災厄の吸血鬼?
木の上から姿を現したエルフの男が二人、さらには地上からも五人ほど武装したエルフが現れ、そちらと合流すると私達に敵意を向けてくる。
その視線のほとんどが私達というより先頭に立つヴィクトリカに集中していた。
「災厄の吸血鬼? はて、誰のことかしら。ここには私しか吸血鬼はおりませんけど」
エルフ達に包囲されているというのに全く動じることなくヴィクトリカが「はて?」と本気で首を傾げている。
「いや、それたぶんあなたのことだと思うわよ」
分かってなさそうだったので、私がヴィクトリカの後ろから教えてあげた。
「はあ? そのような呼ばれ方、私心外ですわっ!」
「貴様ッ! あの惨劇を忘れたとは言わせないぞっ」
私の言葉に心底心外そうにヴィクトリカが男に猛抗議をし、男もまた怒鳴って言い返す。
「あなた、何やらかしたの? 怒らないから言ってみなさい」
男の鬼気迫る剣幕に私は半眼になってヴィクトリカを見た。
「え~、私ですか。何かしましたっけ?」
顎に人差し指を当ててう~んと唸りながら考え込むヴィクトリカには、本当に身に覚えがないように見える。
「とぼけるなっ! 貴様が数年前村へしばらく休眠するとシェリーさんに会いに来たときだっ! 忘れたのか」
「え~と、あの時はしばらくお別れだなと宴会をしてくださったんですわね。楽しかったですわ」
男の怒りに歪んだ表情とは対照的ににこやかに返すヴィクトリカ。
「た、たたた、楽しかっただとぉぉぉっ!」
あんまりなヴィクトリカの対応に堪忍袋の緒が切れたのか男が、ヴィクトリカに向かって弓を引き絞る。
「待て、ロイ! お前一人でどうこうできる相手ではっ」
「止めるな、シュバイツ! あの女は村の人々を恐怖に陥れておいて楽しかったとぬかしやがったんだっ!」
せっかくのイケメンが台無しになるぐらいの形相で『ロイ』と呼ばれたエルフの男は止めようとした『シュバイツ』という男を振りきってこちらへ矢を放とうとする。矢が放たれてしまってはもう戦いもやむなしとなってしまう。事態がよく分からないがそれだけは私的には避けたいところだった。
「なんか知らないけど、とにかく謝りなさい! ヴィクトリカ、謝んなさいぃぃぃっ!」
「なぜ私が謝らなくてはいけませんのよっ!」
「あなた、絶対その宴会でなんかしでかしたでしょっ! なにしたの?」
「えぇ~とあの時は~、お酒が入ってて記憶が曖昧なのですが、確かにしましたわよ。気分が良かったので私のとっておきの出し物をお見せしただけですわ、それがなにか?」
「具体的に何したのっ」
「くっくっくっ、聞いて驚きなさい。私の眷属、ボーン・ドラゴンによる一発芸ですわっ! まぁ、酔ってたのでなにさせたかぜんっぜん覚えてませんけど。そういえば、お父様も私にはお酒を飲ませないようにしていましたわね?」
私とヴィクトリカがエルフ達そっちのけでキャンキャンと言い合う中、ヴィクトリカがとんでもないことを自慢げに言ってのけた。
その発言はヴィクトリカを除いた私達サイドをドン引きさせるのに十分なものである。
(お酒って怖いわね。っじゃなくて、あかん、これはあかんって。有罪よ、有罪。弁解の余地なし)
「やっと思い出したようだな。村の中に突然現れた凶悪な骨竜に意味不明な動きをさせて村人達は大パニック、その騒ぎのせいで村は半壊状態。しかも、お前は骨竜になにかやらせたまま放置して爆睡する始末。あの悪夢のせいで我が氏族長はトラウマになってしまったのだぞぉぉぉっ!」
私達の会話を聞いて再びロイの怒りが奮い立たされると、持っていた弓を今度こそヴィクトリカに向かって放とうとする。
「お待ちくださいっ!」
凛とした声を森に響かせ、ヴィクトリカとロイの間にスノーが割って入り、その背に乗るレイン様がロイに向かって両手を大きく左右に広げ、立ちはだかった。
その毅然とした立ち居振る舞いを見てロイは弓への力を緩めてしまい、他のエルフ達も呆然と魅入ってしまっている。それほどにレイン様の堂々とした振る舞いと表情は圧巻であった。
「じゃ、邪魔をするな人族の娘よ。怪我をするぞっ」
「退きません。しかし、あの子がしてしまった償いはさせますので、どうかこの場は怒りを鎮めてくれませんか」
ロイの気迫に物怖じせず、レイン様が毅然と答える。
「お姉様、私は償いなどっ」
「黙りなさい、ヴィクトリカッ!」
「ッ!」
納得できないといった感じでヴィクトリカが口答えしようとすると、レイン様がその声に被せるように大きな声をあげた。今まで優しかった姉のようなレイン様に怒られたヴィクトリカはビクッと体を震わせると押し黙って俯く。その目には涙が溢れ、今にもこぼれ落ちそうだった。それを見たレイン様は凛とした表情から一転して、女の子を泣かせてしまったことに動揺している。私達はというとヴィクトリカに向かって言った言葉なのに、その迫力に呑まれて押し黙って見守っていた。
「ロイ、皆も弓を下ろせ」
あんなに怒気を発していたロイまでもが唖然としている中、シュバイツと呼ばれた男がロイを通り過ぎ、スノーに近づいていく。それを見て、レイン様もリリィと一緒にスノーから降りて彼を迎え入れた。そして、レイン様の前にくるとシュバイツは恭しく礼をする。
「私の名はシュバイツ。我が氏族を束ねる氏族長代理を務める者。仲間の非礼をお詫びしよう、神獣に守られし黄金の姫よ」
そう言うとシュバイツはものすごく自然にレイン様の片手をとると、その甲に口づけしたではないか。
あまりの衝撃映像に私達女性陣は顔を赤らめ、固まってしまう。まぁ、無表情のフィフィと、逆に顔を青ざめるヴィクトリカは除外するが……。
「わ、私は故あって今はレインと名乗っておりますが、あの、黄金の姫では……」
「レイン姫、素敵な名だ」
「いえ、ですから姫では」
「レイン姫。突然だが、貴女に一目惚れした。結婚を前提にお付き合いしたい」
「「「…………」」」
爽やか笑顔でイケメンエルフがレイン様の話も聞かずにとんでもないことを言ってのけて、あまりの突然すぎることにこっちサイドも向こうサイドも理解が追いつかず沈黙するのであった。
「……はあぁぁぁ? 何を言い出すんだお前は突然っ!」
沈黙を破ったのはシュバイツの後ろでポカンとした顔をしていたロイであった。
「フッ、愛とは突然訪れるものさ、ロイ。分かるだろ?」
「いや、全然」
「美しく気品溢れる容姿に加えてその毅然たる態度と意志。その佇まいは正に上に立つもののオーラ。だが、同時に相手を気遣える優しさと包容力。完璧だ、完璧なんだよ、私の理想の花嫁に完全一致したんだっ! この気持ち分かるだろ、ロイッ」
「いや、全然」
唖然とするロイに向かってなんか変なスイッチでも入ったのか爽やか笑顔でシュバイツが全身でその喜びを表現し熱弁する。
「ギ、ギ、ギ……」
まだ思考が追いつかない私の横でさっきまで言い争っていたヴィクトリカがワナワナ震えながら呟くのが聞こえ、私はそちらを見る。よく見ると彼女は俯いていて表情が見えないが、ゴソゴソと何かをしているみたいだった。
「ヴィクトリカ?」
「ギルティーですわぁぁぁ! くぉの腐れエルフがぁぁぁっ!」
叫びながら顔を上げたヴィクトリカは牙を剥き出しにして、その隠されていたはずの赤目がギラギラと光り輝き、シュバイツを見据えている。
(あ、どんな時でも眼帯は丁寧に取るのね。冷静なんだか感情的なんだかどっちなの?)
「ステイッ! ヴィクトリカ、ステイよぉぉぉっ! あなた、またレイン様に怒られたいのっ」
ガチガチと牙を噛み鳴らし今にも飛びかかろうとするこの狂犬吸血鬼を私は後ろから羽交い締めにして行動を阻む。そうでなくてもヴィクトリカはすでに前科持ちである。これ以上エルフとの関係を悪化させては面倒だ。
「……え、あ、えっと、あの、こ、困ります」
突然初対面の男から手の甲にキスされ、告白されたレイン様が頭の中真っ白状態からヴィクトリカの叫びでやっと再起動できたみたいだ。
「いきなりこんなことを言って困らせてしまい申し訳ないと思っている。貴女の常識からすれば無礼かもしれない。だが、言わずにはいられなかった」
なんかお姫様との叶わぬ恋物語に出てきそうな格好良い台詞を言うシュバイツだが、こういうのはもっと時間をかけていろいろあった後、良い雰囲気の中で言うべきであって、出会ってから数分で言う台詞じゃないと私は思う。
「えっと、その、わ、私は男ですっ」
レイン様が端から見てもパニックになっているのが分かるくらい彼女らしくない突拍子もない返答に向こうサイドが全員、ポカンとした顔をする。ついでに私に後ろからロックされているヴィクトリカもポカンとして暴れるのをやめていた。
「フフッ、面白い冗談だ。気丈な人かと思ったがそんなお茶目なところもあるんだな。素敵だ」
レイン様渾身の暴露話を華麗にスルーして、シュバイツの好感度がさらに上がったみたいだ。恋は盲目とはよくいったものだと私は嘆息する。
「さぁ、行こうか」
さも当たり前のようにシュバイツがレイン様の手を取り、先導し始める。
「ちょ、待て待て待てっ! どこに行く気だ、シュバイツ。まさか、この者達を村へ迎え入れるつもりか?」
歩き始めるシュバイツの前に立ちはだかり、この者というところでロイはヴィクトリカを見た。
「ああ、もちろんだ。彼女は私達の村に用があるようだからね。それに、私のことや村のことをもっと知ってもらいたい」
数十分前まで村へは絶対入れない姿勢だったはずの氏族長代理のあっけない心変わりにロイの口が開いたまま閉まらない。
「ふ、ふざけるなっ! あの吸血鬼まで村へ入れるつもりかっ! 警備隊長として承服できない」
ブチキレたロイが失礼にもヴィクトリカを指さして怒鳴った。まぁ、気持ちは分からないわけではないが、指をさすのはやめて欲しい。そばにいる私まで怒られているみたいで気分が悪い。
「そうか。ならば、吸血鬼だけここに置いていこう、それで良いか?」
サラリと言ったシュバイツの言葉を聞いてヴィクトリカからブチッと言う音が聞こえそうな気迫を感じて私は冷や汗を垂らす。
「くっくっくっ、久方ぶりに血が騒ぎますわ。くひひひっ、血の狂宴の始まりっあっつぅぅぅぅっ! あっつぅぅぅぅぅぅっ!」
ヴィクトリカが変な笑い声を出してその赤い瞳をギラギラ輝かせる。牙も先程より伸び出ているみたいだ。完全にブチキレ本気モードになったヴィクトリカを止めるため、私は最終手段として日陰にいた彼女を光り輝き美しく降り注ぐ日の下へ日傘なしの状態のまま引きずり込んだ。
「はぁ~い、皆さ~ん。ご覧の通り、この子はそんなに恐ろしい子じゃありませんよ~。ほら~、こんなに日差しに弱~い存在です。大丈夫ですよ~」
「あっつ、あっつぅぅぅっ! 離しなさい、くぉの女狐ぇぇぇっ!」
無理に笑顔を作って私は悶え暴れるヴィクトリカを押さえ続けながら、エルフの人達に大丈夫だよアピールをした。
「……大丈夫そうじゃないのか、ロイ。あの吸血鬼、村娘すら振りほどけないみたいだぞ」
「問題なのは彼女が召喚するモンスターだけで、彼女自身は弱いのでは」
私達を見て他のエルフ達がロイに進言してくる。おそらくヴィクトリカはここにいるエルフ達の誰よりもはるかに強いだろう。羽交い締めにしているのが私でなければそんな誤解は生じなかったはずだ。しかも、今私の身なりは村娘だし……。
「わ、私達がこの子をしっかり監視しますし、それに私達はシェリーさんに用があるだけですので、用が済んだら即行で帰りますから」
「熱いって言ってるでしょうが、このゾンビ頭女っ!」
「お黙りっ、誰のせいでこんなことになってると思ってるのぉぉぉ」
私がさらなる説得をしているというのに、ヴィクトリカは私に罵声を浴びせてきたので恒例のアイアンクローで黙らせることにする。
「いだだだっ! ギブ、ギブですわぁぁぁっ! あつぅぅぅっ、いだだだだだだっ!」
「お、おい、もう分かったから止めてやってくれ。なんか、その吸血鬼が哀れに思えてくる……」
私達のやりとりを見ていてまさかのロイが私を止めにきた。
「じゃあ、この子も連れてって良いですか?」
「あ、ああ……構わないから、離してやれ」
「良かったわね、ヴィクトリカ」
ロイからの承諾を得て私は笑顔を向けると、パッとヴィクトリカの顔から手を離した。すると、彼女は力なくパッタリと地面に突っ伏し、そのままジリジリと日に焼けていく。
「きゃぁぁぁ、ヴィクトリカ、しっかりしてっ。傷は浅いわよ」
「いえ、だいぶ深いと思いますよ」
ぐったりしているヴィクトリカを揺り動かす私もろとも日傘で日光を遮りながらテュッテが静かにツッコミを入れてきた。
こうして、私達はなんかいろいろ問題を抱え込みながらも目的地であるエルフの村へと入ることができたのであった。
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