりあえず剣の心得は」
「いえ、レイン様を戦わせるわけには参りません」
役に立たないエルフと狐さんを見て悶絶している私にレイン様が大変頼もしいことを言ってくれるが、それはダメだろう。私はすかさず素に戻って丁重にお断りする。
(となれば、残すは……)
私はチラリとスノーを見上げる。それに気が付いたスノーも私を見てきた。物凄く面倒くさそうな顔で……。
『へいへい、私がやりゃあ良いんでしょ。やりますよ、やりゃあ良いんでしょっ! モンスターなんてペシャッとしてやるわよっ』
そして、なんか自棄を起こして了承するスノーであった。
「ごめんね、スノー。あなただけが頼りだわ」
私はふてくされるスノーを労るように優しくその毛並みを撫であげる。
『おい、ちょっと待て。なに自分は戦わないみたいな空気醸し出してるのよ。あなたも戦いなさいよねぇぇぇっ!』
勘の良いスノーに気づかれ、私は彼女に頭を甘噛みされカジカジされた。
「ちょ、やめてよ、スノー。くすぐったいでしょ」
端から見たら巨大な雪豹に頭カジカジされている公爵令嬢の絵面にさすがのシェリーも引き始める。
「えっと、あれ、大丈夫なのかい?」
「ご心配なく、お嬢様にとってはいつものことですから」
シェリーが私達を指さしテュッテに聞くと、彼女は冷静に答えた。その冷静さがシェリーを落ち着かせ、ああ、そうなんだと彼女もほのぼのした顔で私がかじられているのを眺め始める。
(いや、なんかおかしい。皆、反応がおかしいって)
レイン様がリリィと戯れているのを見るような目で私を見てくる皆に疑問を抱く私。明らかにスケールと状況が違いすぎるだろう。
そんな私にテュッテが近づいてくると、いつのまに用意していたのか、伝説の剣(笑)を私に差し出してきた。
「では、お嬢様。ご準備を」
「……相変わらず、用意が良いのね」
(はいはい、私がやりゃあ良いんでしょ。やりますよ、やりゃあ良いんでしょっ! モンスターなんてブスッとしてボッとしてやるわよっ)
私はさっきの誰かさんと同じように自棄になりながらも剣を受け取り、スノーと共に先行して入り口に向かうのであった。
「ストップ」
私は入り口に入るところでスノーを止める。
『どしたの、メアリィ?』
スノーが私の方を覗き込んでくるがそれには答えず、持っていた剣を床に向け、その剣先でコンコンとその床を叩く。ダンジョンというとブラッドレイン城のことが頭をよぎり、嫌な予感がして確かめているのだ。
「よし、なにもないわね。それじゃあ、改めて、しゅっふぁっ!」
安全確認した私は元気良くダンジョンの中へと入り、二歩目で床が抜けた。
『おっとぉ~』
後ろにいたスノーが間一髪私の服を咥え、落ちるのを防いでくれる。
「あ、ありがとう、スノー」
スノーにお礼を言って降ろしてもらう。
「あ~、そういえば子供の頃そんな罠作ったっけ」
なにかを思いだしたようにポンッと手を打ち、この犯行の主犯がすこぶる笑顔で自白してきた。
「な、なんでこんなの作ったんです?」
私はその笑顔に免じて冷静さを保ちながら、とりあえずの疑問を聞いてみる。返答次第ではただではすまぬ。
「えっと~、旅に出たいと訴えたら却下されたので腹いせにちょっとした悪戯を……だったかな~?」
「かな~ってなぜに疑問形? そして、村のエルフ達はこのしょうもない悪戯をなぜ放置しているの?」
「あ~、それはあれだね。その罠壊せって怒ってきたら、その子供の悪戯に引っかかったって言っているようなものだもの。ご老人方は変にプライド高いからそんなこと言えなくて今でも放置してるんじゃない?」
シェリーの回答になんだか頭が痛くなる気分で私はこめかみを押さえる。
(落ち着け、自分。まだよ、まだ、情状酌量の余地はあるわ)
「まぁ、その件は良いでしょう。じゃあ、なんで罠があるって言ってくれなかったんですか?」
「それは簡単だ。今の今まで忘れてたからだよっ! ついでに思いだしたけど、ヴィクトリカの城にあるダンジョンの入り口に作った落とし穴も私が作ったのだっ!」
堂々と胸を張って答えるシェリー。本当にこの人は物覚えが悪そうだ。ついでに、ブラッドレイン城のあの鬼畜仕様はシェリーであることも判明した。
「確認ですけど、こういうの……まだあるんですか?」
「う~ん、ない。たぶんっ」
「たぶんじゃ、困るんですけどぉぉぉっ!」
相変わらずのいい加減な返答に私の怒りがついに爆発してシェリーに怒鳴ってしまう。
「だ~いじょうぶ、大丈夫。罠って言っても危険はないからさ。さっきのだって深さはないし、ただ泥水に落ちて下半身沈めるだけのものなんだから」
「微妙な嫌がらせね」
あっけらかんとして答えるシェリーに毒気を抜かれて、私は冷静さを取り戻すとその所業に呆れかえった。
「そんなに心配なら、私が先頭を歩こう。それで良いだろっ」
私が釈然としていないのを見て、シェリーが私を追い越し、先に歩き始める。
「でも、また忘れてるとか……」
「ハッハッハッ、自分が作った罠にはまるようなバカじゃなふぃっ」
私が心配しシェリーの背中に声をかけると、彼女は振り返ってケラケラ笑い、そして、落ちていった。まさかの二重トラップである。作りが同じだったのでおそらく同一人物の犯行だろう。
「……バカがいた」
無表情ながらフィフィが私の隣に来て、床から落ちたシェリーが体半分泥水に沈んでいる様を見下ろしている。心なしか尻尾が揺れているようにも見えた。
「誰だぁぁぁ、こんなしょうもないもの作った奴はぁぁぁっ!」
「どうせあなたでしょうがぁぁぁっ!」
泥まみれになったシェリーの怒りの声に負けないくらいの大きな声で私はツッコムのであった。
新元号も発表されましたね。私からもお知らせを。「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」書籍第四巻が2019/4/27に発売予定となりました。よろしくお願いいたします。