これが、プリンセスの力かっ
翌朝。
「おや、メアリィちゃん。いっぱい採って来たみたいだね」
「はい、向こうにいっぱい生ってましたっ♪」
私は声をかけてきたエルフのお姉さん(見た目は二十代後半に見えるが実際は三桁いっているらしい)にスカートに乗せた小さな木の実を広げて見せる。
「それは良かった。でもね、森は危険だからあまり遠くに行っちゃダメよ」
「はい、気をつけますっ」
私は同じように木の実を採っているエルフのお姉さんに笑顔でそう言うと、木漏れ日の中、幻想的な森を楽しそうに見上げた。と、私の周りに小鳥達が舞い降り、私に語りかけるようにさえずってくる。
「あらあら、小鳥さん達も私を心配してくれるの? でも、私は大丈夫よっ、ウフフッ」
舞い降りる小鳥達に笑顔を振りまく私はついでに採ってきた小さな実を分けてあげた。すると、小鳥達が私の手に乗り実を啄む。
「ウフフッ、くすぐったいよぉ~」
私が集まる小鳥を微笑ましく迎えていると、そんな光景を森で同じように作業しているエルフの皆さんが温かい笑顔で見守ってくれた。そこに、緊張とか恐れとかは見られない。
(よし、我ながらこっぱずかしい演出だけど印象は良くなってるわね。しめしめっ)
「お嬢様、なにを物語に出てくるような皆に愛される元気な村娘を恥ずかし気もなく演じているのですか? 似合ってはおりますが、露骨すぎて知人が見たらどん引きレベルですよ」
オーバーリアクションで笑顔を振りまく私の姿を後ろで見ていたテュッテが辛辣な意見で私の羞恥心を容赦なく抉ってきた。
現在、私達はシェリーにお願いされたシュバイツの計らいで氏族長の息子である彼の大きな家に泊まっている。
現氏族長は、先のヴィクトリカによるボーン・ドラゴン一発芸事件で多大なる精神的ダメージを受け、村から少し離れた穏やかな場所で奥さんと一緒に療養中だそうだ。なので、ヴィクトリカがまた村に来ているということは彼には伝えていないらしい。余計な精神的負担は避けたいのだろう。
現状、レイン様の決断待ちの私にやることはなく、さりとてボ~ッと一日過ごすわけにはいかない状況に私は気づかされていた。
それが、この村に訪れて早々に私がやらかしたエルフ達の私に対する怖~い印象であった。
なので、私はシェリーの紹介で冒頭のようにエルフ達に交ざりお手伝いをして、私に対する恐印象を好印象に変えようと努力しているのだ。
(それをテュッテったら恥ずかし気もなく演じるだなんて……確かにめっちゃ恥ずかしいけど、これも皆の印象操作のためなのよ)
私の努力を辛口評価してきたテュッテに私はかまととぶって小首を傾げると、ちょっぴり意地悪な反撃にでる。
「やだな~、テュッテお姉ちゃん。私はいつも通りだよ、演じるだなんてひどぉ~い」
「おねっ!」
私が言った言葉になんだかダメージでも受けたように一歩後退するとテュッテが顔を両手で隠して天を仰ぎ見る。
「どうしたのお姉ちゃん、ねぇ、テュッテお姉ちゃん♪」
「や、やめ……」
私は顔を隠したまま耳まで真っ赤にして今度は俯き背中を見せるテュッテに容赦なく「お姉ちゃん」を連呼するのであった。
「フフッ、二人とも。そうしていると本当に仲の良い村娘の姉妹に見えますね」
私達のやりとりを微笑ましく見ながらレイン様が近づいてくる。
自分はどうすべきか頭の整理がつかず、家の中でただジッと自問自答を繰り返しているとシェリーが「気晴らしに外に出てみれば」と私と一緒にお手伝いに駆り出されていたのだ。
「あらあら、レイン『様』。そんなものを持っていたらお召し物が汚れてしまいますわ。メアリィちゃん、持ってさしあげて」
籠を持っていたレイン様を見て先程のお姉さんが慌てて私に指示してくる。
「え、いえ、そんな」
「はい、わかりました。レイン様、持ちますね」
私は満面の笑みでお姉さんの指示に従い、レイン様から籠を受け取ると自分が持っていた実もついでに入れておく。
(あぁ~、素敵! 彼女は『様』で私は『ちゃん』扱い。今、私は一般人なのよぉぉぉっ! レイン様がヒロインで私はモブの村娘なのよぉぉぉっ!)
私は心の中で初めてモブ扱いされたことに歓喜している。よく見るとお姉さん以外のエルフ達もレイン様をとても気遣い、崇めるというか大切そうにしていた。
氏族長代理であり氏族長の息子であるシュバイツが見初めた人だからというわけではないと思うのだが。
「なぜレイン様はエルフ達の所でもお姫様扱いなのかしら。まさか、これが謎職業『プリンセス』の力なの?」
『っんなわけあるかぁ~い』
「あれ、スノー。ぐうたらなあなたが働きにくるなんて珍しいわね」
出かける前に確認したときは家でゴロゴロしていたスノーが現れたことに私は思わず驚きの声を上げて彼女を見上げる。
『働かないわよ、リリィがあの人に会いたがってたから連れてきただけ』
そう言うと、スノーは咥えていたリリィを降ろし彼女はトテトテと元気にレイン様の元へ走っていく。
「あらあら、なんとも微笑ましいわね。ところで、さっきの話だけど」
『ん? ああ、どうしてエルフ達が彼女を大切に扱うかって? まずはあの子、リリィの存在ね。エルフ達は私達を神獣だって一目見れば誰でも理解できるわぁ~。そんな中、リリィがあの人に懐いている。それはもう神獣に愛されていると思われても仕方ないわね~』
「なるほど……」
『おまけに、あの恐ろしいあなたとヴィクトリカが彼女の指示に従っているのよ~。それだけで彼女の立場が凄いんだと推測できちゃうわ~』
「なるっ、え、ちょっとまって。聞き捨てならないワードがあったんだけど。恐ろしい誰だって?」
『さ、さらにあのサークレット。王子様は妖精の力によってお姫様に変身しているのよ。エルフ達から見れば彼女の全身は妖精の力で包まれているの。しかも、今の妖精は彼女の状況を好意的に楽しんでいるから、その力に禍々しさはない。つまり、妖精にも愛され、守られていると錯覚してもおかしくないわねぇ~』
私が話をブチ切って問いつめようとしたのに、スノーは視線を逸らしたまま話を強引に進め、それが興味深い話だったので私は問いつめることをやめた。
「盛りだくさんね。そりゃ、事情を知らないエルフが状況だけで判断すれば崇めたくもなるわ。さすがは謎職業『プリンセス』」
『だから、職業じゃないっての~』
私が人差し指と親指でL字に作って顎に当てながらしたり顔で言うとスノーが間髪容れずに私の頭にモフッと前足を乗せツッコミを入れてくるのであった。
「フフッ、なにを話しているのか知りませんが、お二人はほんとに楽しそうですね」
私達がツッコミ漫才を繰り広げていると、リリィを連れてレイン様が微笑みながらこちらへ来る。
「ここから先はエルフでないと難しいそうなので、私達は先に戻って欲しいそうですよ」
レイン様がそう言って大きな木を見上げるとそこには先程までいたお姉さん達が器用に木々の間を跳んで移動していた。
「そうですね、アレはちょっと無理っぽいですね。戻りましょう」
とりあえず、私の印象を和らげることには成功したので、お姉さん達から他のエルフ達に伝わっていけば御の字である。
私は充実感に満たされた顔で一度エルフ達を見上げると、レイン様達と共に村へと引き返していった。
途中、ロイ率いるエルフの男達数人と出くわす。
「ん? こんな所で何をしているんだ、お前達」
向こうも私達に気がつき声をかけてきた。
「皆様のお手伝いをしておりました」
「そ、そうですか、ご苦労様です」
にっこり微笑み答えるレイン様になぜか敬語で返すロイ。
(さすが『プリンセス』。一番警戒心の強かったロイさんまで陥落させるとは)
「隊長、急がないと」
ロイがレイン様を見ながら何を話そうかモゴモゴしていると、後ろにいたエルフの男が一人、彼を促した。
「あ、あぁ、そうだな」
「何かあっ、んぐっ」
踵を返してどこかへ向かおうとしたロイに向かってレイン様が言おうとした言葉を、私は後ろから口を押さえて遮った。
(あぶないあぶない。こういったパターンの場合、「何かあったのですか」とか聞いて下手に首を突っ込むと巻き込まれるのがお約束なのよね。知らぬが仏ってやつよ)
言葉を遮られたレイン様は私の行動の意図が分からずそのままの状態で私を横目で見てくると、ロイも怪訝な顔でこちらを見てきた。
「あ、いえ、何でもありません。オホホホ、お勤めご苦労様です。気をつけていってらっしゃいませぇ~」
そんな二人に私は作り笑いを向けて慌てて取り繕う。
「……おかしな奴だ。あ、我々はこれから狩りに出て大鼠の群れに遭遇した者達のところに加勢にいきます。貴女もお気をつけてお戻りください。ではっ」
ロイは完全にレイン様だけを見て、いらんことをぬかすとそのまま格好良く颯爽と走り去っていった。
「大鼠ですか……最近よく聞く名前なのでちょっと気になりますね、メアリィさ、ん?」
レイン様の口を押さえていた手を離し、私はロイ達を見送ると頭を抱えて身悶えする。
(ぐおぉぉぉっ! あの男、私がせっかくフラグ回避したのに空気も読まずサラリとフラグを建てよったぁぁぁっ!)
「メ、メアリィさん、どうしたのです?」
「レイン様。お嬢様は時折私達には理解できないお考えで奇行に走られますので、そっとしておいていただけると幸いです」
「……そ、そういうものですか」
私が悶えているのを見て慌ててレイン様が声をかけてくるがそれをテュッテが止める。その言葉にレイン様がどう返して良いのか分からず言葉を濁した。
「って、テュッテ。今、奇行とか言わなかったっ!」
私は悶えるのをやめてテュッテをキッと見つめると彼女はサッと顔を逸らした。
「ささっ、ロイ様もああ言っておられましたし、早く村へ戻りましょう」
そう言ってテュッテはレイン様を促し歩き出す。
「ちょっと、テュッテ、待ちなさい。ねぇ、言ったよね、言ったよねぇぇぇっ」
私はそんな二人を追いかけ、村に着くまでテュッテを問いつめるのであった。